あれこれ雑用を片付けよう!
キャリーが、エリザベスとアビゲイルからの返事を持って来た。
「明日の午後から、エリザベス様とアビゲイル様が来られるわ」
この件は、メアリーも微笑んで受け入れる。
伯爵家の令嬢と、ドレスについて話し合いながらのお茶会は、とても令嬢らしくて良いのだろう。
さて、今日は一日空いたね! やる事はいっぱいだ!
さっさと雑用を済ませて、弟達と遊ばなくては!
先ずは、ワイヤットと相談しなきゃ!
「ワイヤット、時間はあるかしら?」
執事の部屋に押し掛ける。
「お嬢様、何の御用でしょうか? お呼び下されば宜しいのですよ」
まぁ、応接室に呼び出しても良いのだけど、話す事がいっぱいあるからね。
「馬の王の世話をする為に、サンダーとジニーがグレンジャー家に来ました。それに伴って護衛も8人斡旋して貰いました。そのお世話をしなくてはいけませんし、いずれ結婚する時のメイドや下女も必要なのです」
ワイヤットは、微笑んで聞いている。そのくらいは分かっているのだろう。
「それと、冬休みに領地の候補地を視察します。そこに決めるかどうかは未定ですが、領地の屋敷の使用人も必要なのです」
ワイヤットは、ここまで聞いてから口を開いた。
「領地の使用人は、地元で雇っても良いと思います。ただ、お嬢様のお世話を直接する侍女やメイドはロマノから連れて行った方が宜しいかと思います」
ふむ、ふむ、そうだね! メアリーは連れて行かなきゃ。
「料理人ももっと育てないといけないの。ソースの販売とチョコレートの販売が忙しすぎるのと、ゲイツ様の助手2人とモラン伯爵家の1人はいずれは帰るのですから」
つまり、エバとメアリーに言われたメイドや下女や調理助手を雇って欲しいとワイヤットに告げる。
「それと、マシューとルーツが従僕見習いになるなら、下男も2人雇って欲しいわ。温室を増やして、作りたい物があるのよ」
それも良いみたい。頷いて了承してくれる。
「あと、馬車をもう一台買いたいわ。お父様と私とナシウスが使う事になるから。これは、私の貯金で買って下さい。でも、馬も増やさないといけないし、費用もかかりそうだわ」
ワイヤットは、だいたいの残高を知っているので、問題は無いと笑う。
本来、子爵家ならもっと使用人も多いのだ。
「それと、これはすぐにでは無いけど、マリーとモリーにお針子の仲間を数人雇って貰うつもりなのです。勿論、メイドとしての教育もして貰うわ」
私が考えているドレスメゾンは、初めは貴族の令嬢からのつもり。
いずれは、アップタウンにオーダーメイドだけでなく、プレタポルテの商品を置いて、販売したいな。
「お嬢様、あまり手を広げられないように。社交界デビューもあることをお忘れなく」
うっ、もう婚約者もいるのだから、社交界デビューはいいんじゃないの?
「そうね、領地の管理もしなくてはいけないし、秘書が必要なのよ」
ワイヤットは、メイドや下女や下男や馬丁は探せるが、秘書と聞いて首を横に振る。
「皆はどうやって秘書を選ぶのかしら?」
ワイヤットも詳しくはないみたい。
「貴族の当主の場合は、秘書というより、家令になりますね。もしくは、領地管理人が秘書に当たるのかもしれません」
「そういう人は何処で雇うの? 新聞広告かしら?」
ワイヤットが驚いて、止める。
「信用できる人でないといけません。領地の騎士爵の子とか、遠縁の子を選ぶと聞きます。それに、お嬢様の秘書は、バーンズ公爵家にも使いに行く事があります。ある程度の教養が無いと務まりません」
そうか、これは孤児院では見つからないかも?
「王立学園の卒業生の中で、婚約されていない方をお選びしたら如何でしょう?」
それ、難しいんだよね。大多数が、王立学園の卒業までに婚約者を決めているみたいなんだ。
そうじゃない人は、騎士団に入るか、女官になるしさ。
「伯母様方に相談してみますわ。誰か心当たりがあるかもしれないから」
それと、お風呂問題があるんだよ。これまでは使用人の人数が少なかったから、良かったけど、増えたからね。
「3階にお風呂を1つ増やすか、半地下に大きな浴室を作るか、どちらかしないといけないわ」
ワイヤットは、前から1つだけだったと断るけど、これは拒否させないよ。
「清潔を心がけて欲しいのです」
強気に交渉して、夏までに半地下に大きな浴室を作る事になった。
私は、大きな浴槽とシャワーを何個か付けて、ミニ銭湯風なのを考えている。
シャワーを作らなきゃね!
ワイヤットに使用人の雇用の件は任せる。
私は、コートを着て、馬の王に会いに行くよ。
「落ち着いた?」
ポンポンと首の辺りを軽く叩く。
「ブヒヒン!」
あっ、やはり食い意地が張っている。
「ほら、角砂糖を持って来たわ」
常に角砂糖を持ち歩く女の子って、どうなの? とは思うけど、コートのポケットに入っている。
嬉しそうに食べる馬の王に頼む。
「私の弟達が会いたがっているの。お行儀良くしてね!」
言葉がわかったのか「ブヒヒン!」と嘶くので、屋敷に戻る。
ナシウスとヘンリーはお勉強中なので、昼食の後に連れて行こう。
後は、何をしようかな? 馬車のクッションを温かくしたい。
これは、少し実験もしたいから、早めが良いよね。
「メアリー、馬車のクッションを工房に持って来てね!」
やっと制服を着替えて、私も工房に行く。
「スライム粉はあるし、魔石も……いっぱいあるわね! カイロの魔石はくず魔石だったけど、クッションのはこれでは1日持ちそうもないわ」
カイロは手の平サイズだけど、クッションは馬車の幅と同じ大きさだもん。
先ずは暖める魔法陣を描く。ゲイツ様から魔法陣の専門書を借りて、それを丸暗記したから、スムーズに描ける。
まぁ、暖める魔法陣は個人鍋でも何十回も描いたから、覚えているけどね。
「お嬢様、お持ちしました」
メアリーが馬車のスライムクッションをキャリーと運んできた。
「ありがとう、そこに置いて」
スライムクッションに描いた魔法陣を入れようとして、はたと困った。
「そうか、今はスライムクッションがへたった時に、中身だけを取り替えるけど、縫ってあるのね」
暖める魔石は、何日持つか分からないけど、スライムクッションを取り替えるよりも頻繁に取り替える必要がある。
「だったら、ジッパーをつけた方が簡単ね!」
どちらにせよ、スライムクッションの片面の底の部分の縫い目を解かないといけないのだ。
「メアリー、キャリー、この所を解いて」
2人がリッパーで縫い目を解いている間に、ジッパーを作る。
バーンズ商会は、ジッパーをもう販売しているみたいだけど、今はズボンの前立て部分の長さなんだよね。
ドレスの背中には、まだジッパーはゴツイ感じみたい。
いずれ、シームレスジッパーを作らなきゃ!
制服のスカートには、前立てのジッパーでも良いけど、やはりもう少し長い方が良いかも?
前もって、細い布は注文していて良かったよ。ここから作るのはちょっと大変だったからね。
スライムクッションのジッパーは、幅は同じ大きさにしたい。
クッションの取り替えや魔石の取り替えの時に、開閉部分が小さいとやりにくいからね。
こちらは、シェラフに使ったジッパー程はゴツくはしないけど、服のジッパーよりは強くしたい。
だって座るんだからね。
「何本作ろうかしら? うちのが2本! パーシバル様の馬車、ゲイツ様の馬車、使用人達を乗せるのはパーシバル様が貸してくれると言っていたわ。あっ、御者席にもいるかも? 伯母様達にもあげたいし……」
考えているうちに多くなった。
「メアリー、御者台のクッションも持って来て!」
メアリーが変な顔をする。
「御者台にはスライムクッションはありませんよ。昔ながらの板の上に皮が張ってあるだけです」
ええ、知らなかったよ! 失念していた。グレアム御免ね!
「それに、雨の日は濡れます」
だよね! なら撥水性の生地で作ろう!
「メアリー、サイズを測って来てね!」
心なし、メアリーが素早く馬車の所に行った気がするのは、やはりグレアム関係だからかな?
御者席のスライムクッションはマリーとモリーにミシンで縫ってもらう。こちらは初めからジッパーをつけておく。
それとスライムクッションを入れる中袋もね。
「ダウンコートの見本はできましたけど、もこもこで格好悪いです」
モリーは、ずけずけ言うね。メアリーが横で睨んでいるけど、必要な事だよ。
マリーが持って来てくれたダウンコート、確かに雪だるまみたい。
「こんなにパンパンに羽を詰めなくて良いの。それと、もっと縫い目の間隔を狭くして。特にウエスト部分は他の所より狭い方が格好良いわ」
私がデザインを描き直す。前世で買ったダウンコートも、ウエスト部分は狭くミシン目が入っていて、スマートに見えるようになっていた。
「なるほど! これなら何とか着てもおかしくないかも?」
うっ、モリーはこれから令嬢や貴族の前に出るのだから、もう少し言い方をソフトにした方が良いかも。
これは、メアリーに任せよう。横で睨んでいたから、厳しく指導しそうだ。
「モリー、マリー、お針子の腕の良い子で、うちに雇っても問題の無さそうな子は居ないかしら? 実は、私だけでなく、お友達のドレスも縫う事になりそうなの。縫い賃は払うわよ」
仕事が増えても同じ給料ではやる気にならないよね。
「良いのですか? ドレスメーカーのお針子は、大変なのです。マダム達は少しの失敗でもクビにするし、縫い賃を払ってくれないから。部屋代を払うのも困っている子が多いのです」
それは、困るだろうね。
「メアリー、何人なら引き受けても良いかしら?」
私が世話をするわけでも、教育するわけでもない。本来なら家政婦が必要なのだけど、グレンジャー家には居ないから、侍女のメアリー任せなのだ。
「メイドや下女の教育もしないといけませんし、2名ぐらいなら」
やはりね! アップタウンの店は当分は諦めよう。
家で知り合いの令嬢のドレスを作るとこから始める。
「モリー、マリー、良い子を紹介してね!」
2人は、自分達だけお屋敷に雇われて、良い暮らしをしているのに引け目を感じていたみたい。
「私達と同じ孤児院出身の3人でも良いでしょうか? まだ独立したばかりで、食べるのも大変そうなのです」
メアリーは2人と言ったけど、1人増えるぐらいならと頷く。
「ええ、良いわ」と答えると、モリーとマリーがホッとしたみたい。
「3人は一部屋で暮らしているから、2人だけと言われたらどうしようかと考えていました。あのう、早速、連れて来ても良いでしょうか? 年が越えられないかもしれないのです」
えっ、飢えているの? メアリーがキツく睨んでいる。
もしかして、身を堕とすって事?
「すぐに連れて来なさい!」
私が命じたので、メアリーは横で小さな溜息をついた。
2人が出た後、メアリーに叱られた。
「お嬢様、ロマノ中の貧しい女の子を、雇う訳にはいきませんよ。まして、会ってもいないのに!」
それは、そうだけど……。
「できれば、私は裁縫工場を作りたいの。それに職人の寮もね!」
ああ、メアリーが首を横に振っている。
「それは、領地でされたら良いのです。これからは、女子爵としての仕事とパーシバル様の婚約者として社交界で活動しなくてはいけません」
えっ、社交界って、結婚相手探しでしょ?
「私は、パーシー様と婚約したから、社交界は必要ないのでは?」
そこから、メアリーに長いお説教をされたよ。
特に、パーシバルは外交官になるのだから、社交界で知り合いを増やし、情報網を広げる必要があるみたい。
この時点で、私は外交官の道を完全に諦めた。
苦手分野だからね。でも、パーシバルの足を引っ張らないようにだけはしよう!