何をやっているのだ!
ゼイゼイ、今日は全員が疲労困憊だよ。それに、夜も警戒しなくてはいけないから、順に休憩する事になっている。
「ペイシェンス様は、夜は寝てください。明日は本隊がやってきますから」
寝れるのは良いけど、本隊は……ああ、もう考えるのは止めよう。
今夜は煮込み料理だった。寒い上に魔物討伐も凄い数だったからね。
「ああ、やはり野菜が必要なのよ」
ニンジン、じゃがいも、玉ねぎが美味しい。まぁ、ビッグエルクも良い味だけど、肉はもう十分な気分だから、野菜を先ず食べちゃった。
全員、喋る元気も無いから、黙々と食べてテントに帰る。
「明日も頑張りましょう!」
パーシバルと一緒に居たいけど、もう瞼が重い。
「お休みなさい」と言って別れて、女子テントに行こうとしたけど……誰かがゲイツ様に何か言っている?
「あれは、キース王子とオーディン王子に見えますけど……」
幻で無ければ、本人だよね? 横のパーシバルは頭を抱え込んでいる。
「初等科は魔物討伐に参加してはいけないと言ったのに……」
私も、ゲイツ様に何を言っているのか興味があるから、パーシバルと一緒に側に行く。
「だから、スレイプニルがやってくるのだ! 私の勇者が騒いで、どうしても宥められず、逃げ出そうと馬房を壊してしまった。これは、絶対にスレイプニルの群れが来るのを察知したからだ」
そう言うオーディン王子は、嘶くスレイプニルの手綱を持って宥めようと必死で、息もあがっている。
「何をやっているのだ!」
ああ、騒ぎを聞きつけたリチャード王子がキース王子を叱りつける。
今日は、全員が疲れているし、気が立っている。
「リチャード王子、ここでは話せないから、彼方のテントで話しましょう」
パーシバルは学生会長として、2人の責任者の立場でもある。
「キース様、私の代わりに、説明して下さい。私は、勇者を宥めなくてはいけないから」
キース王子は、兄のリチャード王子に睨みつけられて困惑している。オーディン王子に巻き込まれたみたい。
「いや、私にはスレイプニルの習性など説明できない。手綱を持っておくから、オーディン様が説明してくれ」
手綱をオーディン王子から受け取ろうとしたけど、元々気が立っている勇者は、嫌がって後脚で立ち上がる。
「スレイプニルって、後脚が4本あるのですね」
6本脚があると聞いていたけど、私は腹に付いていると勘違いしていた。
魔物辞典には、スレイプニルが載っていなかったのだ。もう、飼い慣らされているからかな? それかデーン王国にしかいないからかしら?
「何を呑気な……ペイシェンス! お前なら、大人しくできるのではないか?」
叱ろうと振り向いて私を見たキース王子は、青葉祭で馬を大人しくさせたのを覚えていた。
「えええ、これは馬ではないでしょう?」
私にはスレイプニルが魔物に見えるよ。
「いや、スレイプニルは馬だ! ペイシェンス、大人しくさせてくれ!」
無理じゃない?
「ペイシェンス様、スレイプニルは馬です。戦馬は、スレイプニルと掛け合わせて作るのですから、馬の一種であるのは確かです」
ゲイツ様がいつの間にか、私の横に来て、説得する。
そうか、馬なのだ! 馬なら生活に必要だから「大人しくしなさい!」とビシッと言い聞かせなくてはね!
「おお、ペイシェンス! 凄いな!」
リチャード王子が褒めてくれたよ。
大人しくなった勇者をリチャード王子の従者が素早く手綱を持って馬房に連れて行く。
こんな寒い中で汗だくだったから、拭いてやらないと駄目みたい。
「ご機嫌よう」これで、私はテントで休めるね。
後は、リチャード王子とパーシバルが何とかするでしょう。
「ちょっと、何処へ行くのです? ペイシェンス様も一緒に話を聞いて下さい」
えええ、眠いよ。
ゲイツ様に、お偉い様が会議するテントにドナドナされてしまった。
話は、オーディン王子がしたけど、要約すると、大使館から勇者が暴れていると連絡があり、キース王子と行ったら、馬房を壊して走り出そうとしていた。
それに飛び乗ったオーディン王子を心配して、キース王子は馬に乗って追いかけ、王都の外に出た。
夜になって危険だから、キース王子に基地キャンプに案内してもらったって感じだよ。
オーディン王子は、かなり疲労していて、時々デーン語が混じっているけど、経過はわかった。
「基地キャンプが何処にあるかは、調べていたのだ。来年は、冬の魔物討伐に参加するからな」
少し得意そうなキース王子の発言に、パーシバルは難しい顔をしている。
リチャード王子が、キース王子に雷を落とす。
「先ず、お前がオーディン王子を止めなかったのが間違いだ」
それに、オーディン王子が抗議する。
「私は叱られても仕方ないが、キース様は巻き込まれただけです。それに、ここに来れなかったら、危なかったかも! 何匹かは討伐したが、日が落ちてからは逃げるだけで精一杯だったから」
自分のミスを認められるのは良いね!
「来てしまったのは仕方ないが、明日には王都に帰りなさい」
夜にデーン王国の王太子を追い出すわけにはいかない。
「勇者は、北からスレイプニルの群れが来るのに気づいているから、それと合流するまでは王都には帰らないだろう」
あああ、それは困るよ! オーディン王子も帰らないって意味だよね?
「もしかして、この暴走を引き起こしているのは、スレイプニルの群れですか?」
ゲイツ様の質問に、オーディン王子は口籠ったが、決心したみたいに話し出す。
「魔物の群れは、スレイプニルの暴走に驚いて、ローレンス王国に雪崩れ込んでいるのだろう。だが、普段はスレイプニルの群れが暴走することは無いのだ。何かに追われているのかも?」
全員が緊張する。それってスタンピードだよ!
「そんなに凶暴なオーラは感じないのですが?」
ゲイツ様の一言で、少しだけ緊張が解けた。
「スレイプニルの天敵は、雪狼でしたね?」
リチャード王子が眉を顰める。
「それはスレイプニルの群れを襲うのか?」
オーディン王子が、説明する。
「普段は、雪狼はスレイプニルの群れを襲ったりしません。もっと弱い魔物を襲う方が簡単ですから。群れから逸れたスレイプニルを襲うから、天敵と言われているだけです」
ゲイツ様が、ふっと息を吐いた。
「多分、雪狼をフェンリルが率いて、スレイプニルを追い回して遊んでいるのでしょう」
フェンリルって、災害級の魔物じゃなかったっけ? 全員が強張った顔だけど、ゲイツ様とサリンジャーさんは、リラックスした雰囲気だ。
「ゲイツ様、フェンリルがスタンピードを引き起こしているのですか?」
リチャード王子が質問する。
「いや、これはスタンピードではありませんよ。そんな凶悪な感じはしません。多分、幼いフェンリルが遊んでいるだけです。少しお仕置きすれば、フェンリルは尾っぽを巻いてデーン王国に逃げて帰りますよ」
その後は知らない! とゲイツ様は肩を竦める。
「フェンリルを討伐できないのですか?」
リチャード王子は、ゲイツ様が逃したフェンリルがローレンス王国の他の地方を荒らすのを心配している。
「討伐はできますが、この凶悪さを感じない雰囲気は子フェンリルだと感じます。下手に殺すと、親が復讐しにやって来ますよ」
傍迷惑な子フェンリルだよ!
「ペイシェンス様、雪狼の毛皮は、魔法防衛が高いですから、弟君達の鎧の材料に良いです。討伐して手に入れましょう」
ええええ、魔法が通じない魔物なんて、無理だよ。私は首を横に振る。
「大丈夫ですよ。首を落とせば、大概の魔物は討伐できますから」
「遠慮しておきますわ!」
「そんな遠慮は無用です。それにフェンリルを追い払ったと評判になれば、誘拐しようなんて誰も考えません。一回、魔法を当てれば、追い払うのは私がやります。それでも、フェンリルを追い払う一撃を与えたのは事実ですからね」
遠慮ではなく、私は断っているのだ。良いアイデアだと満足そうなゲイツ様だけど、嫌だよ。
「そんな噂が立ったら、パーシバル様に婚約破棄されてしまうわ!」
災害級の魔物を追い払う婚約者なんて噂がたつの嫌だよね?
「私は、そんなことで婚約破棄などしませんよ。ペイシェンス様はもっと私を信じて下さい。それに誘拐の危険が遠ざかるのは良いと思います」
パーシバルに抱き寄せられて、説得されるけど、雪狼やフェンリルなんか討伐したくない。
「魔法攻撃が効かない雪狼なんか討伐できませんし、フェンリルなんて怖いですわ」
「良い案だと思ったのですが、怖いなら仕方ありませんね」
ゲイツ様は惜しそうな顔をしていたが、諦めてくれた。他の人も、それなら仕方ないと認めてくれたのに、オーディン王子が私の前に跪いた。
嫌な予感! オーディン王子は、スレイプニル愛が強いのだ。