雪狼のコート
「公爵夫人にお聞きしたいことがあるのですが、雪狼のコートはデビュタントに相応しく有りませんよね?」
公爵夫人が雪狼のコートと聞いて、頬を上気させた。
「私は雪狼のコートが欲しくてたまりませんの。デビュタントが着ていたら、脱がしてしまいますわ」
これ、これ! と公爵が諌めている。
「ふぅ、なら若いうちは着ない方が良さそうですね」
貴婦人達に嫉妬されたくない。
「ペイシェンスが雪狼を沢山討伐したのは、誰もが知っている。高級な毛皮を購入したのではなく、討伐したのだから、身に纏っても良いだろう。討伐した雪狼が山になっていたからな」
そうなのかな? 実は毛皮が大量にあるから、少し考えているのだ。
前世では動物虐待とか毛皮は非難されていたけど、こちらは魔物討伐だからね。
それとミンクのコートとかは70頭ものミンクの毛皮が必要だったけど、雪狼は子牛ぐらいの大きさだったから、数頭でコートが作れる。
「もしかして、ペイシェンス様は雪狼の毛皮を余分に持っておられるのですか?」
公爵夫人は持ってないの? 裕福なバーンズ商会もあるのに、不思議な気がする。
「ローレンス王国で雪狼の毛皮のコートを着ておられるのは、王妃様と数人ですわ。手に入らないのです」
えっ、それは知らなかった。
「お世話になっているのに、申し訳ありませんでした。コート1枚分の毛皮をお譲りしますわ」
公爵が驚いて、止まる。
「そのような貴重な毛皮を貰うわけにはいかない。買い取らせて貰おう」
カエサルは、くすくす笑っている。
「モラン伯爵夫人にも提供した方が良いですよ」
そうか! そうしよう。嫁、姑戦争は回避したい。
「ペイシェンス様は、雪狼を何頭ほど討伐されたのですか? ベネッセ侯爵夫人の雪狼のコートが羨ましくてたまりませんでしたの。あれはゲイツ様が討伐されたのをプレゼントされたのですわ」
雪狼は、デーン王国の魔物なので、滅多に討伐されないから、余計に貴重なのだろう。
「今年はプチスタンピードになっていましたから、200頭ほど討伐しました。何十頭かは、傷が多くて使えなかったので、ゲイツ様が譲ってくださり300頭はありますわ」
「300頭!」公爵夫人が気絶しそうになった。
「大丈夫か!」
お茶を飲んで、大きな溜息をつく。
「コートが何十着も作れますね。でも、若いペイシェンス様には似合いませんから、ケープぐらいにしておきなさい。マーガレット王女にもロングコートはダメですよ。お輿入れの時に毛皮を献上するのは良いですが……伯母様方には差し上げなさい」
ラシーヌにもあげよう! 公爵夫人、モラン伯爵夫人、伯母様方、ラシーヌ、6人分あげても、十分に残るね。
私が結婚する時とアンジェラが結婚する時にも作りたい。
「本当に凄い討伐数だな。ゲイツ様が後継者にと望まれる筈だ。それに陛下も一人では心許ないと案じておられるのだろう」
それは、困るんだよ。働く気はあるけど、王宮魔法師はちょっと荷が重い。
「私は生活に便利な道具や、美味しい物、そして領地の管理をしたいと考えています」
パーシバルと結婚してからも、錬金術や薬師を続けても良さそうだもん。
「まぁ、ペイシェンスがそう望むなら……」
公爵の歯切れが悪い口調で、陛下は王宮魔法師になるのを望んでいるのではないかと、戸惑っているのを感じた。
話題を変えよう!
「先程、カエサル様に伝えましたが、油を含んだ樹液を絞れるトレントと樹液が甘いトレントを探して下さい。シュヴァルツヴァルトにはトレントはいなかったのです」
カエサルも頷いている。
「私もトレントは見なかったな。シュヴァルツヴァルトまでは来ないのか?」
公爵が笑う。
「討伐は11月の半ばだったからだろう。今頃はうようよしているのではないかな?」
えっ、それなら旅行から帰ってから、調査しても良いかも?
「ペイシェンス! トレントも危険だから気をつけなくてはいけないぞ」
それはわかっているつもり。パーシバルと相談しよう。
「それと、砂糖が取れる蕪のような植物を探しています。テン菜というのです。葉っぱはロマノ菜に似ていますが、根っこが蕪の様に大きくなって、そこに蔗糖を貯めると書いてあるのですが、見た事がなくて……あれは、北部でも栽培できると書いてあったので、見つけたら砂糖がローレンス王国でも作れるようになります」
バーンズ商会なら、テン菜を見つけられるかも?
「それは、探しておこう!」
見つかると良いな。
カエサルがやっとスライサーの使い方に気づいた。ステンレスボトルに驚いていたからね。
「これは、もしかして肉を薄く切るのか?」
ええ、と頷く。
「すき焼きやしゃぶしゃぶ用の肉を切る為のスライサーですわ。少し肉を凍らせている方が薄く切りやすいです」
すき焼き、しゃぶしゃぶと聞いて、バーンズ公爵が興味を持つ。
「カエサルがとても美味しかったと言うのだが、これで食べられるのか?」
レシピを後から渡すと約束する。
「エバがすき焼きのタレを作っています」
カエサルの目が光る。
「しゃぶしゃぶのソースもあるのか?」
「ええ、あっさりのとコッテリのと。この前、伯母様方との昼食会に野菜の千切りをしゃぶしゃぶ肉で巻いて食べましたが、とても好評でした」
それは美味しそうだとカエサルも笑う。
「そのレシピもお願いする。それと個人鍋のすき焼き皿も売って良いだろうか?」
ああ、それは勿論!
長くなったバーンズ公爵家の訪問を終える。
カエサルに送って貰うけど、やはりステンレスボトルの作り方の話になったよ。
「二重にするのはわかるが、真空にする魔法陣の使い方がわからない」
えっ、真空の魔法陣の上に置いただけだけど?
「二重構造にした、ステンレスボトルを真空の魔法陣の上に置くだけですわ。あっ、その時に上の口を閉じないと真空は保てません」
それがコツだよね!
「ふむ、聞いたらできそうな気がしてきた。その真空の魔法陣は教えても良いのか、ゲイツ様に訊いて貰えないか?」
それは良いけど……。
「明日はマーガレット王女が来られるし、明後日は旅行に出発するのです。何故か、ゲイツ様も一緒だけど……」
本当に、何故一緒なのかな? モラン伯爵夫妻も変だと思っている筈。
「そうか、では旅行中に訊いておいて欲しい」
それは、良いけど……。
「カエサル様も私が王宮魔法師になった方が良いと考えられますか?」
カエサルは、う〜んと唸る。
「先ず、王宮魔法師などなりたいと言ってなれるものではない。私なら、望まれたら必死に努力する。しかし、ペイシェンスが嫌がるのも少しわかる。女子爵なのだから、そんな甘い考えではいけないのも確かだが、よく考えてみなさい」
よく考える事が多いな。パーシバルに前世の記憶がある事を伝えるかも、よく考えないといけないのだ。
秘密にしたまま結婚しても良いのか? でも、25歳だったなんて言えない。
それに、弟達に姉のペイシェンスは亡くなったのだとは知られたくない。母親を亡くしているのだ。
パーシバルには、ソフトに前世の記憶があると伝えたいけど、できるかな?
「ペイシェンス、そんなに悩むなら、王宮魔法師にならなくても良いのだぞ」
カエサルが勘違いして慰めてくれた。
「いえ、他の事を考えていたのです。カエサル様は、前世とか転生とか信じますか?」
キョトンとした顔のカエサル。プッと吹き出した。
「カザリア帝国では、前世のカルマとかの思想が流行っていたそうだが、エステナ教は認めていないな」
そうだったんだ! ペイシェンスもエステナ教には関心がなかったから、あまり知らないんだ。
「なら、前世の記憶があるとか言ったら、異端ですか?」
これ、心配なんだ。
「馬鹿馬鹿しい。私は、前世の記憶なんて信用しないし、異端だとも思わない。えっ、ペイシェンスの発想力は、前世の記憶なのか? カザリア帝国の技術とか思い出さないか?」
ああ、カエサルはカエサルだね。
「私にはカザリア帝国の技術の記憶などありませんわ。あったら、とても便利なのにね」
がっかりされたよ。
「あったら、失われた魔法陣や技術を復活できるかと期待したぞ!」
まぁ、カエサルには異世界のことは話さないかな? パーシバルには、年齢は言えないけど、前世の記憶が蘇ったと伝えたい。
嫌われないか不安! やはり言わないでおこうかな?
これは、ゆっくりと考えなきゃ!