ハープシャーの管理人!
午後からも浚渫工事は続くけど、大きな岩はないから、私が現地に出向く理由はない。それに、やはり川沿いは寒くて冷えたんだ。
「ペイシェンスは、ここで休んでいて下さい」
パーシバルも手が冷たいですよと労ってくれる。
「どうも、寒さに弱くて……」
いちゃいちゃモードなのに、ゲイツ様は空気読めないね! ぷんぷん!
「ペイシェンス様、マッドクラブを狩りに行きましょう! ノースコート伯爵夫妻にも良いお土産になりますよ」
そりゃ、そうだけどさ。
「ゲイツ様、お一人でも大丈夫でしょう!」
寒いのはお断り! 昼からは暖炉の側でぬくぬくしたい気分なんだ。どうもローレンス王国の人より、私は寒さに弱い気がする。
「ええっ、折角だから、グレンジャー館に急速冷凍庫を設置しませんか?」
うっ、それを言われると弱い。私だけでも作れそうな気はするけど、ゲイツ様が一緒の方が安心だよ。
「ペイシェンス? 急速冷凍庫を作った方が良いのでは?」
ああ、パーシバルに指摘されちゃった。 作った方が良いのだけど、他にもしなきゃいけないことがいっぱいありすぎて、忘れちゃっていた。
「マッドクラブを冷凍してロマノに運んだのですが、ゲイツ様がその場で急速冷凍した蟹が一番美味しかったのです。それで、この前の魔法訓練の時間に、急速冷凍の魔法陣を作ったのですけど、それを設置しないといけないのですが……今回は無理かなと思ったの」
パーシバルは、然程魔法に詳しく無いから、前に見たのであまり驚いていなかったけど、ライトマン教授は驚愕していた。
「ペイシェンス様は、本当にゲイツ様の弟子なのですね」
あっ、今なら否定できそう!
「いえ、ライトマン教授、違うのです!」
「本当にねぇ、ある分野では私がペイシェンス様に教えて頂かないといけないのですよ」
ちょっと! 誤解を招く様な発言はやめて!
「ゲイツ様は、料理は不得意だから、そんな事を言われているだけですわ」
ここにいる男性陣は誰も料理は不得意なのか「それは……」と困惑した空気になった。
「あっ、スミス夫人は料理がお得意だと聞きましたよ。葡萄の収穫時期には大勢を雇うのですが、その賄い料理を作っていたそうです」
あっ、それ良いかも? モンテス氏は、良い情報をゲットしてくれたね。
「ケリーを、ハープシャー館の臨時の料理人に雇いたいですわ」
私は月に一度か二度しか来れないし、泊まることも当分はできない。
なら、ハープシャー館に管理人のモンテス氏と葡萄畑の管理人のスミス夫妻に住んで貰えば良いのだ。
「少しお給金を弾んでおきます!」
こういう雑事もモンテス氏がやってくれるから、楽だよね。
今日の浚渫工事の小舟を出してくれた人や荷馬車を出した農夫にも賃金を過不足なく払ってくれる。
うん? 領地の管理人と執事の違いは? 微妙に違うのはわかるけど、ここら辺も伯母様に教えて貰おう!
結局、ライトマン教授と助手とモンテス氏に浚渫工事は任せて、マッドクラブを狩りにパーシバルとゲイツ様とグレンジャー海岸に来たよ。
私は、カミュ先生と馬で向かう。メアリーはエバと一緒にハープシャー館のお掃除と晩御飯の用意をするみたい。あの老夫婦では、無理そうだからね。
一応、出かける前に「綺麗になれ!」と館全体に掛けておいた。かなり魔力を取られたよ。
「ペイシェンス様! それは、生活魔法ですよね? でも、あの大量の塵は……転移魔法なのでは? それに屋根が綺麗になっているのは修復魔法ですよね!」
約一名がうるさかったけど「マッドクラブを狩りに行かないのですか?」と言うと、戦馬に乗ったよ。
まぁ、でも道中でも横でうるさかったけどね。
「グレンジャー館でもう一度確認させて下さい! ペイシェンス様の生活魔法が変なのか? 元々、生活魔法が転移魔法なのか? 少し実験したいです」
馬の王も横で騒がれて、耳をパタンと閉じている。うるさいよね!
「うちに新しく雇ったお針子の中の三人も生活魔法が使えます。魔力量が少ないから、一度か二度しか使えませんが、高い所の塵を掃除するのは、転移魔法だと思いますわ」
横でうるさいから、そう言ったら、ゲイツ様は黙り込んだ。天才なのに、今まで生活魔法についてはあまり考えていなかったんだね。
でも、面倒くさい事まで思い出したんだ。完全記憶術なんか、持つもんじゃないね!
「そうか、ナシウス君が地下通路に落ちたのをペイシェンス様は転移させたのですね!」
これ、本当に思い出して欲しくなかったよ。
「あの時は、神にも縋る思いでしたから……二度とできるとは思えませんわ」
断っておかなきゃね! 脱出の手品とかみたいに鉄の箱の中に閉じ込められそうだもの。
「ペイシェンス様、貴女はエステナ教会に目を付けられています。その時に脱出できる手段があるなら、訓練しておくべきなのですよ」
その言葉に、パーシバルも賛成する。
「ペイシェンス、あの偽手紙を貴女は軽く考えているかもしれないが、私は心から恐れている。卑劣な真似をする輩と対決できる手段は一つでも多い方が良いと思う」
ふぅ、あの策略はパーシバルを巻き込んだ物だったからね。私が偽手紙だと気づかずに、のこのこ罠に嵌ったら、パーシバルは自分を許せなかっただろう。
「できるかどうかはわかりませんが、練習してみますわ」
ゲイツ様が満足そうに頷く。どうも、魔法省にまっしぐらの道を進んでいる気がするよ。
この日も、大きなマッドクラブを討伐して、冒険者ギルドで解体して貰った。半分は、ノースコート伯爵館に、残りの半分はグレンジャー館の半地下に急速冷凍庫を作って冷凍したよ。
「この急速冷凍庫は、仮作りですから、もっとしっかりした作りにしなくてはいけませんね」
半地下のパントリーを生活魔法で綺麗にしたのは私だけど、ゲイツ様はそこら辺の木材と鉄で簡易冷凍庫を作った。
「まぁ、冬場ならこれで大丈夫でしょう。ペイシェンス様、冷凍庫の作り方ぐらいは、わかりますよね? 急速冷凍庫は魔法陣を変えるだけですから」
気軽に言ってくれるね! むかつくけど、錬金術もゲイツ様の方が洗練されているんだよね。
折角だからと、グレンジャー館もかなり綺麗にしておいた。お化け屋敷風だったのが、古びた館になったよ。とはいえ、ぽっとんトイレのままだし、お風呂も無いんだ。
「設備の改築は、ライトマン教授の助手に頼んだら良いですよ。川の浚渫工事、溜池作り、農水路の完備、館二軒分と管理人家と葡萄畑の管理人の小屋、後は兵舎ですか?」
そんなに纏めて頼んで良いものなの?
「内装はヒューバート様に頼んでいるのですが……」
ゲイツ様は、ふむと頷く。
「新進気鋭のインテリアコーディネーターですね。なら、早めにこちらに来て貰って、助手に指示して貰うと二度手間が省けますよ。それか、私の屋敷を改築したヘンドリック・ラドリーに協力させましょうか?」
もう、ヒューバートに頼んでいるからと私が戸惑っていると、パーシバルはお願いした方が良いと言い出した。
「門外漢の私でもヘンドリック・ラドリー様は知っていますよ。王宮専属の建築士です」
ちょっと、それ駄目な人じゃないの?
「ヘンドリックには貸しがあるから、私が言えばすぐに飛んできます。ヒューバートは、今はサリエス卿の屋敷をやっているのでしょう? ノースコート館は、春から客が多くなりそうですから、それまでに住める状態にしないと困りますよ」
パーシバルは、王都の新居をヒューバートに任せれば良いと乗り気だ。
「手紙で、ヒューバート様に尋ねてからにしたいですわ」
ふふふん! とゲイツ様が笑う。
「ヘンドリックが改修工事をすると聞いたら、ヒューバートが見学しに飛んでやって来ると思いますね」
実際、残りのマッドクラブをハープシャー館に持って行って、メアリーとエバと給仕のヘルプ要員を回収しに行ったら、話を聞いたライトマン教授が興奮して騒いでいた。
「あのヘンドリック・ラドリー様が! その時は、私も見学に来て宜しいでしょうか? 勿論、助手達は好きにお使いになって良いです!」
助手達も興奮して「やったぁ!」「天才の技を間近で見られる!」と口々に騒いでいる。
「そんな大物に、費用を支払えるでしょうか?」
心配になったけど、ゲイツは笑う。
「ペイシェンス様の料理を食べさせたら、無料でも大丈夫ですが……居着くかもしれませんね」
えっ、餌付けはしたくないよ! パーシバルも横で複雑そうな顔だ。