蟹を冷凍して王都に運ぼう!
モラン館に戻って、伯爵夫妻に相談する。
「どちらを領都にするか?」
モラン伯爵は、どちらでも良いのでは? って態度だ。ゲイツ様もだったけどさ。
「グレンジャーの名前を大切にしたいのだろうが、あそこは放置期間が長くて税収とかの関係で、今は男爵領扱いだ。ハープシャーは子爵領扱いだ。ペイシェンス様は女子爵に叙されたのだから、ハープシャーの方が相応しいのかもしれない。だが、どちらもどちらだろう」
つまりどんぐりの背比べって感じだと言われたよ。
ハープシャーの特産品のワインも葡萄畑の管理不足で、二級品に落ちているみたい。
それと、グレンジャー館の方が放置期間が長い分、荒れているし、配管とかも昔のままなら水洗トイレとかの施設も使えないかもと言われた。
「それは困りますわ」
転生した時、水洗トイレ用の魔石がないから使えなくてオマルだったのだ。あれは、二度と御免だよ!
「でも、マッドクラブを王都に運ぶなら、グレンジャーも優位ですね」
横で、お茶を飲んでいたゲイツ様が一言口を挟む。
「海の近くは、確かに海産物を手に入れるのは良いとは思います」
王都ロマノは内陸だから、魚が手に入りにくいのだ。
魚が食べたい! これだけで領都は決められないけどさ。
「ハープシャーとグレンジャーは、馬で1時間も掛かりません。どちらでも良いのでは?」
パーシバルは、グレンジャーよりもハープシャーの館の方がマシだから、そちらを推しているのかも。
「領都というほどの町では無いし、どちらでも良いですよ。それより川の浚渫は、雪が溶ける前にした方が良いですね」
ゲイツ様のいう通りだね。
「グレンジャーは、ライナ川の氾濫で農作物の被害が出ているそうです」
モラン伯爵は、ふぅと溜息をつく。
「治水管理ができていないのだな。先ずは、浚渫をして、治水管理をしなくてはいけないな」
缶詰工場より、そちらだね。でも、やりたい事もある。
「治水工事は、専門家に任せます。後はハープシャーの葡萄畑はゲイツ様に管理人を派遣して頂けますし、グレンジャーは……少し考えていることがあるのです」
パーシバルが苦笑する。
「ゆっくりと進めましょう」
分かっているよ! 先ずは作れる物からだ。
「大豆は、この地方でも作っていますよね?」
モラン伯爵は頷く。庶民のスープにも使うし、馬の飼料にもなる。
「徐々に米の栽培にも挑戦したいですが、豆があれば調味料を作れます」
味噌と醤油をグレンジャーで作ろうと思っている。塩も海があるから作れるしね。
「麦芽糖はどうするのですか?」
ゲイツ様に質問される。
「米が作れるようになったら、作りたいですわ」
モラン伯爵が驚いている。話していなかったかも? パーシバルが説明してくれた。
「麦と米で麦芽糖とやらを作れるのか! 成程、それで米を栽培したいと言われたのだな!」
トレントは北部の方が多いみたいだし、南部のグレンジャーなら米を作れない事はなさそう。
「米の作り方を勉強して、少しずつ増やしていきたいです」
私が農家出身なら良かったけど、都会っ子だったからね。生活科の農家の暮らしで、米作りの事を習っただけだよ。
それも機械化された現代農法だから、ここで役に立つのかわからない。
あああ、生活科で漁師の暮らしも習ったね! 何か役に立たないかな? 養殖とか? 海にも魔物がいるから無理かな? これは、要調査だね。
「ペイシェンス?」
あっ、パーシバルに不審に思われた。
「少し思いついたのですが、無理かもしれませんわ」
ゲイツ様がケタケタ笑っている。
「ペイシェンス様の思いつきは興味がありますね。何でしょう?」
ははは……、これはまだ具体的じゃないよ。
「海の魔物は遠浅の海岸に出没するのでしょうか?」
ゲイツに呆れられた。
「マッドクラブは、魔物の一種ですよ」
それは、知っているけどさ。
「貝とかは? それも魔物なのですか?」
やはり魔物の知識不足だ。王都に戻ったら、調べなきゃいけない。
「貝の魔物? 私も知りませんね」
遠浅の海岸、潮干狩りとかしないのか? それと漁業、魚は獲っているみたいだけど、今は現地で食べているだけだ。
冷蔵、冷凍で運べないかな? エビの養殖、可能性はあるのか?
「明日も調査に行かなくては!」
モラン伯爵夫人に心配された。
「寒い中、毎日視察で疲れないかしら?」
ああ、弟達の事を忘れていたよ。
「ナシウス、ヘンリー、寒いのに連れ回して御免なさいね」
二人は驚いて否定する。
「いえ、王都の外はあまり知らないので勉強になります」
「楽しいです! 今日もゲイツ様がマッドクラブを討伐されるのを見学できました」
あの風の吹き付ける海岸に二人は残って、マッドクラブ討伐見学をしていたのだ。
「あっ、ペイシェンス様! ナシウスとヘンリーの着ているコート。温かそうですね。ペイシェンス様とパーシバルも同じコートですが、私のは?」
えっ、考えても無かったよ。
「ビッグバードの羽毛で作ったコートなのですが、ゲイツ様のも作らせましょうか?」
欲しいと言うから、王都に帰ったらマリーとモリーに縫って貰おう。
「あっ、忘れていましたが、雪狼の毛皮をモラン伯爵夫人にお譲りしますわ」
モラン伯爵夫人が立ち上がって喜んだ。
「まぁ! ペイシェンス様! 本当に宜しいのですか?」
いや、良いからあげるんだけど?
「ペイシェンス様は、雪狼の毛皮をいっぱい持っているからね」
ゲイツ様が笑う。
「ええ、ゲイツ様のお陰ですが……旅行について来られたのは、弟達とパーシバル様に魔法を教えるとか言われていたような?」
思い出した! それも口実だったよね?
「明日もマッドクラブを討伐します。パーシバルも一緒にしましょう」
うっ、それは……私は視察をしたいんだけど、パーシバルには良い機会だし、困ったな。
「パーシバル、こんな良い機会はない。是非、ゲイツ様にご教示願いなさい」
モラン伯爵も王宮魔法師のゲイツ様から直接指導の機会は逃さないって意気込む。
「ペイシェンス様、宜しいのですか?」
パーシバルは困っている。
「ええ、勿論! 私はメアリーとハープシャーの館を見てきますわ」
弟達も明日は一緒にマッドクラブを討伐するのだと喜んでいる。
「そうだ! うちの管理人のアダムスを同行させよう」
それはありがたい。
「アダムス・クーパーに当分は管理して貰う事になるかもしれませんからね。ただ、色々と大変なので早く管理人を見つけないといけません」
そうなんだよ! 貧乏だったから人材がいないのが痛い。
「こちらでも探しておくが、ノースコート伯爵に頼んでみても良いかもしれない。領地が近いから、事情に詳しい人がいるかもしれない」
こう言う時は、親戚、知人に頼むしかない。
ゲイツ様も心当たりを探してみると言ってくれた。
「ペイシェンス様、本来なら領地管理は管理人に任せても良いのですが、長年放置されているので最初は手間が掛かりそうですね。それで魔法の勉強が疎かになっては困りますから、凄腕の管理人を探します」
うっ、優秀な管理人はありがたいけど、魔法の勉強はもう良いのでは? ゲイツ様に世話になると、魔法省就職もセットになりそうで怖い。
冷凍車にマッドクラブを詰めるけど、瞬間冷凍の方が美味しいんじゃないかな?
「ゲイツ様は、冷凍の魔法を掛けられますか?」
ただ、いつも現地に私がいる訳ではない。
「それはできますが……」
今回は、何パターンか分けて味を比べてみたいのだ。
「普通に冷凍庫で、冷凍したマッドクラブ。魔法で冷凍したマッドクラブ。茹でた後冷凍したマッドクラブを比べたいのです」
いつもいられなくても、調べておきたい。
「では、半分は凍らせますね! ブリザード!」
詠唱なしでも、凍るじゃん!
「見分けが付くように、タグを付けておきましょう」
魔法で凍らせたマッドクラブに紐でタグを付けて括って貰う。
「これが成功すれば、王都でもマッドクラブを食べられますね!」
まぁ、そうなると良いのだけど。