我儘なスレイプニル
少し休むつもりが、しっかりと眠ったみたい。
「お嬢様、パーシバル様がいらしていますよ」
げっ、寝過ごした!
「慌てられなくても、子爵様とお話しされています」
メアリーに制服に着替えさせて貰う。髪の毛も整えて貰って、下に降りる。
「パーシバル様、いらっしゃいませ」
父親と話していたパーシバルに待たせた事を謝るけど、笑って「そんなに待っていません」と言う。紳士だね!
「それより、ペイシェンスは女子爵に叙されたと聞いたが……」
私が言う案は、全て台無しだけど、親と同じ地位になったなんて言い難かったから良いのかも?
「ええ、陛下は冬休みに領地を見に行くのなら、陞爵しておいた方が良いだろうと言われました。それに、スレイプニルの群れを捕獲したのは、皆が知っているから、内緒にしなくても良いからと笑われましたわ」
父親に「感謝しなくてはいけない」と一言忠告された。そうだね。
それと、私が討伐に行っている間に、フェンディ伯爵が謝罪に来たみたい。
父親には簡単にしか説明していなかったから、ルイーズがモンタギュー司教の手先に使われたなど初耳だと、叱られてしまった。
「ペイシェンス様、ちゃんと報告しないといけません」
パーシバルにも叱られたよ!
「私は、ルイーズが誘拐までは知らなかったと思うのです」
でも、いつもは穏やかな父親も厳しい顔をした。
「もし、ペイシェンスがパーシバル様の手紙だと思って誘い出されていたらと考えると、私は許す気にならなかった。それに、ルイーズは誘拐を知らなかったとしても、お前に悪意を抱いて嘘の手紙を届けたのだ」
パーシバルも頷いている。
「私は、何があってもペイシェンス様と結婚したいですが、世間を敵に回したかもしれません」
ああ、やはり令嬢の名誉を傷つけるのは簡単なのだ。気をつけなくては!
「ルイーズの件は、フェンディ伯爵も厳しい措置をするだろう。陛下の御耳にも届いているみたいだから、彼は自分の家を護る事を優先すると思う」
えっ、それって切り捨てるの?
「ペイシェンス様、それはフェンディ伯爵が決める事です」
パーシバルの厳しい言葉に、少し驚くけど、考えたら彼も利用されかけたのだ。
「討伐で疲れているだろうに、嫌な話をしてしまった。だが、寮に戻れば耳に入るかもしれないからな」
確かに、ルイーズが急に領地に帰ったのは、噂になっているかも? それに、ルイーズに光の魔法を教えていた修道士も姿を消したのだ。
「いえ、ちゃんとお父様に話していなかった私が悪かったのです」
謝ったら、苦笑して許してくれた。
本当なら、ここで皆と夕食をと言いたいけど、馬の王が待っている。
「ペイシェンス様、行きましょう」
パーシバルにも迷惑を掛けている。
「ゆっくりと疲れを癒やしたいでしょうに、馬の王の為に御免なさいね。私がもっときっちりと仕込めば良いのだけれど……」
ふぅと溜息を吐くけど、パーシバルは違う意見みたい。
「私は、馬の王に乗せて貰えて、とても嬉しいです」
えっ、やはりパーシバルは騎士関係の萌が強いよ。
「そう言って貰えると、少し気が楽になりますわ」
これは、私の本心だよ!
「ペイシェンス様がそんな風に考えられていたなんて! 誰もが羨ましがっていますよ」
はぁ、私には理解できないな……でも、本当にパーシバルが喜んで馬の王に乗ってくれるなら助かるよ。
「そうだ! グレンジャー家の馬房を大きくしないといけないかもしれませんね。馬の王は冬休みには、ペイシェンス様と一緒にここに来るのですから。サンダーと助手も付いて来ますから、その部屋も必要です」
うっ、忘れていたよ。
「一緒の馬房では駄目でしょうか?」
パーシバルは、少し考える。
「今のでは手狭ですね。馬車を引く馬2頭と、マロンとシャドー、それに馬車を置くスペース……」
そうだ、来年には戦馬も来るのだ。それで、家の馬房は満杯だよ。
「ペイシェンス、馬房を増築するか、別に建てたら良い」
父親は、簡単に言うけど……まぁ、お金はあるから良いよ。
「ワイヤット、手配しておいてね!」
こんな事は、ワイヤットに任せよう。
弟達にキスして、パーシバルと一緒に寮に向かう。
「ペイシェンス様、あの乗馬服は持って来られていますか?」
パーシバルの関心は、馬の王系が多いよ。
「ええ、でも制服と着替えたりするのが面倒ですわ」
パーシバルは、少し考える。
「この前、提案したように、制服と同じ生地で乗馬服を作っては如何でしょう? セパレーツでも同じ生地ならワンピースに見えるのでは? 騎士コースの女学生達も、喜ぶと思いますよ」
そうか、良いかもね! 制服のお古はいっぱいある。それに、私はラシーヌほど背は高くなりそうにないから、大きいサイズは着ないと思うもの。
「ええ、考えてみますわ」
それに、どうせ作るなら、ジッパーをつけたい。ボタンだとトイレの時に不便なのだ。
スカートは、まぁ、トイレの時はボタンを外す必要はないけど、キュロットスカートは少し不便なんだ。
そんな事を言っている場合ではなかったのだ。
「ペイシェンス様、馬の王が暴れています!」
王立学園の門で、サンダーの助手に捕まった。
「メアリー、服を片付けておいてね!」
ポケットには角砂糖が入った紙包! これで、機嫌を直してくれると良いのだけど。
特別馬房は、デーン王国や、騎士達が出入りするので、門の近くに建ててあった。
「ブヒヒヒヒヒン!」
『遅い!』って怒っているけど、夕方に帰って来たじゃん!
「弟達とは1週間以上も会っていないのよ。夕食も食べずに来たのに!」
メッ! と叱ったら「ブヒヒヒ……」と悲しそうに鳴く。
「何と言っているのでしょう? 何処が不満だったのですか?」
サンダーが真剣に訊ねるけど「寂しかった」だからね。
「我儘なスレイプニルですわ」とだけ答えておく。
「ペイシェンス様、お願いがあるのです。馬の王の歯を調べたいのですが、口を開けてくれません」
世話をするのだから、年齢も知らないとね! 歯で年が分かるとか、何処かで聞いたことがあるよ。
「馬の王、口を開けて。言う事を聞いたら、良いものをあげるわ」
本当に、私の周りには意地汚い人と馬が集まるのかしら?
「ブヒヒヒン!」と口を開ける。
「えええ、馬の王はこんなに若いのか! それとも、スレイプニルは馬とは違うのだろうか?」
サンダーが騒いでいると、バレオスもやってくる。
「馬の王は、何歳なのだ?」
サンダーは、口籠る。
「馬とスレイプニルは、年齢の見方が違うのでしょうか? 私はスレイプニルを見るのは初めてなのです」
自分のプライドより、教えて貰おうとサンダーはバレオスに頭を下げる。
「ペイシェンス様、私にも馬の王の歯を調べさせて下さい」
それは良いけど、馬の王は「ブヒヒヒン!」と美味しい物を強請っている。
頑固そうなバレオスの前で、角砂糖をあげたりしたら叱られそうだよ。
「ペイシェンス様? 馬の王は、何を言っているのですか?」
パーシバルに訊ねられる。
「馬の王は、私が美味しい物をあげると言ったから、口を開けたの。で、早く美味しい物が欲しいと文句を言っているのよ」
全員に呆れられた。異世界では、馬に砂糖とかあげないみたい。高価だからかな?
「年齢がわからないと、世話の仕方がわかりません」
年寄りだったら、消化の良さそうな餌にするとかあるのかな?
「馬の王、これをあげるから、口をもう一回開けてね!」
手のひらに角砂糖を乗せて、馬の王に食べさせる。
「ブヒヒヒヒヒン!」
『美味しい!』と大喜びだけど「口を開けなさい!」と命じる。
「何をあげたのですか?」なんてサンダーとバレオスが騒いでいるけど「歯を調べるのでしょう?」と言ったら、慌てて見ている。
「ええええ、馬の王は5歳なのですか? こんなに貫禄があるのに、若いのですね。これなら、何頭でも産ませられます!」
会ったばかりだけど、少し仲が悪い2人が手を取り合って喜んでいる。
「リーダー交代したばかりなのでしょう! と言う事は、若い雄は馬の王の子ではないのかも? 雌の何頭かは、子を孕んでいますが、前のリーダーの子なのか?」
サンダーは、ブツブツ言っているけど、バレオスは怒りだす。
「孕んでいる雌を多く選択したのですね!」
知らないよ! そちらも選択したのだから。
「ブヒヒヒヒヒン!」
あっ、馬の王も『うるさい!』と怒っている。
「ここで騒がないで下さい」
ピシッと言うと、バレオスは渋々、デーン王国が世話しているスレイプニルの方に行く。
「ペイシェンス様、何をあげたのでしょう?」
サンダーは、気になって仕方ないみたい。
「この角砂糖をあげたの。虫歯になったらいけないから、綺麗になれ! と掛けておくわね」
歯もだけど、ブラシしたてみたいにピカピカになったよ。
「生活魔法がこんなに便利だとは知りませんでした」
サンダーに賞賛されたけど、そろそろマーガレット王女の部屋に行かなきゃ。
「朝は何時ごろに来たら良いのでしょう?」
本当は、朝っぱらから来たくないけど、慣れるまでは仕方ない。
「4時ごろには、馬は起きます」
ゲッ、嘘でしょう!
「騎士クラブでも馬の世話当番の時は、5時には王立学園に来ていましたよ」
パーシバル、少しも慰めにならないけど、諦めるしかないのかも?
「運動もさせてやらないといけません。他のスレイプニル達も運動させないと! 今は、騎士を乗せたりできませんが、馬場に放して走らせます。馬の王が一緒だと、大人しく馬房に帰るでしょう」
えっ、かなり長時間の運動な気がするけど、気のせいだよね?
「朝は1時間ほどで良いでしょう。お勉強もあるでしょうから」
えっ、朝は?
「放課後は、2時間は運動させてやらないと!」
げげげ、無理!
「パーシー様は、学生会長だし、無理ですよね? 私も収穫祭の練習がありますし……」
パーシバルがクスクス笑う。
「馬場を勝手に走らせたら良いのですよ」
「そうですよね! 騎士クラブや乗馬クラブの人だって毎日そんなに運動をさせていないと思いますわ」
これからは、サンダーの言うことは話半分に聞いておこう。
「何時ごろに寝るのでしょう?」
一応、聞いておこう。まるで馬の王の子守りになった気分だよ。
「今日は移動で神経を使ったでしょうから、早く寝ると思います。そうですね7時ぐらいには来てください」
早寝早起きなんだね。
「私も一緒に来ますよ!」
パーシバルが付き添ってくれるから、それだけが楽しみだ。