浚渫工事を始めよう!
ノースコートに着いた翌日、私達はハープシャーに向かう。
「ペイシェンスは、馬の王で良いのですか? 馬車の方が楽ですよ」
ポンプを馬車に積んでいるし、メアリーも乗っているから、そちらでも良いのだけど、やはりパーシバルと一緒の方が良い。
ノースコートから海沿いの街道をグレンジャーに向かう。
「これは補修しないといけませんね」
何十年も最低限の補修しかされていない街道、馬車だとお尻が痛くなりそう。
「ライトマン教授は、ハープシャー館に泊まったのですか? 変わった人ですね」
ゲイツ様は呆れているけど、私も少し変わっていると思う。
「ハープシャーには、何人か使用人がいるから、餓えたりはしないでしょう」
でも、あの薄い紅茶を思い出すと、身震いしちゃうよ。
グレンジャーからは、ライナ川沿いを遡る。この道も要改修だね。
「ポンプを積んだ馬車が着くまで、館で休憩しましょう」
あの味も香りもないお茶は二度と飲みたく無いから、王都から持って来てある。
それと、ライトマン教授と助手達の為の食事もバスケットに入れて持って来たよ。
「おはようございます」
館でライトマン教授と助手達と挨拶する。
「ゲイツ様、こちらがライトマン教授です」
朝からつけてある暖炉だけど、然程温まっていない。煙突掃除がちゃんとされていないのか、煙いね。
「馬車に強力なポンプを乗せてある。到着までに、浚渫工事の工程を決めておこう」
ゲイツ様とライトマン教授が決めている間に、カミュ先生に台所でお茶を淹れてもらう。それと、ちゃんとした朝食は出ていなそうなので、サンドイッチも皿に乗せて持って来て貰う。
「おお、これは美味しそうですね」
ライトマン教授と助手達は、やはりお腹が空いていたみたい。凄い勢いでサンドイッチが消えていく。
「やはり、ペイシェンス様の料理人は腕が良いですね」
「ゲイツ様、朝食はお済みでしょう」
個人別に皿に盛れば良かったと、カミュ先生が困惑しているけど、そうやったって図々しいゲイツ様なら、助手の皿から摘みそう。
「おはようございます!」
管理人のモンテス氏がやって来て、教授達がここに泊まったと知って驚いている。
「泊まれるなら、私もここに滞在しようかな?」
「いいえ、ライトマン教授も大変な目に遭われたでしょう。今夜からは、ノースコート伯爵館に滞在して下さい」
こんなボロボロの館に泊まって貰うのって、恥ずかしいよ。
「いえ、視察や調査では、普通の宿に泊まることもありますから大丈夫ですよ。それに、助手達とライナ川とその周辺について、腰を据えて調査したいのです」
それは、有難いけど……私が困惑していたら、パーシバルが提案してくれた。
「モンテス氏、モラン館の使用人を何人かこちらに連れて来て下さい。そして、領民から下働きの男の子と女の子を数名雇って下さい」
モンテス氏は、それなら自分もここに住まうと言い出した。
「でも……」と私が困惑していると、パーシバルが笑う。
「ハープシャー館の改修が終わるまで、ペイシェンスはここには泊まれませんよ。改修しながら、管理人の家を作ったら良いのです」
ふぅ、独身の女性が住むのは色々と面倒くさいね。
「内装は兎も角、少しは綺麗にしておかなくてはいけませんね。それに、葡萄畑の管理人夫妻もこちらに住みたがりそうですし」
あれこれ準備が大変だよ。生憎、ハープシャー館の使用人は年老いた夫妻で、やる気はあまりない。
今回、教授達が泊まると事前に通達したのに、食事も碌に出していない。モラン館から来た使用人が老夫婦は使えないと判断したら、引退して貰おう。
「馬車も着いた様ですし、浚渫工事を始めましょう」
私は馬車で着いたメアリーに、今夜も教授達はここに泊まること、そしてモンテス氏も滞在することになりそうだと伝えた。
「まぁ、ではお掃除をしなくてはいけませんわ」
それと、食事ができる様に食材の買い物も頼んだ。
工事に出かける準備をしている間に、私は主要な場所を生活魔法で綺麗にしていく。応接室、食堂、客間、トイレ、一つしかない風呂、そして台所!
はぁ、急いで回ったので疲れた。
「ペイシェンス様、出発しますよ!」
玄関でゲイツ様が騒いでいる。できたら、このまま館を綺麗にしたいよ。
「ええ、まいりますわ」
後は、メアリーに任せて、今回は馬車に乗る。途中で寒くなったら避難場所にしたいからね。
「浚渫工事は、やはり川上からですのね」
カミュ先生にも馬車に乗って貰う。ゲイツ様も寒いから馬車で移動を選んだからね。
「それが一般的ですね。川上の土砂をどこに運ぶか、ライトマン教授が面白いことを言っていましたよ」
へぇ、私が館を綺麗にして歩いている間、そんな話をしていたんだね。後で、説明して貰おう。
「治水工事に利用しようと言われました。特に川上は土砂もありますが岩や小石が多いですからね」
治水工事もだけど、街道の整備と道もなんとかしなきゃね。街道は、一応は普通の道とは違って、一段高く土を盛ってある。その上に小石を固めて、更に石畳を敷いてあるのだが、この石畳がデコボコで馬車でも振動が大きい。
王都の石畳は、管理されているので、少なくともメインストリートは滑らかだよ。
アスファルト舗装が懐かしい! なければ作れば良いのだけど、それより材料が手に入りやすいのは石灰。コンクリート舗装って駄目なのかな?
「その出た小石で道をコンクリート舗装できないでしょうか?」
ゲイツ様は、私の思考回路が飛んだので、一瞬驚いた顔をした。
「ふふふ……、やはりペイシェンス様は少し違いますね! コンクリートの道、とても素晴らしいですが、高価になりますよ」
うっ、それは考えてなかったよ。
「石畳の上から、施せば良いと思ったのです」
コンクリートの道の作り方なんか知らないから思いつきだよ。
「大量のコンクリートを流し込む装置と、道路の両側を枠で止めないといけませんね。それに、コンクリートが乾くまでは通行禁止になります」
ふぅ、では無理だね。思いつきだけじゃ、やはりいけないな。
私が反省しているのに、ゲイツ様はぶつぶつ喋っている。
「うん、良いかもしれません! 街道の補修にコンクリートを使うのです。街道の両側に枠を設置して、コンクリートを薄く流し、補強してから、平にして石畳を見える様にすれば滑らかで、見栄えも良いです」
紙を鞄から取り出して、ゲイツ様に図を描いて説明して貰う。私は、全てコンクリートになった道を考えていたけど、ゲイツ様案は違った。
下の基礎部分はコンクリートを上から流し込んで補強し、上は表面の凸凹はコンクリートで滑らかにし、石畳は残す遣り方だ。
「石畳はコンクリートに埋まっても良いのでは?」
「ここだけ、灰色ののっぺりした街道だなんて、味気ないじゃないですか! それに見た目も良いし、馬車の乗り心地も良くなるなら、こちらの方が良いですよ」
手間が掛かりそうだけどなぁ。
「それは良いですね! 浚渫工事もですが、街道の整備も冬の領民の仕事になるから、やりましょう!」
モンテス氏は、凄いやる気だ。コンクリートを混ぜる道具は田舎でもあるみたい。基本、ローレンス王国の家は石作りだからね。農家とかは、木材も多用されているけど、基礎部分は石を積んである。
さて、浚渫工事だけど、川上にはもう船が用意されていた。これにポンプを乗せて、川の泥を吸い上げるのだ。
泥は、荷馬車に積むみたいだけど、水が多いのに大丈夫かな? 農家の手持ちの荷馬車が何台も並んでいる。
「これが強力なポンプですね!」
ライトマン教授と助手達が、真剣に見ている。
「ええ、助手の方に使い方を教えますね」
ゲイツ様は、丸投げにする気、満々だよ。だって、川面は寒い風が吹き抜けているんだもん。ゲイツ様も、ローレンス王国の中では寒さに弱い方だね。マリーとモリーに作らせたダウンコートを着ている。
船がポンプを乗せて、川の真ん中に進む。
「一度、稼働してみなさい!」
ゲイツ様が命じて、助手達が吸い込み口を下に下ろしていく。
ポンプのギュウン、ギュウンとたてる音が大きいな。
「あっ、出て来ましたね!」
ゴゴゴゴコ……川岸の太いホースから土と石が出て来た。
「水分がかなり含まれていますね。このまま荷馬車に積んだら、重さで壊れそうです」
ゲイツ様も浚渫工事は初めてみたい。
「一旦、山積みにして、水を切ってから荷馬車で運ぶのですよ」
ライトマン教授の方が慣れているみたいなので、それは任せよう。
「では、彼方の岩を細かくしましょう! ほら、ペイシェンス様もさっさと砕かないと、マッドクラブを狩りに行けませんよ!」
いや、マッドクラブを狩りに来た訳じゃないけど……パーシバルが横で笑っている。
川上には、大きな岩もゴロゴロある。全てを小さくする必要はないけど、大雨で川の真ん中に流されているのとかは、取り除いた方が良い。
「ペイシェンス様、質問します。岩は土ですよね。では、何の攻撃が有効でしょう?」
えっ、こんな所で魔法学のお勉強? 普通は、反対の魔法がよく効くと思う。
「風では弱い気がします」
にっこりとゲイツ様が笑う。
「土属性の魔物なら、風攻撃が有効ですが、岩ですからね。風より、固い土で壊すか、業火で焼いて粉々にするのが早そうです。今回は船を焼いてはいけませんから、土ですね」
ライトマン教授が業火と聞いて慌てていたよ。
「まぁ、勿論、鋭い真空攻撃で壊す手もあります」
結局、何でも強い魔法なら壊せるって事だね。
「川の流れを邪魔する岩よ! 砕け散れ!」
相変わらずの詠唱だけど、前より短くなったし、効果は抜群だ。
バッバッバッババン! と何個もの岩が砕け散った。
「おお! 素晴らしい!」
ライトマン教授が拍手している。でも、ゲイツ様は素知らぬ顔で、次々と岩を砕く。
「ペイシェンス様も少しは手伝って下さい」
やれやれ、ゲイツ様だけでもなんとかなりそうだけどね。
「岩よ、砕けろ!」
私は、ゲイツ様程はいっぱいの岩を一気には砕けないけどね。二、三個は砕いたよ。
「ペイシェンス様も素晴らしいですね。流石、王宮魔法師のお弟子様だけあります」
いや、違うから!
「私が岩を砕きますから、ペイシェンス様は砕いた岩を、端に避けて下さい」
否定しようとしたのに被されて命令された。
バッ、バッ、ババン! ガシャ、ガシャ! うるさいけど、目に付くところにある岩は川岸に撤去したよ。
ポンプで汲み上げた土砂が小山に三個積み上がっている。
「水よ、抜けろ! これで荷馬車に積めますわ」
ライトマン教授とモンテス氏が一瞬驚いていたけど、我に返って指示を出した。
「川上の放牧地に一旦運んでくれ!」
どうやら、そこに土砂を積んで、これからの治水管理に使うみたい。
「ペイシェンス様の領地は川上も川下も一緒ですから、ある意味で治水がしやすいですね。違う領主だと、川上に溜池を作ったりしたら、争いになります」
ライトマン教授は、領地の何箇所かに溜池を作って、雪解け水や大雨の時の水を貯めて置くみたい。
「ハープシャーもグレンジャーも、夏場は雨は少ない地方です。なのに偶に嵐が来る。治水管理を疎かにすると、作物は大打撃を受けます」
溜池や砂防ダムは、浚渫工事の後、ゆっくりと領地を観察してから作る位置を決めるそうだ。
「教授はロマノに戻らなくて良いのですか?」
授業は始まっているよね?
「私は、一旦は戻りますが、助手達に調査させておきます。それまでハープシャー館に泊めてやって下さい」
それは良いけど、食事とか、あの老夫婦では無理かもね。
「モンテス氏、明日にも執事見習いのハーパーと女中頭の娘のリラをこちらに来させてください。ついでに今は暇でしょうから、数人の下女と下男も。その後は、領地の若い子を雇って欲しいですね」
モンテス氏は、了解ですと笑う。
午前中で、目立つ岩は取り除いたので、一旦、昼休憩にする。
「えっ、こんなに綺麗だったでしょうか?」
ライトマン教授は、失礼だと口に出さなかったが、助手は思わず言っちゃった。
「少し、掃除させましたの」
食堂も綺麗にしてあるから、そちらに向かう。
「あら? 良い香り!」
この香りは、エバのスープみたい。
「お手伝いを頼みましたの」
メアリーが小声で教えてくれた。エバだけでなく、給仕も連れて来てくれたみたい。
簡単な昼食だけど、濃厚な海の幸のシチュー、焼き立てのパン、そしてステーキ。
「ねぇ、ペイシェンス様! 一生のお願いですから、料理人を譲って下さい!」
デザートのアップルパイを食べながら、ゲイツ様に懇願されたけど、これは断固拒否!
「ふぅ、美味しい料理は、何物にも勝りますな。ペイシェンス様、ハープシャーとグレンジャーの治水、建築関係は私が引き受けます」
細かい料金は、後で精算することに決まった。
部屋もザッとは魔法で綺麗にしておいたが、建物全体がへたっている。なんとかしなきゃね!