検疫
今回の黒いマントは、正確に言うと魔法使いのマントではなかった。でも、私的にはジャストサイズなので文句はない。
「ペイシェンス様、ゲイツ様と検疫ですか?」
パーシバルが心配している。感染するのが心配なのかな?
「検疫に反発する船乗りも多いでしょう。私も一緒に行って……」
ゲイツ様が睨んで口を閉じさせる。圧が強いよ!
「ペイシェンス様の事は、友達の私がちゃんと護ります!」
メアリーもちゃんと護って欲しい。
「勿論、侍女も護ります」慌てて付け加えている。
まだ考えが丸わかりみたい。あの腕時計も私のイメージが参考になったのかも?
「早く精神攻撃の防衛魔法を身につけなくては!」
ゲイツ様は「おお、やっとやる気になりましたね!」と喜んでいる。
ええ、もしかして嫌がらせして精神攻撃の防衛魔法の必要性を理解させようとしていたの?
「ペイシェンス様、酷いです」なんて言っているから、違うみたい。
サティスフォード子爵とゲイツ様と私とメアリーで港に急ぐ。
港の沖にはローレンス王国の軍艦が二隻、出航しようとする商船を威嚇するように巡回していた。
「ああ、ノースコート伯爵領から軍艦が着いたようです」
ホッとした声を出すサティスフォード子爵だけど、港に閉じ込められた船長達は怒りが抑えきれないようだ。
「私達はコルドバ王国の国民だ。ローレンス王国の軍艦に威嚇される覚えはない!」
それは普段なら尤もだよね。でも、今は緊急事態なのだ。
「カルディナ帝国では流行病が発生し、帝都タイアンでは死亡者が多数出ている」
皆の怒りが、沖に停泊しているカルディナ帝国の船に向かう。
「焼き払ってしまえば良いのだ!」
おいおい、それは無いよ!
「カルディナ帝国の船の検疫をするが、出国してから半月が過ぎている。流行病に罹患しているなら、発症している筈だ」
船長達は、自分の船乗り達を鎮めた。話を聞こうという態度だ。
「なら、私達も出帆しても良いのではないか?」
サティスフォード子爵は、なるべく冷静になるように話している。
「このカルディナ帝国の船に罹患者がいなくても、コルドバ王国の港に停泊している船はどうだろう? その船乗り達と同じ酒場で会わなかったか? そして、その船乗りと酒を飲んだ自国の船乗りと接触していないと自信がある者は?」
全員がお互いを見回して、少しずつ距離を置く。
「それに、検疫をしないで皆をコルドバ王国の港に送り出し、そこで流行病が発生したら、私はエステナ神に見放されてしまう」
船乗り達は、乱暴な言動だけど、意外と信心深い。エステナ神を持ち出されて、七芒星を手で描いている者がいる。
「なら、早くしてくれ! チーズを買ったのだ。発酵しすぎて腐ってしまう!」
そこからは、自分の船から検疫してくれ! との大騒ぎだ。
「皆、静まれ! 先ずは、カルディナ帝国の船だ。後は、サティスフォードの港に着いた順番に検疫をする!」
ゲイツ様の声には魔力が籠っている。だから、港にいた全員に声が届いた。
これを見たら、サリンジャーさんも「立派です!」と喜んだかな? いや、その前に早馬を潰した事を怒ったかも?
「言った以上は、ちゃんと検疫して下さい」
私の言葉に、サティスフォード子爵は驚いている。王宮魔法師のゲイツ様に気易すぎると思ったのかも。
「わかりましたよ! こんなむさ苦しい男達と一緒に長時間いたくないですからね」
ボートでカルディナ帝国の船に向かう。縄梯子が降りているけど……美麗様みたいに椅子で吊り下げて貰うのも怖い。
「ここを上るのですね? ペイシェンス様は上れますか?」
上れるけど、スカートだから上りたく無い気分だ。
「ああ、失礼しました。では、ちょっと抱きしめますが、叱らないで下さいね」
きゅっと抱きしめられて、ドキッとしたけど、フワッと風に乗って船の甲板の上に着地した。
「メアリー!」
メアリーは、空を飛ぶより縄梯子の方がまだマシだと首を横に振る。サティスフォード子爵にメアリーがスカートの下に穿くズボンを用意して貰おう。
カルディナ帝国の船長も船員も、風に乗って現れた王宮魔法師に驚いている。
「導師様なのですか?」
どうやらカルディナ帝国では導師が凄く尊敬され怖がられているようだ。
皆がゲイツ様を恐れて協力的だったので、すぐに検疫は終わった。
「ここには流行病に罹っている者はいませんが、不潔です! 浄化して下さい」
えええ、私ですか? まぁ、ゲイツ様の威光があって検疫もスムーズに済んだから良いかな?
「綺麗になれ!」
船室に籠っていた嫌な匂いもスッキリ! あっ、垢にまみれていた船員達もスッキリしたみたい。
やっとローレンス王国に着いたけど、陸には上がる許可が出ていなかったからね。
「相変わらず、酷い詠唱ですが、効果は抜群ですね。さぁ、次々と検疫しましょう。夕食が遅くなりますからね」
そっち! そちらが大事なの?
コルドバ王国の商船隊で、何人かの罹患者が見つかった。まだ症状的には風邪ぐらいだ。
「この上級回復薬を飲んで下さい。まだ症状が進んでいない時期だから、効きます」
サティスフォード子爵は、私が作った上級回復薬を配っている。足りるかな?
ドロースス船長は、どの港で罹患したのか? どの酒場だ! と詰問している。
「どうやら、コルドバ王国のモース港でカルディナ帝国の船乗りと接触したようです」
言葉は私の前だから濁したけど、同じ娼館にしけこんだみたいだ。
罹患した船乗り、そして濃厚な接触者を港の検疫施設に隔離する。
「念入りに浄化して下さい」
もう! こちらばかり!
「綺麗になれ!」と浄化しておいたよ。
これで屋敷に帰れると思ったけど、ゲイツ様が難しい顔をしている。
「あのど助平ども! サティスフォードの娼館にも行ったな!」
えええ、そこも私が浄化するの? ちょっとペイシェンスには不適切な場所だよ。
「ペイシェンス様はメアリーと先に帰ってお召替えを! 晩餐までには帰ります!」
自分とメアリーにも「綺麗になれ!」と何回も掛けているけど、何とはなく気持ち悪いからね。
「では、お先に! ゲイツ様、今夜は食べた事がない美味しい料理ですから、頑張って下さいね!」
あっ、ゲイツ様のやる気に火がついた。
「サティスフォード子爵、娼館と酒場の検疫と浄化をサッサと済ませましょう!」
サティスフォード子爵は、有難くて泣きそうな顔をしているよ。
まぁ、ご馳走ぐらいはしてもよさそうだね。
屋敷に戻って、お風呂に入る。浄化したけど、酷い匂いだったからね。
着替えはもう無いかな? 生活魔法で綺麗にして着ようかな? って考えていたけど、できる侍女のメアリーは余分の下着も荷物に入れていた。
「良かったわ! 明日も帰れるかわからないもの」
メアリーは、夕食までのあいだに洗濯するみたい。何日、逗留になるか分からないからね。
実際に流行病に罹患した船乗りがいたし、多分、娼館や酒場でも濃厚接触者が出るだろう。
今、私にできる事は、上級回復薬をつくる事だ! 港で封じ込めないと、全土に広がってしまう。
ドヤドヤとゲイツ様やサティスフォード子爵が帰ってきた気配がする。
あまり罹患者が多く無いと良いな。上級回復薬が足りると良いけど。
「エステナ神、どうか流行病が広がりませんように」
いつもは、神様のことを忘れているけど、こんな時は神頼みしちゃう。
「そうだわ! 屋敷に流行病が入ってこないように、空気のバリアを張れば良いのよ!」
これは前世のアニメのイメージだよ。空気が汚染された世界で、自分の町をバリアで囲んで暮らしていた。
「バリア!」
ああ、これは疲れるね! でも、この中に居れば安心だ。