お針子生活4……マリー視点
討伐された魔物の肉や素材が届いた。
「お嬢様が魔物をたくさん討伐されたから、ご親戚や孤児院に配りましょう!」
パントリーに入りきらない程の肉、肉、肉! それに羽毛の袋がどっさり!
「これをお嬢様が討伐されたのですか?」
エバさんに尋ねたら、ハハハと笑われた。
「あの小さなお嬢様が子爵様になられたのだからねぇ! ルシウス様の結婚式の後は、打ち上げ会もされるそうだから、モリーとマリーも新しいドレスを作らないといけないかもね」
それは、楽しみだ! お嬢様のドレスなら絹だからね。メイド服や使用人の服は綿か毛織物だから、絹を縫えるのは嬉しい!
打ち上げの日、召使い達にも夜にすき焼きがでた。
「美味しすぎるわ!」
「ミミが言っていた意味がわかったわ。ほっぺたが落ちそう!」
美味しい物を食べるたび、胸の奥がズキンとするのは、自分だけが幸せだからかしら?
冬休みになると、お嬢様が変なコートを私たちに作らせる。まるで布団を身に纏う感じなのだ。ふぅ、意味不明だよ。
一応、言われた通りの魔物の羽根の細かいのを入れたコートを作った。
「ダウンコートの見本はできましたけど、もこもこで格好悪いです」
モリーは、ずけずけ言うから、メアリーさんに睨まれている。
私が差し出したコートをお嬢様も格好悪いと思われたみたい。
「こんなにパンパンに羽を詰めなくて良いの。それと、もっと縫い目の間隔を狭くして。特にウエスト部分は他の所より狭い方が格好良いわ」
新しく描き直されたデザインのダウンコートは、ウエスト部分は狭くミシン目が入っていて、スマートに見えるようになっていた。
「なるほど! これなら何とか着てもおかしくないかも?」
モリー! メアリーさんに後でお説教されるよ! 私も道連れにされそう。もっと言葉に気をつけなきゃ!
私が冷や冷やしていたら、お嬢様が凄い提案をしてくれた。
「モリー、マリー、お針子の腕の良い子で、うちに雇っても問題の無さそうな子は居ないかしら? 実は、私だけでなく、お友達のドレスも縫う事になりそうなの。縫い賃は払うわよ」
えっ、本当に! ドキドキする。
「良いのですか? ドレスメーカーのお針子は、大変なのです。マダム達は少しの失敗でもクビにするし、縫い賃を払ってくれないから。部屋代を払うのも困っている子が多いのです」
モリーが、驚いて口がきけない私の代わりにお嬢様に言ってくれた。
「メアリー、何人なら引き受けても良いかしら?」
メアリーさん、三人って言って! 指を固く絡めて、祈る。
「メイドや下女の教育もしないといけませんし、二名ぐらいなら」
えっ、二名? 困る!
「モリー、マリー、良い子を紹介してね!」
私とモリーは顔を見合わせる。言うだけ、言ってみよう!
「私達と同じ孤児院出身の三人でも良いでしょうか? まだ独立したばかりで、食べるのも大変そうなのです」
お嬢様がメアリーさんに視線を向けると、頷いている。
「ええ、良いわ」とお嬢様が許可してくれた! 嬉しい!
「三人は一部屋で暮らしているから、二人だけと言われたらどうしようかと考えていました。あのう、早速、連れて来ても良いでしょうか? 年が越えられないかもしれないのです」
モリーの言葉にメアリーさんがキツい目をする。夜の商売をしていると誤解されたのかも? 違うと否定するまえにお嬢様が命令した。
「すぐに連れて来なさい!」
お嬢様が、そう言ってくれたので、私とモリーで下宿に行って、三人を連れて来た。
私たちが連れて来た三人は、本当にガリガリだった。
「貴女達、すぐに何か食べなさい!」
お風呂は後でいいからと、メアリーさんが慌てて、半地下の女中部屋に連れて行った。
エバさんのスープと上級回復薬で、少し人心地ついたみたい。
三人を部屋で休ませて、お嬢様にお礼と報告に行く。
「三人が住んでいた部屋の隣は四人が住んでいるのです。本当は一人部屋なのに……」
お嬢様が首を捻っている。
「ベッドは一つで二人寝るのです。だから、二人は床で寝るしかありません」
困惑しておられるみたい。
「その下宿は、そんなお針子ばかりなの?」
私達は、気まずそうに首を横に振る。
メアリーさんは、「お嬢様!」と止めているから、夜の商売に身を堕とした子もいるのだと察したみたい。
「その四人も連れて来なさい」
今度は、馬車を出してもらって四人を連れて来た。下町から貴族街まで歩けない程弱っていたから、良かったよ。
後から雇われたアンナ、ヘザー、ライラの三人とイルマ、ジェニー、ニーナ、カミーユの四人もすぐに元気になった。
お風呂に入って、メイド服をと思ったけど、小さいのしかなかったので、私とモリーのを貸してあげる。
「先ずは、自分のメイド服を縫わなきゃね!」
七人は、それをしながら、掃除や言葉遣いを習う。
私とモリーは、お嬢様のお友だちのドレス作りだ。
「マリーはなんとかなりますが、モリーはもう少し口のきき方を直すまでは、お客様の前には出せないわ」
モリーは不服そうだけど、できたら代わって欲しかったよ。
でも、お嬢様のお友達のエリザベス様は背が高くてスタイルも良いし、センスも素晴らしい。
アビゲイル様は、お嬢様よりほんの少し背が高いだけだけど、可愛い令嬢で、ふわっとした雰囲気が癒される。
素敵な布をあれこれ肩から掛けて、顔映りを試したり、デザインを考えるのって、凄く贅沢だよね。
エリザベス様のデザインは、縫うのが難しいけど、ジッパーを使えばなんとか脱ぎ着できるようになりそう。
「良いわねぇ! 私も一緒にデザインを考えたかったわ」
モリーに愚痴られたけど、メアリーさんにそれを聞かれて、叱られたよ。
「今度は、マーガレット王女様が来られるのですよ。もっと真剣にマナーを学ばないといけません」
ひぇ〜! それは私も緊張しちゃう。
「お嬢様は、マーガレット王女様の側仕えなのですから、王妃様とも面会をよくされます。召使いが無作法では恥になりますよ」
ふぅ、今度から言葉遣いを普段からちゃんとしなきゃね。
冬休みにお嬢様は、メアリーさんと弟君とエバさんもマシューやルーツも連れて婚約者のモラン伯爵領に行かれた。
少し私達の気が緩んだのは仕方ないよね。
ミシンを使って、後から雇われた七人のメイド服を縫ったり、お嬢様や、お友達の令嬢、そしてマーガレット王女様の仮縫いまでを頑張って縫ったけど、マナーは向上しなかった。
ワイヤットさんは、忙しそうだし、アンさんは、エバさんがいないから、料理が忙しそう。
調理関係は、お針子と同じぐらい人が多いけど、ほとんどは他家の調理助手みたい。
つまり、キャリーがメイドのトップ? わいわい、がやがや喋りながら縫い物をする日々になっちゃった。
「モリー、言葉遣いが荒くなっているわよ」
なるべく丁寧な口調にしようと約束したのに、監督のメアリーさんがいないと、すぐに元に戻っちゃう。
「そうだね! メアリーさんに叱られるね」
叱られるからじゃなく、自分の為なんだけどさ。
お嬢様とメアリーさんが旅行から帰って来て、全員がガツンと叱られたよ。
「新年から、家政婦さんが来られるから、しっかりと躾けて貰いましょう。それと、貴女達も先輩になるのだから、自覚を持たないと新任の子達に追い抜かれるわよ」
全員の気が引き締まったよ。特に、キャリーとミミは同じ孤児院から何人か雇われるから、しっかりしなきゃと言い合っていた。
お嬢様が帰って来られると、何故か忙しくなる。あちこちに手紙やお土産をメアリーさんとキャリーが配っている。
そしたら、また手紙が届くのだ。これを、本当は私たちも手伝わないといけないのだけど、マナーができてないから、外の用事はさせられないとメアリーさんが渋い顔をしている。
キャリーも親戚関係だけで、王宮や公爵家などは、メアリーさんが行く。本当は、お嬢様の側にいたいけど、なかなか忙しいみたい。
私たちが留守中に縫ったお嬢様の赤地に黒の格子模様のドレス、とてもお似合いだった。少し大人っぽくて、あの素敵な婚約者様ともお似合いだと思う。
新年会でマッドクラブという蟹を初めて食べた。私が新年会に出たのではなく、お嬢様のお客様を招待して開いた後で、少し頂いたのだ。
「こんな美味しいものが世の中にあるんですね!」
ミミも初めて食べたみたいで、半分泣いているよ。他の調理助手も味を確認しながら食べている。特に、他家から来た人達は、真剣さが違うよ。
私たち、お針子組は無言で完食した。美味しい!
「今日は、お嬢様にご挨拶しなさい」
旅行にいかれたので、挨拶をしていなかった七人は緊張して、お嬢様の前に立つ。
「アンナ、ヘザー、ライラ」
メアリーさんが名前を呼ぶと、習ったお辞儀を順にしていく。これは、何回も練習していたから、大丈夫だと思う。
「イルマ、ジェニー、ニーナ、カミーユ」
四人もお辞儀をしていく。何も変だとは思わないのに、お嬢様は、じっと見つめている。何だろう? もしかして、クビなのかな?
「お針子の仕事は、モリーとマリーの指示に従いなさい。他の事はメアリーに従うのよ」
良かった! 首じゃなかった。ホッと安心したけど、次の言葉に驚いた。
「ライラ、イルマ、カミーユは教会で能力判定を受けた事はないの?」
そんなのないよね? 三人が驚いて固まっていると、メアリーさんが叱る。
「ちゃんとお答えしなさい」
「ありません」と慌てて答える。
「この三人からは、魔力を感じるわ。後で、教会に行かせましょう」
後日、この三人は生活魔法が使えると判定があったみたい。少し羨ましい。これがあると、メイドに雇われやすいと噂があったから。
初めはお嬢様が使い方を教えたけど、家政婦のミッチャム夫人も使えるから、こちらに交代した。
「全員のマナー教室を開かないといけませんね!」
メアリーさんより優しそうだと思ったミッチャム夫人だけど、マナーには倍厳しかった。特に、モリーは口のきき方がなっていないと叱られる事が多い。
「それでも、ここに来られて良かったわ」
今日も、かなり絞られたモリーだけど、そう言い切った。
「ふふふ、そうね! 本当に幸せだわ」
下宿代を払えるか冷や冷やしなくて良いし、食事は美味しい。それに一つのベッドで二人で寝なくても良い。私的には絹のドレスを縫えるのが、とても嬉しい。レースや銀のビーズ刺繍とか、マダム・メーガンの所では扱わせてもらえなかったから。
「お嬢様みたいにビーズ刺繍ができるようになりたいわ」
学園でお嬢様が縫われた濃緑のドレスの銀ビーズ刺繍、その素晴らしさにお針子全員がうっとりしちゃった。
「マリーなら、できるようになると思うわ」
それは、嬉しいな!
「私は、いつかお金を貯めて、ドレスメーカーになりたいわ!」
モリーの夢は素敵だね。
「その前に、型紙を作れるようにならないとね!」
「それは、言わないで!」
モリーが私にふざけて殴りかかる真似をした。
「モリー&マリー! 良い感じだと思うわ」
「マリー&モリーよ!」
いつか、アップタウンにお店を開けたら良いな。
ゴールデンウィーク、少しお休みさせて頂きます。