パーシバルと遺跡見学
日曜日、午前中はゲイツ様はブロッサム公爵とグラント元提督に捕まったみたい。
どんな話をするのか知りたい様な、知りたくない様な。
不機嫌なゲイツ様は、朝食も無理を言って、干貝柱のお粥を食べている。エバは雑炊の為にお米も持って来ていたけど、急にお粥なんて、よく作れたよね。
「明日は王都に帰らないといけませんね。ライトマン教授は、今日は戻られると言われていたので、朝のうちに挨拶に行きましょう」
パーシバルと二人! 護衛やカミュ先生やメアリーはいるけど、違うんだよ。
メアリー達は、不適切な行為の監視はするけど、二人の会話に口を挟んだりしない。
つまり、久々のデート! まぁ、用件はライトマン教授に挨拶したり、浚渫工事の進捗を見たり、モンテス氏にあれこれ頼んだりと、ロマンチックさの欠片もないけどさ。
今回も馬組と馬車に分かれる。メアリーは馬車で、リリアナ伯母様から貰った、ハープシャーに助手達が滞在するのに最低限必要な物資を運ぶ。
石鹸とか、毛布とか、生活雑貨が主だけど、小麦粉や油や肉や乾物などの基本的な食料品も分けて貰った。
王都に戻るライトマン教授に挨拶して見送ってから、モンテス氏と話し合いだよ。
「ペイシェンス様、こんなに朝早くから来られたのですね」
馬の王の運動の為に早起きには慣れている。
それに、モンテス氏には教会の屋根の修理も頼まないといけないのだ。
「馬車で生活に必要な物を運ばせますが、他にも買わなくてはいけない物があるでしょう」
今は、馬も馬車もモラン領のを借りている状態だ。
「ええ、リストにしてあります」
かなり長いリストだ。それも二つに分けてある。
「ありがとう! 領地のと私のと分けてくれたのね」
仕事が速い人って助かるよね。
「馬は、当分はモラン領のを使っても良いのですが……」
パーシバルは、そう言ってくれるけど、悪いよ。
「馬車を引く馬は、こちらでも手に入りますが、乗馬用のは……」
パーシバルの目が輝く。
「王都で購入して、今度来る時に連れて来ます」
モンテス氏が慌てて「高い馬ではなくても良いのです」と予算を伝える。これ、パーシバルは馬に目が無いから、大事だよ!
初期費用を渡さなきゃいけないし、パーシバルも相談に乗って貰う。
「こちらの通帳と小切手帳を渡しておきますわ」
ワイヤットに領地用の口座と小切手帳を私のとは別に作って貰っていたのだ。
モンテス氏は、通帳の金額を見て、驚いたみたい。
「節約して、使わせていただきます」
パーシバルは、私がどれだけ個人資産を貯めているか、大体知っているので、初期投資だと思っている。
「使わないといけない所は、使って下さい」
この資金で、浚渫工事や治水工事、それに街道の補修、館の補修をするのだ。
「グレンジャーの教会の屋根と孤児院の壁の補修は、領地の方ですか? それとも私の寄付でしょうか?」
館や兵舎の補修は領地、館の内装や食器類は私って、ほぼ結婚の時の分け方に似ている。
でも、教会関係は分からないから質問する。
「教会の補修工事は、領主の務めですから、領地ですね。でも、孤児院への寄付は、ペイシェンス様の個人でされた方が良いです」
パーシバルは、普通の貴族はごっちゃにしていると笑う。
「まぁ、普通の貴族は領地の収入で生活していますからね」
ううん、だったら新しく領地を拝領した時に初期投資はどうするの?
「今年は、浚渫工事や治水工事代は、申請して還付金を貰います。他にも、街道整備費も対象になりますね。他にも還付金が貰える物があるなら、調べて手続きします」
元官僚のモンテス氏は、色々な申請や還付金に詳しいみたい。
「こういった事は王立学園の行政では習いませんでした」
私が溜息をつくと、パーシバルも笑う。
「だから、管理人を雇うのですよ」
確かにね! それに、内容は中学や高校の社会科程度だったから。
「ザッカーマン教授なら詳しそうだけど……ああ、ゲイツ様に、指導教授を決めた事を話していませんの」
パーシバルも騒ぎそうだと肩を竦める。
「今はご機嫌が悪そうだから、後日話した方が良さそうですね」
浚渫工事の現場を視察して戻ったら、馬車の荷物が届いたので、それを運んで貰う。
「ハーパーとリラがしっかりしているので、領民の中から下女と下男を雇って教育して貰います」
当分、ライトマン教授の助手達がここに宿泊するのだから、暮らせる様にしなきゃね。
それに、葡萄畑の管理人のスミス夫妻も、こちらに引っ越して来たみたい。
料理上手なケリーが、今は台所を仕切ってくれている。
前からいた老夫婦は、退職金を出して引退して貰った。孫の子守りをするそうだ。
「ワインで採算が取れる様になるまで、ハープシャーでは味噌と醤油とソースを作って売ろうと考えています」
モンテス氏は、醤油や味噌が作れるのかと驚いている。
「大学生の頃、カルディナ街で食事をした事はありますが、それはローレンス王国で作れる物なのですか?」
「ええ、塩と豆と麹で作れるのです」
先ずは、蔵を二棟、そしてソース作りの工房だね。
「それと、グレンジャーの半地下に急速冷凍室を仮設で作っています。マッドクラブを解体して、急速冷凍して王都に送れば、売れますわ!」
モンテス氏が、急速冷凍庫の使い方のメモを取りながら、目を輝かせている。
「あのマッドクラブなら、王都でも売れるでしょう!」
他の雲丹の瓶詰め工房や干物工場は、後にしておこう。ブラック企業になりそうだから。
「私の助手も必要になりそうですね」
人使いの荒い上司にならない様に気をつけなきゃね。
「ええ、良い人が見つかったら、雇って下さい」
ただ、この閑散としたハープシャーやグレンジャーで助手が見つかるか、少し不安だよ。
「若い子を何人か下男や下女に雇って、賢そうな子を教育しますよ」
うん、そこら辺は任せよう!
まだお昼には時間があるけど、粗方の用事は終わった。
「パーシバル様は地下通路を見学された事がないのですよね」
去年の夏休み、パーシバルがノースコートを訪ねて来た時は、まだ発見されていなかったからね。
「ええ、ノースコート伯爵が許可して下さるなら、見学したいです」
二人で馬の王に乗って、ノースコートに戻る。
「伯父様、パーシバル様に地下通路を案内したいのですが、宜しいでしょうか?」
ノースコート伯爵は、まだ見学していなかったのかと驚いている。夏休みに大勢の学生が来ていたけど、パーシバルはデーン王国に行っていたんだ。
「勿論、良いが……あっ、ペイシェンスなら自分で扉を開閉できるから、開閉係は行かせなくて良いな」
今日は、ブロッサム公爵はグラント元提督とゲイツ様と話し合っているから、遺跡見学には行かないので、扉の所に兵を配置しているだけみたい。
「ペイシェンスの事は、皆知っていると思うが、一応、通行証を渡しておこう」
なるほどね! 公開はしているけど、誰もが自由に地下通路に入れる訳じゃないんだ。落書きとかの防止かな? 上のカザリア帝国の遺跡の一部には、石に名前が彫ってあったりするからね。
馬の王には休憩して貰って、パーシバルと馬車でカザリア帝国の遺跡に行く。メアリーは何回も行ったけど、カミュ先生は初めてなので、今回は付き添って貰う。
「パーシー様も壁画をご覧になっていませんよね」
地下通路の扉は北部の執政館跡にあるけど、先ずは南部の壁画を案内する。
「私も初めて来た時は、スケッチをしていたので、この壁画は見なかったのです」
パーシバルも私の側に残っていたから見ていなかった。
「ふうん、これが魔導船ですか?」
誰もが驚くよね! ああ、そういえば、パーシバルは気球にも乗っていないのだ。
「夏休み、一緒に過ごしたかったですわ」
パーシバルも同感だと笑う。
「父にオーディン王子をデーン王国まで迎えに行かされた事を恨みますよ」
ふふふ、パーシバルも時々こんな風に若さを感じるんだよね。
壁画を見学してから、執政官の館跡に向かう。
そこにはノースコート伯爵家の兵が二人立っていた。
「ノースコート伯爵に地下通路の通行許可を頂いています」
パーシバルが兵に渡すと、私に見覚えがあるのか、扉の前から退いた。
「ここに扉があるのですか?」
何人か通った足跡はあるけど、本当にカザリア帝国の建築技術って優れていたんだね。石がピッタリと合ってて、ここが開くとは思えない。
「ええ、ここがスイッチなのです。開け!」
崩れ落ちかけの壁の凹みを押す。
ゴゴゴゴゴ……と床に穴が開き、階段が地下の壁から出てくる。
「これは、凄いですね!」
パーシバルも驚いているけど、カミュ先生もびっくりして眺めている。
「地下通路に降りましょう」
私がそう言うと、パーシバルが先に降りて手を差し出してくれる。
「ここにナシウスが落ちたのですか?」
今は明るいけど、落ちた時は薄暗かったんだよ。
「ええ、さぁ、先に進みましょう!」
ここからは階段の下りが多い。カミュ先生は大丈夫かな? 私より運動神経が良いみたいで、息も上がっていない。
「ペイシェンス、大丈夫ですか?」
はぁはぁ、これでも朝の体操や乗馬でかなり体力が付いたのだけど、やっと普通の令嬢並みだね。
「ええ、もう少し歩いたら、格納庫ですわ。そこまでしか公開されていません」
ふぅ、だから帰りは延々と階段を登らなきゃいけないんだ。
「ああ、これは広い空間ですね! もしかして、天井が割れるのですか?」
普段の遺跡見学で格納庫の天井を開けているかは知らないけど、パーシバルに見せてあげたい。
「雪や泥が落ちるかもしれませんから、パーシー様もカミュ先生も横に退いていた方が良いですわよ」
護衛の人達も、壁際に退避したので、何故かここだけ出っ張りになっているスイッチを押す。
「開け!」
何度も見たけど、やはりびっくりしちゃうよね。
「おお、天井が開きました! 魔導船はここから飛び立ったのですね!」
パーシバルは興奮して、冬のどんよりとした灰色の空を眺めている。
「そろそろ、閉めます」
閉める時の方が、ゆっくりと上を見ていられる。開ける時は、やはり雪や泥が落ちて来たからね。
帰りの登りも、パーシバルにエスコートして貰ってなんとか扉まで帰る。
「ここは、ずっと開いているのでしょうか?」
「いえ、だいたい45分程度で閉まってしまいますわ」
地下通路の半分の格納庫までだから、開いたままだった。
上に登ってから、一応「閉まれ!」と閉じておくよ。
「ペイシェンス! とても素晴らしい体験でした」
パーシバルとカミュ先生にお礼を言われた。
「これなら、夏休みは大勢の客が来そうですよ」
だよね!
「それまでにハープシャー館を住める様にしないと、夏休みに領地に来れなくなりますわ」
夏休み、ハープシャーに弟達と父親も一緒に来たいな。父親を書斎から連れ出せるか、少し不安だけどさ。




