味噌!
弟達との剣術訓練を済ませた後「昼食を一緒に!」と勧めたのに、パーシバルは帰ってしまった。
「朝も昼もなんて、図々しい事はできません」
私は、お泊まりするのに、良いじゃん! と馬車の後ろに文句を言う。
きっと乗り心地悪いと思うよ。スライムクッションを取り上げたから。
ホカホカクッションに作り替えて、持って行かせるけどね。
スライムクッション、我が家のはなかなか良い感じだ。座っていると、お尻がほんのりと温かい。
底面に魔法陣を描いた布を敷き、取り替え易いように魔石を入れるロケットも作った。
それに、オン、オフができるスイッチもクッションの後ろ側に付けたよ。
スイッチはジッパーの下の底面に少しだけ穴を開けて、切り替え用の棒を出す様にした。
「この小さな魔石だと2日かしら?」
大きな魔石だと、スライムクッションの上からでも異物感があるから、小さな魔石が良い。
「お嬢様、これはバーンズ商会で売らないのですか? とても便利だと思います」
だよね! 少なくとも、カエサル部長なら、すぐに作れそう。
後は、保温瓶だね! これは、明日にしよう!
ホカホカクッションの見本を届ける時に付ける手紙を書かなきゃいけないから。
まぁ、作り方も図解するけど、見たらわかるだろう。でも、やはり公爵家に書く手紙は、気を使うよ。
手紙はメアリーが届ける。クッションもあるから、グレアムに馬車を出して貰う。
さて、メアリーがいない間だけど、台所には行かずに、エバを工房に呼ぶ。
「お姉様、何をするのですか?」
弟達にも手伝って貰おう!
「昨日、ご飯の上に麹菌を撒いたのよ。それが増えていると良いのだけど……」
麹が増えているか? 水に浸けた麦芽がどうなっているか?
「何だかドキドキするわ」
黒い布をとったら、ぶぁと麹菌が増えていた。
「成功なのだけど、わっさりしすぎじゃない?」
「これって何ですか?」
エバが少し引いている。
「これが麹よ!」
少しだけ取っておく。今度からの種麹にする為だ。
麦芽は、芽が少し出ただけなので、生活魔法で後押ししておく。
「こちらは、まだまだね」
何ができるかは、お楽しみだよ。
「エバ、大豆を煮たのをミンサーで潰してくれた? それと、お米を炊いてくれているわね?」
麹の半分は、炊き立てのご飯に混ぜて、一夜麹にする。
「お嬢様? また麹を作るのですか?」
エバが首を傾げている。
「2種類作るつもりなのよ!」
後の半分は、潰した豆と塩と混ぜる。
「少し、パサパサしているわ。豆の煮汁を少し入れましょう」
ぎゅっと握って崩れない水気が欲しいのだ。
「お姉様、何をしているの? お手伝いします」
ナシウスとヘンリーにも手伝って貰う。
「手をよく洗ってから、固く握るのよ。ボールを作るみたいに」
私より、ナシウスやヘンリーの方が握力はあるみたい。
エバも、力強く握っている。
「全部、握れました! これで何になるのですか?」
ナシウスもわからないんだね。
「これは、お味噌になるのよ」
2人が驚いている。目がまん丸で可愛い。
「この壺に詰めていくの。先ずは4個入れてね!」
壺に入れた味噌玉をギュギュッと拳で押して、空気を抜いていく。
「お嬢様、代わります!」
エバの方が、力が強いし、空気を抜くのも上手だね。
「これで、三ヶ月おけば、味噌ができるのよ」
エバが驚いている。
「お嬢様、どこで知ったのですか?」
こんな時は、便利な言い訳があるよ!
「図書室の本にカルディナ帝国の調味料の作り方が書いてあったの」
ナシウス以外は、ほぉと感心しているけど、首を傾げているよ。
「あれは、違う種類の味噌なのですか?」
一夜麹は、その名の通り一夜置くのだけど、作ってしまいたい。
「一夜麹になれ!」
もぁと麹の香りが広がった。
「これを冷まさなきゃ!」
冷やしながら、麹が固まっている箇所をバラす。
「冷えたら、豆の潰したのと、塩を入れて混ぜるのよ。塩は、前の味噌は全体の1.5割、こちらのは少な目の1割よ」
後の作り方は同じだ。ぎゅっと固く握って、味噌玉にする。
それを壺にギュギュッと詰めていくだけだ。
「こちらは白味噌よ。一ヶ月したら食べれるわ」
エバは、白味噌は食べたことがない。
「どんな味なのでしょう?」
「あちらの味噌よりも甘いわ! そうだ、明日の伯母様達が来られる昼食会に出しても良いわね! ホワイトシチューに隠し味に入れたら美味しくなりそう」
という事で、生活魔法で「白味噌になれ!」と掛けちゃった。
「もうできたのですか?」
エバは、変な顔をしているけど、魔法で時短したんだ。
「少し取って、味見しましょう」
小皿に少しだけ白味噌を乗せて、スプーンで食べてみる。
「甘いわ!」
懐かしい白味噌の味だ!
「カルディナ街の味噌とは違う味ですね。甘くてこくがある。成程、ホワイトシチューに少しだけ入れたら、深みのある味になりそうです」
弟達も白味噌を少し食べて、甘さに驚いている。
「塩を入れたのに、甘いのですね!」
そうなんだよね! 魚の西京焼とか美味しかったな。
ロマノでは、魚はなかなか手に入らない。
でも、ビッグバードの肉はいっぱいある。
「エバ、白味噌を使うレシピを渡すわ。ビッグバードの肉をガーゼで包んで、白味噌に漬けるのよ。それを取り出して、焦げないように焼いたら、美味しいと思うわ」
エバは試してみると頷いた。
私は堪え性がない。普通の味噌の方も「味噌になれ!」と掛けちゃった。
レシピを書いていたら、ビッグバードは白味噌漬けが合うけど、ビッグボアとかは、普通の味噌とか辛味噌漬けが合いそうだと思ったんだ。
魚があるなら、味醂を混ぜた西京焼きが食べたいな。
旅行では、海に行くから、魚を手に入れられるよね。
「忘れていた! 塩麹に漬けたら、肉が柔らかく美味しくなるのよ!」
残しておいた種麹だけど……また作れば良いだけだよ。
塩麹は、家で母が作っていた。ブームになったからね。
先ずは麹の塊がなくなるようにスプーンでよく潰す。
そして、水と塩を入れてかき混ぜ、清潔なガラス瓶に入れ、毎日かき混ぜ、10日ほどで滑らかになったら出来上がり。
「塩麹になれ!」
これも時短しちゃった。
麹の粒々が蕩けている感じだけど、本当はブレンダーで滑らかにしたい。
「滑らかになれ!」
これは本当によく使う魔法だよ。
「エバ、この塩麹に肉を漬けて置いて、夕食に出してね! どの肉でも柔らかくなるわ」
塩麹の作り方、そして色々な使い方やレシピを渡しておく。
さて、昼食までにモラン家のスライムクッションをホカホカクッションに改造しなくちゃね!
この『ホカホカクッション』のネーミングのままバーンズ商会で売り出されるとは考えても無かったよ。
銀ちゃん以来、私のネーミングセンスに何人もが疑いの目を向けていたけど、何だか決定打になったみたい。ちょっと悲しい!
それと、お使いに行ったメアリーが、バーンズ公爵からの手紙を持って来た。
「明後日の午後かぁ! 空いていると言えば、空いているけど……毎日、忙しいわね」
返事を書いて、届けて貰う。
「冬休みだから、弟達ともっと遊びたいわ」
それは、する事リストを片付けているからかもしれない。
ノートを見て、やりかけの麦芽糖以外の手をつけていないのをチェックする。
梅を手に入れるのは、保留だね。豆腐は、旅行から帰ってから作ろう。エバも忙しそうだから。ダレノセイカナ?
後は投げて立つテントと保温瓶!
保温瓶は、一番最初は真空の二重の瓶を考えたけど、保温の魔法陣を使えば簡単なんだよね。
ただし、それだと魔石を使う事になる。
庶民には魔石は高いから、やはり真空の方もゆっくり考えよう。
素材は、ステンレスが良いけど、見かけない。
「無いなら、作るしか無い!」
確か、ステンレスは鉄を主成分にして、クロムやニッケル等を含有した合金鋼だったと思う。
「科学の授業の時の暗記術が欲しいわ! 無理かな? 混ぜる割合とか覚えて無いのよ」
授業で聞いた記憶があるから、深く深く頭の中を探索する。あの頃、役に立つとは思わず、退屈そうに聞いた知識!
『最も代表的なステンレス鋼は18-8ステンレス鋼だぞ! 聞いた事ないか? 18-8の意味は、18が鉄に含まれるクロームの含有率で、8は鉄に含まれるニッケルの含有率だ』
えっ、これって頭の中のインデックスに入っていた?
真空にする魔法陣も取り出す。これは専門書に書いてあった。
ステンレスボトル、できるかも?
「バーンズ公爵家に呼ばれるのなら、これも作って持って行けたら良いかも」
ただ、今日はお茶会だからしないけどね。
今日のノルマは、何枚もの温める魔法陣を描き、ロケットを作って、スイッチ部分を取り付ける事にする。
これは、お茶会の後にするよ。
クロムとニッケル、錬金術クラブでは見たことがない。だから、図書室に調べに行く。
「金属辞典! これっぽいわね」
私の知らない金属も色々と載っている。
「これ! ゲイツ様が下さったミスリル剣だけど……凄く貴重みたい。竜の魔力で固まった金属? ゲイツ様は何処で手に入れたのかしら?」
パラパラとめくる。
「クロムは、皮を鞣すのに昔から使われているみたいね。ニッケルは、ガラスの色を付けるのに使われてるのね!」
鉄や銅や銀や金と同じく金属名が分かるのはありがたい。
これって、元ペイシェンスの記憶と私の記憶の合致なのかな?
「あっ、ナシウスに錬金術を教えても良いかも?」
ステンレスを作るのは、一緒にできそう。でも、興味がなさそうなら、強要はしないでおこう。
「鉄も残り少ないし、クロムとニッケルも買って来て貰いましょう。昨日作ったミンサーとスライサーもステンレスの方が錆びないかも?」
キャリーを呼んで、メモをワイヤットに渡して貰おう。
「ゲイツ様から頂いた冷凍庫と同じ大きさのを作りたいから、かなりの鉄と2割のクロム、そして1割のニッケル」
これで、ワイヤットなら買ってくれるだろう。