輸出する物
港近くまで歩く。ここら辺は倉庫街みたい。
「あれらがガラスの倉庫ですね。見てみますか?」
ちらりと見たけど、大きな木の箱、コンテナにガラスが詰まっているだけだ。
その中には藁やモミの梱包材が詰まっているのだろう。
前世のプチプチを思い出したけど、作る価値があるのかな? カエサル部長と要相談だ!
「ここは、良いでしょう」
パーシバルも、ここを見学しても得るものはなさそうだと思ったみたい。資料だけで十分だね。
「彼方が魔道具の店みたいですね! バーンズ商会がサティスフォードにも支店を作ってくれたのです」
何軒か魔道具の店が並んでいるけど、バーンズ商会の店の前には護衛が立っている。高価な品物だからかな?
「へぇ、バーンズ商会は王都ロマノと領地にしか店舗はないと思っていたが……」
ラッセルは詳しいみたい。
「ええ、このところカカオ豆やスパイスや魔石の購入が多くて、地元の商店から購入する為と、魔道具などを販売する支店を開設して下さったのです」
それは他の店に影響しないかな? 大手のスーパーが進出して、地元の商店街がシャッター街になるのって前世では問題だったよ。
「サティスフォード子爵は、バーンズ商会が支店を開設するのに反対はされなかったのですか?」
パーシバルは、すぐに問題に気づいたみたいだね。ラッセルとフィリップスもハッとしている。
「ええ、それについては地元の商店主からも陳情がありました。香辛料などは、当分の間は地元の店から購入してくれるそうです。まだ、品の良し悪しとか価格は勉強中だからと言われましたが……」
領主としたら、バーンズ商会からの税金収入は大きいから逃したくないだろう。でも、地元の商店も保護したい。難しいね!
「いずれはバーンズ商会が南の大陸からの船と直接交渉しそうですね」
フィリップスも問題に気づいたみたい。安価なスパイスを手に入れるには直接取引の方が良いけど……どうなるのかな?
「バーンズ公爵と面会する機会を得た時に、私なりに地元の商店の保護についても話したつもりです。あの御方は、ローレンス王国の全体の経済の底上げを考えておられます。だから、商店主を圧迫する気はないと言われたのですが……」
その約束がいつまで保たれるのか少し不安なようだ。
「バーンズ公爵は、信頼には信頼で返す御方だと思いますわ」
まぁ、もうすぐ12歳の子供の評価だけどね。
「バーンズ公爵と面識のあるペイシェンス様にそう言って貰えると、この判断が間違いではなかった気がします」
満足そうに頷くと、バーンズ商会の支店に向かう。自分の決断が間違いではなかったと信じることにしたようだ。
「サティスフォード子爵様、今日は何か御用でしょうか?」
護衛も領主が一緒だし、パーシバルやラッセルやフィリップスの身なりも立派だから、何も聞かずにドアを開けてくれた。まぁ、一応、私も貴族の令嬢の格好だしね!
「ああ、エバンズ。今日は王立学園の学生達を案内しているのです。ローレンス王国からの輸出品を見せて下さい」
まだ、バーンズ商会はスパイスの買取は控えているみたいだね。
「こちらの魔導灯は一番人気ですが、新製品のカッパも人気急上昇中です」
ああ、もう夏休みに作ったフロートと同じ素材の商品が並んでいるよ。
王都のバーンズ商会にチェックしに行く暇も無かったんだ。
「これは……」
フィリップスは、海水浴でフロートやボディボードで遊んだから、すぐに気がついたようだ。
目配せしたら、口を閉じてくれた。フィリップスは勘が良いから楽だね。
「これは、王都のエクセルシウス・ファブリカが開発した新製品の数々なのです。私としては、カッパは冬の寒い地方で雪除けに良いかと思っていたのですが、パウエル支配人は航海にも便利だろうと言われたのです」
航海に便利な救命胴衣、浮き輪、ゴムならぬスライム長靴、スライムカッパ。大きい物では救命ボートも置いてある。
撥水加工された布は巻いて何本も立てかけてある。
夏休み、色々と作ったなと自分でも感心するよ。
「それと、王都のバーンズ商会でも引き受けていますが、マントやコートの撥水加工も好評です」
ウハウハが止まらない様子のエバンズ支店長だ。
「魔道具は魔導灯が多いみたいですね」
ラッセルの質問に、エバンズ支店長は肩を竦める。
「南の大陸ではまだ魔道具は普及していませんからね。でも、蝋燭よりは魔導灯の方が便利だから少しずつ広がっています」
それにしても、本当に基本的な魔導灯だけだ。カンテラタイプというか、錬金術1で組み立てた簡単で大量生産されている物だ。
「他の店では違うタイプの魔導灯も販売しているようですが、バーンズ商会ではこのタイプですね」
サティスフォード子爵が質問している。
私は、自社工場を持っているのかもしれないと思った。
今度、バーンズ公爵と話す時に聞いてみたいな。
あっ、それか他の地元商店の保護かな? エクセルシウス・ファブリカの商品は、ここにしかないからね。
店の隅に私が考案した湯たんぽと糸通しが置いてあった。
「湯たんぽも、これからの季節はよく売れそうですが、南の大陸では必要ないかもしれませんね」
それより、糸通しの置き場が悪すぎるよ。エバンズ支店長は、必要性をあまり理解していないのかも?
中を見て回っているうちに、客が入ってきた。
「これは、ドロースス船長!」
こちらに目礼して、子爵が許可したので、いそいそとエバンズ支店長は、日焼けしたドロースス船長の元へと急ぐ。
船長っていうより、片目眼帯のせいで海賊っぽい風貌だけど、横の甲板長にメモを渡すように指示している。見た目より、商売熱心みたいだ。
「いつもの魔導灯以外の新製品を紹介して欲しい」
エバンズ支店長が新製品の説明をしている。
「この撥水加工した布の製品は全て貰おう。南の大陸はもうすぐ雨期だ。荷物の運搬に便利だろう」
即決だね!
「こちらの金物は何だ?」
目が良いね!
「こちらは、ローレンス王国では好評な湯たんぽでございます。夜、お湯を入れてカバーしたのを布団の中に置いておけば、暖かく眠れます。そして、朝はそのお湯で顔も洗えるのです」
南の大陸は、暑いと聞いているから必要ないかな?
「航海中は寒いから、10個ほど貰って試してみよう。そうだ、砂漠の夜は冷えると聞いた。100個買おう!」
砂漠かぁ! キャラバンとかあるのかな?
「これは、何だ?」
湯たんぽの横、隅に置いてあった糸通しにも目を付けた。
「ああ、これは糸を針に通す道具です。王都ロマノでは評判が良いみたいですよ」
一応は説明しているけど、エバンズ支店長はどれだけ便利な道具なのか理解していない。それでは伝わらないよ!
「針仕事をする人にはとっても便利な道具ですのよ!」
横からだけど、口を挟んでしまった。
「おや、小さなお嬢さんは使っているのかな?」
サッとパーシバルとフィリップスとラッセルが私とドロースス船長の間に入る。
「おや、騎士がいっぱいだ!」
面白そうに笑う。エバンズ支店長は、得意先のドロースス船長と領主の客人とが揉めるのではと冷や汗をかいている。
「針仕事をする人達の為にこの糸通しは作られたのです。それにバーンズ公爵は、作った人の意図をよく理解して、とても安価で販売して下さっていますわ」
甲板長は、糸通しを手に取って、ふむふむと頷いていた。
「船長、これは優れ物です。南の大陸でも、コルドバ王国でも、針仕事をする女の人はいっぱいいます」
ガハハ……と笑ったドロースス船長は「糸通しを全部買う!」と言った。
「そこのお嬢さん、貴女は偉い人になるよ。こんなに小さい頃から、貧しい女の人の事を考えられるのだから。もう少し大きくなったら、私の船に乗せてあげよう! 名前は何て言うのだ?」
横で聞いていたサティスフォード子爵が、エバンズ支店長にドロースス船長は信頼できるのかと目で尋ねる。
「ドロースス船長は、コルドバ王国の商船隊を率いておられます。一番大きな商船、エルドラの船長で、今年からサティスフォード港にも寄港されるようになりました」
それを聞いてから、サティスフォード子爵は名乗る。変な相手にいちいち領主が名乗る必要は無いからね。
「ドロースス船長、私はこの地を治めているパトリック・サティスフォードです。先程、話をしたのは私の妻の従姉妹のペイシェンス・グレンジャー女準男爵です」
ドロースス船長の片目がキラリと光った。
「そうか、もう女準男爵に叙されているのか。では、先程は失礼しました」
サッと片膝を突くと、私の手を取って触れるかどうかのキスをした。
パーシバル達が、ハッとしている。その所作は一介の商船の船長ではない。
「貴方はもしかして!」
パーシバルは、何か気がついたみたい。でも、ドロースス船長が残った青い目をウィンクして黙らせた。後で聞こう!
狡猾だなんて、怪しいよね。偽名っぽい。
なんて考えていたのに、港から馬車までの露天で、キャッサバやコーヒーやパイナップルを見つけて、馬車に戻るまで忘れていたよ。
だって、キャッサバが有れば、あの大好きだったタピオカミルクティーが飲めるんだもん! 夏は、あれがないとね。もう、秋だけどさ。太いストローも作らなきゃ!
それにコーヒー! 紅茶も好きだけど、コーヒーも大好きなんだよ。
食欲に負けるのは良くないよね。
「パーシバル様は、あのドロースス船長の正体をご存知のようでしたね」
馬車に乗った途端、サティスフォード子爵の方が先に質問している。自領に寄港している船長の正体だもの気になるよね。
「いえ、私の推察が当たっているかどうか? ただ、コルドバ王国海軍のイオネオス・グランド提督ではないかと思ったのです。リバイアサンとの戦いで左目を負傷され、退官されたと聞いていましたから」
その話通りなら、勇敢って名前に相応しいけど、リバイアサンなんて本当にいるんだ! ヘンリーは海軍には入って欲しくないよ!
「そうか、海軍を退官されて商船隊を率いられているのか!」
サティスフォード子爵とラッセルとフィリップスは、退官した時の報奨金が凄かったのだろうと騒いでいたが、パーシバルは黙っている。
「今年からサティスフォードに寄港されるようになったのは……」
私がソッと呟いた言葉に、パーシバルは頷いた。やはり、自国のリュミエラ王女が他国に嫁ぐのを心配しているのかな? それとも何か他の訳でもあるのかな?
「ペイシェンス様、本当に気をつけて下さいね。確かグランド将軍は独身だと記憶していますから」
ハハハ……それは無いよ。ドロースス船長は、身のこなしはダンディだけど、ショタコンの私の守備範囲外だからね。