入学祝い
ナシウスとファイルを作った後、文房具を渡した。
「時計は、名前を刻んで貰ってから渡すわ。他の用意はできているかしら?」
ナシウスの従僕はマシューだけど、家政婦のミッチャム夫人やメアリーも付いているから、大丈夫だとは思う。
「ええ、ただ馬はどうしたら良いのでしょうか?」
それは、全く分からないから、パーシバルに任せる。
「入学式までに学園の馬房に預ければ良いのですよ。あっ、世話を頼むなら、少しお金が掛かります」
そのくらいなら大丈夫だと思う。借金問題も解決して、過剰な金利も返還された。やっと法衣貴族としての生活が送れるようになった。
それに父親のロマノ大学長の俸給があるから、普通の貴族並みの生活もできそうなんだ!
ナシウスの入学準備は大丈夫そうなので、昼まで応接室でこれからのスケジュール管理をパーシバルと話し合う。
そろそろ、新年会ラッシュが終わって、訪問先からの手紙が舞い込んでいるんだよね。
「先ずは、サティスフォード子爵、ここでアンジェラに入学祝いのファイルを渡すわ」
もしかしたら買っているかもしれないけど、黒よりピンクの方が可愛いからね。
「サティスフォード子爵に冷凍車を貸す代わりに、領地の管理について教えて貰ってはどうでしょう?」
同じ子爵領だからね。あちらには港があるけど、海沿いの領地の注意点とか聞きたいな。
「ええ、良い考えですわ」
それと、ラシーヌにはドレスのデザインも見て欲しい。やっと、私のドレスの一枚は縫い終わったんだ。後の二枚も仮縫いは終わったから、楽しみ!
「ノースコート伯爵とのお茶会は、私も同席して、これから何度か館にお邪魔する許可を得ようと思っています」
ハープシャーの館ができるまでは、ノースコート伯爵の館を使わせて貰うしかない。
「はやくハープシャーの館を改修しなくてはいけませんわね」
でも、ハープシャーの館にはパーシバルは泊まらないのだけどね。独身の二人が同じ館に保護者なしで泊まるのは駄目なんだってさ。
だから、パーシバルはモラン伯爵館からになるけど、ノースコートよりは近いかな?
「ノースコート伯爵は、何をペイシェンスと話したいのでしょうか?」
まさか扉の開閉係じゃないとは思うけど?
「パーシー様は、遺跡の地下通路を見ていないのですよね。一度、見学しても良いかも?」
「それは、楽しみです。他の人から聞いて、興味深く感じていましたから」
飛行艇の件は内緒なのかな? これは、後でゲイツ様に訊いておこう。
「本当は、シャーロッテ伯母様にも頼みたい事があるので、一度、領地に行きたいと思っていますの」
柄物が少ないんだよ。南の大陸の派手な柄は、ローレンス王国の好みじゃないけど、小さな花柄とか、水玉模様とか、ペイズリー柄なら、型紙を作ればできそう。
「マックスウェル子爵領は、王都の東側ですから、これまで行った事がないですね」
「そうなんです。でも、モンテラシード伯爵領も東北部で湖が綺麗だと言われていましたわ」
それに、母親の実家のケープコット伯爵領も東側なんだよね。これは、ベネッセ侯爵夫人が間に入るとかゲイツ様が言っていたけど、どうなるかは分からないよ。
「リチャード王子と王妃様は、あちらからの御沙汰があるまで保留ですが、バーンズ公爵夫人からもお茶会のお誘いがありますね。美麗様もだし、重ならないといいのですが」
王妃様は大丈夫だと思う。何故か、いつも空いている時間を察知されているから。
「リチャード王子には、グレアムとメアリーの件を報告しなくては!」
パーシバルが驚いている。話していなかったかも?
「グレアムは、リチャード王子が派遣してくれた護衛なのです。だから、護衛の任を解いてもらって、グレンジャー家の使用人にと思っています」
「知りませんでした」とがっくりするパーシバル。
「ごめんなさい。話したとばかり思っていましたわ」
「ああ、だからグレアムはいつでもペイシェンスの側にいたのですね。サティスフォード領に行った時も付いて来ていたし!」
割とあからさまだったけど、言われないと気づかないよね。
「メアリーはペイシェンスの侍女なのに手放すのですか?」
「まさか! 結婚しても侍女を続けて貰いますわ」
パーシバルは、くすくす笑う。
「ペイシェンスらしいです」
そうなのかな?
「普通は、侍女は結婚したら辞めますよ。でも、本人同士がそれで良いのなら、良いのでしょう」
メアリー以外の侍女なんて考えた事がなかったけど、赤ちゃんができたら少しの間は無理になるかも?
「産休の間の侍女も育てておかないといけないのね」
キャリーは、良い子だけど、まだ少し頼りない。
「そういうことは、家政婦のミッチャム夫人に任せたら良いのですよ」
その通りだね。何もかも自分でしていたら、大変だもの。
「今日の昼からはサティスフォード子爵のお屋敷に行きますけど、パーシー様はどうされます?」
にっこりと笑って「一緒に行きますよ」と答えてくれる。
冬休みでも、馬の王の運動で早朝から来てくれるし、こうして外出にも同行してくれる。嬉しいな!
昼食後、私もパーシバルも着替える。パーシバルは屋敷に帰って着替えてくる。私は、出来上がったばかりの、赤色に黒の格子模様のドレスだよ。
ただ、これにアイスブルーのコートが似合わないんだよね。と悩んでいたら、黒のコートをメアリーが差し出す。
「えっ、黒のコートなんか頼んでいないけど?」
「大人の女性は、常に黒のドレスとコートは用意しておく物なのです」
つまり、お葬式用だね。でも、丈も長くて良かった。
赤の格子柄のドレスは、少し丈を長くしたんだ。コートの裾からドレスがちょっと出ているのって格好悪いからね。
靴は黒かな? と思っていたけど、鮮やかな赤で作ってある。
「これは?」と尋ねたら「皮を持ち込んでバーンズ商会で作って貰いました」とメアリーが少し得意そうな顔で答えた。
「ヒールが少しあるのね!」
いつもは三センチヒールだけど、五センチヒールにしてくれている。こういう所が、メアリーはしっかりと私の意図を汲んでくれているんだよ!
「パーシバル様がいらっしゃいました」
キャリーが呼びに来てくれたので、唇にリップクリームをつけて、準備完了!
「ペイシェンス、とても綺麗だよ」
パーシバルに褒めて貰えたって事は、このドレスで変じゃないんだよね。
黒のコートを着て、馬車に乗る。手土産とアンジェラの入学祝いは、メアリーが持っている。私は、小さな赤のバッグだけだよ。これもカルディナ街で買った赤の生地に、今回は透明なビーズで花を刺繍している。一見、キラキラしているだけだけど、よく見たら、花だとわかる感じ。
「ペイシェンス様、パーシバル様、ようこそ」
サティスフォード子爵とラシーヌに出迎えられた。
「お招きありがとうございます」
パーシバルも私も挨拶して、応接室に向かう。アンジェラも一緒だと良かったけど、初めはいないみたい。
「ペイシェンス様、子爵に陞爵おめでとうございます」
サティスフォード子爵にお祝いを言われた。あれ、あれから会ってなかったんだね。伯母様たちとは会っていたから、忘れていたよ。
「ありがとうございます。でも、何も知らないのでご指導ご鞭撻お願いします」
これ、本音だよ。全く知らない事ばかりだからね。
「それで、どこの領地に……冷凍されたマッドクラブを頂きましたから、海岸沿いだとは考えていましたが」
「グレンジャーとハープシャーですわ」
サティスフォード子爵の目がキラリと光る。
「グレンジャー海岸のマッドクラブを冷凍にして運ばれたのですね」
「ええ、冷凍車を作りましたの。でも、学園が始まったら、領地には行けませんから、サティスフォード子爵にお貸ししようかと考えています」
わっ、凄く嬉しそう!
「それはありがたいです! バーンズ商会に冷凍庫の大きなのを注文しましたが、あまり大きくはできないみたいで、考え直していたのです。でも、それはどうやって作られたのですか?」
「私のは、ゲイツ様が作って下さいましたわ」
サティスフォード子爵が残念そうに肩を落とす。
「それは……無理ですね」
「作り方は分かりましたから、時間が出来たら作りますわ。それまでは、私の冷凍車をレンタルします」
馬車のレンタルがあるぐらいだから、冷凍車のレンタルだってありだよね。
「作れるのですか……それはありがたいですが……ペイシェンス様は、初代子爵に叙されるぐらいだから、規格外なのはわかっていましたが、凄すぎます」
あらら、なんか誉め殺しかな?
「まぁ、それよりもノースコートの遺跡が発表されて、リリアナ様がペイシェンス様に相談したいと仰っていたわ」
ラシーヌが話題を変える。
「ええ、前から一度屋敷を訪ねて欲しいと伯母様からも言われています。何かしら?」
「きっと、ペイシェンス様のアイデアが欲しいのだと思うわ。夏休みに南の大陸の派手な生地を売れるようにしてくれたのは、新しいアイデアでしたもの」
あっ、布は私も色々とアイデアがあるんだけど、今は関係ないね。
「それか、料理のレシピの相談かもしれませんね。ノースコートは、これまでは軍の拠点的な位置で、あまり貴族のお客は訪ねて来なかったから」
サティスフォード港は、貴族の訪問が多いから、シェフもおもてなし料理に慣れていた。
「それなら、私もちょくちょく滞在させて頂くので、お礼にレシピを渡しますわ」
ラシーヌがそれは良いでしょうと微笑む。
「アンジェラに入学祝いの品を持ってきたのですが、渡しても宜しいでしょうか?」
直接渡したいからね!
「ええ、アンジェラを呼びますわ」
アンジェラは、今日も可愛い。
「ペイシェンス様、素敵なドレスですね!」
服も褒めてくれるし、気が利くよね。
「ええ、新しく雇ったお針子に縫って貰ったのよ」
羨ましそうな顔をする。アンジェラは、ピンクにレースのついた可愛いドレスを着ているけど、もう少し大人っぽいのにしたいのかも?
「お母様、私もペイシェンス様のようなドレスが着たいですわ」
おねだりに、ラシーヌが厳しい顔をする。ラシーヌって、結構教育ママだし、厳しいね。
「お客様の前で何を言い出すのですか?」
やれやれ、これ以上怒られる前に入学祝いを渡しておこう。
「アンジェラ、これはファイルといって、ノート代わりになるの。私から細やかな入学祝いよ」
アンジェラにファイルを渡す。紙で包んであるけど、開けて貰う。
「まぁ、可愛いピンクだわ! ペイシェンス様、ありがとうございます」
アンジェラは、ここで上に上がらされたので、領地管理についてサティスフォード子爵に訊く。