愛しのペイシェンス10……パーシバル視点
寮に入って、不自由でないか? それは勿論、不自由な面もある。
これまで、討伐に行った時ですらも、脱いだ服は従僕が受け取って塵を払い、朝には綺麗な状態になっていた。
大失敗だ! 椅子に脱ぎ捨てた制服は、ぐちゃぐちゃだ。
「そうか、ここでは制服を脱ぎっぱなしにすると、シワになるのだな」
執事は、そんな事はお見通しだったのだろう。
制服は5着あるので問題は無いが、今夜からはハンガーに掛けておこう。
寮の規則を読んで、シーツやランドリーバッグに入れた下着は洗濯してくれるのはわかっていた。
下着はランドリーバッグに入れたのだが、制服は失念した。
あまりに生活面で駄目だと、ペイシェンスに嫌われる気がする。
パリス王子とオーディン王子を起こしに行くと、私の部屋と同じ状態だった。
「特別室の掃除とシーツやランドリーバッグに入れた下着とかは、洗濯してくれますが、服は脱いだらハンガーに掛けた方が良いですよ」
偉そうに忠告したが、自分もできなかったのだ。
「なるほどね! 寮生活は、勉強になるな」
パリス王子が頷いている。モテる男は身綺麗にしなくてはいけないのを察したのだろう。
「新しい制服を着たらいいだけだ。問題ないだろう! 下着は週末に持って帰れば良い」
オーディン王子は、その遣り方を貫いたら良い。
スレイプニルは気にしないだろう。
「えっ、ハンガーに掛けなかったのか? シワになるし、みっともないぞ。それに汚い下着を部屋に溜めるのは駄目だろう」
寮生活の先輩のキース王子が眩しく見える朝だ。
オーディン王子もランドリーバッグに下着を入れ、制服はハンガーに掛ける事にすると言っている。
どちらでも良い。私は世話をしろと父上に言われたが、子守ではないのだ。
だが、寮生活には良い面がある。
朝からペイシェンスに会えるのだ。
「おはようございます」と言うと「おはようございます」とペイシェンスが挨拶を返してくれる。
「今日の一時間目は国際法で一緒ですね」
文官コースに転科した唯一の楽しみだ。
「ええ、法律は覚える事が多そうですわ」
ペイシェンスと仲良く話しているが、パリス王子もマーガレット王女と話しながら、トレイを持って並んでいる。困ったな!
「あのう、パーシバル様、少しお話をしたいのですが……」
ああ、これがデートのお誘いなら嬉しいのだが、目の前のマーガレット王女とパリス王子の件だろう。
「ペイシェンス様とならいつでも良いですが……放課後は音楽クラブでパリス王子のハノン演奏と、グリークラブの見学ですよね? 4時間目は融通がつくのですが」
早く話し合った方が良さそうだ。
「ええ、私も空いています」
どうせなら、ペイシェンスとゆっくり2人で話したい。
「秋咲のバラが綺麗ですから、庭を散策しましょう。3時間目はどの教室ですか? お迎えに行きます」
ペイシェンスは困った様に「織物2です」と答えた。
もしかして、嫌がられているのか?
朝食の席で、昼食の説明もしておく。
「昼食は、お茶をした上級食堂サロンです。席は確保してありますから、大丈夫ですよ」
マーガレット王女がやっとキース王子の見張りを辞められると喜んでいる。
「秋学期は、キースは別のテーブルでも良いと言われたの」
私も嬉しい。ペイシェンスがキース王子と一緒に食べなくても良くなるのだ。
「ええ、伺っています。キース様にはオーディン様と同じテーブルでお願いしたいのですが?」
キース王子は了承したので、少し良い情報をあげよう。
「オーディン様、寮の食事はおかわり自由です」
「えっ、知らなかった! おーい、お代わりしても良いんだぞ!」
キース王子は、ヒューゴとラルフにも声を掛けて、お代わりの列に並んでいる。
騎士クラブの寮生に聞いたのだが、キース王子は1年半も知らなかったのか? 少し、ハンガーの件の意趣返しをした気分になった。
「凄い食欲ですね! 私は、キース様と同じテーブルでしょうか? リュミエラ様の付き添いとしての意味もあるのですが」
パリス王子も、お代わりの列に並べば良いのに、付き添いを前面に出してきた。
「いえ、パリス様はマーガレット様とリュミエラ様とペイシェンスと一緒にどうぞ」
こう言うしかない。あまり、マーガレット王女とペイシェンスの近くに居させたくないのだが。
「まぁ、パーシバルも一緒に食べましょうよ。パリス様も女学生ばかりだと話題も合わないから退屈でしょう」
これは助かる! ペイシェンスはマーガレット王女の側仕えだから同じテーブルでもおかしくないが、私には同席する理由がなかったのだ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
おもわず嬉しくて笑顔になった。やったな! 昼食もペイシェンスと一緒だ。
ホームルームでは、私が転科したのを知らなかったクラスメイトが少し騒いだ。
騎士コースのクラスメイトからの同情の視線がキツい。私の本意ではないのを知っているのだ。
だが、文官コースに転科した限りは、トップを取るつもりだ。
でないと、騎士コースを諦めた甲斐がない。
国際法の教室に移動したら、下級生達が騒めいた。転科したのを知らなかったのだろう。
ペイシェンスが男子学生と教室に入って来た。
「ペイシェンス様、一緒の授業ですね。宜しくお願いします」
フィリップスとラッセルをペイシェンスが紹介してくれた。
廊下でよく一緒にいるのを春学期に見た2人だ。
「秋学期から文官コースを取りますから、後輩になりますね。宜しくお願いします」
ライバルなのか、単なるクラスメイトなのかわからないから、挨拶しておく。
「ここは国際法1のクラスです。私はマーシー・ハンプトン。そこにいるラッセル君は知っていると思うが、法律は守る為に存在します。抜け穴を見つける事にばかり熱意を持たないように!」
ラッセルは、にやにや笑っている。ふうん、自信家だな。
少し、私も反論したくなった。
「ハンプトン先生、法律に抜け穴があるのは問題ではないでしょうか?」
「うん? 見知らぬ学生だな?」
文官コースは初めての授業だからな。
「騎士コースから転科したパーシバル・モランです。抜け穴を悪用されない様にしなくてはいけないとは思われませんか?」
ハンプトン先生の顔が真っ赤になった。
「ガハハハハ……」と爆笑されたよ。
「モラン外務大臣の息子か! よし、秋学期の中間レポートは国際法の穴と対策だ! そこの小生意気で中途半端なレポートを書いたラッセル君、今度はちゃんとした対策も考えて書きなさい。さもないとまた不合格だぞ」
目をつけられてしまったかな?
「では、ハンプトン先生も今の国際法は穴が多いと認められるのですね!」
ラッセルも、反発する。
「今の国際法が制定された歴史をラッセル君は今度の授業までにレポートを書いて提出しなさい。さぁ、これから国際法1のテストを受けて、国際法2に進むか、修了証書が欲しい者だけ残りなさい。他の学生は、自由にして良い」
単位を取るだけなら、他の先生で簡単に取れるのだが、こう挑戦状を突きつけられると、負けられない気になる。
私もペイシェンス達と教室を出る。
「ラッセル様は、テストを受けたら国際法2に進めるのではないですか?」
ペイシェンスがラッセルにテストを受ければ合格するのではと訊ねている。
「いや、ここで逃げる訳にはいかない。それに、国際法ができた歴史については、不勉強だったのも確かだからな」
これは、理解できる。あのハンプトン先生に負けるわけにはいかない。
「ラッセル君でしたね。私も、そこら辺の事情は詳しく無いのです。3時間目は空いているのですが、一緒に図書館で調べませんか?」
何故か、ラッセルと図書館で仲良く調べ物をする事になった。
ペイシェンスは、ラッセルとフィリップスと経営学2の授業だ。春学期に、経済学1と外交学1も合格している。
早く合格したい。
「私は経営学と経済学をなんとか合格して、一緒に学びたいと思っています」
そう告げて、ペイシェンスをラッセルとフィリップスに委ねて、立ち去るのが辛かった。