バーンズ公爵夫人のお茶会
今日の予定は、バーンズ公爵夫人のお茶会に呼ばれてる。
これは、私だけで参加するので、午後からはパーシバルとは別行動だ。
「私は、一度王立学園に行って、スケジュール表ができているか尋ねてきます」
それ、とても有り難い。冬休み中に時間割を考えられるからね。
「領地に行くことを考えるなら、月曜と金曜はなるべく空けたいですね」
それは、そうだけど上手く行くかな?
「面白い授業を我慢すれば、できない事もなさそうですけど、それは嫌だし」
パーシバルも嫌ですねと笑う。
「領地管理の教科書を友達から手に入れたらペイシェンスに渡しますので、それを読んで授業を受けるか決めたら良いのでは?」
確かに、法律や行政みたいに教科書を読むだけの授業なら、受ける必要はなさそう。
「ええ、知識を得るだけなら、それで良さそうです」
それと、新学期までにしておきたい事が私にはあるんだよね。これをしないと、腰を据えて領地改革に踏み出せない。
「裁縫のキャメロン先生と話さないといけませんわ」
パーシバルがクスクス笑う。
「ペイシェンス、相変わらず仕事を増やしていますね」
「違いますわ! 今の裁縫の授業はあまりにも学生の負担が大きすぎるのです。ミシンを二台購入してもらって、基礎部分は助手に縫って貰うようにしたら、週五日も取らなくて良くなると思うのです」
これは、私がマーガレット王女と一緒に裁縫の授業を受けないので、冷や冷やしない為の措置なんだよ。
「確かに週五は変だと思いますね。他の勉強に差し障りが出そうです」
後は、秋学期に社交界デビューするので、なるべく単位を取っておきたい。
「パーシー様は、秋学期はロマノ大学の入試を受けられるのですね」
その入試って、ペーパーだけではないんだってさ。
「指導教授との面接試験が一番重要ですね。これで失敗すると、困った事になります」
指導教授制度って、日本の大学ではなかったから難しいな。ゼミを選ぶのとは少し違う。
「パーシー様は決まっているから、羨ましいですわ。私は、何を学びたいのかも分からなくなっています」
今、必要な知識は領主として、何をするべきか? なんだけど、これを学びたいかと言われたら、少し違う気がする。
法律的な事や、行政上の事は、管理人に任せれば良いとも言えるんだもの。領主としてすべきなのは、管理人に指示する事。
「私も騎士を諦めて、外交官を目指すのです。ペイシェンスも、これから何をしなくてはいけないのか考えてみたらどうでしょうか」
ふむ、ふむ! そうか、そういう考え方もあるね。
「私は、学びたい事を絞らなくて迷っているのかもしれません。薬師にもなりたいし、錬金術はグース教授以外なら指導して欲しいし、領地管理についても学びたいのです」
パーシバルは、欲張りですね! と笑いながら抱きしめてくれた。
「薬師は、大学で上級薬師の資格を取らないと駄目でしょうね。錬金術は……ペイシェンスは嫌がるでしょうがゲイツ様ほどの教授はいませんよ。領地管理は、ロマノ大学には色々な考え方の教授がいて、面白そうに思います」
えっ、それを父親に聞けば良いのかな?
「父はあまり大学の話をしてくれませんの」
パーシバルも何回も父親と一緒に食事をしたので、それは分かってきている。
「ロマノ大学のレジメを手に入れたらどうでしょう? 教授達の考え方や講義内容がわかります。その上で、教授が書かれた論文を読んで決めたら良いのでは?」
えっ、それ良いかも! 領地の改革と言っても色々あるからね。
「指導教授を領地管理系にしても、薬師の資格は取れるのでしょうか?」
パーシバルもそこまでは知らないみたい。
「掛け持ちにするとかは、ありなのかもしれませんね。ただ、とても難しいと思います」
パーシバルは四年で卒業すると言っているから、私は三年で卒業したいと思っているのだ。
「ペイシェンスは、二年あるのだから、ゆっくりと考えたら良いと思います」
ううん、やはり今年で卒業して、ロマノ大学で学んだ方が良いのかも? 父親は、教育者として、それを勧めたのかもしれないね。意外と恋愛主義だから、パーシバルと一緒にキャンパスライフを過ごさせたいと思ったのかもと感じたんだけど。
「一緒にロマノ大学に行きたくなりましたわ」
パーシバルがぎゅっと抱きしめてくれた。
「そうなると、私も嬉しいですが、無理をしないで下さい」
今は、目の前にパーシバルがいるからそう思うけど、マーガレット王女がいたら別の考えになるかも?
今日はお昼を少し早めに食べて、おめかしするよ。メアリーが凄く張り切っているから。
「ベネッセ侯爵夫人とは会った事があるの?」
母親の実家からついてきたメアリーは懐かしそうに頷く。
「ええ、あの頃は侍女ではありませんでしたから、屋敷に訪問する時は先輩の侍女が付き添っていました。でも、この屋敷に来られた事もありますから」
母親とは再従姉妹になるんだったかな? メアリーが張り切って凝った髪型にする。
今日は、赤地に黒の格子柄のドレスなので、赤と黒のリボンを編み込んでいるのだ。器用だよね!
「カエサル様とも話したい事があるのだけど、お茶会では駄目よね?」
メアリーがそれはちょっとって顔をしている。錬金術関係は、お茶会とは相性が悪い。
「お嬢様、参加されている方が理解できない話題は控えて下さいね!」
馬車を降りる前に、メアリーに念押しされちゃったよ。
「バーンズ公爵夫人、お招きありがとうございます」
応接室には、バーンズ公爵夫人とベネッセ侯爵夫人しかいなかった。
「ようこそペイシェンス様。こちらがベネッセ侯爵夫人です」
紹介して貰って、ベネッセ侯爵夫人に挨拶する。ゲイツ様に似ているというか、ゲイツ様が侯爵夫人に似ているんだけど、銀髪で銀色の瞳、凄い美人だ。
「ペイシェンス様には、プリームスが迷惑を掛けていると思います。あまりに目に余るようでしたら、私に伝えて下さい」
それは助かるかも? でも、貰う方が多いんだよね。
「ベネッセ侯爵夫人には、母のティアラを買っていただき、とても感謝しています」
先ずは、これを言いたかったのだ。
「いえ、プリームスからも聞いていますが、グレンジャー子爵家がそこまで苦しい生活をされていたとは考えていませんでしたの。ケープコット伯爵家と断絶したから、ユリアンヌのティアラを手放したのだとばかり。でも、一度、手放したら、手放さなければ良かったと後悔される時もあるのではと考えて購入しただけですわ」
ここまでは、バーンズ公爵夫人は口を挟まずに黙って聞いていた。今回のお茶会は、ベネッセ侯爵夫人と私を会わす事が目的だからね。
「二人を紹介できて、とても嬉しいわ。モライア様とペイシェンス様は私の大好きなお友達ですもの」
ベネッセ侯爵夫人もここからは、普通のお茶会の様に三人で話をする。
「マリアンヌ様の雪狼のコートは素敵でしたわ」
あっ、もう仕立てて着たんだね。
「ええ、ペイシェンス様から頂いた雪狼の毛皮を急いで仕立てさせましたの。ベネッセ侯爵夫人の雪狼の毛皮が羨ましくて仕方ありませんでしたから」
ベネッセ侯爵夫人は、少し微笑んだ。
「あの雪狼の毛皮は、プリームスがプレゼントしてくれたのです。でも、もう古いデザインになっているのです」
ああ、これは私でも分かるし、ティアラのお礼になる。
「では、雪狼の毛皮をプレゼントさせて下さい」
ベネッセ侯爵夫人は、手を叩いて喜ぶ。きっと、毛皮のデザインはやり直せると思うけど、これで私も凄く気が楽になったよ。だってティアラって金貨何枚になるか、考えただけで怖いんだもん。
「プリームスは幼い時に手放してしまったから、いつも心配なのです。ペイシェンス様、ずっと仲良くしてやって下さいね」
お茶会の終わりに、ベネッセ侯爵夫人に「今度は、我が家に来て下さい」と誘われた。多分、ケープコット伯爵家と顔合わせになるのかもしれない。
「ええ、ありがとうございます」
二時間でお茶会は終わり、ベネッセ侯爵夫人を見送った。
「カエサル様と話したいのですが、いらっしゃるでしょうか?」
バーンズ公爵夫人は、くすくすと笑いながら「いますよ! 話したいと言っていました」と許可してくれる。
今度は、カエサルと話し合うから、メアリーが控えている。
「ペイシェンス! ファイルは持ってきたのか?」
挨拶抜きでこれだよ! さっきまでの優雅なお茶会の雰囲気は霧散したね。
「ええ、メアリー出してちょうだい」
カラフルなファイルを手に取ってカエサルが考えている。
「ペイシェンス、これはエクセルシウス・ファブリカ案件なのだぞ。だが、確かに新学期に相応しい体験コーナーになりそうだ」
あっ、忘れていたけど、エクセルシウス・ファブリカ案件はなるべく錬金術クラブでは扱わないようにしようと決めたんだった。
「では、諦めるしかありませんね」
ガッカリだよ。きっと、女子学生達は喜ぶと思ったんだけど。
「うむ、材料を混ぜ合わせるのは、事前にしておけば良いのではないか? 色をつけて、ファイルにするのを手伝ってやれば、錬金術が楽しいとわかってもらえるかも?」
ああ、カエサルは部長として、部員を増やしたいのだ。
「ナシウスも錬金術クラブに入ると言っていますわ」
カエサルがぎゅっと私の手を握る。
「それは、とても嬉しい! だが、読書クラブと歴史クラブの掛け持ちなのに大丈夫なのか?」
「読書クラブは月二の活動だそうです。読む本を決めて、読書会をするだけですから。歴史クラブは週二ですけどね」
ふむ、ふむ、と満足そうに頷いているけど、手を離して欲しい。「コホン!」とメアリーが大きめな咳払いをしたので、ハッとして手を離した。
「それと、ベンジャミン様からも甘い樹液のトレントがいたと手紙が来たのです」
「うちの領地にもいるみたいだ! シュヴァルツヴァルトにもいるかもしれない。まだ討伐は続いているから、調査しようと思う」
これは、行きたいけど無理かも?
「少し、相談してみますわ」
カエサルも無理をしないようにと忠告してくれた。
「これは、北部の産業になるかもしれない。ベンジャミンと頑張るよ」
それが良いのかも? グレンジャーに行く前は、トレントで防風林をとか考えていたけど、信頼関係を築くまでは無理だと思う。それに、先ずは川の浚渫工事だもん。
「ミシンは二台、王立学園に納入しておいた。また、クラブで話し合おう」と約束して、バーンズ公爵家から帰った。
キャメロン先生に、会いに行く暇がなかったな。入寮したら、すぐにミシンの使い方の説明と、助手にまっすぐな所を縫ってもらう様に説得しよう。