入寮ラッシュに巻き込まれたくないな
今日はナシウスと入寮する日なんだけど、多分混むだろうな。
「今日中に入寮すれば良いだけだから、遅くても良いと思うのだけど……」
私が知っているだけで、王族や上級貴族の新規入寮者はジェーン王女、カレン王女、アンジェラ、エリザベス、アビゲイル、リリーナ、ジェーン王女の学友二人のケイトリン・ダンガードとキャロライン・ランバード。
ふぅ、女子寮の階段がとんでもない事になりそう。
「荷物を先に運んでおけば良いのに……」
家具とかさぁ! と思うけど、基本的に家具は寮に配備されている。豪華な家具を持ち込むのは、各人の勝手なので、融通していないのかもね。
混雑を予測して、それが解消されるだろう夕食前に行く手もあるなと考えていた。
あっ、去年の秋学期のマーガレット王女が遅れて来たのは、それを考えたのかな? いや、パリス王子を学園案内したかったはずだよね? 単に髪型に凝りすぎて遅刻しただけかも?
パーシバルに、今日のカレン王女の案内は、キース王子とジェーン王女がするって聞いたけど、大丈夫かな? まぁ、パリス王子も付き添うみたいだから、良いのかもね? ラルフとヒューゴに頑張って貰おう。
「お姉様、私は早く寮に行きたいです! それと、馬が落ち着いているか、気になるし」
馬は前日でも良いみたいなので、シャドーは馬房に預けてある。
「シャドーは賢くて大人しいから大丈夫ですよ」
この話題で、馬の王を屋敷に置いたままで、入寮すると決めたのが正解なのか、また不安になった。
昨夜も何度も馬の王に言い聞かせて『仕方ない』って返事も貰ったけど、暴れないか不安なんだ。
「でも、寮がどんな所なのか、早く見たいのです」
それを言われるとお姉ちゃんは弱い。それに、朝から張り切って制服を着ているピカピカの一年生のナシウスの可愛らしさに負けちゃったね。
「では、お昼を食べたら寮に行きましょう」
寂しそうに話を聞いていたヘンリーを抱きしめる。
「私もナシウスも寮に入りますが、週末には戻って来ます。ヘンリーはカミュ先生と勉強を頑張りましょうね」
それと、ヘンリーに用事を言いつける事にした。その方が、良いと思ったから。
「馬の王の運動を手伝って欲しいの。屋敷の外には出しては駄目だけど、障害を跳ぶとかなら大丈夫だと思うわ」
「はい! 頑張ります!」
元気よく返事をしたヘンリーと一緒に馬の王に会いに行く。
「ブヒヒン」『行くのか?』と尋ねられた。
「ええ、でも少し頼み事をしに来たのよ」
首を撫でてやりながら、馬の王に説明する。
「第一騎士団での運動は、サンダーに頼むけど、家でヘンリーを乗せて障害を跳んで欲しいの」
馬の王は、ヘンリーをチラリと見て「ブヒヒン」と了解した。私より、ヘンリーの乗馬技術が上なのは分かっているみたい。ちょこっと悔しい。
「ペイシェンス様、第一騎士団長が馬の王に乗りたいと言われたら、どうしましょう」
サンダーが心配そうに相談する。
「馬の王が乗せるなら、良いと思うけど? 嫌がるなら、止めれば良いだけよ」
スレイプニルは、主しか乗せないと聞くけど、馬の王はそんな事はないよね?
「いえ、それはペイシェンス様が頼まれたからではないでしょうか?」
そうなのかな?
「馬の王は、他の人を乗せるのは嫌なの?」
少し考えて「ブヒヒン!」『嫌だ!』と答えが返った。
「えっ、そうだったの? パーシバルや弟達を乗せているじゃない」
どっちかと言うとパーシバルの方が乗っている時間が長いよ。
「ブヒヒン、ブヒヒン、ブヒヒン! ブビ、ブビ、ブヒヒン!」
凄くディスられた。つまり、私では全力疾走できないから、仕方なくそうしていると文句タラタラだ。
「サンダーは大丈夫なのね。第一騎士団長は駄目なの? この前、断った大きな人よ。あっ、重たそうだから、嫌なの?」
サリエス卿も長身だけど、第一騎士団長は、彼よりも縦横一回り大きい感じだ。
「ブヒヒン! ブヒ、ブヒヒン!」
「えっ、他のスレイプニルの主は乗せない?」
サンダーがポンと手を叩く。
「第一騎士団長なら、スレイプニルを貰えるでしょう! もしかして、馬の王はそれで乗せなかったのでしょうか? 賢くて、優しいなぁ」
スレイプニル流の気配りなのかもね?
えっ、だとしたらオーディン王子も駄目だね。乗せて欲しがりそうだけど。まぁ、断る理由になって良いかも?
「ふふふ、これでマチアス陛下が来られても、馬の王に乗せなくて良さそうだわ」
乗ったまま降りなくなるとか想像すると、すっごく面倒だったのだ。
「もし、第一騎士団の騎士達が乗りたがったら、そう言うと良いわ。全員が二度と口にしなさそうだもの」
騎士にとってスレイプニルは憧れの存在だ。乗れるが、貰えないに直結したら、嫌だろう。
「サリエス卿は、貰えないのね」
少し残念だよ。サンダーがからからと笑う。
「今、いるスレイプニルは貰えないかもしれませんが、産まれる子スレイプニルは分かりませんよ」
今、ローレンス王国にいるスレイプニルは15頭。何頭かは妊娠しているから、それは王家のお預かりが決まっている。
すぐに渡せるスレイプニルは、8頭ぐらいだから、王族と騎士団長にかな?
サリエス卿は、第一騎士団のナンバー2だけど、他の騎士団長が優先されるのかも?
あと、欲しがっているソニア王国などの問題もあったね。コルドバ王国も欲しがるだろうけど、パリス王子はスレイプニルの囲い込みに参加しているから、一歩リードしているかも?
アルーシュ王子は、自分の愛馬を掛け合わせたいと、一歩後ろに下がった交渉をしていたな。あの派手な容姿だけど、ローレンス王国が南の大陸の国にスレイプニルを渡す訳がないと冷静に判断したのかも? 本当に侮れない王子だよ。
「誰が貰えるかは、関わらないようにしよう!」
サンダーも「それが宜しいかと」と笑っている。
「ただ、春になると……そちらは、馬の王の主はペイシェンス様ですから、選んで頂かないと困ります」
サンダーは、私をお嬢様とは呼ばない。だって、王家の馬丁頭だからね。グレンジャー家の使用人ではないもの。
「ふぅ、どの馬にするかは分かりませんから、お任せしますわ」
サンダーが嬉しそうな顔をした。本当は自分が血統とかで選びたかったのだろう。でも、建前として、主の私の意見を聞くと言う事にしたかったのだと思う。
多分、断る時は私の名前を使うのかもしれないな。
「優れたお嫁さんを選んでやるからな!」
この件は、任せておこう!
もう少し後の方が、入寮ラッシュに巻き込まれないとは思うけど、ナシウスは早く寮に入りたいみたいだから、馬車で出発する。
「お姉様、お兄様、週末には帰ってきてください」
一人残るヘンリーの側にカミュ先生とルーツが立っている。ワイヤットとミッチャム夫人も後ろに控えている。任せられる人達がいるから、安心できる。
父親は、昼食の時に挨拶して、書斎に籠っている。ロマノ大学の新学期が始まるまで、残り少ないから読書したいのだろう。
「ええ、それまで勉強をちゃんとするのですよ」
ナシウスも「週末には帰るから!」と馬車の窓から手を振る。
馬車が王立学園に着いた時、やはり馬車は渋滞していた。
「ああ、特別室の家具を持ち込む方達の渋滞だわ」
でも、ここで待つ必要は無いよね!
「ナシウス、私と一緒に行きましょう!」
マシューには後からグレアムと荷物を運んで貰わないといけないけど、メアリーは鞄だけだから付いてこさせる。
「あれが学舎で、後ろにあるのが寮よ」
家具を運び込んでいるから、誰でも分かるよね。
「お姉様、特別室には家具は付いていないのですか?」
寮には家具が付いていると説明していたので、ナシウスは疑問に思ったみたい。
「ありますよ。でも、自分の好みの家具の方が良いと考えられたのでしょう」
グレンジャー家も、普通の貴族の生活ができるようになってきたけど、これからナシウスやヘンリーの独立する為の資金を貯めなきゃいけないのだ。無駄なお金は使いたくない。
まぁ、ナシウスは子爵家を継ぐから、独立資金は少なくても良いのかもしれないけど、結婚したら、別の屋敷に住みたいかもしれないからね。
ヘンリーは、騎士になりたがっているから、馬や装備にお金が掛かるみたい。それに、子爵家を継がないから、家も用意しないといけないんだ。今は、貯金がほぼ無い状態だから、節約できるところは、節約しなくてはね!
寮に入って寮監にナシウスの部屋の鍵を貰う。
「部屋の番号をマシューに教えておけば、荷物を運んでくれますよ」
男子寮だから、私はナシウスの部屋にはいけない。
「馬車は渋滞していますが、男子寮の階段はそんなに混んでいません。衣装櫃だけなので、運んで貰います」
確かに、女子寮の階段は、家具を運ぶ下女で混み合っているけど、男子寮は衣装櫃や鞄だけだね。
「今年は、ジェーン王女とカレン王女、そして王女方のご学友が入寮されるから、女子寮は大変そうね」
ナシウスが馬車まで荷物を運ぼうと言いに行った。
私も同行しようとしたけど、マーガレット王女が来られたので、部屋にエリザベスやアビゲイルと共に上がった。荷物は、慣れているメアリーに整理して貰おう。
「まぁ、マーガレット様の部屋は素敵ですわね」
エリザベスとアビゲイルは、ベッドは運び込まず、応接セットとドレッサーだけにしたみたい。
「あの渋滞はなんとかして欲しいわ。家具だけでも先に入れるように学園長に嘆願書を書きたいぐらいだわ」
マーガレット王女も、不合理だと思ったみたい。
「でも、そんな事をして、家具の持ち込み禁止になったら、恨まれますわ」
アビゲイルは慎重派だね。
マーガレット王女のお付きの侍女ゾフィーがお茶を出してくれる。私のチョコレートも渡しておいたから、一緒にプチお茶会だ。
「ジェーン王女をお部屋にお呼びしなくても良いのですか?」
マーガレット王女は、きっと側仕えと学友と食堂で話しているでしょうと取り合わない。
「それに、カレン王女の世話は、キースとジェーンが中心になってする事になったのよ」
まぁ、姉のマーガレット王女がそう言うなら、それで良いのかもね?
「リュミエラ様は?」
エリザベスが気にかける。
「寮に来られたら、部屋に訪ねて来られるでしょう。お兄様とデートだから、遅れて来られるのかもね」
きゃーとハートが飛んだよ。ここからは、恋バナが盛り上がった。