何故、こんな時期に?
ハープシャー館にもマッドクラブを持って行く。
「エバ、簡単なスープでいいから、マッドクラブを使って作って!」
寒い中、川の浚渫工事をした人達に振る舞いたい。
すでに、野菜のスープを作っていたから、それにマッドクラブを足したら、美味しそうになった。
暗くなる前に引き上げて来たライトマン教授と助手達、そして管理人のモンテス氏。こちらにポンプを運んできた人にもスープをご馳走する。
「これは、とても美味しいですね!」
寒い中の工事だったから、冷え切った身体に染みるみたい。本当なら、温かいお風呂に入って貰いたいけど、一つしかないんだよね。
「明日も、浚渫工事を続けます」
ライトマン教授とモンテス氏に任せて、私達はノースコートに戻る。
「ペイシェンスは、暗くなるから馬車の方が良いでしょう」
パーシバルとゲイツ様は、護衛と一緒に馬だけど、私はカミュ先生、メアリー、エバと馬車で帰る。
「浚渫工事は、任せられるけど、来るたびに問題点が浮かびあがるわ」
カミュ先生は「一度には解決しませんよ」と笑う。土地持ちの騎士爵だったから、私より詳しいかもね。
夕暮れの中、ノースコートに向かう途中の寒村、ここも私の領地なのだ。何とかしなきゃ! と焦るけど、少しずつ進めるしかない。
先ずは、先延ばしにしていた教会を訪ねなきゃいけないのだ。パーシバルと相談しよう。
リリアナ伯母様は、マッドクラブをとても喜んでくれた。
「エバに調理して貰えるかしら? ここでは、焼いて食べるぐらいなのよ」
焼き蟹、美味しいよね! でも、それだけでは寂しいのも分かるよ。
「ええ、言っておきますわ」
潮風に当たったし、寒かったから、私は部屋でお風呂に入る。
「ああ、温かいわぁ」
ゆっくりと温まるまでお湯に浸かる。やはり、ハープシャー館にも風呂がもっと欲しいよ。
お風呂で温まりながら、こんな寒い時期に遺跡見学に来られたブロッサム公爵は何を考えておられるのだろうと首を捻る。
「気候の良い頃は、他の貴族が押し掛けてくるから、避けたのかしら?」
あの地位にいるのだ。いつだって宿泊したいと言えば、それが通るのは理解しているだろう。控え目なのか? それとも煩わしい貴族の相手が嫌だったのか?
「お嬢様、そろそろお召し替えをしなくてはいけませんよ」
ふぅ、このまま寛いで部屋で食べたい。前世のぐうたら生活が懐かしく感じるよ。
今夜は、授業で作った銀ビーズ刺繍を施した濃緑のドレスだ。共布で作った髪飾りを付ける。
ちょこっとだけ、眉墨とピンクのリップクリームをつけてお終い。
「ペイシェンス、とても綺麗だよ」
パーシバルは、優しいね。綺麗と言うより、まだ可愛いって感じなのに。でも、ちゃんと婚約者として接してくれると嬉しくなる。
「パーシー様、ありがとう」
良い雰囲気だけど、夕食だよ。それにリリアナ伯母様の監視の目も厳しい。
夕食には、マッドクラブが色々と料理されて出た。
「本当に美味しいですな」
ブロッサム公爵も満足そうだし、ゲイツ様も無言で食べている。
「カザリア帝国の遺跡をもう少し見学したいのだが、宜しいだろうか?」
公爵は、そんなに遺跡に興味があるのかな? フィリップスみたいだね。
「誰か来るのを待っておられるのですか?」
ゲイツ様の言葉に、公爵は微笑む。
「さて、風次第ですからな」
えっ、何? パーシバルも食事の手を止めている。
「まぁ、ブロッサム公爵がローレンス王国の害になる様な事はされないと私は思いますから、ご自由になさったら良いと思います。それより、ペイシェンス様、この後、何が出るのか教えてください。蟹グラタンをお代わりするか悩んでいるのです」
何だか陰謀めいた話と蟹グラタンのお代わりを一緒に話されても困るよ。
「この後は、少し変わった蟹鍋を出す予定ですわ」
ここのホステスはリリアナ伯母様だからね。メニューの決定権もある。
「蟹鍋! なら、お代わりはしないでおこう。雑炊まで食べたいですから」
さっきの話など忘れたかの様なゲイツ様に、ブロッサム公爵もレオナールも少し呆れているが、ノースコート伯爵とパーシバルはホッとしたみたい。
いくら、物好きとはいえ、こんな真冬に遺跡見学、それもいつまで居るか予定もはっきりしないなんて、怪しすぎるよね。でも、王宮魔法師のゲイツ様が大丈夫だと思ったなら、良いのだろうって感じなのかもね。
一人用鍋に昆布が入れてあり、ブロッサム公爵やレオナールやノースコート伯爵には給仕がお世話する。
ゲイツ様は、自分でサッサとトングで蟹のむき身を掴んでしゃぶしゃぶしている。
「ほう、これは初めて食べるやり方ですな」
まぁ、ローレンス王国ではやらないかもね? 蟹の身が花の様に開いて、それを柚子風味のポン酢で食べると美味しい!
「お祖父様、とても美味しいです!」
レオナールが食べてから、公爵も口にする。毒味ってほどではないけど、試してから食べるって感じだね。
「ふむ、これはマッドクラブの美味しさがよくわかるな」
新鮮だからね! 私も脚を二本ほど食べて、雑炊にして貰う。
「雑炊とは?」
レオナールは、本当に公爵の秘書みたい。わからない事は、代わって質問する。
「マッドクラブの出汁とカルディナ帝国の調味料でご飯を炊いて、味付きのお粥っぽくしたのを卵でとじたものですわ。消化も良いし、温かくなります」
説明しているうちに、私の雑炊が運ばれてきた。
個人鍋に半分ぐらいの雑炊が入っている。エバは、私の食べる量をよく知っているからね。それを小さなお玉で掬って、ボウルに入れて食べる。
「美味しいわ!」
蟹鍋って、締めの雑炊の為にするんじゃないかな? ってほど美味しい。
「私も食べてみよう!」
ゲイツ様やノースコート伯爵やレオナールやパーシバルは、まだ蟹鍋を食べているけど、リリアナ伯母様やブロッサム公爵は、もう十分みたい。
「雑炊……こんなに美味しい物があるだなんて、この年まで知らなかった。妻にも食べさせてやりたい」
これは、年配の人にも優しい料理だからね。
「また、ご一緒にいらして下さい」
リリアナ伯母様は、やはり社交が上手いね。色々と教えて貰わないといけないな。
ゲイツ様も雑炊が食べたいから、三皿でお代わりをやめた。他の人は二皿だけどね。
「この調味料は、どこで手に入るのでしょう?」
レオナールが質問している。ブロッサム公爵夫人に食べさせてあげたいのかも?
「ペイシェンス? まだソースは売っているのかしら?」
そろそろ、冬の魔物討伐も終わると思うけど、ソースはよく売れている。
「ええ、まだ売っていますわ」
レオナールとブロッサム公爵が驚いている。
「もしかして、今年の冬の魔物討伐の美味しいソースは、ペイシェンス様が作って売っておられるのですか? 討伐に参加した学生から噂を聞いたのです」
えっ、そんな噂が流れているから、ソースの販売が終わらないのかも?
「確かに、あのソースのお陰で、食事が楽しみになりましたからね」
パーシバルの言葉に、ノースコート伯爵も飛びつく。
「そうか、ソースを販売しているなら、私も購入したい」
ふぅ、そろそろ本格的な工房が必要になるかも。
「第一騎士団と知り合いの方にお譲りしていたのですが、段々と増えてきて……調理人だけでは、忙しそうですわ」
パーシバルが笑いながら提案する。
「いっそ、領地で作らせたらどうですか?」
「あっ、それは考えていたのですが、他にもしなくてはいけない事がいっぱいあって……」
ゲイツ様に笑われた。
「ソース作りなら、冬の間、暇な農家の主婦にでもできるでしょう。現金収入があれば、喜ばれますよ」
確かにね! 味噌蔵と醤油蔵を作れば、何とかなりそう。
「それに料理が上手なスミス夫人もいますからね」
あっ、パーシバル! それ名案かも!
横で私達の話を聞いていたブロッサム公爵やノースコート伯爵が呆れる。
「若いって事は、素晴らしいですな。次々と事業を打ち立てていくエネルギーに溢れています」
「ペイシェンス、ノースコートの事も相談にのって欲しい」
いや、こちらが相談したいのです!
ブロッサム公爵が誰を待っていたのか、次の日にわかるんだけど、かなり胃が痛くなりそうな相手だったんだよね。