モラン伯爵夫人に相談
パーシバルが一度屋敷に帰って伯爵夫人の意見を聞こうと提案する。
「でも、急に訪問したらご迷惑なのでは?」
マナー違反だよね?
「これから家族になるのですから大丈夫です。それに、母は午後は空いていると言っていましたよ」
ううん、悩むけど、屋敷に行って忙しそうなら挨拶だけして帰る事にして、行く事になった。
「ペイシェンス様、いらっしゃい。生憎、エドワード様は留守なのですよ」
歓迎してくれているけど、迷惑じゃないかな?
「急に訪問して、申し訳ありません」
さぁ、と椅子を勧められる。
「ペイシェンス様と新居を見てきたのですが、母上達が住んでおられた屋敷は、手入れがされていませんでした。それに食堂が少し狭い気がするのです」
笑顔の伯爵夫人は、頷いて聞いている。
「ええ、お客様を招待する時、3組選ぶのに苦労しましたわ。もう少し広ければ、机を伸ばし5組招待できるのにと悩んだものです」
やはり、そうなのかな?
「グレンジャー家は、お客様を招待する事がありませんでしたから、何も知らないのです」
伯爵夫人もアッという顔をした。
「そうでしたわね。ペイシェンス様が社交ができるか不安を口にされていましたけど、理解できていませんでしたわ」
そうなんだよ! 社交界についても、ペイシェンスは知らなかったから、全く知識がない。
「伯母達に教えてもらうつもりですが、忙しくて後回しにしてしまって」
頷くと、伯爵夫人は外交官の付き合いについて説明してくれた。
「官僚の中でも外交官は、特に社交が大事です。ペイシェンス様は、赴任地についていけないのを不安に思っておられますが、実はロマノに残っている方が忙しいぐらいなのですよ」
えええ! 知らないよ。
「ペイシェンス様には留守を護ってもらわないといけませんしね」
パーシバルの言葉は嬉しい。一緒に外国に行けないのが不安だったけど、こちらでする事があるなら協力するよ。でも、何が忙しいのかな?
「ふふふ……官僚の世界はお付き合いが多いのです。本当に面倒だけど、これを怠ると夫の足を引っ張る事になりますから、ペイシェンス様も頑張って下さいね。チョコレートを差し入れしたら、喜ばれるし、簡単にこなせそうだわ」
それって、賄賂を配れって事?
「そんな事までしなくて良いですよ」
パーシバルが語気を荒立てる。
「官僚の世界は、1人ではやっていけませんよ。少しの心配りが、貴方を助けてくれる事もあります。まだ、パーシバルも修行しなくてはいけませんね」
やんわりとだけど、叱られちゃったね。
「色々と教えて下さい」
私が頭を下げると、伯爵夫人が微笑む。少し怖いけど、教えて貰おう!
「エドワード様は、あの屋敷に楽しい思い出があるから勧められたのでしょうが、ペイシェンス様がずっとロマノに滞在されるなら、手狭だと思います。それに男爵としての仕事もしなくてはいけないのでしょう? 領地からの報告を受けたり、管理をしに行かなくてはいけませんよ。つまり、使用人の数も多くなるのだから、別の屋敷の方が良いと思いますわ」
そうか、そちらは考えてもいなかったよ。
「ペイシェンス様、父もグレンジャー子爵も領地は2人で選べば良いと言われるのですが、どうしましょう?」
そうはいえ、父親と違ってモラン伯爵は、候補地の中からピックアップしてくれているけどね。
「ええっ、グレンジャー? ここも候補地なのですか?」
年金をもらっているけど、もう王家の預り地になっているんだ。
「ああ、そこならモラン伯爵家の領地に近いですが……何故、手放したのでしょう? ご存知ですか?」
私は知らないよ。土地の名前は残っているけど、もう縁が切れているからね。
「他の陞爵された方が受け取っていられない点から考えると、問題がある領地なのかも知れませんね」
だよね! 4代前から何人かは陞爵して、土地を選んだ筈だもの。そうなったら、名前も変わっていたかも?
「おや、ペイシェンス様がいらしていたのか?」
丁度、良いタイミングでモラン伯爵が帰宅した。
「バラク王国の大使館に行って来たのだ。今日、アルーシュ王子が入寮されるから、一応は挨拶しておこうと思ったからな」
やはり、入寮決定なんだね! やれやれ!
「それは、男爵の領地だね!」
うちの父親とは違い積極的だね。
「このグレンジャーは、何故誰も引き受けないのでしょう。子爵家の領地なのに、男爵家相当にされていますが?」
だよね? 子爵家の領地は、男爵家の領地より広い。グレンジャーも地図で見る限りは、広いけど?
「私も、そこを推薦したいのだが、港は使えないからね」
うん? 地図をよく見る。
「モラン伯爵領のミラー湖からライナ川が流れていますね。ああ、土砂で港が埋もれているのか!」
パーシバルの方が先に気づいたけど、私も分かったよ。
「せっかく、海の側なのに港は使えない、塩害被害は多い。つまり、人気が無いのだ。でも、ここなら、モラン領と土地が繋がるから、一緒に管理できる利点はある」
今は途中に空き地があるけど、子爵に陞爵すれば繋がるね。
「王都に近い方が管理しやすいですわ」
伯爵夫人は、パーシバルが留守の間に管理するなら、王都から日帰りできる領地が良いと勧める。
モラン伯爵がピックアップした地図を見て、王都の近くの預り地を見る。
「どれも、微妙ですね」
男爵の空き地はあるけど、子爵の空き地はない。
「まぁ、皆も王都の近くの領地の方が管理が楽だと考えるからな」
そりゃ、そうだね!
「やはり、領地がバラバラなのは管理し難いと思います。モラン伯爵家とは離れますが、ここなら良いのでは?」
地図で見たら、王都の西で、少し離れているけど、1日で行けそうな土地が2つ空いている。
パーシバルの意見は尤もだけど、妙にグレンジャー家の元領地が気になるよ。
「一度、このグレンジャーを見に行ってみたいですわ」
誰からも欲しがられない見捨てられた土地。そこにも住人がいるのだ。
「あのう、ここは誰が管理しているのですか?」
モラン伯爵が説明してくれた。
「王家の管理人の1人が管理しています。このくらいの大きさなら、何箇所かを纏めて管理しているから、巡回しているのでしょう」
つまり、やる気のない役人が税金だけ徴収しているのだ。勿論、問題が起これば解決するのだろうけど、多分、巡回までは放置されていそう。
「ペイシェンス様? まさか?」
パーシバルは、私が気にしているのを察したみたい。
「ええ、でも実際に見たら、私も手を引くかも知れません」
やれやれと肩を竦めているけど、反対はしない。
「感傷だけで選ばないと約束して下さるなら、冬休みにモラン伯爵領から見学に行きましょう」
やっぱり、パーシバルは好きだな! 頭から否定するのではなく、かと言って私の言いなりでもない。
「うちの領地の近くなのはプラス材料だが、港としては使えないですよ。それと、領地の屋敷の様子もチェックしておいた方が良いかも知れません。官僚がちゃんと補修してくれているとは考えられませんからね」
うっ、それは考えても無かった。金に羽根が生えて飛んでいく映像が頭に浮かんだよ。
領地の屋敷の話から、ロマノの新居の話に変わった。
「そうか、管理が十分されていないのなら、別の屋敷の方が良いだろう。ルクレチアは、手狭だとよくこぼしていたからね」
私的には、十分に大きく思えるのは、前世の狭い住宅事情が染み付いているからかもね。
こちらでは、使用人も暮らすスペースも必要だし、昼食会やお茶会、そして晩餐会なども開かないといけないみたい。
パーシバルに家まで送って貰いながら、経済観念や生活習慣の違いについて話し合う。
「つい、この間までワイヤットとジョージとエバとメアリーしか使用人はいませんでしたの。だから、私はパーシバル様の妻として、ちゃんと一家を管理していけるのか不安ですわ」
パーシバルは、父親が無職だったのは知っていたが、貴族の使用人がそんなに少ないとは思ってもいなかったみたい。
「それは、大変だったのですね。でも、ペイシェンス様なら大丈夫だと思いますよ。それに、良い執事と家政婦がいれば、任せたら良いのです」
そうか、執事と家政婦も必要なのだ。
「やはり、パーシバル様は人を使うのに慣れていらっしゃるわ。私は、つい自分がと考えてしまうから、忙しくなってしまうのね」
パーシバルは、くすくすと笑う。
「忙しいのは、あれこれ考え付かれるからでしょう。本当なら秘書が必要なのです。今は、寮生活ですが、ロマノ大学は通われるのでしょう? その時に秘書を教育したら良いと思いますよ」
それは、その通りだと思う。なんて感心していたら耳元で「雑事は秘書に任せて、私とのデートの時間を作って下さいね」なんて囁くのだ。
もう、反則だよ! 顔が真っ赤になっちゃう。