愛しのペイシェンス6……パーシバル視点
「パーシバル、デーン王国に出発する為に、一旦、王都に行きなさい」
夏休みの間に、あと何回かペイシェンスと会いたかったが、私はオーディン王子を迎えに行かないといけない。
「ほら、ほら、そんな不機嫌な顔はやめなさい。デーン王国にはスレイプニルがいるのだぞ! それに、オーディン王子はスレイプニルに乗っておられるそうだ」
父上に良いように扱われている気がする。
だが、スレイプニルに興味があるのは確かだ!
本当に、これは大失敗だった。
私に選択権は無かったのだが……帰国した夜に、父上から聞いた話に頭が痛くなった。
「まだ未発表だが、カザリア帝国の遺跡で大発見があったそうだ。ノースコート伯爵は、その発掘された品を献上して、サミュエル様に準男爵の称号を貰ったぞ」
あの遺跡から、そんなに価値のある物が出たのか?
「それと、ペイシェンス様も女準男爵に叙されたのだ」
さらりと重要な事を言う父上だ。
「何故、ペイシェンス様が女準男爵に叙されたのでしょう?」
面白そうに父上が、情報を小出しにする。
「さてなぁ、陛下は正式な調査隊を出されたそうだし、余程、価値のある物が見つかったのだろう。それと、バーンズ公爵家のカエサル様や名門の子息達がいっぱいノースコートに滞在しているぞ!」
それは、錬金術クラブのメンバーだ。苛立つ!
「父上の命令で、デーン王国へ行ったのですよ! 何があったかぐらいは教えて下さい」
はははと、面白そうに笑う。この辺が姉上と似ているから、苦手なのだ。
「パーシバルも青春だな! ライバルが多くて、楽しそうだ」
すぐに人で遊ぼうとする! だから、騎士になりたかったのだ。
私は、外務大臣の父上の玩具じゃない!
だが、少し真面目な顔になって、驚く情報を教えてくれた。
「何故、女準男爵に叙されたのか? 地下通路をペイシェンス様が見つけたからだよ」
地下通路! そんな物があったのか?
「その地下通路で何が見つかったのですか?」
それははぐらかされてしまった。
「調査隊の発表を待つのだな!」
父上は、知っている筈だ! そして、ペイシェンスも錬金術クラブのメンバーも!
何が発見されたのだろう? と考えていた私に、父上は重大な事を告げた。
「王宮魔法師のゲイツ様が、ペイシェンス様を後継者にしたいそうだ。それに妻にも望んでおられるみたいだぞ」
王宮魔法師の後継者! これは、極秘事項を漏らす訳にはいかない父上の最大限のヒントだ。
つまり、ペイシェンスは表向きの女準男爵に叙された地下通路の発見以外の、魔法能力が関係した功績があったと言う事だ。
「ペイシェンス様は、生活魔法ですが、王宮魔法師の後継者になれるのでしょうか?」
私の質問に、父上は肩を竦めただけで答えてくれなかった。
詳しくは知らないのか? それとも知っていても、私に教える気がないのか? 外交官って人種は、これだから苦手なのだ!
兎に角、ペイシェンスにお土産を持って行こう! かなり夏休みの間に、カエサルに距離を縮められた感じがして、焦る。
訪問の手紙を書いて、返事が来るまでに、お土産を整理していたら、母上に呆れられた。
「パーシバル、それはペイシェンス様へのお土産としては相応しくないのでは? もっと綺麗な宝石とかアクセサリーは無かったの?」
弟達への木の槍は、母上は無視したが、女の子に石ころを送るのかと呆れている。
「ペイシェンス様は、錬金術に優れておられるから、素材の方が喜ばれると思います」
石ころではなく、鉄や銀や銅や水晶なのだと抗議したが、片方の眉を上げて嫌味を言われた。
「錬金術クラブのメンバーに対抗するなら、もっと気の利いた物の方が良いと思うわ。でも、貴方の思うようにしなさい。バーンズ公爵夫人は、ペイシェンス様をそれはお気に入りの様ですわよ。それにベネット侯爵夫人も、娘にしたいと言われていたわ」
ああ、外では素敵な外交官夫人の母上だけど、息子には厳しい。
ライバルの親の名前をだして、こちらにプレッシャーを与える。
カエサルに対抗する気で選んだお土産ではないが、やはり錬金術関係ばかりなのは、意識していたのかもしれない。
母上は、令嬢へのお土産なのに、錬金術クラブへの対抗心が丸見えで、優雅ではないと諌めておられるのだろう。
他の物にしようかと悩んだが、ペイシェンスの為に選んだお土産を持って屋敷に行く。
「突然の訪問をお許し頂き、ありがとうございます」
グレンジャー子爵は、にこにこ笑って椅子を勧めてくれた。
「いや、遠縁になるのだから、いつでも訪ねて良いのですよ」
私は、従僕に箱を運ばせる。気に入って貰えるのか? ドキドキするが、態度には表していない筈だ。
「私は父に命じられてデーン王国へ行っていたので、ペイシェンス様が女準男爵に叙されたのも知らず、遅ればせながらお祝いを持ってきました。これはデーン王国で採れる鉱石なのですが、錬金術に興味があるペイシェンス様なら興味があるかと思います」
箱の中には色々な大きさの水晶や鉱石が入っている。
「まぁ、こんなにいっぱい頂いても宜しいのですか?」
やった! ペイシェンスは喜んでいる。
「やはり、お気に召して頂けましたね。母に、この様な物より、宝石とか気の利いた物をと叱られたのです」
ペイシェンスは、箱の中の鉱石や水晶で何を作ろうかと嬉しそうだ。
私は、ペイシェンスとゆっくりと話し合いたいから、少し準備して来た。
「それと、オーディン王子の学園訪問に付き添いまして、中等科の秋学期のスケジュール表も先生から貰ったのです。ペイシェンス様も飛び級が多いから、先立って考えたいと思われているでしょう」
「まぁ! ありがとうございます」
ペイシェンスと話し合える!
「ゆっくりとしていくが良い」
子爵は気を利かして、応接室から出て行ったが、侍女は残っている。これは仕方ない! 独身の男女は2人きりにはなれないのだ。
「ペイシェンス様は春学期に経済学と経営学と外交学は合格されたのですね。私も頑張って追い付きます」
二人で、スケジュール表を見ながら話し合う。
「第二外国語と国際法は一緒に授業を受けましょう」
後は、最初の授業で、どれだけ合格が取れるかだ。なるべくペイシェンスと同じ授業が取れる様にしたい。
時間割りは、テストを受けないと決められないから、弟達にお土産を渡すことにした。
「ナシウス、ヘンリー、これは、デーン王国で使われている長槍の模造品です」
私なら貰って嬉しいと思って選んだのだが、ペイシェンスは少し呆れている様な気がする。
でも、ナシウスとヘンリーは喜んでいるから、良いのだ!
「これって騎馬戦で戦う時の槍ですよね!」
ヘンリーは長槍を軽々と回している。
「おや、ヘンリーはかなり訓練しているようですね!」
何故か、弟達との剣術指南になった。木の長槍をお土産にしたのが良くなかったのか?
ペイシェンスと色々と話し合って、デーン王国に行っていた空白を埋めたかったのに!
だが、弟達と身体を動かすのは気持ちが良い。
「ヘンリー、何か身体強化のコツを掴んだようだね! ナシウスも風の魔力が剣に乗っている」
私の中等科2年の夏休みは、ペイシェンスと一歩前進、弟達とはかなり前進して終わった。
その夜、コルドバ王国に赴任している義兄上のモーリスと姉上のナタリアが、屋敷を訪問した。
「リチャード王子とリュミエラ王女は、お似合いのカップルですわ」
姉上は、リュミエラ王女の道中の付き添いも兼ねて、一時帰国した様だ。
私は、なるべく姉上とは話さないようにしよう。姉上は、人の心を読むのが上手い。ペイシェンスへの恋心など知られたら、揶揄いまくられる。
「それは、良かった!」
王族の結婚は、政略結婚が多いが、それでも仲が良い方が望ましい。
父上は、とても上機嫌だけど、あまりに上機嫌すぎて、怪しい! 嫌な予感がする。
「文官コースに転科したので、勉強しなくてはいけません。どうかごゆっくりなさって下さい」
姉夫婦に断って、部屋に戻ろうとしたが、父上に止められた。
「あっ、パーシバルは秋学期から寮に入りなさい」
明後日から、秋学期なのだ! つまり、入寮するのは明日だ!
「ははは……お前がデーン王国にオーディン王子を迎えに行っている間に、少し変更があったのだ。まだ若いリュミエラ王女が1人でローレンス王国に行くのは心細いだろうと、ソニア王国のパリス王子が付き添われる事になったのだ」
父上は、和やかに告げるけど、それは外務省の失態ではないのか?
「まぁ、これはコルドバ王国のレオノーラ王妃様からも頼まれて、断れなかったのだ。パリス王子は、リュミエラ王女の従兄弟になるからね」
義兄のモーリスも、サラッと告げるけど、パリス王子の母親、ソニア王国のフローレンス王妃はエステナ聖皇の妹ではないか!
「リュミエラ王女は、リチャード王子から話を聞いて、是非とも寮で暮らしたいと望まれたのよ」
姉上、それはもっと前に聞きたかったです! と怒鳴りたい気分だが、私は罠に嵌ったウサギだ。
「だから、付き添いのパリス王子も当然寮に入られる。それを聞いたオーディン王子も寮に入ると決められたのだ」
それは、他国の王族3人が寮に入ると言うことだ。そして、父上は私に世話を押し付ける気、満々だ。
もう、寮に運び込む家具も用意されているのだろう。抵抗しても無駄だ。
「お前には悪い話では無いだろ。ペイシェンス様と一緒に寮で暮らせるのだから」
「父上!」
視線で黙らせられるなら、黙らせたい! 姉上の前で何て事を!
それからの姉上からの嬉しそうな質問の数々は、記憶から消去したい。
義兄上のモーリスは、姉上の言葉に同調する以外は悪い人では無い。だが、姉上の尻に敷かれている。
姉上は、見た目が美人だから、惚れた弱味なのだろう。
それと、姉上の悪趣味な揶揄いは、何故か私にしか発動しない。
だから、世間では、若き美しい外交官夫人として評判が高いのだ。
姉上は、私でストレスを解消しているのかも? 夫でして欲しい!
「パーシバルも青春だなぁ! オーディン王子のついでに、パリス王子のお世話も頼んでおくよ! 君の想い人のペイシェンス様は、マーガレット王女の側仕えだから、リュミエラ王女とも一緒に行動するだろう。付き添いのパリス王子も同行するから、君も一緒に楽しい時間が過ごせるさ」
義理の兄上でなければ、殴っていたな。
よくも、そんな勝手なことが言えたものだ!
「あっ、パリス王子がマーガレット王女を誘惑しないように気をつけてくれ! 恋愛の都、ソフィア出身だからな。これは、ペイシェンス様と連携をとって、頑張って欲しい」
父上、何故、パリス王子の留学を認めたのですか! と怒鳴りたい。
ソニア王国のシャルル陛下は、愛人との間に3人も子を作っているのだ。
そして、王妃との仲は冷え切っている。
そんな複雑な事情を抱えた王子を、マーガレット王女の側に置かないで欲しい。
私は、ペイシェンスを口説く暇があるのだろうかと悩みながら、姉上の揶揄いに耐えた。
中等科2年の秋学期は、始まる前から波乱含みだった。
愛しのペイシェンス! こうなったら、寮に入るのを驚かせよう。
そして、一緒に過ごす時間を楽しもう!