お針子生活1……マリー視点
私は、マリー。何処にでもあるごく普通の名前だけど、気に入っている。これだけが親がくれたものだから。
王都ロマノの孤児院育ちだ。母親は私を産んですぐに亡くなり、父親がここに預けたそうだけど、一度も会った事がないから、いないのも同然だよね。
ここには、そんな境遇の孤児がいっぱいいたから、私だけが不幸なわけじゃない。それに同じ年のモリーと仲良しだから、一緒にいるだけで楽しいんだ。
孤児院には、次々と赤ちゃんや子どもが来る。だから、十歳を過ぎると、そろそろ出ていって欲しいと圧を感じるようになってくる。一応は十二歳までは置いてくれるけどね。
「マリーは裁縫が上手だから、一緒にお針子になろう!」
モリーにそう言われた時、とても嬉しかった。孤児院の子は、幼い頃から色々とお手伝いをするけど、私は料理や掃除よりも縫い物が一番好きだったからだ。
計算ができる男の子は商家に住み込みで雇われたり、力の強い男の子は農場の下働きに雇われるけど、女の子の雇われ口は少ない。
商家の店員さんとか、女中とかも、身元がはっきりしていないと雇ってくれないのだ。孤児院育ちだけど、片親がいるとか、親戚がいる女の子が雇われるみたい。
男の子は身元が分からなくても雇われるのに。腹が立つけど仕方ないね。
女中や下働きでも、女の子は屋敷の中だから、馬丁や下男など外で働く男の子より身元にうるさいみたいだ。
それでも、たまに運の良い子は住み込みの下働きとかになれるけど、私は掃除より裁縫の方が好きなんだよね。
「下宿を借りる資金が貯まるまで、ここに置いて下さい」
モリーが孤児院長に交渉して、半年の猶予をもらった。その間、内職や縫い物をして、なんとか数ヶ月分の下宿代を貯めて、孤児院を後にした。
「ここが私たちのお城よ!」
狭い下町の部屋で、ベッドは一つしかないけど、モリーと二人で満足していた。
「いつか、アップタウンでドレスメーカーになりたいわ!」
夢を語っていたけど、暮らしは厳しかった。
「ふぅ、今月も下宿代を払ったら、何も残らないわ。それどころか、貯めていたお金も底をついてしまったのよ」
私は内職のかけつぎだけでなく、服の仕立てをやり始めていた。でも、下宿代だけで食べるのがやっとだ。
「早く、ドレスメーカーのお針子になりたいわ」
今は、古着屋さんの下請けだ。穴が開いたり、裂けている箇所を縫うのだ。
「マリーは腕が良いのに、こんな古着の修復なんて勿体無いわ」
モリーは怒ってくれるけど、古着屋さんと仲良くなったお陰で、格安で古着を買わせてもらったよ。
「このデザインは古臭くて嫌いだけど、生地はまだ良いから、他の古着と合わせて二人の服に縫い直しましょう」
古いデザインのドレスは、スカートが今より膨らんでいるから、少し布を足せば、二着になりそう。
「私は縫うのは縫えるけど、服を仕立てるのは分からないわ」
モリーは、服の基礎がまだ分かっていないみたい。私は、古着を何枚かバラして、縫い直したりして、構造がわかってきたよ。
「それなら、モリーは縫い目を解いて!」
切ったら、布が勿体無いからね。茶色の昔のドレスを解いて、二人分のスカートにする。
「こちらの青色の古着で上着を作るわ。モリーは、こちらの緑色にしたらいいと思うけど?」
私たちの服は、全部孤児院に寄付された古着だ。それを縫い直して、子ども服にしたりしていたのだけど、やはりテカテカに生地が弱っている。
「これなら、アップタウンに行けるわね!」
そう、下町なら歩いても変な目で見られないけど、今の格好ではアップタウンなんか行けない。
「できたら、アップタウンのドレスメーカーのお針子になりたいわ」
独立した時は、ドレスメーカーになりたいと思っていたけど、それが無理なのは分かってきた。土地代に生地代、そんなの一生かかっても貯まりそうにないんだもの。
内職の合間だけど、二人で新しいドレスを縫った。
「マリー、とても綺麗だわ」
私より赤毛のモリーの方が華やかだ。
「モリー、とてもよく似合っているわ!」
鏡なんて、ないから、二人で褒めあって笑う。
「ねぇ、せっかくだからアップタウンに行ってみましょうよ!」
内職のお金もあるし、一度ぐらいウィンドウを眺めるだけでも良いから行ってみたいと思っていたのだ。
「うん、そうよね!」
本当は辻馬車に乗りたいけど、それは節約するよ。何か買える物があるかもしれないから。多分、ないだろうけどさ。
「ああ、ここら辺がドレスメーカーが集まっている所だわ」
モリーと二人でウィンドウのトルソーを眺める。
「これは、絹なのね!」
私は、一度だけ絹を扱った事がある。孤児院の院長先生の黒の喪服は絹だったのだ。その絹の喪服の引っ掻き傷をかけつぎさせて貰ったんだ。
「マリーは凄く腕が良いわね。何処を引っ掛けたのか分からないわ」
絹糸は孤児院にはなかったから、裾の折り返し部分から、一本引き抜いて、それでかがったのが良かったみたい。
「絹のドレスを縫ってみたいわ。すべすべしていて、とても肌触りが良いのよ」
モリーもうっとりと眺める。
「お前たち、あっちに行きな!」
でも、ウィンドウの前に立ち止まっていると、中から男の店員が出てきて追い払われる。
「感じ悪いわね!」
強気のモリーは腹を立てるけど、私たちがお客でないのは、一目で分かるのだろう。
「もう、帰りましょう」
新しいドレスに浮かれていたけど、アップタウンは私たちが来る場所ではないのだ。
「下町にも服屋さんはあるわ」
流石のモリーもビビったみたい。てくてく歩いて下町に帰ると、何だかホッとしたよ。
「マリー、あの張り紙を見て!」
下町の服屋の前に張り紙があった。
「「お針子募集!」」
二人で同時に叫んだよ!
「行ってみましょう!」
新しいドレスを着ていなかったら、この張り紙を見ても服屋に行く勇気はなかったかも。
「おや、おや、まだ子どもじゃないか!」
服屋の女将さんは、私たちが若すぎると思ったみたい。
「でも、このドレスも私たちが縫いましたし、他のお針子に負けていません!」
モリーは強気で羨ましいよ。私は、こういう交渉が苦手なんだ。
「へぇ、ちょいと見せてごらん!」
女将さんは、ドレスの裾をひっくり返したり、襟ぐりや、袖付けをチェックした。
「まぁ、腕はありそうだね。ちょこっと試してみようか」
初めは、仕立て直しばかりだったけど、古着屋さんよりは縫い賃が貰えたので、下宿代が払える様になった。
「この調子なら、もっと良い下宿に移れるかもね!」
モリーがそういうのは訳がある。ここの下宿人の何人かは、夜の商売をしているからだ。
「ええ、でも貯金もしないといけないわ」
孤児院から出て一年が経った頃、アンナ、ヘザー、ライラが訪ねてきた。
「モリーさん、マリーさん、私たちもお針子になりたいの」
やはり、女中や下働きの口がなかったのだ。
「私達もギリギリの生活なのよ。よく考えてみなさい」
食べていけないと身を持ち崩すのは、同じ下宿の何人かを見ていたら分かる。
「院長先生も、あちこちに声を掛けているけど、私達を雇ってくれる人はいなかったの」
それは、私達も同じ経験をしたから分かるけど、縫い物が得意だったかな?
「アンナ、ヘザー、ライラ! 兎に角、院長先生に交渉して、下宿代を貯めてから独立するのよ。初めの数ヶ月は古着のかけつぎぐらいしか仕事は貰えないから、きっと下宿代は払えないわ」
モリーの忠告で、半年後に独立することにした。
「一つしかベッドがないのに、三人でどうやって寝るのかしら?」
そんな心配をしていたけど、あの子達の後に他の孤児院から独立した四人は、一つのベッドに二人で寝て、後の二人は床で寝ていると聞いて、大丈夫かしらと不安になった。
「マリー! 聞いて! 女将さんがアップタウンのドレスメーカーを紹介してくれたのよ」
今日、仕立てあげた服を持って行ったら、アップタウンのメーガン夫人がお針子を探していると教えてくれたんだ。
「凄いじゃない! やったね!」
一番良い服を着て、アップタウンのメーガン夫人のドレスメーカーに行く。
「あのう、女将さんに紹介して貰ったマリーです」
モリーについてきて貰ったけど、中には勇気を振り絞って一人で入った。
「ああ、聞いているよ。奥に入りな!」
何だかアップタウンなのに口が悪い男の人だね。そう言えば、追い払われたのもこの店だったかも?
「貴女がマリーね。若いけど大丈夫かしら?」
メーガン夫人は、厳しい目で私を見た。
「はい」ガタガタ震えない様にするのが精一杯で、小さい声しか出なかったよ。
「カリナ! そこの子供服をマリーに渡して! これを一週間で縫ってくるんだよ。絹だから、気をつけなきゃいけないよ」
箱に入った子供服を抱えて、外に出る。
「マリー、真っ青な顔だよ」
モリーが心配してくれる。
「マダム・メーガンって怖そうなんですもの。でも、なんとか仕事は貰えたわ」
下宿に帰ってから、箱を開けて見る。
「わぁ、絹の子供服だね。きっと貴族の令嬢が着るんだよ」
そんな世界もあるんだねと、二人で見つめる。
「あれれ? 絹糸は何処にあるの?」
「えっ、入っていないの?」
服屋の女将さんは、糸をくれていたんだけど? 勿論、縫った残りは返すけどね。
「マリー、それといつまでか、賃金はきいたの?」
「頭が真っ白になって……でも、一週間だとは聞いたわ」
絹の生地は、絹の糸で縫わないといけない。
「ふうん、まぁ、ここは糸は渡さない感じなのかもね?」
色々とやり方は別なのだろう。少し財布に痛かったけど、同じ色の絹糸を買って、ドレスを縫い上げて届けた。
「まぁ、これなら使えるわね」
賃金は、女将さんの所より良かったけど、絹糸の代金はくれなかった。ケチだよね!
モリーもそこのお針子になり、なんとか暮らしていける様になった。
でも、相変わらず絹糸だけでなく、コートなどの毛織物の時も糸は付けてくれないから、出費も馬鹿にならない。
それと、アンナ、ヘザー、ライラたちに、時々はパンや惣菜を買ってあげたりするから、他の下宿に変わるどころではなかった。