討伐は続く!
朝食の後は、討伐に皆は出かける。
「ペイシェンス様、馬の王が呼んでいます」
デーン王国の騎士に馬房にドナドナされた私以外はね!
「ブヒヒン!」『遅かったな!』と嘶く。
「朝食ぐらいゆっくりと食べさせて!」
ここまでは良かったのだ。
「ブヒヒン! ブヒヒン!」
馬の王が無茶を言う。それは無理だから、無視するよ!
「ブヒヒン! ブヒヒン!」
でも、諦めない。
バレオスが心配そうな目で訊ねる。
「馬の王は、何が不満なのでしょう」
不満は……ああ、言いたくない。
「お願いです!」
私は年寄りに頼まれても、心は動かさないよ! って、無理じゃん!
「走りたいそうですわ!」
バレオスは「なら、鞍と手綱を!」と張り切るけど、私は乗れないよ。
「あのう、私は乗馬が苦手だし、こんな大きな馬に乗るのは無理です!」
ゲッと言う顔をバレオスがする。
「乗馬が苦手なのに馬の王に選ばれたのですか? 普通はスレイプニルは、技量の劣った人を選んだりしませんよ」
そんな事を言われても……困るよ。
「馬の王は、パーシバル様が乗っても良いと言っていましたわ。でも、討伐に出かけられたかも?」
バレオスは、部下の騎士に「パーシバル様をお連れしろ!」と命じ、騎士達が走り去った。
「あのう、今は冬の魔物討伐の最中なのです。だから、元々、戦力外扱いの私は兎も角、パーシバル様は迷惑だと思いますわ」
バレオスが首を傾げる。
「私は、ペイシェンス様が学生なのに討伐数は3位だと聞いていますし、雪狼を多く討伐し、フェンリルも追い返したのでしょう。パーシバル様よりも活躍されているのでは?」
げー! それは言わないで!
「それは、王宮魔法師のゲイツ様が良い狩場に連れて行って下さったのと、私が外しても討伐するから大丈夫だと言って下さったから、安心して魔法を放った結果ですわ。私なんかより、パーシバル様の方が凄いのです!」
年寄りのバレオスは「おお、青春ですなぁ」と笑う。
「二人乗り用の鞍を用意しましょう!」
いや、パーシバルだけで良いよ!
「私は、乗れません!」
断っても、耳が遠いのか、知らない顔をして、二人乗り用の鞍を持ってくる。
「さて、これを馬の王に付けなくてはな。ペイシェンス様が付けられますか?」
このお爺さん、何を言い出すの? 無理に決まっているじゃん!
「私は、家政コースと文官コースなのですよ。それに乗馬は苦手だし、まして鞍など自分で付けた事などありません!」
ふーとバレオスが溜息をつく。
「馬の王は、何故、そんな令嬢を選んだのでしょう。騎士なら誰でも、もっとマシな相棒になるのに……」
酷い言い方だけど、事実だからね。
「ペイシェンス様? 何事でしょう?」
パーシバルがやってきたので、甘えてしまう。
「バレオス卿が無茶を言われるのです。私に馬の王に鞍を付けろだなんて、やった事も無いのに……」
えっ、パーシバルも呆れている気がする。
「ええっと、良い機会だからバレオス卿に教えて貰っては如何ですか? バレオス卿といえば、ローレンス王国にも知られているスレイプニルの大家です。私も習いたいぐらいです」
うっ、騎士志望だったパーシバルなら、そうだろうね。
「ペイシェンス様、さっさと馬の王に鞍を付けて、討伐に行きますよ。のんびり、馬房で休んでいる場合ではないのです。あの銀ちゃんが走り去ったから、魔物が少なくなると期待したのですが、デーン王国の冬も厳しいみたいで、続々とビッグバードが飛来しています。騎士達は苦手ですからね!」
ええええ……この恐ろしげな馬の王に鞍をつけるの?
全員が私に注目している。渋々、バレオスから鞍を受け取る。
「ブヒヒヒヒヒン!」
馬の王は、『鞍なんかつけなくても落とさない』と言っているけど、やはり乗りにくいよ。
「私は、本当に乗馬が下手なの。パーシバル様に乗せてもらうけど、鞍と手綱が無いと怖いわ」
馬の王は、ふぅと溜息をつく。
「ブヒ、ブヒヒン!」
なら、『早く付けろ』と言っているよ。
「バレオス卿、どうやって付けるのですか?」
こちらも溜息をつきながら、手取り足取り教えてくれる。と言うか、ほとんどバレオスが付けた。
「さぁ、乗って下さい。討伐に行きますよ。ぐずぐずしていたら、ビッグバードが巣から飛び立ちます」
ああ、この馬の王に朝早く起こされたのだ。まだ巣にいると良いな。
「ペイシェンス様、乗せますよ!」
パーシバルは、生き生きと私を抱き上げて、馬よりもずっと背の高い馬の王の上に私を乗せる。
素早く後ろに乗ると「良いスレイプニルですね!」と絶賛しているけど、普通の馬でもまだ少し怖いのに、高いよ!
「ブヒン!」
『落としたりしない!』って言っているけどさ。
「ペイシェンス、馬の王を信じるのです」
パーシバル、それができたらね!
ゲイツ様も今日は馬に乗っている。まだらの戦馬だ。サリンジャーさんは栗毛の戦馬に乗っている。
「魔法使いなのに、戦馬を持っているのですね?」
ゲイツ様には馬車のイメージしか無いよ。
「緊急事態もありますからね」
ふうん、そうなんだね。
「ペイシェンスも馬の王に乗れる様にならないとね!」
えええ、パーシバル、それは無理じゃない?
岩場に着いたら、ビッグバードの討伐だ。今日もルーシーとアイラはいないけど、パーシバルが生徒だ。
「ちょっと待っていてね!」
良い子にしている様に馬の王に言い聞かせる。
「ブヒヒン!」わかったみたい。
「パーシバルは、風の魔法か……ビッグバードとは相性が悪いが、より強く速く攻撃したら良いだけだ」
私が馬の王を大人しく待っているようにと言い聞かせている間に、ゲイツ様が魔法指導を始めていた。
「さて、攻撃開始だ! ファイヤーボール!」
ここは、毎朝来ている岩場だけど、昨日、討伐しなかった間に三倍のビッグバードが巣を作っていた。
空が暗くなるほどのビッグバードが飛び立つ。
「ペイシェンス様、今日は素材より、討伐数を稼ぎましょう!」
つまり機関銃攻撃だ。
剣の先から、土の塊を連続発射していく。
ダダダダダダダ……!
横で、パーシバルが剣を振り抜いて、ウィンドカッターを飛ばす。
「もっと速く飛ばさないと避けられます!」
ゲイツ様の厳しい指導のお陰か、最後の方では、避けられずにビッグバードを討伐できる様になっていた。
「さぁ、次の岩場に急ぎますよ!」
サリンジャーさんが名札を書いて置くとすぐに出発だ。
馬の方が森を抜けるから、早く次の岩場に着いた。
あああ、すごい数の巣ができている。
「さぁ、パーシバルもコツを掴んだ様だから、バンバン攻撃しなさい!」
全員で攻撃したけど、数が多過ぎる!
「ふぅ、キリがありませんね。一度、一斉攻撃をします」
ゲイツ様の長い詠唱が始まる。
「空を揺るがす稲光の神よ! 我が祖国の空を汚す、ビッグバードに怒りの鉄槌を与えたまえ! サンダーバースト!」
空気がバリバリする。稲妻が、ビッグバードに襲い掛かる。
「相変わらず派手な魔法ですね! ペイシェンス様、パーシバル様、撃ち残しを討伐しますよ」
サリンジャーさんは、そう言うけど数羽しか残っていないよ。
「この魔法は、疲れるからあまり使いたくないのです。ペイシェンス様、チョコレートを下さい」
討伐を終えて、もう1箇所に向かう途中で、ゲイツ様にチョコレートを強請られる。
「仕方ないですね。もう、残り少ないのですよ」
割って手渡すと「来年は、シュトーレンもチョコレートも倍持って来て下さい!」なんて事を言う。
「えええ、来年はもう良いのでは? だって実地訓練して、攻撃魔法を使える様にするのが目的だったでしょう?」
えっ、全員が驚いているけど、そう言う話だったよね。
「魔物の肉が食べられるのですよ!」
まぁ、今は魔物の肉より野菜が食べたい。でも、一年後には考えが変わっているかもね? ナシウスもヘンリーも食べ盛りだから。
3箇所目の岩場でも、いっぱいビッグバードを討伐して、パーシバルもウィンドカッターの腕がすごく上がった。
「パーシー様、凄いわ!」
パーシバルは、苦笑したよ。
「いえ、ペイシェンス様には負けます。でも、いつか追いついてみせます」
ふう、それより、馬の王が運動が足りないと不満そうなのが困る。
「ペイシェンス様?」
パーシバルが訊ねるから、仕方ないから答える。
「運動不足? 他のスレイプニル達は、今日は疲れているみたいですが、馬の王は違うのですね!」
頼もしいと笑うけど、笑い事ではなかった。ビッグバードの討伐が終わって、基地キャンプに帰る筈が、大疾走してくれたのだ。
「ペイシェンスがスレイプニルの群れを確保したので、ローレンス王国は、かなりデーン王国に外交問題で強く出られますね」
2人っきりなので、私の知らない情報を教えて貰う。
「それは、スレイプニルの半分をデーン王国に譲るからなの?」
「ええ、本来なら最初にデーン王国の騎士が捕まえた数頭だけでも良いのです。でも、半分を譲ったのは、岩塩や鉱山についての所有権を有利にしたいからでしょう」
そう言えば、リチャード王子が海水から塩を作るのに積極的だったのは、岩塩が取れる場所が国境近くだからだった。
「でも、オーディン王子には気をつけて下さい」
あれは決着が付いたのでは?
「オーディン王子は、ジェーン王女との縁談があるから留学されているのでしょう?」
パーシバルは苦笑する。
「ええ、だから私もデーン王国までお出迎えに行ったのですが、あれほどスレイプニル愛が強いとは考えていませんでした。だから、気をつけて下さい」
「私は、パーシー様としか結婚しませんわ!」
外交問題より、私はパーシバルと2人っきりなのが嬉しい。
遠乗りは疲れたけど、途中で雪が降ってきた時、一つ気づいた。
「馬の王? 雪を退けてくれているの?」
前にオーディン王子の勇者に乗った時は、顔にばんばん風が当たって痛かった。
でも、雪すらも当たらない。
「ブヒヒヒヒヒン!」
『当たり前だ!』と自慢しているけど、そろそろ帰って欲しい。
「ブヒン!」
トイレに行きたいと言ったら、やっと基地キャンプに帰ってくれた。
パーシバルは、何とはなく察しているみたいだけど、紳士だから口にはしないよ。
「綺麗になれ!」とパーシバルに降ろして貰ってから馬の王に掛けて、トイレに走る。