愛しのペイシェンス2……パーシバル視点
リチャード王子は、ハモンド部長とそれを止められないルーファス学生会長に激怒なされた。
いつもは、微笑みをキープされているが、それが崩れるほど怒られている。
特にキース王子におもねる態度が気に障ったのだろう。
リチャード王子は、冷静沈着な態度を取ろうとされているが、実は兄弟愛が深い。この件は、逆鱗に触れたようだな。
「キースには厳しく注意しておく」
これで解決かと思ったが、問題の根本はハモンド部長だ。
「何度、言い聞かせても、キースは騎士クラブの事は、ハモンド部長の命令通りにしますと聞く耳を持たない!」
苛々されているリチャード王子が何を心配されているのか、理解できた。
第二王子のキース王子を甘やかして、自分達の傀儡にしようとしているのを警戒されているのだ。
「私がルーファス学生会長やハモンド部長を呼び出して、問題を解決しても、キースには良くない結果になるだろう。なるべく、在校生だけで解決した方が良い」
リチャード王子の言わんとされる意味は理解した。在校生、それもキース王子を中心に解決させたいのだ。
私は、ローレンス王国の仲の良い王子達が、心のしこりを残すのは残念だと思う。
それに、キース王子は、今は少し周りが見えていないが、素直な兄思いの王子だ。
部長会議で、魔法クラブと乗馬クラブにあれこれ命じるのは禁止になったが、青葉祭の初等科の参加はそのままだった。
それに、ハモンド部長は、相変わらず魔法クラブに練習に参加する様に強要しているし、乗馬クラブにも馬の世話を手伝わせている様だ。
リチャード王子も見るに見かねたみたいだ。
「今週末に、グレンジャー家を訪問するから、ついてくる様に! あと、アンガス伯爵家にラルフも呼び出しておいてくれ」
やはり、キース王子を説得できなかったのだ。
リチャード王子は、何故、ペイシェンスを連れて行かれるのか? ヒューゴやラルフは、キース王子の学友で、この件の当事者だから理解できるが、ペイシェンスは無関係なのでは?
ペイシェンスも初めは、自分は関係ないと逃げ腰だったが、リチャード王子に説得された。
「ペイシェンスとは1年間一緒に食事をしたのだ。考える事など分かっている。それにキースの事を真剣に心配してくれる事もな」
かなり熱烈な口説き文句だ。少し胸がチリチリした。
ペイシェンスはキース王子を好きなのだろうか?
騎士クラブの危機で、アンガス伯爵家に向かう途中も、私の心の中はざわついていた。
これは、嫉妬なのか? 単なる独占欲なのか?
マーガレット王女の側仕えなのは知っていたし、夏休みに王族しか滞在しない離宮に呼ばれたのもモンテラシード伯爵夫人から聞いていた。
だが、これほどペイシェンスが王族から信頼され、使われていたとは知らなかったのだ。
『私の許嫁になるかもしれないのに、私は何も知らないのだ!』
クラブの危機なのに、私の心は、私情で溢れかえっていた。
アンガス伯爵も騎士クラブ出身なので、ヒューゴやラルフとの話し合いが堂々巡りになった時、お茶をしようと気分を変えてくれた。
「騎士クラブの運営はハモンド部長に任すしかないか。なら、キースを利用させないようにする事だけを考えよう」
リチャード王子としては、騎士クラブのごたごたより、キース王子が巻き込まれない方が重要なのだろう。
でも、それでは騎士クラブの問題は解決しないのではないか?
私が、また前の議論を持ち出そうとした時、ペイシェンスが新たな提案をした。
「リチャード王子、学生会の規則に他のクラブへの強制を禁じる規則はありませんでしたか?」
ハッとリチャード王子が目を輝かせる。
「そうだ。学生会長に選出された時に、隅から隅まで読んだのだ。他のクラブに強制したクラブは廃部だと厳しい規則があった。これは各クラブの自主性を重んじる為の規則だ。これで騎士クラブは廃部だ!」
私とラルフとヒューゴから悲鳴と抗議の声が上がる。
「そんな無茶な!」
「パーシバル、ルーファス学生会長はこの規則をしっかり読んでいないのだろう。教えて騎士クラブを廃部にするのだ」
これでキース王子がハモンド部長の支配から逃れられると、リチャード王子はスッキリした顔だけど、それで良いのか?
何か変な気がするが、騎士クラブの廃部というショックで、私はリチャード王子の目論見に気づかなかった。
「私はハモンド部長の遣り方には賛成できませんが、騎士クラブを廃部にする手伝いなどできません」
私のこの発言に、アンガス伯爵まで頷いている。
そこにペイシェンスが、また新たな提案をした。
「まぁ、それではキース王子が悲しまれますわ。キース王子は入学された時から、騎士コースを専攻するから、騎士クラブに入ると自己紹介される程なのです。もっと穏やかな解決策を皆様で考えてあげてください」
それから、ハモンド部長に責任を取ってもらい辞任させて、廃部を免れる事に落ち着いた。
「それは、私からルーファス学生会長に伝えておく。パーシバルやラルフやヒューゴは関わらない方が良い。ハモンドは武門の家の出だからな。睨まれたら後々面倒臭いぞ」
ラルフやヒューゴは、ハモンド部長が辞任したらキース王子が荒れそうだと心配している。
「学生会の規則なら本来は廃部なのだ。それをハモンド部長の辞任で済ませて貰ったのだと説得するのだな。そのくらい学友なのだから出来なくてどうする」
アンガス伯爵は、ヒューゴに厳しい。私も、学友なのだから、そのくらいして欲しいと思う。
「そうだな。ルーファス学生会長には、一旦は廃部と宣言させよう。そして、騎士クラブからの嘆願書とハモンドの辞任を提出させて、それでやっと廃部を免れる流れが良いと伝えておこう」
全員が、騎士クラブのメンバーが大騒ぎしそうだと頭を抱えている。
「ペイシェンス、キースのフォローをお願いしておく。どうせ一緒に昼食を食べているのだろう。愚痴を聞いてやれ」
ペイシェンスは、嫌な顔をして拒否する。
「それはラルフ様やヒューゴ様にお任せしますわ。私はマーガレット王女の側仕えとして昼食を共にしているだけですもの」
だが、リチャード王子はペイシェンスにキース王子の舵取りを任せた。
それほど信頼しているのか? それと、先程のリチャード王子の廃部宣言と取りなすペイシェンスの言葉は、前もって相談してあったのか?
何か、引っ掛かっている! 私は、この問題にずっぽり嵌っていて、見落としているのではないか?
いや、ペイシェンスは突然のリチャード王子の訪問を知らなかったし、この件に関わるのを嫌がっていた。
つまり、事前に何も知らないまま、リチャード王子の意図を汲んで、最善の策を考えたのだ。
この時から、私はペイシェンスに惹かれていたのかもしれない。
自分より優れた頭脳と、優しい思いやりを持ったペイシェンス! こんな令嬢はどこにもいない!
騎士クラブの廃部騒動は、キース王子が嘆願署名を集めて、撤回された。
署名を集めるのは、リチャード王子が考えていたより、大変だった。
つまり、今までの騎士クラブの尊大な態度に、学生達は署名するのを拒否する者が多かったのだ。
「初等科は、キース様、ラルフ、ヒューゴで集めてくれ! パーシバルとスペンスは、家政コースを頼む! 魔法使いコースと文官コースの学生は、署名してくれないだろう」
3年生のエバンズ様が指揮を取って、署名をなんとか集めた。
私とスペンスは、女学生受けが良いと選ばれた。不本意だが、仕方ない。
ハモンド部長とカスバート顧問は、責任を取って辞任した。
その時のクラブ会議で、私を部長に推す声があがったが「秋学期から文官コースに転科する」と伝えると、理解してくれた。
「騎士クラブとしては、転科は残念だが、モラン伯爵は外務大臣だからな」
ああ、本当は騎士コースで騎士クラブの部長として、立て直しに尽力したかった!
3年のラズモンド様が新部長になり、短い間だが、クラブの引き締めを図る。
勿論、私も全面的に協力するつもりだ。