まだ魔法訓練は続く
時間割をゲイツ様に手紙で知らせないといけないのだけど、愚図愚図していたら、あちらから手紙が届いた。
本当に、監視しているんじゃないかな? 嫌なんだけど!
「ゲイツ様との魔法訓練かぁ! やはり木曜になったわね」
火曜と木曜は音楽クラブだから、サボってしまいそうで嫌だけど……ある意味ではサボる理由にもなるんだよね。金曜から領地に行く予定だけど、木曜の昼からでも行ける場合もありそう。
「ゲイツ様を領地に連れていくなら、有りなんだよね」
できたら、パーシバルと二人で行きたいけど、川の浚渫工事は、ゲイツ様がいると捗りそうな予感。
木曜の昼から出発したら、夜にノースコートに着く。そうしたら、金曜の朝から活動できるんだよね! 朝早く出発してもノースコートに着くのは昼を過ぎるんだもん。やる事は、山積みなので半日の余裕が嬉しい。
月曜の夕方、ジェーン王女とカレン王女がマーガレット王女に挨拶に来た。勿論、その前に王宮で顔合わせはしていたみたいだけどね。
「カレン様、慣れない寮暮らしが辛かったら、大使館から通われても良いのですよ」
マーガレット王女が心配するほど、カレン王女は、可憐な美少女なんだもの。侍女やメイドに仕えられなきゃ駄目だと思っちゃう。
パリス王子と同じ茶色の髪と綺麗な青い瞳。でも、パリス王子みたいに大輪の赤の薔薇は背負っていない。ふんわりとした霞草と柔らかなピンクや白の春の花ってイメージなんだよね。
「いいえ、ここでお友達ができて、とても楽しいと思っております」
ふんわりとした言い方もパリス王子とは違う。
「ジェーン、ちゃんと面倒を見てあげるのよ!」
マーガレット王女は、妹には厳しいね。
「ええ、でも私は騎士クラブに入ろうと思っているから……」
えっ、乗馬クラブじゃないの?
「ジェーン! 騎士クラブはお母様が反対されていたでしょう?」
だよね! 騎士コースを取るのも反対だと思う。
「ここは、王立学園で学生の自主性が重視されるのですよ」
それは、そうだけど……。ありゃりゃ、学友の二人も困っている。
「ケイトリン様、キャロライン様はどうされるのですか?」
二人は、ホッとした顔で発言する。
「私は乗馬クラブなら入部しても良いと母から許可を得ていますが、騎士クラブは……剣は得意では無いのです。魔法攻撃しかできませんわ」
ケイトリンは、錬金術クラブのミハイルの妹だから、魔力量は多そう。
「私も乗馬クラブなら……できれば、兄のグリークラブと掛け持ちしたいのです」
キャロラインは、お兄さんが創立したグリークラブに興味があるみたい。それは、理解できるよ! 家でも話題になっているだろうし、面白そうだと思うのは、当然だよね。
「ジェーン、一人で騎士クラブに属するか、学友と乗馬クラブに入るか決めなさい。それと、お母様に許可を貰わないと、騎士クラブも入部は認めないと思いますよ」
だよね! 王妃様が反対している王女を入部させたりする蛮勇を持つ部長はいないと思う。怖いもの!
「キースお兄様は、騎士クラブと乗馬クラブの掛け持ちにしたらどうかと言われたわ」
ピキッとマーガレット王女の微笑みが深くなった。王妃様に似てきたような?
「キースとは、後で話し合わなくてはいけませんね」
つまり、マーガレット王女が叱りつけるって事だよ。もう少し考えて発言しなきゃね。
「ジェーンは、兎も角、カレン様は何か気になるクラブとかはありませんか?」
おっとりと微笑んで話を聞いていたカレン王女に、マーガレット王女が話を振る。
「私は、乗馬はあまり得意ではありませんし……何にしようか迷っています」
まぁ、見た目で判断するわけじゃないけど、乗馬が好きなタイプには見えない。
「まだ決定ではありませんが、クラブ紹介の日が催されるそうですわ。錬金術クラブの体験コーナーと被るかもしれませんが、講堂で、各クラブの活動とか宣伝するみたいです」
マーガレット王女の眼がキラリと光る。
「音楽の才能がある学生を招きたいですわ」
ああ、ここまでは立派な姉上だったのに! 音楽愛が燃え上がっているよ。
「アンジェラは、音楽クラブに入りたいとペイシェンスから聞いています。私が推薦しますから、入部してね。火曜と木曜が活動日です」
アンジェラは、嬉しそうに微笑む。
「お兄様は、音楽クラブとグリークラブに属していると言われました。私もどちらかに入りたいですわ」
パリス王子の話を聞いたカレン王女も面白そうだと思ったんだね!
「それは、歓迎致しますわ!」
あっ、マーガレット王女に捕まったよ。大丈夫かな?
「あのう、一応はアルバート部長にお伺いを立てなくてはいけないのでは?」
つまり、作曲とか、技術的に付いていけないと、音楽クラブは辛いんじゃないかって事だよ。
「それは……、まぁ、今度落ち着いたらカレン様にハノンを弾いて頂きましょう」
この音楽愛が激しい以外は、マーガレット王女もかなり自立したし、勉強も真面目に取り組んでいて、安心できるんだけどさ。後は、パリス王子関係がねぇ。
ジェーン王女達が退出して、マーガレット王女が深い溜息をついた。
「本当にジェーンったら、困ったものだわ」
それは、わかるけど……本人が望んでも、それを選択できないのは可哀想に感じちゃうよ。王族だから、ある程度の縛りは仕方ないのも理解できるけどね。
「王妃様に許可を得る事ができなければ、諦めるしかありませんわ。それにコースを選択するのは中等科ですもの。それまでの態度で認めてもらえるように努力するのは、ジェーン王女の自由だと思います」
マーガレット王女も、パリス王子との縁談を王妃様には反対されている。ただ、自分がソニア王国に嫁いで、ローレンス王国の為になる程の覚悟があると証明しようと努力中なのだ。
「そうね、あの子も努力するぐらいはしても良いのかも? ただ、学友の二人は、それを望んでいないみたいだけど……強要しないように注意しておきましょう」
自分の音楽愛に学友を引きずってしまった反省をしているのかも? それか、音楽だけで選んだ失敗を反省しているのかな?
火曜の音楽クラブでは、アンジェラと他に数人の一年生が入部した。アルバート部長の推薦だから、才能は申し分ない。
音楽クラブって、推薦オンリーだけど、廃部の危機なんて関係ない少数精鋭だよね。まぁ、貴族の嗜みとして音楽は必須だからかも? それと音楽クラブに属しているって、ある種のステータスなんだよね。
色々な人と会った時に、伯母様達が私を紹介する時に、マーガレット王女の側仕え、音楽クラブに属しているを、先ず言うんだもん。今は、女子爵が一番先だろうけどさ。それに、パーシバルの婚約者も付け加えられそう。
木曜の午後は、メアリーが迎えに来て、王宮行きだ。
「本当は丸一日を魔法訓練に当てたいのですが……領地が落ち着くまでは仕方ありませんね!」
ゲイツ様がカリカリしているのは、チョコレートをサリンジャーさんに渡しているからかも?
「私は、魔法訓練はもう良いのではないかと思っていましたの」
やんわりとお断りするけど、サリンジャーさんまでやってきて説得された。
「ペイシェンス様は、剣が出来ません。いざ、領地を護る時にどうされるのですか?」
うっ、それを言われると厳しい。
「戦争が勃発した時、領民だけを戦地に送られるのですか? まぁ、そう言う貴族もいますけどね」
ゲイツ様も押し込んでくるね。そんな貴族が嫌いなのは知っているくせに!
「戦争を起こさないようにして頂きたいですわ」
これは、本音だよ。歴史でも川の小さな洲を争ったり、輸入品の関税問題でも武力解決とか、やめて欲しい。
「それは、どの国でも同じでしょうが、引くわけにいかない場合もあります」
ふぅ、万が一に備えないといけないのはわかったけど、どうも魔法省に取り込まれていく感じがして、抵抗があるんだよね。
「今日は、小さな魔石を纏める研究をしましょう。大丈夫ですよ! グースはいませんから」
何をしたんだろう? 和やかなゲイツ様と渋い顔のサリンジャーさん。
「この寒い中、シュヴァルツヴァルトに巨大ナメクジを探しに行かせるなんて!」
ああ、それは酷い!
「巨大ナメクジは春まで出ないのではないですか? それに、何故?」
ふふふ……とゲイツ様は悪どい顔で笑う。
「あの邪魔なガラクタを私の錬金術部屋に置いているからですよ。先ずは、太陽光から魔素を取り出して、蓄積するシステムを考えなさいと何度も言ったのに! あの邪魔な魔導船を見るだけで腹立たしくて! だから、ヒントをあげようと言ったら、張り切ってナメクジの粘液を手に入れてくれました。ついでにビッグバードの討伐もして貰っているのです」
酷いとしか言いようがない。でも、いないのはラッキーだよね。ハッキリ言って邪魔だから。
「かなり外側は出来ていますね!」
確かに邪魔だね。錬金術部屋の三分の一は魔導船の模型で埋まっているし、部品も散乱しているから、半分近く使われている。
「陛下に別の場所を用意して欲しいと言っているのですが、どうしても機密が保てないとか……本当に能無しが多くて困ります」
ゲイツ様は番犬になっているのかな? ちょくちょくサボっているみたいだけど? 大丈夫?
まだ冬だから、巨大ナメクジの粘液は小さな樽にしか集まっていない。
「さて、ペイシェンス様! お得意の錬金術ですよ! どうしますか?」
はぁ、確かに錬金術はよくしているけどさ。
「先ずは、直接、手に触れたくないので、手袋を作りますわ」
だって、ナメクジの粘液なんか触りたくないよね!
「手袋ですか? 兎に角、やってみましょう!」
材料はいっぱいあるし、作ってみよう! スライム粉、巨大毒蛙のネバネバ、珪砂少しを混ぜて、そこに手を突っ込んで「手袋になれ!」と作る。
「相変わらず、錬金術というか……まぁ、できたなら良いですけど?」
だったら、ゲイツ様がやれば良いのに!
ナメクジの粘液、手袋越しでも触りたくない。でも、クズ魔石を纏められたら、安価で動かせる物が増えるんだよね。
「これだけでは固まらないので、スライム粉と混ぜますわ」
スライム粉を混ぜたら、ゴムみたいな弾力が出た。
「クズ魔石を混ぜてみますわ」
前世のスライムに石が混ざっている感じだけど、かなり柔らかい。
「もっと固まらないと扱い辛いですね」
「固めるには、珪砂が良いですけど……魔素は通し難いのですよね? 他に固める素材で魔素を通しやすいものは無いのでしょうか?」
まぁ、魔素を通しやすいのは巨大ナメクジの粘液なんだけどさ。
「少しずつ珪砂を足して、魔素を通せるギリギリで固めるのはどうでしょうか?」
ゲイツ様の提案で、珪砂を増やしていく。
「これなら、一応は固まっていますね」
いっぱい入れると魔石みたいな硬さになるけど、魔素が流れ難くなった。
「ちょっとぶよぶよしていますが、実験してみましょう」
クズ魔石十個を固めたので、中魔石が必要な魔導具を動かしてみる。
「ああ、動きますが……大きな魔石は無理かもしれませんね」
個数を増やしても、中程度の魔石分ぐらいしかならない。
「これは、素晴らしい発明ですよ! ただ同然のクズ魔石で、かなり高価な中魔石の効果があるのですから」
サリンジャーさんは、凄く褒めてくれたけど、私はこれで浚渫工事のポンプを動かしたかったんだよね。残念! ゲイツ様と強化したポンプを作ったんだけど、大きな魔石が必要なんだよね。お金が飛んでいくよ! ガッカリ!
「ねぇ、あのポンプを動かすには大きな魔石が必要でしたよね?」
そうだけど?
「私は、大きな魔石をいっぱい持っているのですが……チョコレートと交換しませんか?」
はぁぁ……でも、金貨一枚では大きな魔石は買えないよね。
「今回だけですよ!」
どうも良いように利用されている? いや、こちらが有利なのか?
「このクズ魔石を纏めるのは、ペイシェンス様で特許登録しておきます」
「えっ、目立たないようにエクセルシウス・ファブリカで登録して欲しいですわ。卵の浄化装置も!」
「もう、ペイシェンス様は女子爵だし、もっと出てしまえば、打つ人もいなくなるのではないかと思うのですが……やはり、もっと防衛力と攻撃力をアップしましょう!」
サリンジャーさん、私を魔法省に引き込もうとする以外は、とても頼りになるし、良い人なんだけどねぇ。油断すると、すぐにこれだもん。