皆でサティスフォードへ!
朝、まだ暗い中、メアリーに起こされて身支度する。一泊する準備もメアリーがしてくれている。いつも文句を言う侍女システムだけど、助かる場合もあるんだよね。
簡単に朝食を摂って、起きてきた弟達にキスをする。
「お姉様、行ってらっしゃい」
本当は一緒に行きたいのだろうけど、ナシウスは我慢している。それに、ヘンリーのお守りもあるからね。
「何かお土産を買って帰りますからね」
ついていきたい! って目をしているヘンリーにキスをして、馬車にメアリーと乗り込む。
「サティスフォード子爵、ペイシェンスを宜しくお願いします」
父親が挨拶したら、馬車は発車だよ!
今回は、サティスフォード子爵の馬車にパーシバルと一緒に乗る。
もう一台は、ラッセルとフィリップスだ。
そちらと合流したら、パーシバルとそちらに移りたいけど、令嬢は保護者と一緒じゃないと駄目みたい。
グレアムも御者台に乗っている。護衛を兼ねているからね。
南門でラッセル達の馬車と合流した。パーシバルの従僕が、そちらの馬車に移動する。
気候の良い季節だから、交代で御者台に従僕は座るみたい。
三台にしても良いけど、護衛しにくいみたいだね。前後に何人か護衛が馬で走っている。
「今からなら、途中で休憩しても、昼にはサティスフォードに着きますよ」
まだ門が開いたばかりで、冒険者達が外へと出かけているだけだ。まだ商人達は荷物を積んだりしているのだろう。
朝早かったので、うとうとしちゃったみたい。休憩の宿で、トイレを使って、お茶を飲む。
護衛達は朝食は食べたはずなのに、パンを食べているよ。
短い休憩を終えたら、また馬車だ。スライムクッションがあっても、少しお尻が痛いよ。
「サティスフォードのバザールを見学されたいと聞きましたが、前にも行かれたのでは?」
サティスフォード子爵の質問に、パーシバルが答えてくれた。
「経済学2の課題が、ローレンス王国の食物の輸出入について調べて、問題点を見つけ、その改善策を考える事なのです。資料は外務省にもありますが、実地で調べてみたら何か見つかるかと思ったのです」
ふむ、ふむ、と聞いていたサティスフォード子爵は、ある事を提案してくれた。
「この前、ペイシェンス様からメロンとスイカを頂きました。あれは温室で栽培されたのですよね。いえ、秋なのに普通の温室だけでは作れないのは理解しています。でも、春から夏ならサティスフォードでも温室栽培できるのではないかと考えたのです」
ああ、南部のサティスフォードなら、ロマノより暖かいし、温室栽培できるかもしれないね!
「それは、良いアイディアだと思いますわ!」
サティスフォード子爵も満足そうに頷いた。
「でも、コルドバ王国でも良いメロンは栽培できないと聞きましたが……ああ、温室栽培をしていないのですね!」
パーシバルがコルドバ王国のメロン栽培の失敗の原因に気がついた。
「ローレンス王国ほど、錬金術も発展していませんし、ガラスも高価ですからね」
ああ、ローレンス王国の錬金術が発展しているって事を忘れていたよ。
一つ課題の解決案が見つかったよ。幸先が良いね!
そうだ! こちらからも提案してみよう!
「あのう、カルディナ街で干貝柱や干海老や干鮑などを購入しましたの。サティスフォードでは、帆立貝や、海老や、鮑を干したりしませんの?」
サティスフォード子爵は、アッという顔をして、パチンと指を鳴らした。
「漁村で少しは干物を作っているけど、それは冬に海が荒れた時の保存食としてです。干した物より新鮮な海産物の方が好まれますが、ペイシェンス様は価値を見出されているのですね!」
サティスフォード子爵は、本当に領地経営に熱心だね。
「ええ、もし干鮑があるなら、美味しいレシピを料理人に教えますわ。食べてみれば、価値が分かると思います」
私は、前世の中華料理の中でも干鮑のクリーム煮が一番好きだったんだ! こちらのは大きいけど、大味じゃないよね? 干貝柱のスープも美味しいよね!
「ペイシェンス様、それは本で読まれたのですか? カルディナ帝国の料理本などもグレンジャー家にはあるのですか!」
ええっと、あるかどうかはわからないけど、ある事にしておこう!
「ええ、ずっと前に読んだので、その本が何処にあるかわかりませんが、レシピはメモしたので覚えていますわ」
あの膨大な書籍を調べるのは無理だから、これで大丈夫だね。
サティスフォード子爵でも、あの図書室を見たら、探せないと諦めるはずだよ。
干貝柱の出汁で炊いたお粥も好きだけど、ローレンス王国ではどうかな? 病人食に思われちゃうかも?
「ペイシェンス様、何か美味しそうな物を考えていますね」
えええ、ゲイツ様だけじゃなく、パーシバルも私の考えが読めるの? それは困るよ!
「ペイシェンス様の顔を見たら、お腹が空いてきました」
サティスフォード子爵も同じ気持ちなのか笑っている。
この前の精神攻撃の防衛魔法も上手くできなかったんだよね。
顔に考えが出ちゃうのは良くないよ。
「どうすれば、顔に考えが出なくなるのでしょう。このままでは外交官になれませんわ」
二人は真剣に考えてくれたよ。実行できるかはわからないけどね。
「ペイシェンス様は、王妃様やリチャード王子様とよく会われていますよね。あの御二方は、常に微笑みを浮かべておられます。まぁ、時々、微笑みが深くなって不快を示されますが、それを真似されては如何でしょう」
そう言うパーシバルは普段は無表情だ。
まぁ、近くにいたら微妙な感情の揺れに気がつくけどね。
「陛下や男性のように無表情を通すと、令嬢としては無愛想だと言われるかもしれませんからね。微笑みを絶やさないようにするのは、良いかもしれません」
大人のサティスフォード子爵の意見は参考になるよ。
リチャード王子は、微笑みをキープしようとしているけど、まだ若いから時々苛立ちが顔に出ているよね。
陛下は……そうか、ほぼ無表情だ。これも修練が必要そうだな!
「頑張ってみますわ! それに考えが漏れないように防衛魔法を掛ける練習もしなくてはいけませんもの」
ゲイツ様に考えがダダ漏れは困るからね。
にっこりと微笑んでみるが、これって表情筋が疲れるんだね。
サティスフォードが見える頃には、ピクピクしてきたよ。
「ペイシェンス様、いきなりは無理でしょう」
サティスフォード子爵が、顔が引き攣っているのに気づいて注意する。
「ええ、今日はここまでにしておきますわ」
頬を指先で撫でていると、パーシバルが吹き出しちゃった。
「失礼! でも、私はペイシェンス様の素直に感情が表れるのも好きですから、無理をしないで下さいね。これは練習も必要ですが、気持ちを切り替えるのが大切だと思うのです。感情を露わにしない方が良い場面では、微笑みという仮面を付ける。普段は、リラックスしておいた方が貴女らしいですよ」
えええ、かなりパーシバルって私の事を良く見ているよね!
サティスフォード子爵もメアリーも頷いている。
そうだよね! 王妃様やリチャード王子を目指している訳じゃないんだもん。
外交官で、相手側と折衝する時に考えを読まれないようにしたら良いんだ!
「ふふふ、何だかできる気になりましたわ!」
私は楽天家だよ! じゃないと、いきなりど貧乏なグレンジャー家に転生してやってこれなかった。
「ああ、サティスフォードの香りだ! この香りを嗅ぐと帰ってきた気持ちになります」
風にスパイスの香りが混ざっている。私もクンクンしちゃって、メアリーに袖の裾をソッと引かれちゃった。令嬢は鼻をクンクンさせたりしないものなんだね。
「これがサティスフォードのバザールの香りですね!」
パーシバルもバザールは初めてみたいで、少し興奮している。こんな時は15歳の少年らしさが出て、私としては胸がキュンとするんだよね。ショタコンだからさ。
サティスフォードの屋敷で少し休憩してから、バザールに行く。メアリーや従僕達は荷物を部屋に運んだり、片付けたりしているけど、私達はサロンでお茶しているよ。
「昼食には、サティスフォード名物のスパイシーな料理をお出しします。お口に合えば良いのですが」
ラッセルとフィリップスもスパイシーな料理に興味があるみたい。
「それは楽しみです!」と声を揃えて返事をしている。
サティスフォード子爵も、良家の子息らしい大らかな態度に満足そうに頷く。
「ペイシェンス様のレシピをサティスフォード子爵にもお教えしたら如何ですか?」
パーシバルの提案で、サラダのスパイシーチキン乗せのレシピをサロンに準備してあるメモにサラサラッと書いて渡す。
これは、スパイシーチキンとサラダを合わせるだけだし、ドレッシングもレモンを利かせるだけな簡単アレンジだからね!
「なるほど、これは夏場のお客様にお出しすれば喜ばれそうですね!」
執事を呼んで、レシピを料理人に渡すように命じている。
「干鮑、干貝柱のレシピも書いておきますわ。乾物を戻す必要があるから、時間が掛かりそうですもの」
干鮑のクリーム煮と生の鮑のステーキ! 干貝柱のスープと生の貝柱の薄切りをカレースパイスで炒めた物!
干物と生の海産物、両方を比べた方が良いからね!
「これも料理人にお渡しください。このカレースパイスはバーンズ商会で売り出して、好評ですのよ。ここには大体のスパイスの分量を書いておきましたし、サティスフォード子爵家の料理人ならスパイスの扱いになれているでしょう」
料理人を褒められたのと、新しいレシピを手に入れたサティスフォード子爵は嬉しそうだ。
「バーンズ商会からスパイスの大量注文が入ったと、バザールの商人達が騒いでいましたが、ペイシェンス様が考えたカレースパイスを販売しているからですね! 素晴らしい発想力です」
褒められたから、カレーのレシピもあげよう! 今回の宿泊代だよ!
「ふむ、ふむ、ライスを添えて食べるのですね。豪華にするにはサフランライスにするのか……明日の昼に試してみましょう。ペイシェンス様に試食して貰った方が料理人も安心してお客様に出せるでしょうから」
サティスフォードなら海の幸が手に入りやすいから、海老カレーと家で作ったマイルドなチキンカレーのレシピを渡した。
できたら海老カレーが食べたいな!
「ペイシェンス嬢は、本当に料理も上手なのですね」
フィリップスが驚いている。知らなかったのかな?
「料理の授業を一回目で修了証書を貰ったと女学生達が騒いでいたじゃないか。それに、錬金術クラブのアイスクリームも機械はメンバーが作ったのだろうけど、元のレシピを考えたのはペイシェンスじゃないのか? 今、ロマノで黄金より貴重だと噂されているチョコレートもペイシェンスが作っているのだと私は推測している」
えええ、そんなにチョコレートの評判が高いの? 好評だとは思っていたけど……エバにチョコレート屋を開かせるべきなのかな?
「ペイシェンス様、また変な事を考えていますね!」
パーシバルに笑われたよ。
「チョコレートはいずれバーンズ商会で売り出されますわ。今は作り方の試行錯誤中ですけれどね」
早く細かく滑らかにする方法を考えなきゃ!
「ああ、でもチョコレート屋を開くのも楽しそうだわ!」
こぢんまりした店をエバとミミとメアリーとキャリーと私で開く。今なら開店資金もあるかも?
「それは、楽しそうだけど、客が押し寄せて暴動になりそうだ。それに、チョコレートを買い占めようとする貴族と買いに来た客の喧嘩になるかもしれない」
ああ、ラッセル! 夢は夢だよ!
「それは、その通りなのです。早く、バーンズ商会にチョコレートを売り出して貰いたいですわ」
異世界の貴族は権力と魔力を持っている。その我儘と付き合う気力は私には無い。バーンズ商会にお任せして、私はできたチョコレートを現物支給して貰って、家族と楽しむよ。色々なアレンジがあるからね!
「ああ、何か美味しそうな事を考えているな! お腹が空いてきたよ」
ラッセルにも考えが読まれたよ。微笑み仮面をつけなきゃ!
「部屋の用意ができました」メアリーや従僕達が各部屋を整えてくれたので、馬車の旅の埃を払って顔や手を洗う。
私には生活魔法があるけど、やっぱり手や顔を洗うとさっぱりするね。
すぐに昼食だから、着替えずに「綺麗になれ!」と掛けておく。
「この昼食にはスパイシーチキン乗せサラダが出るかもしれないわよ」
メアリーも気に入っているのか、嬉しそうに頷く。
さて、昼食を食べたら、バザールに行くよ!