ライナ川を視察
「ペイシェンス様、如何でした?」
モラン伯爵館に戻り、応接室でお茶をしていると、伯爵夫妻に質問された。
「ハープシャーもグレンジャーもかなり梃入れが必要ですが、良いと思いますわ。館はハープシャーの方がまだマシです」
伯爵が少し考えて発言した。
「ハープシャーの葡萄畑の管理人が必要だな。それと、館の修理と使用人も急がせないといけない」
そうだけど、良い人がいるかな?
「下男や下女は地元の若者を雇ってやると良いが、それを教育監督する者が必要だ。モラン館の執事見習いと女中頭の娘をそちらに派遣しよう」
嬉しい! 人材はありがたいのだ。
「では、ハープシャーとグレンジャーにするのですか?」
伯爵夫人が心配そうだ。
「ええ、他の場所よりモラン伯爵領に近いですし……」
あれ? 心配そうだ。
「結婚後は宜しいですが、今は婚約中ですから……私達が一緒なら、モラン館に宿泊して視察に行けば良いけど……」
つまり、パーシバルと二人でここにお泊まりは外聞が悪いと言われた。
「なら、ノースコート伯爵館にペイシェンス様は泊まれば良いだろう。
あそこから、グレンジャーも近い」
パーシバルはモラン館、私はノースコート館に宿泊するの? 何だか非効率的だ。
「新年会で、カザリア帝国の遺跡について陛下が発表されたら、ノースコート伯爵夫妻は当分は領地で客の応対に追われるだろう。ペイシェンス様とパーシバルが宿泊しても大した手間には思われないさ」
なるほど! ノースコート館に二人で泊まるのだ。
それに親戚が一緒なら、外聞も問題ないって事だね。
「ペイシェンス、ハープシャーとグレンジャーに決定で良いのですか?」
パーシバルに確認されて、ええと頷く。
「まだライナ川の浚渫や砂防ダムについては調査していませんが、決めたいと思います」
やはり、海があるのって良いよね! 葡萄畑は、要改善だけどさ。
「ペイシェンス様、ワインの専門家なら斡旋しても宜しいですよ。ゲイツ家にも葡萄畑があり、優秀な管理人がいますからね」
えっ、ゲイツ様! 嬉しい!
「本当に宜しいのでしょうか?」
勿論! とゲイツ様は約束してくれた。
「そんな事より、マッドクラブの美味しい料理をお願いします」
そっちか! でも、考えているよ。
焼き蟹、美味しかったけど、柚子ポン酢で食べたら、もっと美味しいよね。
それに、蟹クリームグラタン、蟹コロッケ! 本当は蟹鍋にしたいけど、今回は火が半分とおっているから、次回にしよう。
「ええ、レシピをエバに渡しますわ。伯爵夫人、調理場をお貸し下さいますか?」
他家の台所だからね。夫人に許可を取る。
「ええ、勿論ですよ。こちらから頼みたいぐらいですわ」
蟹を焼いて、柚子ポン酢で野菜と和えたもの。蟹クリームグラタン、蟹クリームコロッケ。
さささとレシピを書いて、エバに渡してもらう。
「明日は、ライナ川沿いを馬で行く予定ですが……メアリーは馬には乗れないのです。馬車だと少し面倒ですわ」
侍女を連れ歩かなきゃいけないのって大変だよ。
「ふむ、これからペイシェンス様は、領地の管理で馬で行動する事が多くなる。馬に乗れるご婦人の付き添いが必要だな」
これ、何とかならないかな? 大人しく、応接室でお茶を飲んでいたナシウスが何か閃いたみたい。
「ナシウス? 何かしら?」
大人が話しているのに口を挟むのを気にしたみたいだけど、質問に答えるのは良い。
「お姉様、カミュ先生は乗馬クラブでしたよ」
全員がハッとする。
「それは、ヘンリーの家庭教師ですよね?」
伯爵が確認して、笑う。
「ペイシェンス様が領地に行く時に同行して貰えば、安心ですな」
それはありがたいけど……。
「お姉様、カミュ先生はいずれは秘書にされるのでしょう? それに週末なら私がヘンリーの勉強を見てあげれます」
それは、良いかも? カミュ先生に聞いてみてからだけどさ。
「ハープシャーの館に住めるようになれば、そこにカミュ夫人と滞在されて、パーシバルが訪ねていけば良いのです」
そうか、それの方が領地管理は簡単かも?
ノースコートに毎回泊まらせて貰うのは悪いからね。
この日の夕食は蟹尽くしだった。
「この蟹のサラダ、美味しいですわ!」
モラン伯爵夫人に柚子風味のポン酢を絶賛された。
ゲイツ様は、お代わりしたそうだったけど、耐えていた。
「絶対にもっと美味しい物が出てきます」
スープも蟹とトマトのスープで、これはエバのオリジナルだ。
濃厚な蟹の出汁とトマト、美味しいよね!
メインは蟹クリームグラタン! 熱々で舌を火傷しそうだけど美味しい。白味噌が隠し味だ。
「これは絶品です!」
ゲイツ様はお代わりしていた。でも、それ早まっているんじゃないかな?
「マッドクラブカレーです」
ゲイツ様は、泣きながらカレーを食べている。
「こんなに美味しいのにお代わりできないなんて……ペイシェンス様、酷いです!」
初めは、モラン伯爵夫人はゲイツ様に驚いていたが、もう慣れたみたいでスルーしている。
「これは、前に頂いたチキンカレーのレシピでできるのですね。王都では無理でも、ここでなら食べられますね」
まぁ、取れたてを運んだからね。
「今は、冬だから大丈夫だが、夏場は無理だろう」
そうなんだよね。だから、冷凍車を試さないといけないのだ。
デザートはエバの力作のケーキだ。チョコスプレーで、可愛く飾り付けてある。
「本当にグレンジャー家の料理人は凄腕ですわ。アンをそろそろ引き揚げたいけど、まだまだ学ぶ事があると言っていますの」
それはゲイツ様も同感みたい。
「次々と新作ができるから、引き揚げられないのですよ。でも、交代させたら良いのかも?」
それは、ややこしいから、やめて欲しい。
「明日は、生の蟹を持って来ます!」
良いけど、ここには個人鍋は無いよ。
「ははは、ペイシェンス様! 個人鍋は持って来ています」
そうなんだ! 驚いた。調味料は空の荷馬車に乗せて来たんだけどね。
「では、明日は蟹鍋ですね!」
殻を取るのは大変そうだから、蟹しゃぶだな。
「ライナ川沿いに馬車道はありませんから、明日は馬の王で行くしかありませんね。馬車はハープシャーの館で合流しましょう」
そこからは、平地になるから馬車でも大丈夫みたい。
次の日、馬の王と湖からライナ川沿いにゆっくりと進む。
「ここから、峠を越えて海まで流れて行くのです」
峠までは、ゆっくりと流れていたけど、そこで少し滝とまでは言えないけど、急流になる。
「ふむ、ここなら砂防ダムは作れるでしょうが、領地的にはモラン伯爵領との境になりそうですね」
そうなんだよね。
「それは、今回は問題にならないでしょう」
パーシバルが笑う。まぁ、結婚したら、同じ家だから。
「でも、はっきりしておいた方が良いですよ」
うっ、それはそうだけど……。
「今は、問題にならなくても、先には問題が起こる場合もあります。ここがモラン伯爵領なら、もっと下のハープシャーで砂防ダムを作っても良いのです」
水力発電を考えるダムなら、ここが良いと思うけど、かなりの平野部がダムに沈んじゃう。
砂防ダムだけなら、確かにもっと川の流れが緩やかな所でも良いのだ。
ライナ川は、下流になるにつれて、川幅が広くゆっくりと流れるようになる。
ここら辺は扇状地になっていて、土壌は水捌けがいいから葡萄畑になっているのかも?
「ここら辺ですかね?」
ゲイツ様は、上流の幅の狭い所に砂防ダムを作ったら良いと提案する。
「まぁ、専門家に調査させて、工事を任せたら良いのですよ。かなり土が流れるようですから、二ヶ所作った方が良いかもしれません」
ゲイツ様もパーシバルと同じだ。専門家に調査させて、作らせたら良いって考えだ。
「ええ、それと治水に関する調査もお願いしなくてはいけませんわ」
今は、雪に覆われているけど、何度となく洪水を起こしているのだ。
「川の浚渫は、バーミリオンのポンプを強化改善したら良いかもしれません」
これは、ゲイツ様の方が強力なのを作りそう。
「お願いしておきます」
なんて言ったら、あれこれ思い出して押し込まれた。
「卵の浄化機、クズ魔石の活用、忘れておられるのでは?」
忘れてはいないけど、他にする事が多くて!
「クズ魔石の方はアレが手に入っていませんもの」
口にするのも憚るナメクジの粘液だよ。
「まぁ、春にならないと出てこないかもしれませんね」
やれやれ、春になるのが嫌になりそう。
ハープシャーの館で馬車のメアリー、エバと合流して、グレンジャーの海岸に向かう。
「やはり三角州なのですね」
ライナ川は、グレンジャーの途中から何本かに分かれていた。
「港にはし難いですね」
そうだけど、三角州って上流からの栄養価のある土が溜まってできているから、農耕に向いているんだよね。
大都市も三角州にあったと思うけど、問題は水害に弱いって事だ。
「メリットとデメリットがありそうです。それと、遠浅の海岸をどう利用するかも考えないといけませんわ」
埋め立てても良いけど、マッドクラブも美味しい!
「ここはモラン領よりも暖かいですね」
そうなんだよね。雪も薄らとしか積もっていない。
「今年の冬は厳しいのに、この程度の雪だと言うことは、普段は雪は積もらないのかもしれません。なら、ハウス栽培に適しているかも?」
いくらハウス栽培だと言っても、雪が積もる地方では冬場は無理だろうから。
「王都に新鮮な野菜を運ぶのは良いアイディアですね」
パーシバルも賛成してくれる。
ただ、海から吹き付ける風が強い。体感気温が下がるよ。
「ゲイツ様、今日は良いのでは?」
マッドクラブがなかなか見つからない。
昨日、巨大なファイヤーボールを撃ち込んだから、警戒しているのかも?
「いえ、今夜は蟹鍋と決めていますから」
そちらはゲイツ様に任せて、グレンジャーの冒険者ギルドに向かう。
色々と現地情報を聞きたいからだ。