愛しのペイシェンス11……パーシバル視点
上級食堂で、ペイシェンスと一緒のテーブルだと思うと、嬉しい。
マーガレット王女に感謝だな!
「ペイシェンス様、こちらですよ」
少し遅れて来たペイシェンスを呼び寄せる。
「ペイシェンス、遅かったのね。テストを受けていたの?」
マーガレット王女とリュミエラ王女は早く来ていた。
「いえ、少し話していたので遅くなりました」
ペイシェンスは、他の人の注文が終わっていると、慌ててメニューを見ている。
「ペイシェンス様、慌てなくても大丈夫ですよ。私はテストを受けていたので、今から注文するのです」
ペイシェンスは鳥の蒸し物、私はステーキを選んだ。
女子組は裁縫の話題なので、私もパリス王子も余計な口出しはしない。
デザートはアイスクリームだった。
「あら? 本当にアイスクリームだわ!」
マーガレット王女が弾んだ声をあげる。
メニューに書いてあったが、目の前に出ると嬉しいのだろうか?
「このデザートは初めてですわ!」
リュミエラ王女の声も少しはしゃいだ感じだ。
他の人もアイスクリームを食べて「美味しい」と喜んでいる。
「これはソニア王国でもありません。素敵なデザートですね」
パリス王子も初めて食べたみたいだから、少し説明しておく。
「ええ、これは青葉祭で錬金術クラブが発表したアイスクリームメーカーで作る新しいデザートなのです。バーンズ商会でアイスクリームメーカーは購入できますよ」
「ローレンス王国の錬金術が優れているとは知っていましたが、王立学園の錬金術クラブも素晴らしい発明をしているのですね。絶対に錬金術の授業を履修しなくてはいけないな」
しまった! ペイシェンスのいる錬金術クラブにパリス王子が入部したら嫌だ。
「パリス王子、錬金術は魔法陣とセットで履修しなくてはいけませんよ」
ペイシェンスが優しく忠告している。
「ああ、ありがとう。そういえばペイシェンスは錬金術クラブに所属していたのだね」
「まぁ、変人の集まりにパリス王子は相応しくありませんわ」
マーガレット王女、目の前のペイシェンスも錬金術クラブなのですよ。
「そうなのですか?」
パリス王子が少し戸惑っている。
「変わった発想力が無ければ、新しい発明などできませんよ」
錬金術クラブにパリス王子は入って欲しくないが、ペイシェンスを貶める様な言葉は許さないから、フォローしておく。
「このアイスクリームはとても気に入ったわ。大使館でも食べたいから、アイスクリームメーカーを購入して貰いましょう」
リュミエラ王女は、分かってて話題を変えたのかな? そうだとすると賢いな。
「あの砂糖ザリザリのケーキは不評でしたから、デザートが改善されて良かったですわ」
マーガレット王女の言葉で、王族達が国のデザート事情を話している間に、ペイシェンスと4時間目の話し合いについて、小声で話し合う。
顔を寄せ合って、話すのは親密そうで嬉しい。
「3時間目はラッセル様と図書館で調べ物をされると話されていましたね。私は織物の授業の後、少しマーガレット王女の髪型を整えたりしますから、図書館でお待ち下さい」
まぁ、内容は色気が無いけどな。
「はい、私も話し合いたいことがいっぱいありますから、お待ちしております」
マーガレット王女とパリス王子以外の話もしたい。
そうだ! あそこに案内しよう!
3時間目は、ラッセルと国際法ができた歴史を調べた。
なるほどな! 国際法に穴が多いのは、戦争や紛争が起こった時に応じて、バラバラと作られたからだ。
現代に合っていない法律もあるし、カザリア帝国の時代から生き残っている慣例が、そのまま法律として適用されてもいる。
「新しく国際法を作る必要がありますね」
ラッセルと私も同じ意見だ。
「だけど、そんな事を提案したらエステナ聖皇国が主導権を取りたがるでしょう」
それが問題なのだ。
「南の大陸の諸国やカルディナ帝国は、エステナ聖皇国に従うのは嫌でしょう」
2人で溜息をつく。
「ローレンス王国は、エステナ聖皇国に睨まれていますからね。でも、公正な立場で法律を作るのは、我国が一番良いと考えるのですが……」
本当に、ソニア王国をエステナ聖皇国の遠隔支配から独立させたい。
シャルル陛下がフローレンス王妃を娶らなければ、そして十数年前の紛争がなければ、などと過去を嘆いても仕方ない。
そうか! だから、パリス王子の留学を認めたのか?
マーガレット王女との婚姻、キース王子とカレン王女との婚姻、どちらかが成立すれば、コルドバ王国、デーン王国とも縁談が進んでいるから、エステナ聖皇国より影響力を持つ事が可能になる。
私は、ラッセルが4時間目の授業に向かった後、4国同盟の可能性を考える為に、ソニア王国の歴史の本を読んでいた。
ふと、視線を感じ、本から目を上げると、ペイシェンスが図書館に来ていた。
「ああ、ペイシェンス様、いらしていたなら声を掛けて下されば良かったのに」
本を閉じて立ち上がる。
「いえ、本を読んでおられるようでしたので……」
少し、本気で4国同盟の可能性を考えて、ソニア王国の歴史本を読み耽っていた。
「では、庭に行きましょう!」
図書館では話ができないから、ペイシェンスをエスコートして庭に出る。
「秋咲のバラが綺麗ですね」
ペイシェンスとバラはよく似合う。
スペンスに聞いていた恋人の隠家にペイシェンスを招待しよう。
「ここに東屋があるとは知りませんでした」
ペイシェンスは、ここの存在を知らなかった様だ。
私は、スペンスから聞いてはいたが、自分が使うとは考えていなかった。
「ペイシェンス様は、この東屋の名前もご存知なさそうですね。恋人の隠家として有名なのです」
ペイシェンスが東屋の名前に頬を赤らめている。初で可愛い。
「それにしても、ここは他から見えないですが、学園はよくこんな場所に東屋を建てましたね」
何も知らないペイシェンスに教えてあげよう。
「あの木は、前は植えて無かったのです。好きな相手と密かに会いたいと願った学生が自分で植えたのがどんどん大きくなったと聞きましたよ」
バラの咲く庭の東屋でペイシェンスと2人っきり! 良い雰囲気なのに、パリス王子の話だ。
「あのう、私はパリス王子の留学の目的がよくわからないのです。従姉妹のリュミエラ王女の付き添いだと言われていますが、それは必要なさそうに感じるのです」
その通りだ!
「ペイシェンス様、パリス王子がリュミエラ王女の付き添いだなんて、誰一人信じていませんよ。あれは口実に過ぎません。あの口実のせいで外務省は留学を受け入れざるを得なかったのです」
外務省の失策なのか? 意図して受け入れたのか? それすらも私は知らされていない。悔しい!
「それと、リュミエラ王女とマーガレット王女が話されていたのですが、ソニア王国のシャルル陛下はフローレンス王妃と離婚されるのでしょうか? そうなったらパリス王子の立場はどうなるのでしょう? マーガレット王女が不安定な立場のパリス王子と仲良くされるのを阻止するべきなのでしょうか?」
ペイシェンスは、やはり賢い! 11歳なのに、政治的な不安定さを持つパリス王子の立場をわかっている。
「ペイシェンス様は、すぐに問題に気がつかれましたね。シャルル陛下は、エステナ聖皇国の支配から逃れたいと思っておられるのでしょう。まぁ、愛人と仲が良いのも確かですけどね。でも、私は離婚は無いと考えています。デメリットが大き過ぎますからね。ソニア王国の国民は恋愛好きで、浮気や不倫には寛大ですが、意外と信心深いのです。エステナ教会に背いて離婚し、破門でもされたら、反乱が起こりますよ。そのくらいはシャルル陛下も考えておられると思うのです」
「では、パリス王子の立場は揺るがないと考えて良いのですね」
ペイシェンスは優しいな。
「まぁ、今のうちは……としか答えられませんね。フローレンス王妃と離婚しなくても、何か罪を着せて処罰する手もありますし、病気で亡くなる事もありえますから」
まぁ、そこまで腹を括るとは思わない。
「ああ、ペイシェンス様が心配なさらなくても、フローレンス王妃にはエステナ聖皇国のマルケス特使がついて保護しています。あの鉄壁の衛りを破るのはなかなか難しいから大丈夫でしょう」
エステナ聖皇国のくそ坊主、ローレンス王国にもモンタギュー司教が派遣されている。いつか、追い出したい。
「でも、それではフローレンス王妃はシャルル陛下と会われる時にもマルケス特使が付き添われるのでしょうか?」
思わず「プッ」と吹き出してしまった。
「失礼しました。あの魔法と武術の両方を兼ね備えたマルケス特使が、シャルル陛下の前に立って夫婦の面会を邪魔をする姿を想像したら笑ってしまいました。シャルル陛下とフローレンス王妃はもう何年も会ってはおられないですよ。フローレンス王妃に面会できるのは、パリス王子とカレン王女ぐらいでしょう」
ソニア王国の国王夫妻は冷え切っている。