|木の蛇《ヴィゾーヴニル》
日曜は、朝一から、黒の森の中まで、馬の王と入る。
「もっとゆっくりと走って!」
木立の中でも、上手く避けてスピードを落とさない。
「ブヒヒン!」
木になんかに当たらない! と偉そうだよ。
「そろそろです。後は歩きましょう!」
木の枝に、パーシバルが手綱を素早く繋ごうとするけど、馬の王は首を横に振って抵抗する。
「良い子で待っててね!」と言い聞かすけど、馬の王は不満そうに嘶く。
「ブヒ、ブヒヒン!」
えええ、それは駄目だよ!
「ペイシェンス様、何を言っているのですか?」
ゲイツ様が不審がる。
「討伐について行くと言い出して、困っています」
ゲイツ様が、風の香りを嗅いでいる。
「ふうん、やはりビッグバードの数が多過ぎると思っていましたが、奴が来ましたか? 馬の王は、それを感じ取ってペイシェンス様を護ろうとしているのですね」
サリンジャーさんも、厳しい顔だ。
「パーシバルは、ペイシェンス様が刺繍したマントを羽織っているのですね? なら、大丈夫でしょう。木の蛇は、風の魔法を使いますから、パーシバルの魔法では不利ですが、近寄って剣で首を刎ねたら簡単に討伐できます」
木の蛇? 魔物図鑑には載っていなかった。
「ゲイツ様? 木の蛇とは何でしょう?」
パーシバルも知らないみたい。
「彼奴は、デーン王国やソニア王国の一番高い山にある木の一番高いところに巣を作っている、馬鹿な雄鶏ですよ。その上に、顔は醜くて蛇みたいだから、木の蛇と呼ばれています。毒の霧攻撃もしてきますが、それは恐れなくても良いです。毒消し薬は持ってきていますから」
ゲイツ様は、昨日の補給部隊に持ってきて貰ったみたい。
「前からわかっていたのですか?」
パーシバルの質問に、ゲイツ様は首を横に振る。
「いや、ビッグバードが減らないのは変だと感じてはいましたが、彼奴は気配を消すのが上手いから、よくわかりませんでした。もしかして、とは思っていましたが、悪い予感ほどよく当たるのです。でも、彼奴は意外と直接攻撃には弱いから、パーシバル、頑張って下さいね!」
えええ、毒の霧攻撃をする木の蛇とパーシバルが戦うの? 蛇は嫌いだよ!
「先ずは、彼奴が身を隠すのに利用しているビッグバード達を討伐します。そして……はぁ、降りてきてくれたら良いけど、来なかったら山登りですね!」
それは、ゲイツ様じゃ無くても嫌かも?
「ブヒヒン! ブヒ、ブヒン!」
「えええっ、あの岩山を登るって言うの? いや、私は無理だから! まだ歩いて登る方が良いわ」
「あっ、それは良いですね! 彼奴は逃げ足だけは速いから、ここで討伐したいです。ビッグバードを呼び寄せ続けられたら、王都に帰れませんからね」
それは、私とパーシバルが馬の王とあの岩山を登るって聞こえるけど? マジ?
「兎も角、先ずはビッグバードですよ!」
これまでより多くのビッグバードの群れだ。
「もう、肉も羽毛もいらないでしょう? 討伐優先でいきますよ!」
まぁ、肉は冬中食べられそうだし、羽毛布団は全員のを新しくできるほど溜まっている。
「一斉攻撃をします!」
相変わらずゲイツ様の攻撃は派手だよ。今回は詠唱を端折って「サンダーバースト!」とだけ唱えている。
木の蛇を逃したくないみたい。
私もマシンガンのイメージで、剣の先からダダダダダ……と礫を発射する。
空が暗いほどのビッグバードのほとんどを討伐した。
「ペイシェンス様、パーシバル、木の蛇は、一番高い所にいます。馬鹿と煙は高い所に登ると言う通りの魔物なのですが、少しずる賢いから、気をつけて! 私とサリンジャーはビッグバードを殲滅してから、登ります」
一旦、討伐したと思ったのに、またビッグバードが飛んでくる。
「ペイシェンス様、この毒消し薬を持って行って下さい。万が一、毒の霧に当たったら飲むのです。できれば避けて下さい!」
私はポシェットの中に毒消し薬を2本入れて、パーシバルに馬の王に乗せて貰う。
「ひぇぇぇ! 無理!」
岩山を飛びながら登る馬の王!
そして私の悲鳴がこだましている。
「ペイシェンス、大丈夫だから!」
パーシバルを信じてはいるけど、これは無理だよぉ!
「怖かったら、目を瞑っていても良いのですよ」
「パーシー様、それって余計に怖いです」
気絶できるなら、気絶したいよ。
前世の絶叫コースターどころじゃない大恐怖!
「ブヒヒン!」
『大丈夫だ!』なんて、信じられない。
途中で、周りをビッグバードに囲まれたけど、ゲイツ様とサリンジャーさんがどんどん討伐してくれる。
「さぁ、もうすぐ頂上ですよ!」
馬の王は、確かにすごい馬だよ。二度と山登りはしないけどね。
「あの凶々しい紫色の霧は、絶対に木の蛇が中に隠れているわね!」
パーシバルと少し呆れる。
「狡賢いような、馬鹿なような? よくわからない魔物ですね」
そこにいると丸わかりじゃん!
「でも、近づきたくないですわね」
猛毒注意! って書いてあるような紫色の霧だ。
「風よ、毒の霧を吹き飛ばせ!」
パーシバルの魔法詠唱は、初めて聞くかも? 厨二病過ぎなくて良かった。
「ええええ、ゲイツ様の嘘つき! 雄鶏と言っていたけど、あれって蛇だわ! 大嫌いなの!」
それに、醜い蛇の口から紫色の霧を吹いてくる。
「馬の王!」
パンと横に飛んで、毒の霧を避けてくれた。
「このスピードの毒の霧なら避けられます。ペイシェンス様は、馬の王に乗っていて下さい。彼なら避けてくれますから」
そう言うと、パーシバルは馬の王から飛び降りる。
「気をつけて!」
私にできるのは、あの毒の霧がパーシバルに当たらない様に援護する事だ!
とはいえ、馬の王の上に私1人!
落ちない様にするので必死だよ。
「ブヒヒン!」
『落としたりしない!』って言うけど、右に左にと毒の霧を避けて、飛ぶ。
やはり、乗馬を本気で習わないといけないみたい。
「ブヒン、ブヒン!」
『そうしろ!』と偉そうに馬の王に言われているよ。むっかぁ!
「パーシー様、危ない!」
木の蛇は、馬鹿な所もあるけど狡賢い所もある。
パーシバルが近よると、これまでの毒の霧よりも広範囲の攻撃をしてきた。
パーシバルは、咄嗟にマントで毒の霧を防ぐ。
「この醜い雄鶏、私のパーシー様に何をするのよ!」
こうなったら援護攻撃をバンバンするよ!
風なら、扇風機だ! 映画のハリケーン場面に使われる扇風機をイメージして、猛風を送る。
「ペイシェンス、もう少し緩くしてくれ! こちらも吹き飛ばされる!」
ああ、失敗しちゃった巨大台風だよ!
少し加減して、毒の霧を吹き飛ばす程度にする。
「ゲイツ様の嘘つき! 直接攻撃には弱いと言ったのに!」
パーシバルは、何度も切り付けるけど、風の魔法が剣に乗っても、相手も風の魔法持ちなので、防御されてしまう。
それに、巨大な雄鶏に醜い蛇の顔と尾っぽがあるのだけど、尾っぽの攻撃がムチみたいにパーシバルを打つ。
パーシバルは、尾っぽは上手く避けたけど、今度は雄鶏の脚の鋭い爪が襲う。
「ギャアア!」
パーシバルが脚を切り落とす。
片脚になった木の蛇は、より凶暴になった。
風の刃を飛ばしてくる。馬の王が飛んで避けるので、私は援護攻撃もし難い。
騎士達は、よく馬に乗って攻撃していると思うよ!
「パーシー様、危ない!」
近づこうとすると、風の刃を何個も飛ばす。
「馬の王! 少しの間、動かないで!」
風なら土に弱い筈! 残っている片方の脚に剣を向けて「切り落とせ!」とギザギザの金属プレートを飛ばす。
「ギャアア!」
ドンと木の蛇が倒れた。
パーシバルはすかさず木の蛇の首を切り落とした。
「やったわ! パーシー様!」
パーシバルと抱き合って喜びたいけど、馬の王の上から自分では降りられない。
「そうか、落ちたら良いのよ!」
エアクッションを使えば良いと思ったけど「ブヒヒン!」と馬の王に叱られる。
コトン! コトン! と脚を折って、跪いてくれた。
「パーシー様!」
やっと降りて、パーシバルの所まで走っていく。
この時まで、変だと思ってもいなかった。いつものパーシバルなら、自分から私の所に来て、抱き下ろしてくれる。
「ペイシェンス、右目が……」
右目を手で押さえている。顔には木の蛇の返り血が飛び散っていた。
「もしかして、木の蛇の血には毒があるの?」
そんな事、ゲイツ様は言ってなかった。心臓がバクバクいっている。
「いや……最後に風の刃にやられてしまった」
パーシバルをなんとか座らせて、ハンカチで木の蛇の返り血を拭く。あんな魔物の血は良くないと思うから……手が震えてなかなか拭けない。
「綺麗になれ!」
パーシバルの綺麗な瞳が傷つくなんて、自分を許せない! もっと私が魔法攻撃をして援護していたら、怪我なんかしなかったのだ。
『お願い! パーシー様の眼を治して!』
かなり魔力を持っていかれたけど、治っただろうか?
「パティ!」
パーシバルが手を退けると、煌めく濃紺の瞳が私を見つめている。
「パーシー様!」
2人で抱き合ってキスする。
「ああ、盛り上がっているけど、まだビッグバードがやってきていますよ。木の蛇が最後に呼び寄せたのでしょう」
もう! 人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られるんだよ!
でも、ゲイツ様とサリンジャーさんと一緒にビッグバードを討伐した。
今回のは、新居の羽布団にしたいから、首チョッパーしておく。