愛しのペイシェンス12……パーシバル視点
ペイシェンスは、小さな溜息をついた。
「難しいのですね。では、私はマーガレット王女とパリス王子の件で、どうすれば良いのでしょう?」
ああ、それが聞きたかったのだな。
「ペイシェンス様は、マーガレット王女の側仕えとして一緒に行動していれば良いのです。下手に邪魔をしたりしたら、かえって燃え上がったりしますからね。私もパリス王子の動向には気をつけますが、あまり窮屈な思いをさせても反発されそうなので、適度な距離を置きたいと思っています」
パリス王子とマーガレット王女の件は、不適切な関係にならない様に側にいるだけで良い。
後は、陛下がどう判断されるかだけだ。
「それより、私が寮に入った目的の一つは、ペイシェンス様をお護りしたいと思ったからです」
これは、本心なのに驚いている。父上から、急に寮に入れと命じられたのは確かだが、私の本命はこちらだ。
あの夜、寮に入るのと交換に、ペイシェンスの資料を貰った。
本当に驚いた! 数々の発明、それにカザリア帝国の遺跡の地下通路の扉を開け閉めした件。
ロマノ大学の歴史科や錬金術科の教授に、即王立学園を卒業させて、自分の研究室に来る様にと要請された事。
ただ、秘密にされている発見された物には触れていなかったが、それにもペイシェンスが関わっているのは確かだ。
父上の小出しにされた情報を、私なりに解釈した。
ゲイツ様が後継者に! と言うほどの特殊な魔法能力に恵まれているのだ。
それに、カエサルは、ペイシェンスの発明品に夢中なのも誰の目にも明らかだし、音楽馬鹿なアルバートも公爵の命だけとも思えない。
強力なライバル、そして無防備なペイシェンス! 側にいて護りたい。
「全く無自覚なのですね。ペイシェンス様は、多くの発明をされていますし、カザリア帝国の遺跡調査でも活躍されたと聞いています。その上、音楽でも素晴らしい才能を発揮されています。他国に取られたら大変です」
ペイシェンスは、本当にのんびりしているな。私の言葉におどろいている。
父上は、他国の王族のお世話をする為に私を寮に入れただけではない。
それだけなら、あんな資料を渡す人ではない。私に、ペイシェンスを護れと言外に指示されたのだと受け取っている。
そんな事を言われなくても、護る!
「パリス王子の真の目的は、ローレンス王国の魔法関係の調査かもしれません。彼は、エステナ聖皇の血を引いていますから、かなり魔力も強い。しかし、エステナ教会の魔法学だけでは限界があります。本当はロマノ大学に留学したいと思っていたのかもしれません」
ペイシェンスの特殊な魔法について注意したつもりだけど、通じていない。
「なら、ロマノ大学に留学されたら良かったのでは? 14歳なら不思議な年ではないでしょう?」
ペイシェンスは、自分が天才だから、普通の人の学習では無理だと分からないのかな?
現に、有名な歴史学者のヴォルフガング教授や錬金術の権威グース教授に研究室に招かれているのだ。
「普通の学生は14歳でロマノ大学に入学なんかできませんよ。ペイシェンス様は、少し普通の学生の実情を知るべきです。周りのカエサル・バーンズ様やベンジャミン・プリースト様やフィリップス・キャシディ様などは学年に一人か二人の天才です。彼らなら大学に即入学もできるでしょうね」
「ええ、確かにカエサル様やベンジャミン様は錬金術に関して天才ですわ。それに錬金術クラブのメンバーもそれぞれ優れています。フィリップス様は歴史学科なら大学で学んでも可笑しく無いレベルですわ」
いや、彼奴は例として出しただけだ。
「彼らどころか、ペイシェンス様は、自分がどれほど特殊であるかの自覚が全くないのですね。それは、ロマノ大学の教授から王立学園を即卒業させるべきだなんて発言が飛び出すほどなのですよ。それにゲイツ様にも注目されています。彼は、本当の天才ですが、厄介な人です。本当に、少し目を離している間に……」
夏休み、デーン王国にオーディン王子を出迎えに行っている間に、ペイシェンスときたら、あれこれやらかしているのだから!
本当に一瞬たりとも目を離したくない。
「あのう、前から聞きたいと思っていたのですが、パーシバル様は何故私との縁談を受け入れておられるのでしょう? もっと条件の良い令嬢からの縁談もあると思うのですが……」
えっ、こんなに口説いているのに! ショックだ!
「ペイシェンス様には私の気持ちが全く伝わっていなかったのですね。確かに初めは親戚のモンテラシード伯爵夫人からのお話でしたが、知れば知るほど好感を持つようになり、私から縁談を進めて頂くように頼んだのに」
本心を打ち明けても、ペイシェンスは及び腰だ。
「そんなぁ、私では不釣り合いですわ」
嫌われているのか?
「もしかして、ペイシェンス様は私の容姿が気にいらないのでしょうか?」
マッチョな男が好きだとか、苦味走ったダンディな紳士が好きなのか?
「いえ……私がパーシバル様に相応しくないと思うだけです」
ああ、そう言う事か!
「私の見た目だけで群がる女学生にはうんざりしているのです。それなのに、ペイシェンス様は見た目が原因で私を遠ざけるのですか……」
ペイシェンスが慌てて弁解している。
「私がパーシバル様の横に並んでいると、何故、お前なんかがという視線が飛んでくるのに耐えられないだけなのです」
良かった! 嫌われている訳では無さそうだ。あの鬱陶しい視線を投げかけてくる女学生達を気にしていたのだ。
「ああ、そちらの心配をされていたのですね。私の容姿が嫌いなのかと思い、落ち込みました。でも、それはペイシェンス様の事を知らない馬鹿な人間の判断にすぎません。それに何年かしたら素晴らしい美人になると思いますよ」
しまった! 今はまだ成長過程だと言ってしまった。
ペイシェンスは「プッ」と吹き出した。
「ああ、今のペイシェンス様も可愛くて、私は大好きですよ」
姉上なら、凄く怒って立ち去るだろう。でも、ペイシェンスは笑って許してくれる。
「それと、外交官になりたいと思っていますが、向いてないと皆に言われるのです。パーシバル様は外交官を一緒に目指そうと言って下さりますが、考えが顔に出過ぎますし、自国に有利な判断ができるかどうかもわかりません」
確かにね! ペイシェンスは優しすぎるのだ。
うちの家族のような腹の探り合いなど無縁だし、ペイシェンスには見習って欲しくない。
「ペイシェンス様は、外交官を策謀ばかりしている人間だと考えておられるのですね。確かに策謀などを実行する場合もあるでしょうが、基本は自国民の保護と利益を護るのが仕事です」
ペイシェンスを説得したが、思いがけない事を言い出した。
「それに、モラン伯爵夫人のような社交性もありませんわ」
母上を意識しているのは、私と結婚した後を考えたからなのか?
「母は、確かに社交が上手いです。それで、父はかなり助かっていると思います」
外交官夫人としては、母上は有能だと思う。
だが、私はそんな相手と結婚したい訳ではない。
「でも、私は母と同じタイプの人を求めているわけではありません。一緒に同じ問題を考えたり、外国の生活を楽しめるパートナーを探していたのです。こう言ったら失礼ですが、普通の令嬢は外国でもローレンス王国の生活レベルを要求し不満を持ちそうですが、ペイシェンス様は不自由すらも楽しみそうで、そこら辺がとても好感が持てるのです」
ペイシェンスが想像したみたいだ。
「私も不潔な生活はできませんわ」
それは、私も無理だな!
「私も不潔な生活は無理ですね。でも、頭から異国の文化を否定したりはしないでしょう?」
ペイシェンスが笑う。
「ええ、私が外交官になりたいと思うのは、外国へ行ってみたいという望みが捨てきれないからです」
やはり、ペイシェンスは良いな!
「それが基本だと思いますよ。私も、色々な所へ行き、そこで暮らす人達が何を考えているのか知りたいと思っています」
ただ問題もあるのに気づいた。
「でも、ペイシェンス様を外国に出す事を心配する大人も多いのです。とても貴重な発明力と魔力を持っておられますからね」
陛下が女準男爵に叙され、ゲイツ様が後継者に望まれているのだ。
「まぁ、では外交官になれないのですね!」
ペイシェンスの眉が下がる。がっかりされたのだ。護ってあげたい!
「だから、私はペイシェンス様を護る騎士になりたいと思っているのです。一緒に世界を見て回りましょう!」
跪いて、ペイシェンスの手を取ってキスをする。
この日、私はペイシェンスを一生護ると決意した。
この恋人の隠家で、一ヶ月後、ペイシェンスと婚約するとは、考えていなかった。
16年前に前国王夫妻まで崩御された流行病が、またカルディナ帝国で発生し、サティスフォードの港に停泊していたコルドバ王国の船員が罹患していたのだ。
この件で、ペイシェンスはゲイツ様と対策を取ることになり、王立学園を休んでいた。
あの日、私の部屋にペイシェンスからの呼び出しの手紙があった。
恋人の隠家で泣いているペイシェンスを私は抱きしめた。
「私は、外交官になれないと陛下に言われたのです。だから、悲しくて……」
「それで泣いているのですか? 他にも何かあるのですか?」
ペイシェンスは、泣きながら話してくれた。
「つまり、ペイシェンス様が浄化の魔法陣を描いたから、外国には行かせられないと陛下は仰られたのですね」
確かにエステナ聖皇国なら、監禁しそうだ。
「私は外国に行けないから、パーシバル様とは結婚できませんわ。一緒に外国に行きたかったけど……」
馬鹿馬鹿しい!
「元々、私は外交官よりも騎士になりたかったぐらいです。勿論、なるからには立派な外交官を目指しますが、ペイシェンス様を諦めるつもりはありません。まして、こうして私を思って泣いている女の子を他の人に譲る気は全くありませんよ」
心配そうに見上げるペイシェンス!
「妻を同伴しない外交官も多いですし、それが駄目なら、騎士になります!」
私は、跪いてプロポーズし、ペイシェンスは頷いてくれた。
愛しのペイシェンス! 婚約しても、ライバル達には気をつけないといけない。
私の心は、ペイシェンスに釘付けだ。