馬糞雲丹とケイレブ海老と鮑
ハープシャー館の視察を終えて、馬車でグレンジャーに向かう。
「弟達は、マッドクラブを討伐できたかしら?」
パーシバルは、冬の魔物討伐で風属性のビッグバードも討伐していたから大丈夫だとは思うけど、ヘンリーは身体強化だから、無理かも知れない。
「そろそろ着きますわ」
まぁ、心配しても仕方ないんだけどさ。
料理屋の前で馬車が止まる。馬が前に止まっているから、もう中にいるのだろう。
「馬の王、寒くない?」
小雪の降る中で待っている馬の王に声を掛けるけど、デーン王国の方が寒いよね。
「ブヒヒヒン!」
『寒くはないけど、もっと走りたい!』だってさ。モラン伯爵領で走らせてあげなきゃいけないな。
「お姉様! マッドクラブを討伐したのです!」
中に入ると、ヘンリーがそう言って抱きついてきた。
「ヘンリー! 凄いわね」
でも、どうやってだろう?
「ゲイツ様がマッドクラブを海岸まで運んで下さったのです」
なるほど! 魔法が使えないヘンリーは遠浅の海にいるマッドクラブには攻撃できないからね。
「ペイシェンス様、今日は蟹だけではありませんよ。馬糞雲丹とケイレブ海老も獲りました。私も海がある領地が欲しくなってきましたよ」
まぁ、それは陛下にお願いしたら良いんじゃないかな?
「馬糞雲丹やケイレブ海老をどうやって獲ったのですか?」
マッドクラブは、遠浅の海にいても目立つから討伐できるのはわかるけど、雲丹とか海老とかは海の中にいるんじゃない?
「ペイシェンス様も、明日は一緒に討伐しましょう。近頃、魔法の訓練をサボっていますからね」
いや、どうやってやったかを知りたかっただけだよ。
「船を雇って、海に出たのです」
パーシバルが教えてくれた。
「船ですか? それって漁師が獲ったのでは?」
チッチッチッとゲイツ様が指を立てて振りながら違うと主張する。
「船を漕いだのは漁師ですが、雲丹と海老を獲ったのは、私達ですよ」
ふうん? どうやったかな?
「それより、雲丹と海老の料理をお願いします!」
それは、任せて欲しい! ただ、こちらの雲丹って生は駄目なのかな? 夏の離宮やサティスフォード子爵の館で食べた雲丹は火が通っていた。
「この食堂でも料理して貰いますが、ペイシェンス様のも期待しています」
頑張ってみよう!
「雲丹って冷凍できるのかしら? 海老はできそうだけど……」
雲丹の冷凍、あったような? 前世では買った事がなかったけどさ。いや、スーパーの雲丹とか冷凍を解凍してあったのかも? 技術が凄すぎて分からなかっただけ? 雲丹の瓶詰め、あれ父親の酒のアテだったけど美味しかったなぁ。
なんて、思い出に浸っている間に、女将さんの料理が運ばれてきた。
蟹と雲丹のスープ、これ贅沢すぎるよね!
「美味しいです!」
ヘンリー、そんなに急いで食べなくてもスープは逃げないよ。
「美味しいですね!」
パーシバルも食べるの早い!
「お代わりをしたいですが、他のも食べたいし……いいえ、やはりお代わりをします!」
ゲイツ様は、相変わらず欲望に忠実だ。
蟹は、焼いたのと茹でたのが出た。もう、満腹だよ!
でも、鮑のステーキも出たんだ。
「パーシー様、半分食べて下さい」
お腹いっぱいだけど、鮑は食べたい。
「良いですよ!」
弟達は蟹もおかわりしていたけど、成長期ってどれだけ食べるんだろう。食費が心配になってきた。
「ゲイツ様は鮑は獲られなかったのですよね?」
雲丹と鮑のいちご煮、美味しいのになぁ。それに、鮑のステーキ! 最高に美味しい。
「ええ、鮑は岩場にいるみたいで、明日は獲りましょう!」
今日は女将さんに分けて貰うことにする。
「女将さん、雲丹は生では食べないのですか?」
これ聞いておきたい。
「サッとお湯に潜らせて、半生では食べますけど、生は怖いです。他の魚介類も、一瞬でも火を通さないとお腹を壊しますよ」
ふう、刺身は無理みたいだね。でも、表面に火を通せば良いのなら、色々とやれそう。
「なるべく生っぽい料理はありますか?」
女将さんは、少し考えて出してくれる。
「魚介類のマリネです」
魚は、塊のままサッと表面に火を通して、薄く削ぎ切り。鮑も、海老も、サッと湯掻いてある。
それをビネガーとオリーブオイルで和えてある。
「お腹いっぱいなのに、まだ食べられますね!」
私は、どの程度火を通さないと駄目なのか、一個ずつ食べて確認する。
「この魚は白身だけど、赤身の魚でも良いかも?」
鰹の叩きが食べたくなった。今日は、鮑と白身の魚と赤身の魚を買って帰る。
応接室で、少し休憩してから、馬の王とモラン伯爵領を走る。
「パーシー様、森は魔物が出ませんか?」
街道を走らせるのは危険なので、どうしても人気がない所になる。
「魔物が出たら、討伐しますよ。まぁ、パトロールはさせていますがね」
それも領主の仕事なんだね。馬の王も朝からグレンジャーまで行ったから、早駆けは小一時間で満足してくれた。
今夜のレシピはエバに渡しているけど、皆の口に合うと良いな。
「明日で、モラン領の滞在は終わりますけど、ペイシェンス様はちゃんと視察ができましたか? 王都の新年会には出席しなくてはいけないから、長くは居られないの」
モラン伯爵夫妻は、新年会に出席するみたい。なんて、他人事のように聞いていたけど、パーシバルに笑われた。
「ペイシェンス様も来年は社交界デビューしているし、新年会には出席しないといけませんよ」
えええ、うちの父親なんかしそうにないけど?
「グレンジャー子爵は……されていませんでしたね」
今回はするのか? いや、多分しないだろうな。それで良いのか?
「陛下とはお友だちだし、わかっておられるのでしょう。普通の貴族は出席しますが」
やはり、変人枠なのかも?
「私も出席しません。一度、出たら酷い目に遭いましたから」
ゲイツ様も変人枠だから大丈夫なのかも?
「ほほほ……ベネッセ侯爵夫人が悲しまれますよ」
モラン伯爵夫人が微笑むけど、ゲイツ様は眉を顰めている。
「地位目当ての令嬢と父親に襲撃されるのは御免です。バリアを張って近寄れなくしても良いのなら、出席しても良いと陛下に言ったら、欠席で良いと言われました」
まぁ、そちらの方が角が立たないよね。
夕食は、やはりこれでしょう!雲丹のいちご煮!
鮑を薄くスライスしたのも入れてあるし、お出汁は昆布も入れたからね。
「やはり、ペイシェンス様の料理は美味しいです!」
いや、昼間のスープもお代わりしていたじゃん。
「これのレシピを頂けますか?」
モラン伯爵夫人は、晩餐会とか昼食会が多いみたいで、レシピが欲しいと頼まれた。
「ええ、冷凍ので王都でも作ってみます。アンが覚えてくれますよ」
冷凍の雲丹も試してみよう!
蟹と雲丹と海老のテリーヌ、綺麗だし、美味しい。
そして、パスタマシーンも持ってきたから、蟹のクリームパスタ、雲丹添えだよ! 贅沢だよね!
「これはどうやって食べるのでしょう?」
長いパスタってないんだよな。弟達は、エバの練習で食べているけどさ。
「フォークに少し取ってクルクルして食べます」
見本を見せて、一口! 美味しいね!
ゲイツ様がモロハマりしちゃった。
「お代わりをしたいですが、ペイシェンス様、これから何が出てきますか?」
用心深くなったね。
「鮑のステーキと、蟹の出汁が効いたチーズリゾットですわ」
少し考えて、パスタのお代わりをする。パーシバルと弟達もお代わりをしていた。
「とても美味しいですが、ドレスが着れなくなったら困りますわ」
モラン伯爵夫人は、残念そうにお代わりを断った。
伯爵は、悩んでいる。
「鮑のステーキは好物だから、やめておこう」
夕食の最後は、あっさりとした柚子風味のソースが掛かったクレープだよ。
おなかいっぱいでも、デザートは入るのって不思議。
明日で、モラン伯爵領の滞在は終わる。
弟達とグレンジャー海岸であれこれ狩ろう!