ゲイツ様って暇なの?
お昼をパーシバルと一緒に食べていたら、ゲイツ様がやってきた。呼んでないよね? ワイヤットも王宮魔法師のゲイツ様を追い返す訳にもいかず、困惑しながら食堂に案内したみたい。
「ペイシェンス様が忘れているから、催促しに来たのです」
昼食時に他所の屋敷を訪問するのはマナー違反だよ。全員が、一瞬固まってしまった。
「ゲイツ様は、昼食はお済みなのかな?」
おっと、父親はマナーを思い出したのか、一応聞いている。
「いえ、それがまだなのです」
絶対、昼食目当てで来たんだ! 全員がそう思ったよ。
「では、ご一緒に如何ですか?」
そう言うしかないんだけど、彼方がマナーを守らないのに、こちらだけ守るのってムカつく。
ワイヤットが一席増やして、ゲイツ様は図々しく昼食を取る。
「ペイシェンス様、この干魚のスープ、美味しいですね」
蟹目当てで来たのかもしれないけど、蟹や鮑は、普段は出さないよ。干魚や魔物の肉を使った普段の昼食だ。でも、エバは腕が良いから、どれも美味しい。
「ふぅ、やはりここの料理人は素晴らしいです。ペイシェンス様のレシピのお陰もあるのでしょうが」
デザートのアップルパイのアイスクリーム添えを食べながら、満足そうだ。
「これがペイシェンス様が冬の魔物討伐の時に話されていたアップルパイのアイスクリーム添えなのですね」
パーシバルと二人で笑っていると、ゲイツ様も思い出したみたい。
「熱いアップルパイと冷たいアイスクリームがやっと食べられましたね」
ナシウスとヘンリーは、私達だけが分かる話題に興味津々だ。後で、話してあげよう。
昼からは、工房でゲイツ様と卵の浄化装置を作る。パーシバルも残って一緒にいてくれている。
「ああ、やはりここでは不便ですね!」
確かに、材料が揃っているとは言えないからね。
「魔法省の錬金術部屋ですれば、楽なのですが……」
凡ゆる素材が揃っているから、楽なのは楽だろう。でも、魔法省の錬金術部屋には、冬休みでもグース教授がいそうだから、私は行きたくない。
「ああ、あの教授、邪魔ですね! 腹でも下せば良いのですが……」
ちょっと、やめてよ! 助手のサイモンは従兄弟なんだから。
「ゲイツ様!」
厳しい目で睨んだら、肩を竦めて「冗談ですよ」と笑って誤魔化すけど、本当に駄目だからね。
「私の屋敷の工房の方が材料に困りません。丁度、パーシバルも一緒なら、良いんじゃないですか?」
メアリーも付き添うけど、婚約者がいる令嬢が独身の男性の屋敷を訪ねるのは、あまり外聞がよくない。
今回は、パーシバルが一緒なら良いみたい。
「パーシー様? どうしましょう?」
だって、パーシバルは錬金術には興味が無いのに付き合わせるのは悪いよ。
「ゲイツ様の屋敷に一緒に行きますよ。それに卵の浄化が出来たら、安心して食べられますからね」
ゲイツ様の屋敷って、王宮の横、つまり立派で広い。それに、内装も明るくて今風だ。
何となく、放ったらかしのイメージがあったのだけど、ちゃんと手入れされていて驚いた。
「第一騎士団長の屋敷と交換して欲しいのですが、頑固者で困っています」
お隣さんになったら、毎食押しかけて来そうだから、それはやめて欲しい。
「素敵なお屋敷ですね!」
これは、本心からだよ。木の温もりも感じられるし、それでいて豪華な雰囲気もある。なかなか良いセンスだと思う。
「私は、執事に丸投げですから。ただ、金ピカ趣味は無いとだけ伝えただけです。祖父は、金が好きだったので……少し私とは違う感性で生きていたのです」
錬金術的に、金は腐敗しにくくて最高! って感じだったみたい。それは、そうだけど屋敷に多用するのはどうかな?
「ここが錬金術部屋ですよ」
これって工場じゃん!
「広いですね」
パーシバルも驚いている。
「ここって、普通は応接室とか食堂とか図書室を作るのでは無いでしょうか?」
屋敷の一階の一番良い部分を錬金術部屋にしてしまっている。
「図書室はありますよ。応接室も一応、そして食堂も書斎もね」
つまり、とっても屋敷が広いからだけど、本来なら応接室や食堂ももっと広く作る事が可能な筈だよね?
つまり、ゲイツ様の屋敷は錬金術部屋、図書室に大きなスペースを使い、後は普通の屋敷程度の部屋になっているみたい。
「ゲイツ様は錬金術を魔法省でやられていると思っていましたわ」
だって、王宮魔法師だから、やりたい放題じゃないの?
「あそこは、錬金術師が多くて、少し邪魔なのですよ」
まぁ、私も同じ感じだね。
卵の浄化装置は、紫外線を使うつもりなので、先ずはそこからだ。
「紫外線?」パーシバルは、そこから説明しないといけないね。
どうせ、プリズムを作るから、虹を見せて教える。
「この紫の光の外側が紫外線なのですが、魔素が多く含まれているのを感じますか?」
パーシバルは、じっと見つめて「何となく」と答える。
「ペイシェンス様、さっさと作りましょう」
ゲイツ様に急かされて、紫外線を照射するボックスを作る。
「下は卵が転がらないように凹ませておいた方が良いですね」
その前に洗わないといけないのだけど、それはやっているみたい。まぁ、汚いままの卵は売れないよね。
「後は、卵に日付の入ったスタンプを押せば良いと思います」
これ、重要だよ! 鮮度が分からないと怖いもの。
「このように、スタンプの印字面をくるくると回して、月と日を変えて卵に押すのです」
ゲイツ様は少し考えていたけど、錬金術であっという間にスタンプを作った。私なら、回すところはゴム擬きにするけど、全部金属で作ってある。
「これで、終わりましたね!」
さぁ、帰ろうと思ったけど、他にもあった。
「何を言っているのです。強力なポンプも作らないといけません」
それは、ゲイツ様が作るって言っていたような?
「バーミリオン様の特許があるのでは?」
それに、海の深い場所から海水を汲み上げる為に、少し強化していた筈だよ。
「あれは、海水を汲み上げる程度の力しかありません。土砂を浚うのなら、もっともっと強力じゃないとね!」
まぁ、それはそうだけど……?
「魔石がいっぱい要りますね。他の川はどうやっているのでしょう?」
私は、バーミリオンのポンプを改良して使おうと考えたけど、誰もやっていないんだよね。
「夏場の渇水期に人海戦術でザルで掬うのが多いですね」
ゲイツ様は知っていたんだ!
「なら、それでも良かったのですか?」
「普段から、川の管理をしていれば、その程度で良いのですが、長年放置されていますからね。雪解け水と春の長雨に耐えられないかもしれません」
ふぅ、寒い中、川の浚渫は人にはさせられないね。
「それに、これが出来たら、ローレンス王国の川の氾濫が無くなるかもしれません」
やはり、ゲイツ様は王宮魔法師なんだね。他所の屋敷の昼食に飛び入り参加しているだけではない。
「先ずは、バーミリオンのポンプを作りましょう」
設計図は、用意してあるから、それを見ながら作る。
「この汲み取り口は、もっと大きくしないといけませんね」
水と違い土や石だからね。
「そうなると、ポンプも強力にしないといけませんわ」
二人であれこれ言い合って、強力なポンプを作る。
「パーシー様、お待たせして申し訳ありません」
パーシバルは、私とゲイツ様がポンプを作る間、側で見学していた。
「いえ、錬金術の現場を見学できて、興味深かったです」
これで用事は終わったかな? と思ったのに、ゲイツ様は、前に言っていたシャワーと瞬間冷凍もやろうと言い出す。
「えええ、もう疲れました」
これは、本当だよ。頭と魔法をかなり使ったからね。
「では、お茶の後にしましょう」
応接室も、うちのより広かった。本当に、屋敷がすっごく広いんだよ。
ゲイツ様の屋敷の執事さん、白髪の多い紳士に見えたけど、ホットケーキやチョコレートの食べ過ぎを注意する強くて賢い人だね。
「ペイシェンス様の教えてくださったレシピで作らせたのですが、やはり少し違いますね」
ケーキは、美味しいけど、ちょっと卵白の泡立てが足りなかったのかも?
「とても美味しいですよ」
パーシバルは、気にしていない。
「ふくらし粉があれば良いのですが、今は卵白を泡立てるだけですからね」
イースト菌とかふくらし粉が見つかっていないんだ。
ふくらし粉は、重曹があるから他の材料が見つかれば作れるかもしれない。重曹だけでも代用できるけど、苦味がちょっと残りそう。
「ペイシェンス様、ふくらし粉を作って下さい!」
それは、また後にするよ。
「卵白をもっと泡立てれば、もっと軽いケーキになりますわ」
それより、ゲイツ様は暇なのかしら?
「魔法省はいつまでお休みなのですか?」
ゲイツ様は素知らぬ顔をする。
「外務省は2日から仕事をしていますよ」
つまり、魔法省もだよね! サリンジャーさんが怒っていそう。