子爵家として
サティスフォード子爵から、最低限しなくてはいけないことを訊く。
「ペイシェンス様もご存知だとは思いますが、領地を拝領した限り、そこの魔物を討伐するのは、最低限しなくてはいけない事です」
それは、前にも訊いた事がある。特に街道の魔物を放置していると、陛下に報告が上がり、お取り潰しもあり得るってね。
「それは、兵士を雇わないといけないという事ですか?」
初歩の初歩から質問する。
「いずれは、そうしなくてはいけませんが、今も冒険者ギルドで魔物討伐はされているので、急がなくても良いです。その前に、配下の騎士を雇わないといけません」
パーシバルも横で頷いている。配下の騎士かぁ。
「モラン伯爵領の騎士の次男以下にも声を掛けます。サティスフォード子爵にもお願いします」
それは、サティスフォード子爵も心掛けておくと言ってくれた。他の親戚も声を掛けてくれるみたい。
「何人ぐらいの騎士を雇えば良いのでしょう?」
サティスフォード子爵は八人雇っていると言う。確か、シャーロッテ伯母様は七人と言っていたと思う。
「サティスフォードは港がありますから、そこの管理も必要なのです。普通の子爵家は、四人程度の所もあります。いざ、有事となった時、子爵家は千人の部隊を派遣しないといけませんから、それに準じて騎士が必要になります」
ここら辺の事情が全く分からない。パーシバルは、騎士コースを修了しているから、補足説明してくれる。
「これまでの慣例では、公爵家が旅団を纏めます。その下に侯爵家が二軒付き、その下に伯爵家が四軒付きます。子爵家は八軒になりますね。男爵家以下は近くの伯爵家の寄子になります」
それぞれの爵位によって出す人数が決まっている。
「でも、これは基本的な決め方で、実際はソニア王国との小競り合いの場合、東の貴族が主に戦いました」
それに、侯爵家が旅団長になる事もあるみたい。先代のカッパフィールド侯爵は、東の領主を纏めたそうだ。
「千人……ちょっと無理かもしれません」
寂れたグレンジャーとハープシャーの人口は二万ちょっとだ。その半分は女性だし、子どもと年寄りを除いたら、ほぼ働き盛りの男性を全員徴兵することになる。
「初めからは無理ですし、冒険者を雇う事もあります。傭兵も雇えば何とかなりますよ」
ローレンス王国の上級貴族は百人ちょっと、王立学園にいる子息や令嬢は、カエサルみたいに爵位持ち以外は含まれないからだ。
男爵家からグッと人数は増えて準男爵家を含めて三百軒、騎士爵は八百軒あるが一代限りだ。
「土地持ち騎士爵の次男以下は、文官になるか、騎士団に所属しますが、基本は土地持ちになるのを希望していますから、ペイシェンス様が土地を与えるなら、希望者は多いと思います。ただ、信頼できる騎士を選ぶのが大変なのです」
それは、そうだと思う。日頃から、兵士の管理をしてもらわないといけないのだ。
「初めは四人ぐらいにした方が良いでしょう。それと、最初から土地を与えるのではなく、給与にしても良いのですよ。今のハープシャーとグレンジャーは管理が行き届いていませんから、貰っても困るかもしれません」
パーシバルは「モラン伯爵家領と込み込みにして貰えます」と励ましてくれる。結婚したら、一緒にしても良いのかもしれない。
「それに、ノースコート伯爵家は兵士数が多いですから、そちらからも融通して貰えますよ」
親戚が近くにいる利点は大きそう。
ふぅ、領地を管理するのに、軍事力も必要だとは考えていたけど、有事に対応することまでは思っていなかった。
「領民の教育や訓練はどうしているのですか?」
どうもハープシャーもグレンジャーも教会で少し子どもに字を教えているだけみたいなんだよね。
「サティスフォードでは、七歳から十歳までの子どもを学校に通わせています。とは言っても、領都以外は、一年も通えば御の字なのですけどね」
へぇ、でも良いかも?
「モラン伯爵領でも、同じ感じですよ。領都の優秀な子を王都で勉強させ、その子を雇ったり、領地の先生として派遣しています。十数年前には王立学園に入学した子もいたそうですよ」
あっ、それは良いシステムだと思う。
「文字が読めたり、計算ができないと良い職業にもつけません。最低限の教育は必要です」
サティスフォード子爵の言葉で、今は教会任せなのだと困惑する。
「教会が教育と孤児院も兼ねているのです。王都では、そんな事はなかったので、どうしたら良いのか分からなくて」
「田舎では多いですよ。私の所でも孤児院は教会が運営しています。勿論、領主として援助はしていますが、港町なので孤児が多いのです」
ああ、海難事故もあるだろうし、夜の街も華やかそうだった。普通の田舎の町よりも孤児は多そう。
「そうですね。領主になったのだから、教会に挨拶をしに行かなくてはいけないでしょう」
パーシバルも教会というか、あの偽手紙事件でモンタギュー司教には悪感情を持っている。でも、仕方ないなって口調になってしまう。
「漁師は信心深いから、王都のように教会を無視しては生活できませんよ」
サティスフォード子爵に忠告される。
「グレンジャー家は、あまり信心深くなかったから、教会とは付き合いがありません。私も母の葬式と能力判定で教会に行っただけなのです」
少し驚かれた。ラシーヌも心配そうな顔をする。
「ペイシェンス様、田舎の暮らしでは教会は無視できません。上手く関係を築かないと困りますよ」
それは、そうかもしれない。グレンジャー家は法衣貴族で、領民はいなかったからね。
話が長くなったので、そろそろお暇する。
玄関まで見送ってくれたラシーヌが封筒をそっと手渡してくれた。
「これは、子爵に陞爵されたお祝いですわ」
貰って良いものかな? パーシバルに確認したけど、微笑んで頷いている。
「それと、雪狼の毛皮、ありがとうございます。来年の社交界で着たいと思いますわ」
今年は間に合わなかったのかな? もっと早く渡せば良かったのかも?
「ふふふ、今年は叔母様方に華を持たせないといけませんもの」
ああ、ラシーヌは少し待ってからの方が良いと考えたのだ。まだ若いからね。
「ラシーヌ様、アンジェラのドレスも作っても良いですか?」
私のドレスを見直して、ラシーヌは許可を出した。
「ええ、あの時はお客様の前で我儘を言ったから、諌めましたが、ペイシェンス様のドレスはとても素敵ですわ。今度、アンジェラにも作ってやって下さい」
馬車に乗って、パーシバルと屋敷に帰る。
「やっていけるかしら?」
不安になっちゃった。
「大丈夫ですよ。相談する相手もいっぱいいますし、管理人に任せる所は任せたら良いのです」
パーシバルは、いつも私を励ましてくれるね。