本隊到着!
メアリーが心配そうに見ているから「大丈夫よ! スレイプニルを横に逸らせるだけだから」と笑顔で安心させてから、馬車に乗る。
今回も、ゲイツ様だけ馬車だよ。リチャード王子は、学生だけど、第一騎士団長と一緒に馬を走らせている。
今回は、ユージーヌ卿は作戦に参加するけど、学生達は、冒険者のリーダーに預けている。
パーシバルも、冒険者チームだよ。トホホ!
ルーシーとアイラが一緒なのに慣れていたから、ゲイツ様とサリンジャーさんだけなのは、少し寂しい。2人は下級魔法使い達と行動している。
「このカイロ、とても優れものです。こんな簡単な物が作られていなかったなんて、驚きですよ」
やはり、ゲイツ様は寒いのが苦手みたい。私と一緒だ。
「討伐で疲れるかもしれないから、上級回復薬とチョコレートを持ってきていますわ」
サリンジャーさんが、プッと噴き出した。
「やはり、ペイシェンス様はゲイツ様に似ていますね」
えええ、本当にやめて!
「まぁ、このくらいの余裕がなければ、私の後継者にはなれませんよ」
それ、嫌だから!
「ゲイツ様は、後継者と言われますが、歳の差はあまりありませんわ。要するに、無駄だと思います」
えっ、2人とも愕然としている。気がついてなかったの?
「6歳差……そうか、私が引退する頃は、ペイシェンス様もお婆ちゃんですね」
お婆ちゃん呼び、失礼だけど、まだ若いから許してあげるよ。
「いえ、ゲイツ様が若死にする可能性もありますから、後継者は育てておかないといけません」
殺しても死にそうに無いけど?
「サリンジャー、縁起でも無いことを言わないで下さい」
何だか、漫才を観ている気分だよ。
「スレイプニルを左の開けた土地に誘導すれば良いのですね? できるかしら?」
黒の森の木が密集している所を抜けた開けた場所で、本隊を待ち受けることになっている。
ここに騎士団の数人が追い込む予定だ。
「右には、雪狼を討伐する騎士達が配置されますから、スレイプニルもそちらには行きませんよ。正面の私達に向かって来ないようにすれば良いだけです」
うん? 向かってきたらどうなるの?
「爆走するスレイプニルが私の言うことを聞くでしょうか?」
後ろからフェンリル率いる雪狼に追いかけられているのだ、もう何日も走り通しでクタクタで、パニック状態なのだろう。
「こちらに向かってくるのは討伐するしかありませんよ。スレイプニルの肉も美味しいと聞きますからね」
馬肉、前世では食べたことが無いよ。赤身だとは聞いたけど……オーディン王子がここにいたら大騒ぎしそう。
「馬は群れを作る動物です。先頭を走る一番大きなスレイプニルを左に曲がらせたら、他のスレイプニルもついていきます。群れ全体に魔法を掛けるのでなく、一頭に掛ければ良いのです」
あっ、それならなんとかなるかも?
「ふふふ……その楽天的な所、大好きですよ!」
えええ、冗談もほどほどにして欲しい。
「そろそろ着きますよ!」
馬車が止まって、私達も降りる。
「ああ、今日は馬車を基地キャンプまで帰して下さい。帰りは、誰かに乗せてもらいます」
流石に、本隊が到着するから、馬車を壊されてはいけないと思ったみたい。
騎士団は右側に配置済みだし、上級魔法使い達も揃っている。
「しまった! 魔物が到着してから、馬車を帰したら良かったですね」
本当に寒いのが苦手みたい。私も苦手だけど、カイロと厚底のブーツのお陰でなんとか寒さを凌いでいる。
「ほら、そろそろ来ますよ!」
ああ、私にもビシバシ感じるよ! これが凶悪じゃないだなんて、嘘でしょ!
「ゲイツ様の嘘つき!」
思わず大声で叫んでしまった。上級魔法使い達と騎士団から笑い声が聞こえるけど、まさか全員に聞こえたの?
「ははは……、少し数が多いみたいですね!」
雪狼だけでなく、スレイプニルの数も多そう! 地響きが段々と近くなってくる。
「あの先頭を走っている8本脚の黒いスレイプニルを左に向かわせるのです!」
背中に手を当てて、木立の中から抜けようとしている黒のスレイプニルを狙えとゲイツ様が指示する。
デカい! オーディン王子の勇者がまだ小さいのがわかるよ。
それに前脚も4本ずつ、後ろ脚も4本ずつあるみたい。
群れのリーダーを見つめながら「左に行きなさい!」と強く唱える。
「ああ、駄目だわ!」後ろから雪狼が追いかけて来ているのだ。
「もう一回! 曲がるまで何度でも、掛けるのです」
ゲイツ様、無理じゃない?
「左に曲がれ!」と唱えても、どんどん近づいてくる。
「ヘンリーにスレイプニルをあげたくありませんか?」
それは遠慮しておきたい。戦馬でも凶暴そうに見えるもの。
「チッ、これでも駄目か? 討伐するしかないな」
ああ、それは駄目だよ! オーディン王子が悲しむ。
「左に曲がるのよ! この馬鹿!」
私には凶暴な魔物にしか見えないけど、オーディン王子には愛しい馬に見えているのだ。言うことを聞け!
「おお、やっと曲がりましたね」
黒いスレイプニルが左に曲がると、他のスレイプニルはついて行った。
「はあぁ、良かったわ」
私は、可愛い男の子が悲しむ姿は見たくなかったのだ。ショタコンだからね。
「ペイシェンス様、気を抜かないで! これから雪狼が来るのですよ! 逃したら、スレイプニルを追いかけ続けますし、捕らえようとしている騎士団に被害が出ます」
ああ、そうだよね!
「それに、雪狼はスレイプニルを襲いますからね。スレイプニルはかなり疲労しているから、何頭かやられてしまいますよ」
えええ、それは困るよ! オーディン王子が泣きそう!
「頑張って、討伐して下さい!」と頼むけど、笑われた。
「ペイシェンス様も手伝って下さい! 思ったより数が多そうです」
「雪狼は魔法耐性が強いのでしょう? 無理ですわ」
私は魔法攻撃しかできないのに、魔法耐性がある魔物は討伐なんか無理だと訴える。
「魔法耐性より強力な魔法攻撃をすれば良いだけですよ! それに外しても、私とサリンジャーがやっつけますから」
ふう、この台詞も聞き慣れてきたよ。
「ほら、雪狼ですよ! 首チョッパーが有効だと思います」
こんな時で無ければ、雪狼はとても綺麗な魔物だと思うだろう。少し青みがかった白の毛をフサフサと靡かせてこちらに向かって走る姿は壮観だ。
「皆、スレイプニルを追いかけて行かせないぞ! ここで雪狼は討伐するのだ!」
第一騎士団のガブリエル団長が、私達の前を走り過ぎて、スレイプニルが走り去った左側に陣を移す。
「さぁ、雪狼を討伐しますよ! 騎士団に当てないよう気をつけて攻撃開始!」
これまでは、魔法使い達とだけ攻撃していた。従者や騎士は、魔物を追い込むだけで、逃れた魔物を討伐するだけだった。
「ペイシェンス様、よく狙って攻撃すれば大丈夫です」
騎士に当てないか、攻撃魔法を撃つのを躊躇っていると、ゲイツ様に「早く撃ちなさい!」と号令を掛けられた。
騎士は左側に陣取っているから、右側の雪狼を剣で狙いをつける。
「首チョッパー!」
かなり魔力を込めて、首を狙ったら、ビュンと首が飛んでいった。
「その調子で討伐しなさい! もうすぐフェンリルが来ます。それまでに雪狼の討伐を終えたい!」
この大暴走を引き起こしたフェンリルが来る!
騎士団も魔法使いも、雪狼を討伐しているけど、次から次へと現れる。
「1匹たりと雪狼を逃すな! 村を襲われたら被害が出るぞ!」
第一騎士団長の檄に、騎士達も討伐をしているが、雪狼は剣を避けるスピードも速い。
それに剣に乗った魔法も弾き飛ばしてしまう。
「騎士団は、左側に一旦退け! 魔法の一斉攻撃をするぞ!」
ゲイツ様が命じると、そこまで大きな声ではなかったのに全員の耳に届く。
「さぁ、私とサリンジャーとペイシェンス様で一斉魔法攻撃を順にします。お前達は、逃れた雪狼を討伐しなさい!」
これは、前の集団討伐と同じ遣り方だ。
「1匹たりとも逃すものか!」
ゲイツ様が、横一列の雪狼を討伐する。首を飛ばせば良いと言っていた通り、首がビュンビュン飛んでいった。
サリンジャーさんも、横一列の雪狼を討伐した。
「ペイシェンス様、素材は私のをあげますから、討伐を優先してください」
つまり機関銃のイメージで、一斉射撃だ。
「ダダダダダダダダダ……」
横2列を討伐したけど、かなり魔力を使った。
「サリンジャー、私の後で!」と叫ぶと、また横一列を倒す。
サリンジャーさんのは、何頭か逃してしまった。でも、それは上級魔法使い達と騎士団が討伐したよ。
「ペイシェンス様、今度は横一列で良いですよ!」
なら、なるべくなら素材を無駄にしない、草刈り鎌方式にしよう。
「横一列、首チョッパー!」
何頭かは逃したけど、それを気にしている余裕はない。どんどん新たな雪狼が森から湧いてくる。
「チッ、フェンリルがやって来ます。私が雪狼を全体攻撃しますから、騎士団はもう少し下がりなさい!」
騎士団が素早くさがると、ゲイツ様が詠唱し始める。
「風の申し子よ! 我に祖国の大地に侵入する雪狼を討伐する力をお貸し下さい! ウィンドストーム!」
風の刃が何十、何百回も雪狼に向かって飛び、森の木と共に切り裂いていく。
バリバリ! 木が倒れ、雪狼も惨殺される。