テンションダダ下がり!
木曜は、1時間目が経済学2だ。あのサティスフォード行きの課題の授業だよ。
でも、私は欠席なんだ! ぷんぷん!
「ペイシェンス、これを渡す様にお父様からの手紙に入っていたの」
マーガレット王女の髪を整えていたら、手紙を渡された。
「朝から手紙が届いたのですか?」
リュミエラ王女の髪を整えてから、手紙を読もう。
「ええ、流行病の件で、学生達が動揺しない様に手本になれと書いてあったわ」
ああ、それは必要だと思う。流行病に備えなくてはいけないけど、過度に恐れるのも良くない。
リュミエラ王女は、今回も別の髪型にする。ハーフアップ部分は裏編み込みにして、両サイドから三つ編みが並んでいるみたいにする。
それを後ろで髪留めで止めて、下の部分は緩いカールにしたんだ。
「まぁ、とても可愛いわ!」
うん、リュミエラ王女に似合うよね!
「ふふふ……、ペイシェンスはやはり凄腕の髪結師になれるわ」
エステティシャン兼髪結師で食べていけそうだね。
陛下からの手紙に何が書いてあるのか察して、現実逃避したくなるけど、読まないといけない。
二人に先に朝食に下りて貰って、部屋で手紙を開ける。
「ああ、やっぱり!」
がっくりきたよ! 呼び出しだ! それも速やかに来るようにだってさ。
朝食を素早く食べて、部屋で待っていたら、メアリーが迎えに来た。手には黒いマントを持っている。
「王宮から手紙が届きましたので、お迎えに来ました」
今日も授業は受けられないな。
馬車で王宮に向かう。今回も左側の門の前にサリンジャーさんが出迎えに来ていた。
「おはようございます」
ああ、この顔色は完徹だね。
「サリンジャー様、少しお疲れの様ですね。宜しければ、生活魔法をお掛けしますわ。少しスッキリしますから」
サリンジャーさんが力無く微笑む。
「お願いします。いつ、屋敷に帰れるかわからない状況なので」
それは大変だね! では、念入りに掛けておこう。
「綺麗になれ!」
サリンジャーさんが喜んでいる。
「とてもスッキリしました」
目の下のクマも消えているから、少しは元気になったかな?
ゲイツ様の部屋に行くと、ソファーに陛下が座っていた。
「おお、ペイシェンス! 朝から呼び出して悪かったな」
本当に! とは思うけど、そんな事は言えないよ。
「いえ、何の御用でしょうか?」
ゲイツ様の横に座って、用件を訊く。
「浄化の魔法陣を描いてくれたそうだな。本当に女子爵でも足りないぐらいの功績だ。だが、これを発表したらエステナ教会が黙っていないだろう」
光の神聖魔法陣があると公表しているけど、実際は失われているかもしれないんだからね。
「私はエステナ聖皇国には行きたくありません」
横でムッとした顔で聞いていたゲイツ様が口を出す。
「だから、今はエクセルシウス・ファブリカが開発した事にしておけば良いのです。ペイシェンス様の望みは、弟のヘンリー君に準男爵の地位を譲る事です。ヘンリー君が16歳になった頃には、ペイシェンス様は王宮魔法師になっています。陛下は、存分に褒美を与えたら良いのです」
陛下は、それで良いのか悩んでいるみたいだ。
「私は、ヘンリーに準男爵を譲りたいと願っていますが、王宮魔法師になりたいとは考えていません」
ゲイツ様が抗議しようとしたけど、陛下が手で制した。
「そうか、王宮魔法師にはなりたくないのか? ペイシェンスは、外交官になりたいと思っていると聞いたが……」
難しそうな顔。駄目なんだね!
「ほら、陛下もペイシェンス様を外国には行かせられないと考えておられますよ。王宮魔法師が嫌なら、錬金術師でも、薬師でも良いのです」
ゲイツ様の言う通りなのかもしれない。一つの道が閉ざされた感じがする。
ガッカリしていたら、陛下が別の案を提示した。
「外交官は無理でも、外国に行く事はできる」
へぇ、それは何だろう?
「親善大使とかなら、護衛もつけられる。ペイシェンスの音楽の才能なら相手国の王宮でも活躍できる」
ふうん、それは良いけど、一介の子爵令嬢・女準男爵でも親善大使になれるものなのかな?
「陛下は、キース王子の妃にされようと考えておられるのですか?」
ええええ、それは無理だよ!
「キースは、ペイシェンスのことが好きみたいだし、良い考えだと思うのだが?」
私とゲイツ様に睨まれて、陛下はしどろもどろだ。
「それは……無理ですわ」
言い難いけど、断っておかないと、大変な事になっちゃう。
王族なんて、本当に無理だからね!
「良い案だと思ったのだが……本人が嫌なら仕方ない」
王族になるぐらいなら、王宮魔法師の方がマシだ。
「まぁ、ペイシェンスは未だ精神年齢が幼くて恋愛について何も知らない。キースに本気で口説く様にアドバイスしておこう」
えええ……! それはやめて欲しい。
「ペイシェンス様は、私が妻にしたいと思っているのに! 陛下もご存じでしょう!」
いや、そちらも遠慮したい。
陛下は、少し考えて口を開いた。
「ウィリアムは、普通の貴族らしい考え方はしない。キースの妃にと言えば、本当なら簡単に済む話なのだが、ペイシェンスが好きな相手と結婚すれば良いとか、理想論を持ち出して反対しそうだ」
「結婚を強制するなんて!」
横で聞いていたゲイツ様が抗議しようとするのを、陛下は手で制して話を続ける。
「彼には私が王位に就いた時の改革の失敗のツケを払わす結果になったから、無理強いはできない。キースもゲイツも頑張らないと、無理だな」
最後まで聞いたゲイツ様が、陛下がキース王子との結婚を強制しないと喜んでいる。
「なら、私にもチャンスがありますね!」
「まぁ、そうなるかな? だが、キースも素直で可愛い面もある。ペイシェンスが妃となり、少し考え足らずに行動するのをフォローしてくれたら、リチャードの良き相談相手になりそうだ」
ああ、煽るのは止めて下さい。ゲイツ様の鼻息が荒いよ!
「ところで、サーモグラフィースクリーンは優れた発明だ。本来なら、これだけでも女男爵の地位を授けなくてはいけない。今は公表しないが、これを増産するのに協力してくれるな」
ああ、命じられたらしなくちゃいけないよね。
「はい」としか答えは残されていない。
「ペイシェンス、そこに跪きなさい」
ええ、今、叙勲するの?
ゲイツ様は「さっさと終わらせてください」なんて言っている。
私が跪いて、陛下は剣を持っていなかったから、肩に手を置いて「ペイシェンス・グレンジャーを女男爵に、叙する」と簡単な叙勲式が終わった。
「陛下、ちゃんとエクセルシウス・ファブリカにも料金を支払って下さいね!」
ゲイツ様の要求に、陛下は頷いた。
「女男爵の領地は何処が良いか考えておいてくれ。いずれは陞爵するから、隣が開いている土地がお勧めだ。王家が預かっている土地のリストを渡しておこう」
内ポケットから取り出した紙を渡されたけど、それって今すぐ考えなきゃいけないの?
「今は女男爵になったのを公表しなくても、ペイシェンス様が結婚する時の持参金になりますからね。私は、そんな物は要りませんが、結婚相手の領地の側とかだと管理しやすいです。それか、王都に近いと便利です」
陛下は、クスッと笑った。
「ペイシェンスは、ウィリアムに似て世間知らずだな。能力の高さも似ている。失敗させない様に、リチャードには上手く使えとアドバイスしておこう」
生活無能力者の父親に似ていないよ! でも、ゲイツ様も同意している。
「危なっかしくて見ていられないのです。それに、魔物にすら攻撃魔法を放ちたくない甘ちゃんなんですから」
あああ、それは違うよ! 攻撃魔法は使えないんだ。
「それは良くないな。ペイシェンスの能力に目をつける者も出てくるだろう。攻撃魔法も習う様に!」
ええええ、段々と王宮魔法師への道が開けてきている感じがする。他の道を潰していく作戦なの?
「あのう、攻撃魔法は使えないのです」
抵抗してみたけど、横のゲイツ様が首を横に振っている。
「ペイシェンス様なら、何でもできます! 冬の魔物討伐で特訓しましょう」
えええ、無理!
「そうだな、実地訓練が有効かもしれない。ゲイツ、ペイシェンスに擦り傷一つ負わせるのでは無いぞ」
「勿論です!」
裏切り者! もう、チョコレートはあげないよ!
精神防衛魔法を外して、わざと伝える。
「酷いです! チョコレートが好物だと知ってて、そんな事を言われるのですね」
陛下は苦笑しながら「サーモグラフィースクリーンを作ってくれ」と、命じて部屋を出ていかれた。
「はあぁ……」
どうも外交官になれそうにない。悲しくて、テンションダダ下がりだ。