バーンズ公爵の助言
今日も何故かカエサルが迎えに来てくれた。馬車があるのは知っているけど、1台しかないのも知っているからかも?
父親に挨拶して、バーンズ公爵家に向かう。
「冬休みなのに、悪いね」
それは良いんだよ。作って欲しい物があるから。
「チョコレートを滑らかにする魔法陣を考えてみようと思っています」
内職になるのは嬉しいけど、このままじゃあ駄目だよね。
「無理をさせているのは分かっているが、魔法陣はいらないかもしれない。カカオや砂糖は輸入品だから、庶民の口には入る物ではないからな。勿論、あれば有難い。機械化も継続して考えるつもりだ」
そうなんだ! なら麦芽糖の方を優先させても良いかも?
「庶民の甘味を考えましたの。麦と米で麦芽糖ができますわ。それに、これは魔法は必要ありません」
カエサルが驚いて、私の手を握る。
「ペイシェンス! それは画期的だよ。砂糖が作れないのはローレンス王国の弱点だからね」
砂糖黍しか見つかってないけど、テン菜糖とか楓糖とかも可能性はないかな?
「この前、トレントについての専門書を読みましたの。ベンジャミン様が言われていた木の実が取れるトレントを調べたくて。そしたら、油分が多いのや樹液が甘いトレントもあると書いてありましたわ」
カエサルは、私が言わんとする事にピンときたみたい。
「トレントから、植物性油や甘味を取るのか? そう言えば、よく燃えるトレントがあると聞いた事がある」
植物油が定期的に取れたら、石鹸とかの材料にも良さそう。料理に使えたら、庶民に唐揚げやフライドポテトを広げられる。
「領地に帰ってトレント狩りに参加してみるよ。ベンジャミンにも手紙で調べて貰う。彼方の方がより北部だからトレントが多いからな」
それは、嬉しい!
「専門書には、トレントは金属を嫌うと書いてあったのです。もし、グレンジャーを領地にするのなら、防風林にトレントを使えないかなぁと思っています。金属で内地には来ないようにできたら良いなぁと」
カエサルに爆笑された。
「領民の嫌うトレントを、態々と栽培するのか? ああ、でも、甘味や樹脂を取れるのなら有りなのか? でも、ペイシェンス、慎重にしないと領民が不安に感じるぞ」
そうだよね! これはよく考えてしなきゃ。信頼関係を築けてからだね。
その前にテン菜を探したい。これは北方でも作れる筈。
「ロマノ菜に似た下に蕪みたいなのができる植物を探しているのです。この蕪みたいな部分に甘みを溜めるので、砂糖ができると書いてあったのですが……見当たらなくて」
カエサルも探してみてくれると約束してくれた。
「それで砂糖が取れるなら、南国からの輸入が抑えられる。カカオを大量に輸入しているからな」
うっ、身に覚えがありすぎるよ。
「カルディナ帝国の調味料は、何とか作れそうですわ」
またカエサルに手を握られちゃった。メアリーが「コホン!」と咳払いしたから、すぐに手を離してくれたけどね。
「それは、凄い! だが、どうやって?」
うっ、詳しくは言いたくないな。
「本で作り方を調べたのです。基本は豆と麹と塩ですから、これはローレンス王国でも作れますわ」
カエサルは、とても喜んでくれた。
「ペイシェンス! 素晴らしい。あの調味料は美味しいが、輸入品だという欠点があったのだ。豆は栽培できるからな!」
やはり、カエサルも生まれながらの貴族だ。ローレンス王国の為を一番に考えるんだよね。
「ペイシェンス? 領地の管理で悩んでいるのか?」
それも悩んでいるけど、自分の中にある記憶をどこまで利用して良いのかも悩んでいる。理系じゃないから、然程はないけどさ。
「私が発明した物が与える影響について考えているのです」
カエサルも頷く。
「熱気球も戦場で相手側の動きを偵察するのに使われそうだからな」
そうなんだよね! 相手の上空までは飛ばしたら、魔法攻撃されて危ないけどさ。
「冷凍車を考えたけど、流通に及ぼす影響は大きそうで、少し保留にします」
カエサルは、笑う。
「冷凍車! それはペイシェンスらしいな。内陸のロマノで魚を食べられるようになるのは嬉しいと考えたのだろう」
その通りだけど、少し違うよ。
「グレンジャーの遠浅ではマッドクラブが取れるそうなので、これを運べたら特産品になるかな? と思ったのです」
そうか! と手を叩く。
「特産品は良いぞ! バーンズ公爵領は、あまり特産品がないのだ。夏は麦や野菜を栽培し、冬は雪に閉ざされるからな。だから、父上はバーンズ商会を作られたのだ」
ふぅ、特産品がない領地管理は大変そうだね。
「それと父上がペイシェンスに織機を作って欲しいと願われたのは、唯一の特産品になりそうだからだ。アリエースとオルビィスを、何年か前から増やしているのだ」
夏の離宮の側もベリエールの特産品だったよね。上質の毛織物になる。
「織機は、まだまだ時間が掛かりそうですわ。でも、頑張ってみます。ただ、今の織子さんの職を奪ってしまいそうで……」
何かを作れば、それに影響を受ける人もいるのだ。
「それはミシンでも同じだろう。お針子の中には職を失う者も出るだろうが、腕の良いお針子は生き残る。ミシンで縫える程度なら、そちらでした方が良い」
確かに繊細なレースやビーズ細工や刺繍など、より高度な手仕事はある。
「何もかもペイシェンスが引き受けて悩む必要はない。より、良くしていく。そして、その影響を受けた人には別の仕事をさせる。そう割り切らないと何事も進められない」
パーシバルは慎重派だけど、カエサルは進歩優先だ。
「ただ、領地の管理は慎重に進めた方が良いと思う。織機を作って父上が領地の特産品にしようとしても、問題を起こさないように事前に手回しされるって事さ。ペイシェンスは、先ずは領民との信頼関係を築いてからだな」
なるほど! バーンズ公爵なら、領民の信頼を既に得ている。新たな特産品を作ると言っても、誰も反対しないのだ。
「領地をいつまでに決めなければいけないのかも分からないのです」
ふぅ、と溜息を吐いちゃった。
「早くしないと! 納税は12月だからな。ちゃんと納税するなら、春までに計画を立てた方が良い」
えっ、それ大変じゃん!
「まぁ、まだ領地が決まってないなら、1年待つのもありなのか? 特殊な例だから、私も知らないな。父上に尋ねてみたら良い」
それは、ありがたいよ!
バーンズ公爵家に着き、応接室に案内された。メアリーは控え室だ。
今回は公爵夫人同席だからだけど、前は同席じゃない時もあった。
それは、バーンズ公爵が信頼されているからと、まぁ11歳だったしね。
伯母様達に言わせると、これからは夫人が一緒じゃない時は、メアリーを同席させた方が良いそうだ。もう婚約者がいるのだから。
「お久しぶりです」
前に訪問したのは、冬の討伐前だったからね。
「ペイシェンス様、女子爵に叙されたのね。おめでとう!」
公爵夫人に祝福された。相変わらず美しいね。
「ペイシェンス、馬の王は慣れたのか?」
公爵は、そちらの心配をされたよ。
「ええ、馬の王はパーシバル様や弟達と運動をしていますわ」
本当に、私よりそちらと仲が良い感じだよ。
「それは、良かった」
カエサルも、私が乗馬が下手なのは知っているから、ホッとしたみたい。
商売の話で呼び出されたのだけど、先ずは社交辞令から始まる。
「領地の視察に行くと聞いたが……」
モラン伯爵領に行くとしか言っていないと思うけど、近くの空き地を思い浮かべたみたい。
「ええ、グレンジャーとハープシャーなら、モラン伯爵領と地続きになりますから。ただ、視察してみてから決めたいと考えています」
バーンズ公爵は、頷く。
「地続きなのは、領地管理が楽になるな。モラン伯爵は外務大臣だから、しっかりとした管理人がいるのだろう」
そうなんだけど、それで良いのか悩み中。
「パーシバル様もモラン伯爵領の管理人に当分は一緒に管理して貰えば良いと言われましたが……」
カエサルがプッと吹き出す。
「失礼! ペイシェンスがあれこれ考えていて、普通の管理人では困惑するとパーシバルも考えたのだろう」
そうなんだよね。
「先ずは、領地を決めて、そこの現状を把握してからにした方が良いぞ」
バーンズ公爵に忠告された。
「ええ、やりたい事や試してみたい事がいっぱいですが、ゆっくりと進めたいと思います」
カエサルは、本当かな? と笑っている。
「モラン伯爵家や親戚にも相談に乗って貰っているだろうが、私にも質問があれば頼ってくれて良い」
有り難いよ!
「ペイシェンス様は、私の娘みたいですもの。それと、ベネッセ侯爵夫人に言付けを頼まれているの。一度、訪問して欲しいそうよ」
それは、私もしなくてはいけないと考えていた。母親のティアラを買ってくれたのだから。
「ええ、それは私も願っていましたが……知らない方なので……」
それは、バーンズ公爵夫人が一緒に行ってくれると笑う。
「グレンジャー家の親戚は、少し疎遠になっておりますからね」
そうなんだよね。微妙な感じがする。
「これは、旅行から帰ってからで良いでしょう」
彼方も、新年会が終わってからの方が落ち着いて会えそう。
さて、ここからは商売の話だね!