美麗様と再会
ふふふ、今日は美麗様の屋敷に訪問なんだ。サティスフォード子爵夫妻も一緒だよ。
まぁ、一ヶ月近くお世話になった子爵夫妻を呼ぶのは当たり前だよね。それに、私とパーシバルだけでなくなって、少し気が楽になったのも確かなんだ。
だって、港から館に帰るまでの間しか美麗様とは会っていないんだもん。
「ペイシェンス、カルディナ帝国のテーブルマナーの本は読みましたか?」
外交官の家のモラン伯爵家には外国のマナー本も揃っている。昨日貸して貰ったのを読んだよ。
「ええ、全部食べてはいけないなんて、変わっていますわね」
食堂では完食していたけど、それは良いみたい。おもてなしとかの時は、足りないと思われてしまうから駄目なんだってさ。
「まぁ、食べきれないほど出てくるとは思いますがね。父が消化薬を用意しておくと言っていました。カルディナ帝国の大使館の宴会の後で、胃が苦しくなるそうです」
食べ過ぎ注意だね!
「それと、これはペイシェンスには関係ありませんが、お酒は甘いけど強いから注意しろと言われました」
パーシバルは、ワインとか夕食の時は口にする時もある。15歳なのに! と思うけど、こちらではありみたい。私は、まだ12歳だから自粛しておくよ。
やはり、あの成金趣味の屋敷を買ったみたいだけど、門から改築されていた。
「わぁ、ローレンス王国風とカルディナ帝国風の折衷ですね!」
基礎の煉瓦塀部分はそのままなのに、上の鉄格子はカルディナ帝国風なんだ。
「エキゾチックですね!」
パーシバルも前に見た屋敷とは全く違うと感心している。
門番が門を開けてくれたので、馬車が中に入っていく。
「庭もカルディナ帝国風になっているのね!」
まだ冬なので、庭の木々も寒々しいけれど、池が造られて、そこの橋とかはカルディナ帝国風だよ。
「これは、春に来てみたいですね!」
そうだよね! まぁ、その時に招待して貰えればだけどさ。
屋敷もカルディナ帝国風に改装してあった。成金趣味の金ピカの内装は撤去したんだね。
「ようこそ、お越し下さいました」
王さんが出迎えてくれた。普通は執事だけど、カルディナ帝国では違うのかも?
「もう、サティスフォード子爵夫妻はお越しです」
応接室に案内されたけど、白壁に少し赤みのある木の内装がとても素敵だ。幾何学模様の窓枠とか、カルディナ帝国風だよね。
「ペイシェンス様、パーシバル様、ようこそ」
今日も黒衣だけど、艶々した絹に控え目な色だけど、緻密な刺繍が施してある。未亡人だから黒なのかしら?
「ご招待、ありがとうございます」
パーシバルは、美麗様とは初顔合わせだから、丁寧に挨拶し合う。
サティスフォード子爵夫妻は、もう挨拶したみたいだから、食堂に移動するよ。
「王と明明も、同席させて頂きます」
王さんは、王将軍の身内だったのかな? ここら辺の事情までは知らないんだ。明明は、王さんの姪だとは聞いているけどね。
私たちに異論はなく、二人も席に着く。
テーブルクロスにも細かい刺繍が施されていて、高級そう。
「今回は、カルディナ帝国風にしてみましたの。珍しいかと思いまして」
カルディナ帝国風? つまり大皿料理かな? 取り分けて食べるのだろう。
王さんが合図すると、次から次へと召使いが大皿を運んできた。
「まぁ! すごいご馳走ですね」
美麗様が王さんと明明を席に着かせたのが分かるほど大きなテーブルに乗らないほどの料理が出てきた。
「食べてみたいと思うものを、後ろの召使いに言ってください。それか、分からなかったら、お勧めをと命じたら、宜しいかと」
王さんが色々と説明してくれる。これも同席させる理由かもね。
「お勧めの料理を少しずつ取って下さい」
色々と食べたいから、少量ずつ取ってもらう。
綺麗な細密画が描かれた小皿に、二つぐらいずつ取って貰う。
「お箸で食べられても良いですし、ナイフとフォークも用意しております」
私は太いお箸にしたけど、ラシーヌはフォークにしたよ。この太いお箸は食べにくいからね。
「ペイシェンス? これは何でしょう?」
クラゲと胡瓜の甘酢和え。私の大好物だったんだ。
「クラゲだと思いますわ。ああ、美味しい!」
美麗様の調理人は凄腕だね。
「ローレンス王国に、こんなにカルディナ帝国の民が住んでいるとは考えていませんでした。良い調理人も雇えましたし、鮑のクリーム煮も口にできるようになりました」
王さん、カルディナ帝国を去る時に、食べられなくなると覚悟していたみたいだからね。
「鮑のクリーム煮、とても美味しいです」
パーシバルは、これも好きだからね。
「何もかも美味しくて、これは危険だわ」
ラシーヌはドレスがキツくなりそうだと笑う。
先ずは、前菜風の物が出たみたい。一旦、全部下げられて、今度は肉と魚だ。
「パーシー様、もうお腹が一杯ですわ」
私とラシーヌは、もうリタイア寸前だ。
「あの焼豚は、是非!」
王さんに勧められて、一切れだけ取って貰う。
「本当に風味が良いですわね」
パーシバルとサティスフォード子爵は、かなり頑張って、大きな肉の塊から切り取って貰ったり、魚の揚げ物に餡掛けしたのを食べていた。
「それは美味しそうですね!」
魚の揚げ物の餡掛けを、ほんの一切れ貰う。
「ロマノでは、魚の良いのが手に入り難くて」
王さんが残念そうだけど、美味しいよ。
締めのお粥や麺類や炒飯、もう無理と思いつつ、お粥を少しだけ食べる。
「ペイシェンス、この焼そばは食べないといけませんよ」
パーシバル、誘惑しないで!
「もう、無理ですわ」
二人の言い合いを、美麗様は鈴を転がすような声で笑う。綺麗な人って笑い声も綺麗だね。
「仲の良い二人を見ているだけで幸せな気分になりますわ」
美麗様って、こうやって見るとまだ十代だよね。未亡人の黒衣じゃなくて、艶やかなドレスが似合いそう。
パーシバルもサティスフォード子爵も「これ以上一口も入りません」とギブアップしたので、応接室に移動して、お茶を飲む。
「良い香りですね」
ラシーヌも気に入ったみたい。
「ええ、このお茶は消化を助けてくれるのです」
美麗様は、少しずつしか食べていなかったけど、普段よりは食べたのかもね。すっごく細いんだもん。でも、前のペイシェンスみたいに貧相とかじゃなくて、華やかでもある。何故だろう!
まぁ、ペイシェンスも食べてもあまり太らない体質で良かったと思っているけどね。異世界で太った人ってあまり見かけない。
親戚ではアマリア伯母様だけだね。サミュエルもかなりしまってきたし。庶民は、太るほど食べられないのかも?
楽士にカルディナ帝国風の音楽を演奏させながら、お茶を楽しむ。
「明明をこちらに連れて来てしまったので、教育を受けさせたいのです。あちらにいたら、良い師匠に恵まれていたのに、私のせいでその機会を逃したのですから」
明明は、首を横に振る。
「私は美麗様の僕として満足しております」
あっ、メアリーを思い出しちゃうよ。
「カルディナ帝国で過ごすなら、それでも良かったのでしょう。でも、ここはローレンス王国です。明明がここの風習や色々な事を学んで、私に教えて欲しいのですよ」
明明は、渋々、承知したみたい。
「王立学園の中等科の試験に合格したのです。古典と歴史以外は、カルディナ帝国でも学んでいましたから」
明明は、優秀みたいだね。
「寮には入られないのですね」
とんでもない! と明明は首を横に振る。
「学校に通うだけでも、美麗様のお側を離れるのに、寮になんか入れません」
明明って幾つなんだろう? かなり若く見えるけど?
「明明、貴女はまだ若いのだから、色々と学んで別の道を探しても良いのですよ」
真っ青な顔で、否定する。
「私は美麗様にお仕えします!」
まぁ、それはそれで良いんじゃないかな? 本人が心から、そう望むのならね。
寒いけど、お腹がいっぱいなので庭を王さんに案内して貰う。
「庭は、まだまだですが、少しずつ手入れをしていきます。あの梅も、もう少ししたら綺麗な花が咲くのですが……」
えっ、梅! 欲しいよ! ぎゅっとエスコートしてくれているパーシバルの腕を掴んじゃった。
「ペイシェンス?」
パーシバルが私の目が変わったのに驚いている。
「王さん、その梅はカルディナ帝国から運ばれたのですか?」
「ええ、美麗様は殊の外梅が大好きですから、何本も植えたのです。もしかして、ペイシェンス様もお好きならば、手配いたします」
花も好きだけど、梅の実が欲しかったんだよ。
「お願い致します!」
勢いこんで頼んじゃった。
「ええ、お安いご用ですよ」
その代わり、明明が学園に慣れるように心配りをしてあげよう!
「寒くなりましたから、お部屋にどうぞ」
今度は、飲茶だ。甘い物は、入るけど、焼売とかは無理!
「あのう、ご存知かどうかは分かりませんが、カルディナ帝国の流行病によく効く薬について何か……」
これって機密情報かもしれないから、遠慮がちに訊いてみる。
「私は、導師様が作られたとしか聞いていませんの」
美麗様が申し訳なさそうに答えてくれた。
「明明、何か知っていないかしら?」
えっ、明明が?
「私は、流行病を離宮に持ち込まないように厳命されていたので、外には出ていませんから詳しい事は……。でも、きっと薬草人参を使われたのだと思います」
それって朝鮮人参って呼ばれていた物かな?
「そんな高価な物を……皇帝陛下は、民の為にお使いになられたのですね」
その前に、鶏小屋を浄化しとかなきゃいけなかったんだとは思うけど、高価な薬を分け与えたのは評価できるね。
「それは、手に入るでしょうか?」
王さんが難しい顔をする。
「今は駄目でしょうね。宮殿の備蓄も使い果たしたでしょうから。でも、数年も経れば、手に入るようになりますよ。ただし、とても高価です」
それは、仕方ないと思う。
「その時は、是非、お知らせ下さい」頼んでおこう。
「明明さんは、導師様なのですか?」
横で聞いていたパーシバルが質問する。
「いえ、まだ修業し始めたばかりだったのです。王立学園で薬師の資格が取れると聞いて、美麗様が私に勧められたのですけど……全く違うかもしれません」
明明をジッと見つめる。マナー違反だけど、気になったからだ。
「明明さんは、光の魔法が使えるみたいですね」
えっ! とサティスフォード子爵夫妻とパーシバルが驚く。
「それは、エステナ教会の人が使える魔法だと思っていました」
まぁ、光の魔法を使える人は、エステナ教会が目をつけて、確保しているけどね。
「光の魔法? そうなのですか? 導師様は、治療の技と言われていましたわ」
名前は違うけど、本質は一緒だと思う。
「ローレンス王国で薬師になるには、薬学と薬草の単位が必要です。少し癖のある厳しい先生ですが、分け隔てをする方ではありませんから、何でも質問して水やりをサボらなければ大丈夫ですよ」
アルーシュ王子も、水遣りを忘れて不合格だったんだよね。ベンジャミンもカエサルも。諦めた方が良いと思うよ。
「まぁ、それは頑張りがいがあります。導師様もとても厳しい方でしたから」
明明も王立学園で学ぶ気持ちになったみたい。
「ペイシェンス様、相変わらず、厄介事に口を突っ込みますね」
帰りの馬車で、パーシバルに呆れられた。
「カルディナ帝国の導師様が光の魔法を治療の技と呼ばれても、意味は同じですわ」
ふぅと、パーシバルは溜息をつく。
「それは、そうなのですが、教会と揉めない様に気をつけないといけませんよ。難癖をつけられたら厄介ですから」
もう目は付けられているのかも? あの偽手紙事件が、重たく感じる。
「少しエステナ教について勉強しなくてはいけませんわね。本当の教義から外れている所もありそうですから」
パーシバルに真剣に止められた。
「宗教論争を巻き起こすぐらいなら、無関心のままでいて下さい」
「えっ、そんな気はないですわ」
パーシバルは、手を握って約束させた。
「宗教とは、最低限の関わりしかしないと約束して下さい」
勿論、そのつもりだよ!