週末は、ノースコートに
管理人のモンテス氏との面接、何とか父親も立ち会ってくれて、パーシバルと共に信頼できそうだと判断し決めることにした。
モラン伯爵が調べてくれた元上司は、本当に碌でもない貴族至上主義者で、騎士爵の次男、つまり平民のモンテス氏を顎で使っていたみたい。ブラック企業並みの残業と、意味不明な命令に嫌気がさして、モンテス氏は辞職。
モンテス氏が辞めてから、無能上司だけでは仕事は全く進まず、今はクビになって親の領地の家令をしているそうだけど、その領地大丈夫なのかな? 領民が可哀想だよ!
「上司はクビになったそうですし、官僚に戻られても良いのですよ」
父親が提案したけど、モンテス氏は首を横に振った。
「前から地に足がついた生活をしたかったのです。王都より田舎の方が性に合っているのですよ」
それは嬉しい! 雇う条件は、領地が持ち直すまでは、月給制。持ち直してからは、歩合制となった。モラン伯爵領の管理人の給与形態を真似させて貰った。この方が、やる気が出るそうだ。
葡萄畑の管理人夫婦は、がっしりした茶髪のサム・スミスと若妻の可愛い系のケリー。
二人はゲイツ家の葡萄畑を父親と長男と一緒に管理していたけど、長男が結婚する事になって、少し将来を考えていたみたい。
「昔のハープシャーのワインを飲ませて頂きました。とてもフルーティで美味しかったです。今のは、他の安物のワインと混ぜて売られている様ですが、十年下さい。前よりも美味しいワインを作ります」
十年! 少し驚くけど、そのくらい掛けないと駄目なのかもね。
ここも、立て直す間は、月給制! 立て直してからは、歩合かな?
「春までにしなくてはいけない作業もあるので、早く引っ越したいです!」
葡萄の管理人小屋の修繕ができていないけどと言っても、大丈夫だとケンは急ぐ。
「奥様も一緒でしょう? モラン伯爵館に滞在して、そこから通われては?」
パーシバルの提案で、修繕が終わるまでは通う事になった。
二月になり、今回はゲイツ様も同行するから、木曜からノースコート伯爵領に行く予定。
建築学のライトマン教授と助手達も先に出発している。ノースコート伯爵館に泊まるのかと思ったけど、現地に泊まるのが良いそうだ。
まぁ、あのボロなハープシャー館に泊まって、うんざりされたら、二日目はノースコート伯爵館を勧めてみよう。
サティスフォード子爵に貸していた冷凍車も返して貰ったよ。レンタル代だけじゃなく、ビッグホエールの肉や、魔物の魚やら、色々と貰っちゃった。
「この冷凍車、是非、作って下さい」
王都ロマノでは、まだ社交界シーズンなので、パーティとかで爆売れしたみたい。
「ええ、夏休みに作りたいですわ」
本当に、それまで暇がなくて……。パーシバルとデートもできないんだよ。
今回も馬車組と馬組は別れる。馬車は午前中に先発したよ。メアリーとエバはこちらだ。リリアナ伯母様の要望で、急遽、エバも連れて行く事になった。
それにエバも魚介類の料理はもっと覚えたいみたい。
馬組にメアリーがいなくて良いのは、カミュ先生が同行してくれるからだ。
金曜の夕方にナシウスが帰ってくるまで、少しヘンリーだけになっちゃうけどね。マシューとルーツがこのところかなりしっかりしてきているから、ヘンリーの面倒はみてくれると思う。
冷凍車は、行きは一緒だけど、帰りは冒険者ギルドに依頼する予定! 蟹と他にも何か獲れたら運びたい。
「今回の目的は、ライナ川の浚渫工事ですよ!」
ゲイツ様に釘を刺しておくけど、冷凍車を持って行ってる段階で、マッドクラブ狩りをする気が私にもあるのは、明らかだよ。
「ついでに、急速冷凍庫を作りましょう!」
うっ、それは欲しいけど、他にも優先する事が山積みなんだよ。
「領地の改革の為に、資金が必要でしょう。ペイシェンス様がこれまで蓄えた資金をじゃぶじゃぶ注ぎ込む遣り方は感心しませんね。まさか、領地と自分の資金をごっちゃにしていませんよね」
うっ、痛いところを突かれたね。
「でも、どこまでが私が払う物なのか、何処からが領地の為なのか曖昧で」
今回のノースコート伯爵館に泊まるのでも、親戚だから宿泊費は取られない。その分、マッドクラブが取れたら提供したり、エバに料理をさせたりするわけだ。
細かい事を言えば、調味料とかも持ち出しになるしさ。チョコレートとかもね。
「私なら、領地に関する全ては領地の経費ですね。王都の屋敷や私の生活は、俸給で賄っています」
そりゃ、王宮魔法師の俸給は凄いんだろうね。あの広大なお屋敷の管理代、凄く掛かりそう。
「ペイシェンス、ゲイツ様ほどではなくても、少し分けて考えないと困りますよ」
先ずは、モラン伯爵家に馬車を借りないで済む様にしたい。それは、領地? 私? ここは、私で良いんじゃないかな?
そんな事を話しながら、馬の王で走る。生憎の天気で小雪が舞っているけど、馬の王は気にしないね。それに、雪と風を避けてくれるから、かなり快適。
何度か休憩しながら、馬車組と合流し、そこから私とカミュ先生は馬車に乗る。
やはり、ずっと乗馬はしんどいんだもん。
夕方にはノースコートに着いた。二月だけど、少しだけ日が長くなって良かったよ。
馬車が着く前に馬の王達は、当然着いていて、サンダーやジニーが厩舎で世話をしてくれている。
ノースコート館は、夏休みに滞在していたから、慣れている。
リリアナ伯母様に「寒かったでしょう!」と出迎えられた。
ただ、夏休みと違うのは、この寒い最中に、もうカザリア帝国の遺跡の見学に訪れた客がいる事だ。
まぁ、これは予め覚悟していたし、私が避けた方が良い貴族至上主義者やエステナ皇国関係者が滞在する時は、知らせてくれる手筈になっているから、問題はない人なんだろう。
ただ、リリアナ伯母様がエバを連れて来て欲しいと頼んだ理由は、お客様の地位が凄く高かったからだ。
「こちらは、ブロッサム公爵です。私の姪のペイシェンス・グレンジャーですわ」
ローレンス王国には、公爵家が八家ある。基本は元王族で、次男以下が独立する時に公爵家をたてる。
なら、もっと多くても良いよね? それには理由があって、何代かすると侯爵になったり、後継がいなくて王家から婿を取ったり、つまり増やさない様に管理されているのだ。
ブロッサム公爵は、初老の矍鑠としたおじい様だった。
「妻は、こんな寒い時に行かなくてもと文句を言ったのだが、私はどうしても見たくて、ノースコート伯爵には無理を言ってしまった」
奥方はロマノにいるみたい。ブロッサム公爵の奥方なら、高齢だろうから、寒い中の旅は遠慮したいだろうね。
ブロッサム公爵は付き添いに、孫にあたる青年を連れて来ていた。なかなかハンサムで、気が利いている感じ。秘書代わりにしているみたい。
「パーシバル様、お久しぶりですね」
どうやら、孫のレオナールとパーシバルは、騎士クラブで一緒の時期があったみたい。
「こちらこそ! レオナール様が来られているとは存じませんでした」
レオナールは、ブロッサム公爵の次男、サザビー子爵の息子になるみたい。
「この子は、ロマノ大学生なのに、妻が心配して付き添わせたのだよ。まぁ、本人も遺跡見学に興味があるみたいだったから良いと思ったのかな?」
公爵は、気さくな感じのおじい様で、応接室で部屋が整うまで気楽な会話が弾んだ。
「しかし、ここで王宮魔法師のゲイツ様にお会い出来るとは考えておりませんでした」
ゲイツ様は、会話を無視してお茶とクッキーを食べていたが、直接話し掛けられたので、渋々答える。
「私の弟子のペイシェンス様が拝領した土地の川が氾濫しそうなので、浚渫工事を手伝いに来たのです」
ブロッサム公爵は、嬉しそうに笑う。
「それは、立派な行為です。亡くなられたマグヌス様も喜んでおいででしょう」
私的には「弟子ではありません!」と言いたかったけど、ちょっと言い難い雰囲気だったから、やめといた。
夕食は、これはエバが作るか、指導したと分かるメニューだった。ノースコート館の料理人も腕は良いけど、エバのは格別だからね。
「ふむ、今夜は特別に美味しいですな。美しいご婦人と令嬢がいらっしゃるからでしょうか?」
ブロッサム公爵、なかなか口の巧いお爺さんだね。
食後は、リリアナ伯母様と私は応接室に先に立った。パーシバルも立とうとしたけど、年の近いレオナールが残ったので、一緒に残ったよ。
「カミュ先生も一緒で良いのにね」
ふぅと溜息をついて、リリアナ伯母様が説明する。
「コーデリアは、今はペイシェンスの秘書としてここにいるのです。朝食や昼食は一緒で良くても、晩餐は駄目ですよ。まして、ブロッサム公爵がいらっしゃるのだから」
でも、伯母様はエバの料理が公爵にも好評でご機嫌が良い。
「急に来たいとお手紙を頂いたから、慌ててエバを頼んだのよ。うちの料理人もなかなかだとは思うけど、やはり違うわね」
あげないよ! にっこり笑って拒否する。
殿方が合流してからは、プチケーキやチョコレートを摘みながら、お茶を飲む。
「ペイシェンス、何か気軽な音楽をお願い」
ロマノには、サミュエルが音楽好きだから、ディスク型オルゴールを備えているけど、こちらはまだみたい。
私的には、気を使いながらの会話よりも、ハノンを弾いている方が気楽だ。
前世の曲を思い出しながら、何曲か弾く。
「ペイシェンス嬢、お上手ですね!」
ブロッサム公爵に拍手されて、一瞬、音楽馬鹿なラフォーレ公爵を思い出したけど、ただ褒めてくれただけだった。ホッとしたよ。
リリアナ伯母様に、こそっとライトマン教授と助手を泊まらせても良いか聞いておいた。
「まぁ、ハープシャー館になんかに泊まられているの? こちらに泊まって下さって良いのに」
明日会うから、提案してみよう。