流行病?
サティスフォード子爵がカルディナ帝国の貴族とバラク王国の貴族とパーシバル達、そして何故かドロースス船長と共に帰ってきた。
バラク王国の貴族は、赤の地に黒や黄色の柄の生地を纏っている。派手だね! 浅黒い肌で片肩は丸出しだよ。それに金のチェーンがジャラジャラ。
遠目で見ていたより、かなり若いのもあって、前世のヤンキーを思い出しちゃった。髪の毛は黒くて、レゲエみたいなドレッドヘアでかなり長い。
カルディナ帝国の貴族は、黒い絹のカルディナ帝国服を着ている。ストイックな印象の中年の男だ。
「美麗様は如何でしょう?」
出迎えた私に質問する。
「私の侍女がお世話をしていますわ。馬車で目を開けられましたが、私はカルディナ語は少ししかわかりませんので」
意識があると聞いてホッとした顔をして、自己紹介した。
「私は美麗様にお仕えする僕、王 芳 です。明明も大丈夫でしょうか? 私の姪なのです」
ローレンス語が堪能で助かるよ。
「ええ、メイメイさんもゆっくりと休んでおられますわ」
王さんは、本当にホッとしたみたい。
横で聞いていたドロースス船長が難しい顔をしている。
「ワンさん、もしかして流行病では無かろうな!」
ピキッと空気が凍った。
「いえ、メイリン様は流行病ではありません。帝都タイアンは流行病で大惨事ですが、離宮におられたし、それに流行病ならもう発症しています」
ああ、やはりあの養鶏場は駄目だったんだ。
「だが、カルディナ帝国では流行病が広がっているのだな! 船員達はどうなのだ!」
サティスフォード子爵も声を荒らげる。
「いえ、メイリン様を乗せるのですから、注意して船員も選抜いたしました。それに流行病に罹っているなら航海中にもう発症していますよ」
カルディナ帝国からローレンス王国まで半月以上も掛かる船旅だ。確かに、流行病なら発症しているだろう。
少しだけ空気が緩んだ。
「流行病なら、私達の術師が治してやるぞ」
ああ、忘れていたけどバラク王国の貴族が口を挟んだ。若いのに傲慢な口調だけど、母国語じゃないからかな?
「ああ、アルーシュ様、どうぞお部屋に!」
よく見ると指輪がいっぱいだ! あれっ? これって魔石なのかな? 魔力を感じるよ。
「おや、小さな女の子は目利きだな。私の妻の1人になるなら1つあげても良いぞ」
身震いした。全身でお断りしておくよ! 南の大陸は一夫多妻制なのかな?
「大勢の嫁を養うのは男の甲斐性だ!」
左様ですか? 私は自分で食べていけるから結構です!
でも、その指輪の機能は気になるよ。ジッと見つめちゃう。
「魔法陣ではないけど、魔法陣っぽい!」
ハッとして、思わず口に出しちゃった。
「ふふふ、本当に嫁に貰いたくなったな。この魔力なら、第一夫人にしても良いぐらいだ」
パーシバル、ラッセル、フィリップスがアルーシュとの間に入った。
「さて、風呂にでも入らせてもらおう。ザッシュ! 付いてこい!」
従僕と召使い達をゾロゾロと連れて、アルーシュは退場したけど、それから3人からお説教されたよ。
「ペイシェンス嬢、見知らぬ男と口を利いてはいけません」
フィリップスのは貴族の令嬢としての慎みについてだね。
「魔法陣ではなかったのか? では何だろう? あっ、そう言う微妙な話題は口にしてはいけないのだぞ!」
魔法関係を詮索するのはマナー違反だね! ラッセルに叱られたけど、本人も興味があるみたい。
「ペイシェンス様、あちこちに粉を掛けないで下さい」
パーシバルの非難が1番的外れだと思うけど、何故かドロースス船長まで爆笑している。
「ペイシェンス嬢、バラク王国の第三王子の後宮で優雅な生活を送るつもりがないなら、気をつけないといけませんよ」
えええ、王子だったの? 先に言ってよ!
「ああ、良い香りだ!」
全員の腹が鳴りそうだけど、皆、腹筋を鍛えているのか、我慢しているよ。
「ドロースス船長、これからカルディナ帝国の船を検疫します。その間は、出港は控えて下さい」
難しい顔をして、ドロースス船長も頷いた。
「だが、早くして欲しい。船長の中には急ぐ荷物を積んでいる者もいるからな」
サティスフォード子爵も了解している。
「それにしても、千客万来だな」
カカカとドロースス船長は笑うが、サティスフォード子爵は頭を抱えているよ。
「先ずは王都に早馬を走らせます。流行病の検疫は慣れていますが、カルディナ帝国の姫君やバラク王国の王子の件は私の手に余りますから。皆さんも王都に帰るのが遅くなると家に手紙を書いた方が良いですよ」
各自、簡単に状況を説明する手紙を書いて、早馬に持って行ってもらう。
ドロースス船長も招いて、昼食になった。着替えたアルーシュは、前とは違う柄の布を纏っているけど、同じように派手だね。
王さんは、明明に会って安心したみたい。明明から美麗様の様子を聞いたようだよ。
「ペイシェンス様の侍女がよく心得て看病してくれているみたいです。感謝します。それに、カルディナ帝国風のお粥まで用意して頂き、美麗様も久しぶりに食べ物を口にされたと明明も喜んでいました」
そう言うと、跪く。えええ、それはやめて欲しいよ。
中年の男を跪かせる趣味は無いんだ。
「王様、どうか立ち上がって下さい。ペイシェンス様も困惑しております」
サティスフォード子爵が諭して、やめさせてくれたよ。
「先ほどから良い香りがするのだが?」
アルーシュはマイペースだね。最初の印象は16歳ぐらいだと思ったけど、もっと若いのかもしれない。
「これは失礼致しました。昼食には、ペイシェンス様のレシピを試すつもりでしたが、他の物も用意してあります。アルーシュ様は、ローレンス王国風の昼食を試してみられますか?」
パーシバルにエスコートされて席につく。
できたら、私も学生組で纏まって座りたかったけど、ラシーヌが留守なので、女主人席だよ。
それに両横は、アルーシュ王子と王さんだし、ドロースス船長も近い。
折角の海老カレーなのに! ぐっすん!
急な客にもサティスフォード子爵家の料理人は慣れているみたい。
前菜は野菜と雲丹のゼリー寄せ。美味しい!
「なかなか美味いな! ここの料理人を引き抜きたいぐらいだ」
アルーシュ王子は褒めているのだろうけど、サティスフォード子爵の笑顔が少し深くなっているよ。
次は、昨夜のアレンジだ。干貝柱のスープに海老団子を浮かべてある。これもレシピを書いて渡したんだ!
「これは……! カルディナ帝国風のスープをここで頂けるとは! なるほど、干貝柱のお粥を召し上がられるはずです」
王さんに絶賛されたよ。海老団子、生姜が効いてて美味しいね!
「もしかして、これらのレシピはペイシェンス嬢が教えられたのか? なかなか良い趣味だ」
ドロースス船長も美味しそうに食べているけど、やはり庶民とは違うエレガントな所作だよ。
次がカレーだ。香りでわかるよ!
「海老カレーでございます」
小さく盛った黄色いサフランライス、それに海老カレーがサービスされていく。
「これは南の大陸のスパイスを使っているな! ああ、美味い!」
レゲエ髪型のヤンキー風アクセサリーのアルーシュ王子だけど、食べ方はとても綺麗だ。やはり王族なんだね!
「うむむむむ……これは美味しい!」
サティスフォード子爵は唸っているよ。
「ペイシェンス、レシピが欲しい!」
ラッセル、海老はロマノでは手に入らないよ。
「チキンカレーで宜しければ……海老カレーは海沿いでなければ無理ですわ」
チキンカレー! 3人の目がキラリとする。
「フィリップス様とパーシバル様にも差し上げますわ。カレー粉はバーンズ商会で売っています」
やったね! と3人が笑う。
「ふうむ、ペイシェンス嬢、一度、コルドバ王国にいらっしゃいませんか?」
ドロースス船長、身分を隠しているのがバレていますよ。
「ペイシェンスとやら、やはり其方は私の妻になると良いと思う。新たな食を作るのは、奥向きを支える妻に相応しい」
それは、お断りだよ!
「アルーシュ王子、ドロースス船長、ペイシェンス様はもう陛下から女準男爵に叙されています。他国に勝手には行けません」
サティスフォード子爵がお誘いを断った。でも、アルーシュ王子は、変な事を想像したみたい。
「ええ、そんなに幼い子に手を出したのか!」
ローレンス王国の全員が「違います!」と口を揃えて叫んだ。
「良かった! 変態の王が治めている国に留学するのは気が重いからな」
席には着かず、後ろに立っていたザッシュが「アルーシュ様!」と小さな声で注意する。
でも、私と3人はそれどころではなかった。
「留学!」って事は、王立学園だよね! 庶民が通う学校じゃないよね?
「ロマノ大学に留学されるのですか?」
私達を代表して、パーシバルが期待を込めて訊ねる。
「そうしたいのだが、まだ13歳だからな! それにカザリア帝国風の勉強はまだまだだ」
えええ、13歳!! 嫌な予感しかしないよ。指をクロスさせて、初等科になりますように! と祈る。
口直しのシャーベットの後は、魚のムニエルだった。レモンが効いたバターソースが美味しい。
ここで、私は席を立ったよ。パーシバル達も席を立った。残ったのはサティスフォード子爵、アルーシュ王子、王様、ドロースス船長だ。
サロンのソファーに座った瞬間、ラッセルが愚痴る。
「今日はロマノに帰れそうにないな!」
美麗様と明明は流行病ではなく、長旅の疲れだと思うけど、船員達の全員の検疫が終わるまで、私達も足止めだ。
「金曜までには帰らないといけないのに……」
他の授業は何とかなる。でも、錬金術クラブの体験コーナーは第一回目だし、料理クラブや手芸クラブのメンバーも大勢参加してくれるのだ。
「ああ、体験コーナーか! 私も楽しみにしているんだ」
ラッセルと私は、呑気だね。
「それより、アルーシュ王子はどの学年になるのでしょう?」
フィリップスの発言で、全員が黙る。
「13歳なら初等科だろう!」
ラッセル、リュミエラ王女も13歳だよ。
「オーディン王子は何歳でしたか?」
フィリップスの質問に、パーシバルが憂鬱そうに答える。
「オーディン王子は13歳になられたばかりです。できれば、キース王子、オーディン王子、アルーシュ王子を纏めてしまいたい」
世話役のラルフは大変そうだけど、そうなると良いな。
「事前に外務省に連絡は無かったのだろうか? 少なくとも父は何も話してはいなかったが?」
息子が通う王立学園に他国の王子が留学してくる。それも同じ学年なら、一言あるよね?
「私も聞いていませんが?」
ラッセルとフィリップスがパーシバルの顔を見る。
「私も聞いていませんし、多分、バラク王国は事後申告するのでしょう」
マジ? それで良いの?
「まぁ、第三王子だから、そんな感じなのか?」
少なくとも、パリス王子もオーディン王子も事前に交渉があったようだし、オーディン王子はパーシバルが出迎えに行っている。
勝手に押しかけるのって有り?
「ペイシェンス様、バラク王国の遣り方は外交的には無しですが、それはバラク王国の大使と外務省で交渉して貰いましょう」
私達も接触者になったので、バザールにもいけない。
なら、屋敷の中で楽しもうと、パーシバル達は剣術稽古だよ。ドロースス船長も参加している。男子の気が知れないね!
メアリーは、美麗様がかなり回復されたので、メイドに任せて私の側にいる。
「綺麗になれ!」一応、浄化しておくよ。
「美麗様に治療師を呼ばなくて良いのかしら?」
回復されたとはいえ、心配だよね。
「ペイシェンス様? 美麗様はエステナ教徒なのですか?」
ああ、治療師は教会に属している者が多い。これって問題だよ!
「上級回復薬を作りたいけど、メアリーも接触者だし……」
暇だから、上級回復薬を作っておこうと思ったけど、上級薬草が無いんだよね。
「それなら、隔離されていない召使いに頼めば、買って来てくれますわ」
へへへ……なら、作りたかったけど、暇がなくて後回しにしていた道具も作っちゃおう!
「お嬢様?」
変な笑いに、メアリーが引いているよ。失敗だ!