少しずつ進めよう!
王妃様、リチャード王子、バーンズ公爵夫人は、まだ新年会ラッシュみたい。面会は、それが収まってからになるから、それまでに色々と片付けておきたい。
先ずは、サリエス卿の新居をパーシバルと見学に行くよ。
毎朝、パーシバルは馬の王の運動の為に来てくれているから、そこで今日の予定を話し合うのが日課になっている。
「それなら、ペイシェンスも一緒に第一騎士団に行きましょう」
馬の王に乗るのも旅行の帰り以来だよ。馬房に会いには行っているけどさ。
早朝のロマノの街を馬の王でパーシバルと二人乗りで走る。護衛の人がついて来れる程度の走り方だよ。
「ペイシェンスだけで、早駆けさせてみませんか?」
第一騎士団の運動場に着いた時、パーシバルに言われた。
「少しなら良いですが、多分、馬の王は全力疾走したいと思いますわ」
まぁ、少しは練習しなくちゃいけないからね。
「馬の王、少し走ってくれる?」
あまり速くでなくて良いよ、の意味を籠めたつもりなんだけど「ブヒヒヒン!」と凄くやる気だ。
「ちょっと!」と止める暇もなく、馬の王は走り出した。
3周して、やっと止まってくれたよ。
「もう! 少しって言ったのに!」
文句を言っても馬の王は「ブヒ、ブヒン!」と取り合わない。
パーシバルと交代したら、やはり私の時よりも速かったから、全力疾走ではなかったのだろう。
「ペイシェンス、今日は来たのだな」
第一騎士団長がやってきた。
「ええ、偶には運動させないといけませんから」
馬の王が私たちの目の前を通り過ぎる。
「馬の王は、元気そうだ」
惚れ惚れとした目で馬の王を見ている。
「サンダーさんとジニーさんが世話をして下さっていますから」
第一騎士団長は、満足そうに頷く。
「おや、ペイシェンスも来ていたのか?」
サリエス卿にも言われちゃったよ。そう言えば、ここにはあまり来ていないね。
「ええ、あっ、サリエス卿にお手紙を書いたのですが、新居を見学させていただいても宜しいでしょうか? インテリア・コーディネーターを決めたいと思っていますの」
サリエス卿は「返事を書こうとしていたのだが、良いですよ」と承諾してくれた。
横で聞いていた第一騎士団長が大きな溜息をつく。
「騎士は書類仕事が苦手で困る! サリエス卿も手紙の返事ぐらいは、さっさと書きなさい」
サリエス卿には悪い事をしたね。
「サリエス卿も馬の王に乗ってみませんか?」
えっ、凄い目で見られたのだけど? 何かまずい事を言ったの?
「ペイシェンス、馬の王はパーシバル以外も乗せるのか?」
サリエス卿に質問されて、答える。
「ええっと、ナシウスやヘンリーやサミュエルを乗せましたけど? 乗せても良いかと聞いてからですけど」
二人は、興奮して話しだす。
「スレイプニルは、主人以外を乗せるのを嫌がると聞いたのだが、違うのだろうか?」
「いや、王宮のスレイプニルも気難しいそうだ」
丁度、パーシバルが何周も走らせて、私の前に止めた。
「馬の王、サリエス卿を乗せても良いかしら?」
馬の王は、ちらりとサリエス卿を見て「ブヒヒン」と嘶いた。『しょうがないな』って感じだよ。
「良いそうですわ」と言うと、サリエス卿は喜んで馬の王に乗って走り出した。
「羨ましい!」
第一騎士団長が本音だだ漏れになっている。
「スレイプニルの主人は決まったのですか?」
パーシバルの質問に、第一騎士団長は難しい顔をする。
「陛下が決められるだろうが、欲しがる者が多くて難航している」
そう言えば、パリス王子もアルーシュ王子も欲しがっていたよね。
「騎士団に何頭か回して貰えたら良いですね」
それが良いと思うけど、駄目なのかな?
「そうなると良いのだが……」
横槍が入りそうなんだね。
「それと……デーン王国のマチアス陛下が訪問されるかもしれない」
ゲッ、もうデーン王国の人とは関わりたくないよ。
「それって、馬の王に会いたくてとかじゃないですよね?」
第一騎士団長とパーシバル、二人に「他の用事はないでしょう!」と呆れられた。
いや、他にも外交問題はあるんじゃないの? それと、オーディン王子とジェーン王女の縁談とかも。
「馬の王だけ会うとかは……駄目ですよね」
はぁ、気が重いよ。
馬の王は、第一騎士団長は乗せるのを拒否した。
「えっ、何故だ?」
凄くショックを受けたみたいだけど、単にもう走るのに満足しただけだったみたい。
「またの機会に」と言ったら、期待されたけど、馬の王は気まぐれだからね。
気が重たい話を聞いたけど、気を取り直して、サリエス卿の新居をパーシバルと見学に行く。
私たちの新居のすぐ近くだよ。隣が第一騎士団長の屋敷だから、三軒隣だね。
朝食の間に、ワイヤットが見学する手配をしてくれていたから、馬車が門に着いたら、ヒューバート・グリーンが出迎えてくれた。
30歳程度の赤毛の背の高い男の人だけど、着ている服が少し変わっている。綺麗なスカイブルーの上着とか、あまり男の人が着ているのを見てないけど、なかなか似合っているから良いんじゃないかな?
「ヒューバートです。サリエス卿から案内する様に言われました」
中を案内して貰ったら、前に見た時とは全く別の屋敷になっていた。
「明るくて、機能的な館にして欲しいと言われたのです」
古くなった壁紙は剥がして、白い漆喰が塗られているけど、天井や柱にはデコレーションが施されていて、凄く良い感じだ。
「後は武器庫と室内練習場と馬房をお望みです」
ヒューバートとしては、もっと華やかにしたいみたいだけど、施工主の意向を反映しながらも、流行も取り入れている。
お風呂も増やしてあるし、台所も明るくて良い感じ。
「全く別な屋敷になりましたね!」
パーシバルも良いと思ったみたい。
「ええ、素敵ですわ」
この人に頼んだら良い感じにしてくれそう。
「屋敷を三軒お願いしたいのです」
パーシバルの注文に、ヒューバートは驚いている。
「あのう、この屋敷の近くだと聞いたのですが」
それもあるけどね!
「領地の館も補修したいのです」
ヒューバートは、にっこりと笑って引き受けてくれた。
「ペイシェンス、先ずはハープシャーの館だね?」
「ええ、でも泊まって貰う宿が……」
パーシバルが笑う。
「管理人もモラン館に泊まってもらうのだから、ヒューバートにも泊まって貰えば良い」
ここがある程度、終わったら、ハープシャーの館の改修工事をしてもらう事になった。
「少しずつ進めましょう!」
そうだよね! 二人で顔を見合わせて笑う。何だか、しあわせ!