ステンレスボトル
冷凍庫は、今回は間に合わないかもしれない。
冬休みになって、来客や訪問で忙しいからだ。
マーガレット王女からの返事もシャーロット女官が届けてくれた。
「明日は、昼からはバーンズ公爵家だし、明後日はマーガレット王女とのお茶会だわ」
うん、無理かも? かなり金属をいっぱい使うし、じっくりと考えて作りたい。
ケチだからかな? いや、あんなに大きな物を作るのは初めてだから、少し慎重にしたいだけだよ。
父親は、マーガレット王女が訪問するのも簡単に許可してくれた。メアリーはパニックになったけどね。
でも、今のグレンジャー家には使用人もいっぱいいる。
急な訪問だけど、お忍びだし、なんとかなるんじゃないかな?
お針子さん達も元気になったみたいで、今はモリーとマリーに指示された縫い物をやっている。
先ずは、自分達のメイド服を縫ったみたい。ミシンを使えば早く縫えるよね。
孤児院からくる下働き用のメイド服は作っていたけど、サイズが合わない。
後は、メアリーとキャリーが掃除の仕方を教えている。たまに廊下とかで見かける。
大きな冷凍庫を作る時間はなくなったけど、小さな物なら?
「保温瓶だったら作れるかも」
ステンレスで二重構造にして、魔法陣で真空にする。
前世で使っていたステンレスボトルを思い出しながら、図を描いてみる。
私が使っていたのは、蓋を回して開けて、マグカップのように飲むステンレスボトルだった。
ボトル本体とスクリュー式のフタの2つのシンプルな構造は作りやすそう。
保温性が良いのは、父親が山歩きに使っていたコップになる外フタと中栓があるタイプ。中栓があるから、断熱性に優れ、保温時間が長いんだよね。
「作るのが簡単なのはマグカップタイプだけど、保温性が高いのは中栓付きタイプ」
それと、旅の途中で飲むなら、一気に飲まない。口を直接つけない方が良いかも?
「洗いやすさも重要だわ。ある程度の太さにしないと洗い難いけど……一番の問題は、1人ずつにするかだわ」
この世界にも水筒はある。冬の魔物討伐の時、冒険者や騎士の一部は、金属の小さな容器にお酒を入れていた。
肩から皮のベルトについた水筒を下げていたのも見たよ。多分、皮だったと思う。
基本的に1人用だよね?
「これ? 作って良い物なのかな?」
ふと、怖くなった。これまでは、私の前世の記憶とペイシェンスの知識と錬金術クラブメンバーの協力であれこれしていたのだ。
まぁ、やらかしも多かったけど、前世の記憶が取り出せるようになって、より慎重さが必要だと感じる。
「パーシー様に相談したいけど、前世については話していないのよね」
これも、ずっと心の奥で気になっている。でも、25歳だなんて、言えないよね……。
秘密にしたまま結婚して良いのかな? あっ、段々と負の感情に飲み込まれそう!
『貴女には幸せになって欲しいの! パーシバル様と話し合って』
これって、ペイシェンスに私に都合の良いことを話させている訳じゃないよね。
「そうだよね! ペイシェンスも幸せになりたい筈」
転生した頃は、いちいちマナーチェックをして、頭痛攻撃されたけど、今はほとんど感じない。
でも、私の中にペイシェンスは静かに潜んでいる。
「作ってみて、パーシバルが未だ公表する時期じゃないと判断するなら、話し合って決めよう」
何故、作るのが怖くなったか?
『これって兵士の行軍にも使えるよね』と感じたからだ。
缶詰も軍事物資になるし、水筒だってね。
でも、庶民の暮らしの向上にも繋がる。
「ミシンだって、軍服を早く大量に縫えるけど……」
何もかも軍事に繋がると、何もしないのは違う。
ただ、慎重に考える必要があるだけだ。
深刻に考えた割に、ステンレスボトルを作りました。
世に出さなくても、私がこっそりと使うなら良いかな? なんて考えたから。
「でも、旅行中は水分は控えたいから、少しずつしか飲まないけどね」
トイレ問題が発生するからなぁ。
「オムツは嫌! ましてパーシー様と一緒なのに」
作っても、あまり使わないかもね? ただ、弟達が寒いのは駄目だから、温かいお茶を入れておきたい。
「カフェインはトイレが近くなるのよね。白湯でも良いけど、味気ないから、麦茶? ゆず茶は美味しいけど、あれって入れて良かったっけ?」
スポーツ飲料は、それ用のボトルがあったと思う。酸性に耐性があるようにコーティングされていた筈。
でも、私は持っていなかったんだよね。スポーツ、そんなにしていなかったから。
「中にガラスコーティングしたら駄目かな?」
昭和の魔法瓶、納戸から出て来たのは、中はガラス張りだったような?
ガラスでは割れちゃったら困るから、少しスライム粉とネバネバを足して、薄く中にコーティングする。
洗ってから、ゆず茶を入れておく。
「何時間ぐらい冷えないか試してみましょう」
それと、普通のお茶を入れたのも試そう。
麦芽は芽が伸びていたから、それを乾燥させて、砕く。
これをお粥の上に撒いて、一晩保温したら麦芽糖になる。
つい、生活魔法で麦芽糖にしたくなるけど、これは初めて作るから、他の人ができるか実験しなくてはね。
味噌は、作った事があるから省略しても良いんだ!
「炊飯器の保温モードでできると思うけど……炊飯器がないのよ。まぁ、保温装置を作れば良いのだけど、今回は個人鍋でしよう」
暖かくしておけば良いのだ。大量に作るなら、専用の保温装置が必要だけどね。
「明日は、パーシー様と一緒に馬の王の運動をしても良いかも?」
近頃、乗っていない気がするからね。
乗馬が嫌いだった私にしては、かなりの変化だと思いながら眠った。
なのに、馬の王に「速く走りたい!」と言われちゃった。
私って駄目な主人なのかも?
「パーシー様、帰ってこられたら、相談したいことがあります」
パーシバルは、馬の王に跨ったまま、何だろう? って顔を一瞬したけど、笑って承諾してくれた。
「パーシー様が戻って来られるまで、少し時間ができたわ」
こうなったら、やはり麦芽糖が気になる。
さて、麦芽糖はできたかな? 容器の蓋を開けて見る。
「どうかな? 味見しないとわからないわね」
どろどろのお粥がさらさらの薄い茶色になっている。
スプーンで1匙、食べてみる。
「甘いけど、お粥の粒々が口に残るわ」
布で濾さないと駄目だね。
濾した麦芽糖、まだ甘味はほんのりとした感じだ。
煮詰めたら、かなりの甘みだ。
「水飴ってこんな感じだよね!」
これなら、庶民でも口にできるかも? 領地で作らせて、運んでも良いと思う。
「お姉様、おはようございます」
うん、天使たち、今日も可愛いね!
「おはよう! 今日もサミュエルは来るのかしら?」
ナシウスが「はい!」と良い返事だ。
「パーシバル様と剣術の稽古をしても良いですか?」
ヘンリーに「ええ、尋ねてみましょう」とキスしておく。
あと少ししかヘンリーにもキスできないかもしれないからね。
ナシウスは9歳頃から、少しキスを嫌がるようになったから。
「これを作ったのよ!」
麦芽糖を弟たちに味見させる。
「甘い!」スプーンを舐めているヘンリー可愛い。
「甘いですが、砂糖とは違いますね」
ナシウスは味に敏感だよね。
「ええ、これは麦芽糖なの。麦の芽を砕いて、お粥の上に撒き、一晩保温したらできるのよ」
パッと顔を輝かせる。
「砂糖より安くできるのですか? それなら庶民も甘味を楽しめますね」
うっ、ナシウスの賢さと優しさが心に突き刺さるよ。
領地で作らせようと考えた自分が穢れている気がする。
「あっ、お姉様の領地で作っても良いですね!」
ナシウスは、本当に人の気持ちがよくわかるね。
「これについては、よく考えてみますわ。パーシー様と話し合わないとね」
2人がにこにこと笑う。パーシバルのことが大好きだからね。