金曜のあれこれ
本当なら金曜の放課後は寮の夕食まで錬金術クラブに行きたいのだけど、今週の土日は忙しいから授業が終わったら家に帰る。前は馬をレンタルする都合があったけど、今は飼っているから、自由にできるのは有り難い。
父親は朝大学に行ったら、夕方までは馬車を使わない。だから、本当はあちこち見てみたいんだけど、メアリーの令嬢基準は厳しいんだ。
それと、またバーンズ公爵家からカカオ豆やチョコレートの材料が届いたみたい。これは、メアリーが寮に来た時に話してくれた。
だから、屋敷に金曜の三時間目が終わったら帰る事とエバにチョコレートの下処理をお願いするメモを届けて貰ったんだ。
「バーンズ公爵家からカカオ豆や材料が大量に届いたのは、きっとゲイツ様がチョコレートを欲しがっているからだわ」
エクセルシウス・ファブリカの代表役をして貰っている報酬だから、仕方ないね。それに防衛魔法も教えて貰っているし。
それと、上級回復薬も作っておきたいから、金曜に帰るのを決めたんだ。まぁ、弟達とも早く会えるからね! やはり火曜を丸々錬金術クラブにして良かった! ただ、ミハイルがいないと機械的な事は進まないんだよね。ミハイルも火曜をなるべく空けるとは言ってくれたけど、初等科は単位制じゃないから難しいみたい。ミシン、早く作らないと春学期みたいに焦る女学生だらけになっちゃう。
三時間目の裁縫の時間が終わって寮に戻るとメアリーが服をもう鞄に入れていたので、家に帰る。
私はほぼ夏物二枚の仮縫いを終えたから、後はビーズ刺繍をしながら、マーガレット王女とリュミエラ王女のチェックだよ。目を離すと、とんでも無いことをするからね。フリルをバイヤスに取るのも知らないみたいなんだもん。キャメロン先生はちゃんと教えていたよ! 初めての事ばかりで耳に入らないのかも?
「お姉様、今日は早いのですね!」
そういえば、三時間目で帰るのは初めてかもね! 金曜に帰る時は、王宮経由だったもの。
出迎えてくれたナシウスとヘンリーにキスをしておく。ああ、幸せ! 挨拶のキスはまだ大丈夫なんだ。
「メアリー、悪いけど冒険者ギルドで上級薬草を買ってきてくれる? 荒くれ者が多くて危険なら、グレアムに付き添って貰うのよ。上級回復薬を早めに飲めば重症化しないと薬学の先生に聞いたから、多めに作っておきたいの」
メアリーは、グレアムの付き添いと言った時は、少し頬を赤らめたが、流行病に備えるのだと知って真剣な顔で頷いた。今年、流行病が広がるかどうかは分からないけど、備えておく。
「お祖母様は、何故早く上級回復薬を飲まなかったのかしら?」
他の方を優先したのかもしれないし、まだ自分は若いと思っていたのかもしれない。でも、私は自分もだけど家族や使用人を優先するよ。ペイシェンスなら犠牲的な精神で貧しい年寄りに譲るのかも? それが貴族的な精神なのかな?
メアリーの留守の間に、台所へ急ぐ。エバがミミに手伝わせて、前の二倍のカカオ豆を洗ってローストしてくれていた。オレンジピールもできている。助かるよ!
「エバ、ミミ、ありがとう! チョコレートが好評すぎて配る箇所が増えそうなのよ」
エバは自信ありげに頷く。王妃様のメモを見せると、嬉しそうに目を輝かせた。
「今回は新作も作るつもりなの。ナッツチョコレートよ」
ローレンス王国にもクルミやアーモンドやピーナッツはあるから、ミミに買いに走らせる。
「殻と芽はあちらに集まれ!」
エバは、ここまでやりたいのか真剣に見ている。まぁ、手作業でもできるけど手間が掛かるんだよね。
「細かく、細かく、滑らかになれ!」
これができないんだよね。バーンズ商会でもチョコレート擬きまでは作れているみたいだけど、私の生活魔法ほどは細かくはできないのでザラつきが残るんだ。何かないかな? 石臼なら熱は帯びにくいけど……昔、小学生の頃にチョコレート工場を社会見学したはずなんだけど、お土産が何かと友達と話していて説明を聞き逃していたよ。
「これで良いでしょうか?」
ミミが息を弾ませてナッツ類を買ってきた。そんなに急がなくても良かったのに悪かったな。
「まぁ、アーモンドもあるのね!」
アーモンドチョコレートは大好物だ。ナッツ類をローストしている間に、砂糖でキャラメルを作る。と言ってもエバがだけどね。
「お嬢様、これをどうなさるのですか?」
ローストアーモンドに薄くキャラメリーゼしてからチョコレートコーティングしたのが、私の好きなアーモンドチョコレートなんだ。その作り方を説明する。
「残った飴にローストしたナッツ類を入れて固めたら、それを細く切ってチョコレートコーティングするの!」
チョコレートバーだよ。ヌガーも作りたいな!
ああ、メアリーが上級薬草を買って帰ってきた。タイムアップだ。
「お嬢様、上級薬草が値上がりしていましたわ」
思ったより少ないな。やはり、他の薬師達も準備しているんだ。なら、家で上級薬草を栽培しなきゃ! スイカとメロンを収穫したら、上級薬草を植えよう。浄水じゃないと育たないのがネックだよね。何か考えなきゃ!
工房で上級回復薬を作る。入れる瓶も錬金術で作って20本できた。家族分はこれで大丈夫だけど、親戚にも配りたい。知り合いが流行病で亡くなったなんて聞きたくないもん。
「ワイヤット、家族や使用人に風邪に似た症状が出たら、すぐにこの上級回復薬を飲ませるのよ。症状が進んでからでは効果は薄いそうだから、早めに飲まさないと駄目なの」
箱に入れた20本の上級回復薬はワイヤットに管理して貰う。
「わかりました。今年は夏が続いていますから、私も心配していたのです」
後は、弟達と温室だ。メロンとスイカが何個か大きくなっている。ふふふ……美味しそう!
「今夜はスイカにしましょう!」
一番大きなスイカをナシウスとヘンリーが真剣な目で探している。日曜の昼食会のデザートの練習を兼ねるのと、チョコレート作りで忙しそうなエバの為に簡単なのを考えたんだ。
「これが一番大きいです!」
ヘンリーが勧めるスイカを採って、ナシウスが台所へ運ぶ。フルーツボーラーで丸くくり抜いて貰うと、可愛いデザートになるよね!
メアリーは私が台所にずっといるのを嫌がるので、工房で弟達とチョコレートの箱作りだ。
「前のは長方形でしたけど、少し可愛い箱にしたいの。できるかしら?」
チョコレートの箱といえば、丸やハート形も可愛いよね。前のは白い固い紙で作ったけど、今度は少し高級感がある黒い固い紙で作る。
「よく見ておいてね!」
生活魔法を使えば一瞬だけど、手伝いたいという弟達との共同作業の方が楽しい。丸い底に長方形の紙を貼り付けて箱の下を作る。上は少し大き目にする。中にも前は綺麗な白い布を敷いたけど、今回はゴージャス感がある赤にする。へへへ……裁縫の時間のドレス、仮縫いまでしている生地の残りだよ。生活魔法で「綺麗になれ!」と掛けているから清潔で良いよね!
「チョコレートが箱の中でも動かないように凹みを作りたいな……」
スライム粉多めと少しの珪素で丸い形に凹みが十数個ある土台を作る。それを赤い布にくるんで箱に入れたら、うん、高級チョコレートの箱になった。
ハート形も同じだよ! 少し横面を作るのにコツがいるけどね。
「ええっと、私が用意する分はリリアナ伯母様、アマリア伯母様、シャーロッテ伯母様。ベンジャミン様と来週行くブライス様とミハイル様。いつも乗馬教師を派遣してくれるラシーヌ様……マーガレット王女とリュミエラ王女かな?」
前の倍だから大丈夫でしょう! バーンズ公爵家には10箱渡す。ゲイツ様に何個持っていくかは任せよう。だから、バーンズ公爵家にはメロンが手土産だよ。チョコレートは10箱も渡すんだから要らないよね?
「お姉様、後は私達で作ります」
中の凹んだ型はつくったので、ナシウスとヘンリーに任せる。
私は、陛下のマントにゲイツ様が描いた守護魔法を下絵として写す。秋の討伐までに仕上げたいから、急がなきゃね! それに日曜にサリエス卿に渡す時に「陛下のマントの試作品ですが……」と言うつもりだから、刺繍をし始めていた方が本当っぽいもん。
私は感謝の気持ちが薄れる気がするけど、他の人はそう言った方が、貰う立場として気が楽になると言うんだよ。
箱作りをする弟達を時々見ながら、私は陛下のマントに刺繍をする。本当にこの糸で刺繍するには魔力が必要なんだよね。疲れるから、箱作りが終わったら止めよう! なんて思っていたのに、私ってこういう作業はムキになっちゃうんだ。それに夢中になると生活魔法全開だし!
「お姉様、箱を20個作りました」
ナシウスに声を掛けられた時には、半分近く刺繍していた。トランス状態になっていたみたい。絵画刺繍みたいに糸を色分けしなくて良いから、刺し出したら早いよ。
「ナシウス、ヘンリー、ありがとう! エバからチョコレートを貰って食べましょう」
ああ、ヘンリーが飛び上がって喜んでいる。考えてみたら子爵家の子息が箱作りの内職なんて、グレンジャー家だけだよね。これからもチョコレートの箱が必要なら、外注した方が良いかも? ワイヤットに相談してみようかな?
あっ、それか弟達にお小遣いをあげるのも良いんじゃないかな? 私は、ナシウスとヘンリーには生活無能者にはなって欲しくないんだ。ケチな男は嫌いだけどね。
ノースコート伯爵は、サミュエルにロマノ大学でのお金の使い方を教えていたよね。うちの父親には期待できないから、私が教えなきゃいけないんだけど、女の子と違って男の子は他の付き合いがありそう。ああ、クラブとかで教えて貰えないかな? ヘンリーはきっと騎士クラブに入るから、先輩とかに聞くかも? ナシウスは……フィリップスに期待しよう。
応接室で、新作のアーモンドチョコレートの試食をしながら話す。カリッとするローストしたアーモンドを一旦キャラメリーゼしているから、チョコレートの湿気から守っている。美味しい!
ヘンリーは、目を瞑って味わっているよ。上の空で、こちらには帰ってきていない。
ナシウスとは少し話し合いたいと思っていたんだ。良い機会だ。
「ナシウス、来年から王立学園ですが、家から通いますか?」
まだヘンリーの家庭教師が見つかっていないだけでなく、家から通える状況だから言っているのだ。馬を飼っているんだもん。
「お姉様、私は寮生活をしてみたいのです。ヘンリーを一人にするのは不安ですが……」
本人がそれを望むなら、何とかするよ!
「わかりました。リリアナ伯母様、ラシーヌ様に良い家庭教師を探して貰いますわ。それと、ナシウスも上級食堂で食べましょう」
ナシウスが困った顔をした。やはり、私が最初の一週間は学食を使っていたのを覚えていたのだ。
「私の入学した時と違って、お父様はロマノ大学の学長をされています。それにAクラスの全員が上級食堂で食べていますわ。友達を作る意味でもその方が良いと思います」
口にはしなかったけど、ナシウスもきっと一週間で2年生に学年飛び級しそうなんだ。サミュエルや他のクラスメイトと仲良くするには上級食堂で食べる方が良い。学年が変わると友達が作りにくいんだよ! 実感が籠もっているでしょ!
「はい」とナシウスは私が口にしなかった事も考えて返事をした。賢い子なんだよ!




