パーシバルとじっくりと話し合う
ヴォルフガング教授とクレーマン教授との相手で精神的に疲れたからか、少し眠ったみたい。
「お嬢様、パーシバル様がおみえですよ」
メアリーに起こされて、目が覚めた。
お湯を運んで来てくれたので、顔を洗ってスッキリしたよ。
服を着たまま寝てしまったけど、そこは生活魔法でシワを伸ばす。
「お待たせしました」
寝ていたなんて言わないよ。それに、パーシバルは父親と歓談していた。
「いえ、ペイシェンス様の料理はとても美味しかったみたいですね。昼食会は大成功だったそうで、お疲れ様です」
ふう、父親はヴォルフガング教授やクレーマン教授の問題行動には気づかなかったようだね。
アマリア伯母様の近頃の若い者はという義憤のお陰で、両教授もタジタジだったけどさ。
「まぁ、2人で話し合うこともあるだろう」
今回は、父親に質問したい事がいっぱいあるのだけど、書斎に篭っちゃった。
父親に『何故、あんなに貧乏だったのか?』と訊きたいけど、ペイシェンスが嫌がるから、ワイヤットを捕まえるつもりだ。
「ええ、いっぱい話し合わないといけない事がありますの」
メアリーは隅の椅子に腰掛けて、縫い物を始めたよ。私がメモを持ち込んでいるのを知っているので、長期戦になるのがわかっているからだ。
「ペイシェンス様がお疲れなら、明日でも良いのですよ」
パーシバルもメモ帳を見て、これはかなり長い話し合いになりそうだと察したみたい。
「いえ、明日も話し合う必要があるかもしれませんが、何か急な予定が入ったら困りますわ」
特に、ゲイツ様関係がヤバそうなんだ。調査を依頼しているし、弟達に魔法の指導をしてくれると言っていたからね。
「もしかして、ゲイツ様が来られる予定でも?」
「予定は、ありませんが……そろそろ来られるかもしれません。実は、ゲイツ様もグレンジャー家がお母様のティアラを手放す程困窮していたのはおかしいと言われたのです」
パーシバルに、ゲイツ様のお母様のモライア様が私の母親の再従姉妹にあたり、生活魔法しか使えない人が下に見られる風潮に憤りを感じておられるからか、とても優しくしてくださっていた事を話す。
「王立学園のジェファーソン先生は、ゲイツ家に生まれたのに、生活魔法しか使えないからと養子に出されたそうです。モライア様は、その件で凄く怒られたみたい。ゲイツ様が私にあれこれ教えて下さるのも、元にはそれがあるのかもしれません」
パーシバルも初めて聞く話なので驚いていたが、私の説には少し異議を唱えた。
「ゲイツ様がペイシェンス様に親切なのは、自分に無い発想を楽しまれているからでしょう。それに、ベネッセ侯爵夫人は、ペイシェンス様のお母様がとても可愛かったのだと思いますよ。ペイシェンス様もとても人に愛される性格ですからね」
いやん! 頬が赤くなるよ。
「パーシバル様、そんなことはありませんわ」
いちゃいちゃしたくなるけど、話し合う事がいっぱいなのだ。
「ゲイツ様は、何かきな臭いから調査してみると言われたのです。私も貴族年鑑でグレンジャー家の年金を調べてみました。金貨800枚は、男爵家の収入よりも少ないですが、あれほど困窮する程ではありませんわ」
パーシバルも、子爵家の年収としては少ないが、母親のティアラを売るほどの困窮生活にはならないと首を捻る。
「あのう、王都の屋敷の固定資産税とかが凄く高いのでしょうか? グレンジャー家の屋敷は、広すぎると思うのです」
プッとパーシバルが笑う。
「だから、2番目に見た屋敷を選ぶのを躊躇されていたのですね。確かに王都の屋敷には固定資産税が掛かりますが、それで困窮した貴族の話は聞きませんね」
でも、パーシバルも幾らかとは知らないみたい。
「私は、少しアマリア伯母様を恨んでいましたの。だって、こんなに貧乏な家から借金しなくても良いと思っていたから。でも、年金があるから暮らしていけると考えておられたのね。その年金は、どこに消えたのかしら?」
メモの1番目は、グレンジャー家が何故あそこまで貧乏だったのか? 理由を調べなきゃ!
「ペイシェンス様、他の話は何でしょう?」
メモの2番目は、カザリア帝国の遺跡で見つかった物の件だ。錬金術クラブのメンバーは知っているけど、パーシバルは知らない。
前から、ずっと心に刺さった棘になっていた。
「夏休みにノースコートの遺跡を調査したのは、ご存知ですわよね?」
クスクスとパーシバルが笑う。
「ええ、カエサル様達がノースコートで夏休みを過ごしたと聞いて、少し妬けましたよ。錬金術クラブのメンバーが全員参加したのでしょう?」
ああ、程よい嫉妬って心地いいよね。駄目、今日はいちゃいちゃ禁止!
「まだ公開されていませんが、未調査の地下通路が見つかったのです。その調査にヴォルフガング教授とグース教授が派遣され、本当は陛下の留守を護る筈のゲイツ様までいらしてしまったの」
パーシバルも、ゲイツ様なら未調査のカザリア帝国の遺跡が発見されたと知ったら、飛んでいくだろうと笑う。
「この件と、昨年の夏休みにリチャード王子の製塩所のお手伝いをしたご褒美に女準男爵にして頂いたのです」
女準男爵になったのは知っていたが、製塩所の手伝いだけだと思っていたみたい。
「そのカザリア帝国の遺跡で、凄いオーパーツが見つかったのですか? それは機密なのでは?」
機密だけど、参加した錬金術クラブメンバーは全員が知っているのだ。
「ええ、でもパーシバル様には知っていて欲しいのです。そして、私がやらかしそうな時は、止めて頂きたいの。あまりに危険な知識かもしれませんから。ローレンス王国にとっては、有益な点もありますが……諸刃の剣になりそうで、怖いのです」
パーシバルは、真剣な顔になって頷く。
「ペイシェンス様が話しても良いと信頼して下さるのは嬉しいです。私の判断が正しいとは限りませんが、一緒に考える事はできますね」
そうなんだよ! この秘密を知らないと、私のやる事が理解できないかも?
「カザリア帝国では、太陽光から魔素を取り出して、それを人工魔石に蓄え、色々な物に応用していたみたいです。地下通路は、とても長いのですが魔導灯で明るく照らされています。発見当時は、薄ぼんやりしていましたが、木の葉と土を退けたらパッと明るくなりましたの」
パーシバルは、1000年以上も前のシステムが生きていた事に驚く。
「それは、素晴らしい発見ですね! そのシステムを応用すれば、ロマノの街を照らす事ができます」
そうなんだよ! でも、それだけでは無い。
「もしかして、武器に使用されていたのでしょうか?」
私の微妙な顔で、パーシバルも察したみたい。
「ええ、私が錬金術クラブのメンバーとフィリップス様を呼ぶ切っ掛けになったのは、カザリア帝国の遺跡の壁画を描いて送ったからです。空を飛ぶ魔導船と帆がない船の絵が残っていました。それと……地下通路には、魔導船の発着所もありましたの」
パーシバルも、想像しただけでワクワクしたみたい。
「空を飛ぶ魔導船ですか! 素晴らしいですね? まさか見つかったのですか?」
男の子は魔導船が好きだね。
「いえ、きっとノースコートが陥落した時に、執政官達が乗って逃げたのでしょう。発着所には、少し部品と古文書がありました」
「ああ、やはりね!」少しパーシバルはガッカリしたみたい。
私の変な能力について話しておかないといけないのだけど、少し躊躇してしまう。
「古文書といっても、1000年も前の物は読めないのでは?」
私が口籠もっているから、パーシバルが怪訝そうな顔をする。
「先程、遺跡の発見で女準男爵にして頂いたと言いましたが、正確には古文書を発見して、それを補修したからですの。生活魔法で、触ったら崩れて落ちてしまいそうな古文書を新品にできたのです」
不安そうな私をパーシバルは抱きしめてくれた。
「ああ、それはとても貴重な能力ですが、他人に知られたら大変です。だから、陛下がゲイツ様に防衛魔法を習うように命じられたのですね。ペイシェンス様、この前の手紙も誘き寄せる為かもしれません!」
たちの悪い悪戯なのか、誘拐を目論んでいたのか、あの手紙の件は不気味だ。
「絶対に1人で行動しないで下さい」
パーシバルとまた約束したよ。私も攫われたくないからね。
「ペイシェンス様、エステナ聖皇国だけでなく、古文書を新品にできる能力は知られたら欲しがる国が多いです。それと浄化の魔法陣も狙われますね」
浄化の魔法陣は、ゲイツ様が開発した事になっているけど……バレたらまずいよね。
「今日の昼食会でも、ヴォルフガング教授に歴史学科に入るように勧誘されて、困りましたわ」
プッとパーシバルが噴き出す。
「もう! 笑い事ではありませんわ。錬金術学科のグース教授も勧誘が激しいし……魔法省の錬金術部屋で魔導船の製作を始めているの。でも、動かすシステムは解明できていないから、模型に過ぎないのですけど……」
不安な顔で、パーシバルは魔導船の軍事利用の可能性に気づいたみたい。
「どの程度の速度で飛べるのかわかりませんが、馬車や馬での移動よりは速いのでしょう」
そう、それを軍事に利用しないのなら、良いのだけど……。
「魔導船は、グース教授に任せてしまいなさい。ペイシェンス様は、生活を豊かにする便利グッズや知育玩具を作りたいのでしょう?」
そうだ! 関わらないようにしよう。
「でも……織機とかの動力源にできたら、画期的なのも確かなのです。ゲイツ様はほぼ解明しておられるの。グース教授に教える気はなさそうだけど……」
パーシバルは、呆れたみたい。
「ペイシェンス様は、学生の立場ですから、軍事に使用される件から逃れるのは自由ですが、ゲイツ様は王宮魔法師なのに、それで宜しいのでしょうか? まぁ、私には理解できない理由があるのかも知れませんが……」
いや、無いと思う。
「ゲイツ様は、グース教授が馬鹿でかい模型を組み立てているのに腹を立てて意地悪されているだけですわ。でも、私も先に太陽光から魔素を取り出すシステムを考えるべきだと思いますけどね」
パーシバルは、どちらにも呆れたみたい。
「ええっと、ここからは3番目の話になるのですが……お茶にしましょう!」
領地に関する話だから、パーシバルも一蓮托生になるからね。
「えっ、何故かゾクッとしたのですが……」
パーシバルは勘が良いよ。銀の鈴を鳴らして、ワイヤットを呼ぶ。