春が来た!
寒く厳しい冬も3月になると、少しだけ緩んできた。温室の苺を週末は弟達と摘むのが楽しみだ。
学園生活は美術の修了証書を貰い、火曜のダンス以外は4コマ目が免除されたので、少し楽になった。その時間で、数学、国語、歴史、古典、魔法学の予習をする。
数学は6月の期末テストで修了証書を貰えそうだ。他の科目も来年3年生になった時、中等科に学年飛び級はペイシェンスに頼らなくても私だけでもできそうだ。
学習面では余裕ができたが、マーガレット王女の側仕えの方は相変わらず大変だ。特に、5月にある『青葉祭』の準備に時間が取られる。音楽クラブの新曲発表の為に、内職する時間が無くなるのが痛い。
まだまだグレンジャー家の生活改善はする事が山積みなのだ。暖かくなり、薪の消費が抑えられるのは嬉しいが、来年の冬はもっと暖かく過ごしたい。
つまり、薪の需要が少なくなる春から夏にたっぷりと買っておきたい。安いうちに買いだめたいのよ。薪小屋にいっぱい薪が積み上げてあるのを想像して、もっと金を稼がなきゃと気が急く。ペイシェンスは肺炎で死んだのだ。生死に関わるんだよ。
「ペイシェンス、新曲の楽譜は書き終わった?」
前世のピアノ曲をハノンの楽譜に書き換えるのは時間がかかる。先ずはハノンで何度も練習して、鍵盤の違いとかを修正しなくてはいけないからだ。それなのにもう3曲も提出していると言うのに、まだマーガレット王女は許してくれない。
「他の方は1曲ですのに、もうよろしいのではないでしょうか?」
私も側仕えに慣れ、マーガレット王女と2人だけの時は、少しは反論したりもする様になった。
「まぁ、駄目よ。青葉祭の間、何回も披露するのですから。新曲は多いほど良いのよ。それに貴女がずっと演奏できないでしょ。早く楽譜を上げて、他のメンバーが練習する時間がいるのよ」
全く私が何曲も提出しなくてはいけない理由になっていない。これは音楽好きなマーガレット王女の我儘に過ぎないのでは無いかと疑問を持つ。今度の音楽クラブの時にメリッサ部長に尋ねてみよう。アルバート副部長には近づかない方が良さそうだ。マーガレット王女に輪をかけた音楽好きだから。
近づきたくないと思う人ほど、会うのは何故だろう。マーガレット王女と学友3人とクラブハウスに着いたら、メリッサ部長はまだ来て無いのに、アルバート副部長は待ち構えていた。
「ペイシェンス、新曲の楽譜はできたのか?」
マーガレット王女に貴族らしい挨拶もすっ飛ばして、私に向かって手を突きつける。借金取りみたいだ。縁起が悪い。鶴亀、鶴亀!
「アルバート、少しは落ちつきなさい」
マーガレット王女も呆れているよ。キャサリン達も少し怒っている。でも、ニュアンスが少し違うかな?
「あまりにもペイシェンス様ばかり新曲の発表をされるのは如何なものかしら?」
そうだよね、キャサリンの言うのも一理あるよ。
「マーガレット様、ペイシェンス様もお疲れになりますわ」
甘えた口ぶりだけど、ハリエットの腹は透けてるよ。今回は頑張って欲しいな。
「何を馬鹿な事を言うのだ。ここは音楽の才能を競うクラブだ。キャサリン様、ハリエット様、リリーナ様、貴女方も新曲を何曲も提出したら良いだけではないか」
アルバート副部長は、上級貴族の令嬢にも容赦ないね。まぁ、アルバートもラフォーレ公爵の次男で、恐れ知らずなのも無理無いかも。前の王様の弟が祖父になるとか、キャサリンか他の誰かから聞いた。皆、家系とか詳しいけど、あまり興味はない。そんなの私には関係ないのだ。薪の値段とかなら、凄く興味深いけどね。
なんて現実逃避しているのは、アルバート副部長とキャサリン達の激論に加わりたくないので、端の椅子に座ってぼぉっとしているからだ。早く、部屋に帰って内職したいよ。
「ペイシェンス、暇そうね。ハノンで新曲を弾いて」
他人事みたいに座っているのがバレた。マーガレット王女に言われて、ハノンで新曲を弾く。今回はモーツァルトじゃないよ。バッハ大先生のメヌエットだ。これ、楽譜にするの本当に大変だったんだよ。
流石に音楽クラブのメンバーは演奏が始まったら、激論もやめる。静かになって良かったよ。バッハ大先生は静かに聞くべきだからね。
あれっ、静かすぎる。しまった!
「ペイシェンス、私と結婚しないか!」
わぁ、アルバート副部長、手を放してくれ。音楽プレーヤー代わりの結婚はお断りだよ。
「アルバート、私の側仕えを取らないで」
おおっと、マーガレット王女の音楽プレーヤー決定ですか? それもお断りですが、手を放させてくれたのには感謝です。
「キャサリン、ハリエット、リリーナ、貴女方もペイシェンスに負けないような新曲を作りなさい」
3人は黙って頷いたが、来年、中等科に飛び級したら同級生なんだよ。何かフォローしとかないと拙いな。
「あのう、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか? 私は新しいフレーズを思い浮かべるのは得意なのですが、それを曲に磨きあげたり、楽譜に起こすのは苦手なのです」
マーガレット王女も私が何回も弾き直して、楽譜に上げているのを知っているので、言わんとする所を理解した。
「そうね、皆にフレーズを提供して、新曲を作って貰えば良いのよ」
アルバート副部長は、それではペイシェンスの発想が無駄になるとか言っていたが、マーガレット王女はいっぱい新曲が聞きたいと突っぱねる。やれやれ。