お針子生活2……マリー視点
モリーと二人でつい愚痴る。
「いつになったら、お腹いっぱい食べれるかな?」
それより下宿代の心配をしなくて良くなる方が嬉しいよ。毎月、冷や冷やしなくて良い様になりたい。
「あのごうつくばり! こんなボロ下宿なのに値上げをするなんて、よく言えたね!」
ある日、突然値上げを大家から通告されたのだ。
「私達は、ぎりぎり払えそうだけど、あの子達は無理じゃないかしら?」
嫌なマダム・メーガンだけど、アップタウンの仕事があるから、なんとか下宿代は払えそう。
「心配だけど、私達もぎりぎりだから……」
モリーは、アンナ、ヘザー、ライラ達の面倒をよく見ているけど、縫賃が安すぎるんだよ!
「私達も節約して、古くなったパンを買ってシェアしましょう」
古くなったパンは固くて、半額になる。それなら、半分はあの子達に分けられる。
そう思っていたのに、賃金を貰えなかった。糸を先に買っているから、貰えなかったら、下宿代が払えるか微妙だ。
「えっ、コートとドレス代は貰っていませんけど……」
アイスブルーに白い毛皮の襟、可愛い子ども用のコートと、絹の青色のドレス。この時も、糸はついていなかったから、自腹で支払っている。
「ミスして、あんな仕立てで賃金を貰おうなんて、何を考えているのかしら? それに布や毛皮を誤魔化して盗むなんて! もう、貴女はクビよ!」
「そんなことはしていません!」
これだけは言わなくては! 店の前で待っていたモリーも揉めているのに気づいて入ってきた。
「マダム・メーガン! 賃金を払って下さい」
マダム・メーガンは、男の使用人に「この子らを追い出して! 二度と入れるんじゃないよ」と命じた。
バン! とドアを開けて、男の使用人は、私達を店の外に突き飛ばした。
モリーは素早く立ち上がって、文句を言う。
「ちょっと、賃金を払ってよ!」
私たちとぶつかりそうになった身なりの良い貴族が見ている。
「モリー、やめて! もう、良いのよ。私がミスしたのだから」
何が悪かったのか分からないけど、ミスしたと言われたのがショックだった。それに、残りの布や毛皮も盗んでいない。
「中に入らせて!」モリーが強引に入ろうとしたら、男の使用人に突き飛ばされた。
「酷いな! 乱暴な真似はやめなさい!」
凄いハンサムな貴族が抗議してくれた。
「旦那様、このしつこい針子は、ミスしてクビになったのが不満なのです」
モリーが、立ち上がって怒鳴る。
「私もマリーも、ミスなんかしてないよ! 賃金を払いたく無いから、いちゃもんつけているだけだろ!」
アップタウンの人達が私たちを面白そうに見ている。恥ずかしい!
「モリー、他のドレスメーカーの仕事を探しましょう!」
ここより、もっとマシなドレスメーカーもあるはずだ。他のお針子に聞いたら、糸をくれないのはここだけだったもの。
「ふん、マダム・メーガンに逆らった針子など、何処も雇ってくれるものか!」
男の使用人は、にやにや笑っている。もしかして、他のドレスメーカーに有る事無い事言いふらされるの? 誰も雇ってくれなかったら、夜の町に立つしかなくなる!
「マリーとモリー、私についていらっしゃい」
突然、見知らぬ女の子に命じられて、私は驚いた。
モリーも目がまん丸だよ。『ついていらっしゃい』なんて言われてもねぇと二人で戸惑っていた。
「いらっしゃい!」とお付きの侍女に強く命じられたので、二人でついて行く。
見た事ない程のハンサムな貴族と、あれ? 私が縫った覚えのあるアイスブルーのコートを着た可愛い令嬢について行くと、貴族が乗る立派な馬車が止まっていた。
私達は、立派な馬車に驚き、一瞬、逃げ出そうとしたけど、侍女に叱られた。
「さぁ、馬車にお乗りなさい!」
私たちは、孤児院の院長先生みたいにビシッと命じられると、反射的に従って、乗ってしまった。
馬車の中には銀髪のとても綺麗な顔の貴族が退屈そうに座っていた。この中の人は、皆、美しすぎる。貴族って別の人種なのかもしれない。モリーと私は小さくなって、侍女の横で大人しくしている。
貴族の可愛い女の子が銀髪の綺麗な貴族と、素敵なハンサムな貴族と話しているけど、内容は頭に入らない。
「馬車を冒険者ギルドに回して、そこで私達を降ろしてから、メアリーとこの2人を屋敷に連れて行って欲しいですわ」
そう、女の子が言うと、ハンサムな貴族が御者に告げた。この子は何者なのかしら? 疑問はすぐに答えられた。
「私は、ペイシェンス・グレンジャーです。この前、マダム・メーガンの所で濃い青のドレスと水色のコートを作ったのよ」
そう、それは見覚えがあったよ。私とモリーで縫ったんだもの。縫賃は貰っていないけど……。
もしかして、馬車に乗せられたのは、何処かに連れて行かれて処罰を受けるのかも? ガタガタ震えてくる。
「何か落ち度があったのでしょうか?」
モリーが勇気を振り絞って質問してくれた。
「まさか! ほら、とても似合っているでしょう? 縫い目は文句はないわ。でも、デザインと値段には少し文句があるの」
良かった! ホッとしたよ。
「やはり、マリーはミスなんてしていないのだわ。ちゃんと残り布も箱に入れて返したのだから」
女の子は、クスクス笑う。
「ふふふ……2人をお針子として雇いたいわ。住む場所があるなら通いでも良いし、無ければ屋敷に住み込みよ」
私達は、手を取り合って喜ぶ。信じられない、ラッキーだ!
「間借りしている下宿の家賃も払えなくて困っているのです。住み込みで雇って頂けるならありがたいです!」
「お願いします」
二人で頭を下げる。これで、下宿代に困る生活から抜け出せるのだ。
「メアリー、二人に説明してあげてね!」
このメアリーさんが、私たちの上司になるみたい。厳しそうだけど、頑張ろう!
馬車がお屋敷に着いた。こんな立派なお屋敷に住み込みで働けるなんて、夢みたいだ。モリーとほっぺたを抓り合う。
「痛い!」夢じゃないよね!
「何をしているのですか? さっさと入りなさい」
メアリーさんについて半地下に降りる。
「ここが女中部屋です。それと、貴女達、いつお風呂に入りましたか?」
ジロリと睨み付けられて、小さな声で答える。
「半年前に……でも、お湯で身体は拭いていたわ」
キッと睨み付けられた。
「ついていらっしゃい!」
半地下の中の倉庫から、女中の制服を二枚、それに綿の下着セットを二つ。そして、シーツや、タオルなどを私たちの腕の上に積み上げていく。
「キャリー! モリーとマリーを部屋に案内して、お風呂に入らせるのよ。制服のサイズは自分でなおせるでしょう」
それはできるけど……? メアリーさんは、何処に行くのかな? キャリーさんは、とても若いけど大丈夫?
「キャリーさん、よろしくお願いします」
年下だろうと、先輩だからね。きっと、こんな立派なお屋敷に雇われているのだから、身元もちゃんとした子なんだろう。
「さんなんて、つけなくて良いわ。キャリーよ! 私も最近働きだしたばかりなの。台所には、友達のミミが調理助手になっているわ」
へぇ、先輩だけど、そんなに長くは働いていないんだね。
キャリーに案内されて、三階まで上る。
「こちらが女性、彼方が男性なの。掃除の時以外は入っては駄目よ」
間に扉があるから、間違えようがない。
「ここがモリー、あっちがマリーよ!」
一人部屋だ! 嬉しい! モリーは大好きだけど、一人部屋に憧れていたんだ。やはり一つのベッドで二人で寝るのは窮屈だったんだもん。
「あっ、布団もないわね」
キャリーとまた半地下まで降りて、布団や毛布を持って上がる。
「いつもはしっかりしているのにね。メアリーさんは、お嬢様の側を離れたくないから、急いでいたのよ。婚約者とはいえ、パーシバル様と二人にはさせられないもの」
おや、おや、キャリーはお喋りみたい。
「あのハンサムな方が婚約者なのですか? それとも綺麗な顔の銀髪の方ですか?」
お喋りが大好きなモリーが質問する。
「濃い茶色の髪の濃紺の瞳のパーシバル様がお嬢様の婚約者なのよ。銀髪の方は、王宮魔法師のゲイツ様で、国で二番目に偉い方だと聞いたわ」
ひぇぇ! そんな雲の上の方と同じ馬車に乗ったの?
「まぁ、いずれ分かると思うけど、ゲイツ様はお嬢様の料理とお菓子に夢中なの。よくいらっしゃるから、そのうち慣れると思うわ」
部屋のベッドメイクは、キャリーにやり直させられた。
「シーツにシワが寄っていたら、メアリーさんに叱られるわよ」
実感が籠っているから、キャリーも叱られたのだと思う。
「お風呂は入れるでしょう? それと、髪は纏めないといけないわ。私は、お嬢様に髪の纏め方を習ったのよ」
少し自慢そうにキャリーは言うけど、そのくらいはできるよ。
お風呂に入って、支給されたメイド服に着替える。
その頃になると、メアリーさんが帰ってきて、部屋と私たちのチェックをした。
「部屋は常に綺麗にしておくように。それと、ここにいる限り、清潔を保ちなさい」
メアリーさんのチェックが終わって、お嬢様の部屋に案内された。
「まぁ、モリーもマリーもよく似合っているわ」
モリーがお礼を言う。私も言わないといけないのだけど、緊張すると喉がカラカラで言葉が出ない。
「服まで支給して頂いて、ありがとうございます」
お嬢様が、私たちへ仕事の説明をされた。
「私は、メーガン・ドレスメーカーでドレスを作っているのだけど、デザインがありきたりで不満だったの。2人は、縫うのはできるでしょうが、型紙とかは作れるの?」
ああ、モリーはできないのだ。型紙が作れないとクビなのかもしれない。
「私はできると思います。させて下さい!」
お嬢様は満足そうに頷く。
「では、まずはこの服を作って欲しいのです」
メアリーさんが乗馬服を持って来た。乗馬服は、何度か見た事がある。長いスカートだったけど、これは違う。スカートに見えるけど、ズボンの様に分かれているのだ。これなら、裾が捲り上がらないだろう。
「まぁ、素敵な乗馬服ですね!」
お嬢様は満足そうに微笑む。もしかして、デザインしたのはご本人からしら?
「布は、これを解いて縫い直して欲しいのだけど、大丈夫かしら?」
とても上等なしっかりした黒の絹の喪服だ。
「ええ、勿体無い! 高級な絹ですが、宜しいのでしょうか?」
メアリーさんが「お嬢様の言う通りになさい」と言うから、引き受ける。