冷凍車
カエサルに送って貰い屋敷に着いた。父親に短い挨拶をして、カエサルは帰る。
ふぅ、色々ゆっくり考えよう。一番大きな問題は、パーシバルに前世の記憶があることを伝えるか? それをどの程度にするか?
年齢は誤魔化したい。こちらの世界では25歳はかなりの年齢だし、パーシバルの10歳上はちょっと……。あっ、メアリーはその年齢なんだけどさ。
「記憶術を習った時に、今までぼんやりと感じていた前世の記憶が鮮明になった」
嘘ではないけど、本当でもない。でも、元ペイシェンスが亡くなった事は言えない。
パーシバルが弟達に告げるとは思わないけど、これは墓場まで持っていく秘密だ。
では、何故、パーシバルに前世の記憶について話すのか? ってことになるよね。
それは、結婚する相手に話しておきたいという自分勝手な考え方なのかも? それに、何かやばい物を持ち込みそうになった時、引き止めて欲しいからだ。
ステンレスボトル、思ったより作り方が難しいみたいで、富裕層向けになるのかも。
私の常識が、ここでは通用しない実例になっちゃったね。
「旅行へ行く前に、パーシー様と話し合いたいわ」
そう考えて、手紙を書いてパーシバルを待っていたのに、違う人がやってきた。
精神防衛を上げなきゃ! パーシバルに言うけど、こちらには絶対に内緒だよ。
「ペイシェンス様! 旅行の準備はできましたか?」
いや、貴方が来るまで、色々と考えていたんだよ。
「ああ、丁度よかったですわ。ゲイツ様の馬車のクッションもホカホカに改造しましょう」
見ただけで理解したゲイツ様に笑われた。
「これは便利ですね。簡単なのに、誰も思いつかなかったとは!」
これでお引き取り願えるかな? と思ったけど、ゲイツ様って記憶力良いんだよね。
「前にグレンジャーの遠浅にいるマッドクラブをロマノに運ぶと言われていましたね。缶詰工場は、もっと考えないといけませんが、運ぶだけならできるでしょう!」
そうだけど、まだ考え中なの。
「急いで作って失敗したくないので、考えています。それに、錆びない合金を作ったりしていたので……」
見本をあげたでしょう! って目つきに言い訳しちゃった。真似して作るつもりだったけどさ。
「錆びない合金ですか? 興味ありますね。ちなみにミスリルも錆びないのです」
うっ、ミスリルは滅多に手に入らないじゃない。
「ワイヤット、工房からステンレスボトルとスライサーとミンサーが入った衣裳櫃を持ってきて」
メアリーの方が詳しいけど、ゲイツ様と二人っきりにはなれないからね。
「また、色々と作った物ですね!」
うっ、ゲイツ様にも呆れられるなんて、何だかショック。
「これは、水筒ですか?」
先ず、手に取ったのはステンレスボトルだ。
「ええ、保温瓶ですので、温かい物を飲めますわ」
ゲイツ様も寒いのが苦手だから喜ぶ。
「旅行に便利ですね!」
そうなんだよね。
「後は、料理関係ですわ。肉を薄く切るスライサーと細かくするミンサーです」
すき焼きとしゃぶしゃぶ、気に入っていたからね。
「これは、良いですね! うちのシェフもすき焼きぐらいは薄く切れるのですが、しゃぶしゃぶ用のは少し厚かったのです」
ここまでは、和やかに話していたのに、ワイヤットは麦芽糖の瓶も持って来ていたのだ。
まぁ、衣裳櫃に入れていたからね。
「この瓶は? ハチミツにしては色が濃いですね」
やはり、食い意地が張っているのかな? スイーツ関係は見逃さないな。
「これは、麦の芽と米のお粥で作る麦芽糖です」
ゲイツ様は、一瞬で意味を悟った。
「つまり輸入しなくても甘味が作れるのですね!」
そうなんだけどさ。私的にはテン菜とトレントも活用したい。
「これは凄いですよ!」
やはり甘味は庶民の手に入らなかったからね。
「この合金が錆びにくいのですか?」
ステンレスボトルをもって、考えている。
「あのう、このボトルの保温性を上げる為にゲイツ様に見せて頂いた真空にする魔法陣を使ったのですが、良かったでしょうか?」
泥縄だけど、許可を得よう。
「ああ、勿論! ペイシェンス様は錬金術の才能があるから、役に立つだろうと思って暗記して貰ったのですよ」
そうなんだ。なら、使って良いのかな?
「あの魔法陣の専門書は先代の王宮魔法師のマグヌス様が書かれた物だと聞きましたが……」
ゲイツ様が、ケタケタと笑う。
「祖父は魔法陣を集めて書いただけです。あまり錬金術には興味が無かったので、活用できていません。これからペイシェンス様が活用して下されば良いのです」
確かに、あの専門書の中の魔法陣には使える物が多い。
私は、前世の便利な道具を知っているけど、その作り方なんか知らないのだ。
前に、ペイシェンスに言われた通り、この世界は魔法のある世界! 魔法陣の活用で生活を豊かにしたい。
そう考えた時、パーシバルがやって来た。ゲイツ様が一緒なので、前世の記憶の話はできない。出鼻を挫かれた気分だ。
「パーシバル様、お呼びだてして申し訳ありません。お話ししたいと思ったのですが、ゲイツ様が急に来られて……」
パーシバルも苦笑している。
「いえ、ペイシェンス様に会えるのは嬉しいですよ」
ゲイツ様にお茶も出していなかったので、ワイヤットを呼ぶ。
「そうだ! 冷凍車を作るのなら荷馬車が必要ですね」
そう言えば買うように言っていた。
「購入しております」
やはり、ワイヤットに任せておけば、頼りになるね。
あああ、家政婦の件、後で話しておかなきゃ!
お茶を飲みながら、旅行の日程についてパーシバルがゲイツ様に説明する。
「馬の王と一緒に先行するメンバーと馬車で行くメンバーですか?」
ゲイツ様は馬車だよね?
「私も馬で行きましょう。馬車も用意しておきますから、ペイシェンス様の休憩用にされても良いですよ」
そうなんだよね! 馬の王に乗るけど、ずっとは自信ない。
「ペイシェンス様は、休憩所の時に次の区間は馬車にするか決めたら良いと思います。ただ、馬車を待つなら、少し時間が掛かるかもしれません」
今回は、モラン伯爵領に行くまで、2回の休憩を予定してある。
寒いから、トイレ休憩が多めなのだ。
ゲイツ様もずっとは馬では行かないみたい。寒いの苦手だからね。
今回もエバが気を利かせて、プチケーキを出してくれた。チョコスプレーがカラフルで可愛い。
「この飾りも食べられるのですね!」
ゲイツ様にも好評だよ。
「これを食べたら、冷凍車を作りましょう」
うっ、それは決定なんだ。
「パーシバル様、冷凍車を作っても良いと思われますか?」
パーシバルは、笑う。
「ペイシェンス様は、私が流通革命になると言ったのを気にされているのですね。より良くなる事は進めても良いと思います」
そうなんだ! 少し躊躇していたよ。
「ペイシェンス様? 何故、そんな事を気にされるのですか?」
これまで、やらかしていたのに急ブレーキをかけた私をゲイツ様が訝しがる。
「あああ、そうだわ! サティスフォード子爵も冷蔵車を作ろうと言われていたのよ」
流行病のごたごたで忘れていたけど、サティスフォードからなら魚を冷凍しなくても王都に運び込むことができるかもね。
どうやら、前世の記憶が取り出せる事で、凄く慎重になっていたみたい。
工房に三人で行って、ステンレスを造る。
「錆びない方が食品を入れるなら良いと思います」
それは誰も反対しなかったけど、私が考えた二重にして、真空にする冷凍庫については、ゲイツ様が難しい顔をした。
「まぁ、この一台だけならペイシェンス様が作るから良いですが、あまり金属を薄くすると壊れ易くなりませんか?」
増産については考えていなかったよ。
「ここら辺をもう少し考慮して設計しないと普及は難しいですね」
普及? そうなんだ。自分が使う事だけ考えていたかも?
「まぁ、兎に角作ってみましょう」
こんな時、やはりゲイツ様は天才なんだと思う。
荷馬車が置いてある馬房で、ステンレスの塊をあっという間に私が設計図を描いた冷凍車に改造してしまった。
「錬金術って、こんな感じなのですか?」
パーシバルが呆れている。
「ゲイツ様、真空の魔法陣を使わないで、どうやって真空にされたのですか?」
私も呆れたよ!
「ペイシェンス様、まだまだ学ぶ事が沢山あるって事ですよ」
うっ、悔しい! まぁ、王宮魔法師なんだから、当たり前だけどさ。
「荷馬車は、普通の馬車よりも遅いから、冒険者ギルドに護衛を頼もうかと思っています」
そう告げると笑われた。
「行きは空だから、馬車について行けるでしょう。帰りは依頼したら良いのかもしれませんね」
うっ、そうだね!
結局、パーシバルに前世の記憶については話せなかった。ゲイツ様が来たから? いや、話そうと思えば、残って貰って……ハッ、メアリーが側にいるのに無理!
馬の王と一緒に乗っている時がチャンスなのか? 落ち着いて話したいけど……なんて、悩みながら眠る。