夏休みも終わりが見えてきたね
リチャード王子がノースコートに滞在されてから、私は調査から少し距離を取った。教授達や助手達は、ゲイツ様と動力源の調査に行ったり、古文書の写しを手書きで写したりしているので、忙しそうだ。
「カエサル君、君は目の付け所が鋭いね。古文書の写しをペイシェンスに頼んだのは素晴らしいが、これが広まっては困るのも理解してくれると思う。バーンズ公爵家で厳重に保管すると約束してくれ」
つまり、錬金術クラブのメンバーも古文書の写しを手書きする事になったみたい。私の写しは、王家、バーンズ公爵家、ノースコート伯爵家で厳重に保管する事が決まったからだ。
「ペイシェンス、休憩室の古文書は?」
カエサルはその写しも欲しかったみたいだけど、それはリチャード王子が笑顔で拒否した。この古文書の本体も王家に寄贈するとノースコート伯爵が決めたので、私は二部写しを作ることになった。お小遣いにはなるんだけど、今回は錬金術クラブは手写しが大変なので手伝うどころでは無い。なので、メアリーと弟達に頼む。サミュエルは、リチャード王子の接待役だよ。キース王子とは親しいけど、やはりリチャード王子には気を使ってヘトヘトみたい。
「メアリー、ワゴンの上に新しい紙を二枚と、古文書を一枚置いて持ってきてね。ナシウスは写しを綴じていって。ヘンリーは古文書を箱に収納していってね」
ファイル一冊分ぐらいだったので、すぐに終わった。
「メアリーとナシウスとヘンリーにもお小遣いを少しあげなくてはね」
「やったぁ!」と喜ぶヘンリーと「本を買いたい!」と言うナシウスの横で、メアリーは「そんなの受け取れませんわ」と困惑しているけど、賃金がちゃんと払われていなかったのは知っている。靴下のかけはぎの内職をしていたぐらいだもん。
「エバに何かお土産を買って帰っても良いわ」
それに自分にも買ったら良いと思う。メアリーは、お土産と聞いて受け取る気持ちになったみたい。
夕食は、リチャード王子がいらっしゃるからリリアナ伯母様の決めた席に座る。ヘンリーは子供部屋でメアリーと一緒だ。ナシウスはサミュエルと一緒に座っている。私は下座の子供席の方が良いのだけど、リリアナ伯母様としては男女がバランス良く座る方が良いと考えられたのか、リチャード王子とゲイツ様の間だよ。まぁ、男女のバランスは調査隊と錬金術クラブメンバーとフィリップスで初めからくずれているんだけどね。
「ノースコート伯爵夫人、とても美味しいです」
海の幸は、王都ではなかなか食べられないから、いっぱい味わっておこう。そろそろ夏休みも終わりが見えてきた。熱気球の試作品とマギウスのマントの刺繍が残っているけど、刺繍は家でもできるよね。
「私達は、来週にはサティスフォードに行く予定です。そこから王都に戻ろうかと考えています」
調査隊は、大学が始まるギリギリまで執事や家政婦に面倒をみてもらう約束みたいだけど、カエサル達は駄目だよね。本当は数日の滞在だけの予定だったのに夏休みの半分を過ごしている。
「私も調査隊の調整が取れましたから、あと数日で夏の離宮に戻ります」
まぁ、調整というか皆が総出で古文書の写しを手書きしていて、喧嘩する元気も無いと言えるかも。
ゲイツ様が動力源の調査をする時は、両教授は古文書を写す手を止めて、一緒に出かけているけど、サイモン達、ちゃんと夜寝ているのかな?
ヘンリーにそっくりな青い目の下にはクマができている。錬金術学科の方は二段目の設計図を中心に写しているから、作業が大変そう。
「ペイシェンス様、あの熱気球を飛ばすのですか?」
錬金術クラブのメンバーがバーナーは作ってくれたから、私は弟達と熱気球を組み立てたんだ。私が古文書を手書きで写すのを手伝っても、ついつい生活魔法を使ってしまうから、それでは意味がないからね。
疲れている錬金術学科のグースやサイモンやマイケルがゲイツ様の言葉で興味を持ったみたいだけど、ノースコートに滞在している間しか写せないので諦めたみたい。
「青葉祭の出し物にする予定ですから」とカエサルがフォローするけど、その頃はもっと忙しくて見物に来る暇が無いかも?
グース達は、調査が終わったら飛行船の製作に取り掛かるみたいだ。いつ調査が終わるかは不明だけど、大学が始まったら一旦は王都に帰らないといけないみたい。その後は、陛下や学長(父親)と要相談だよね。
カエサルやベンジャミン達は羨ましそうにしているけど、動力源が解明できないと、再現は難しそう。それに、魔導船は学生の手に余るのも理解している。
「ゲイツ様は、引き続き動力源の調査をお願いします」
リチャード王子の微笑みは、王妃様譲りだね。絶対にサボって熱気球で遊んだりはしてはいけないと伝わる。
「動力源の調査はもう終わっています。だから、熱気球にも乗って魔導船の疑似体験をしても良いのでは?」
あっ、リチャード王子の笑みが深くなるよ。
「もう終わっているなら、ちゃんと報告して、王都に帰って下さい。貴方が勝手にノースコートに来たから、留守を護る王宮魔法使い達が苦労しています。それに、二人目の生活魔法使いも明後日には到着します」
えっ、動力源の調査をゲイツ様は終えたの?
「ペイシェンス様の協力が有れば、もっと早くできたのですが、明日には人工岩を一つ切り離して、線を繋ぎ直すつもりです。一緒にしませんか?」
それは興味があるけど、現場に行ったら、私が人工岩を外して、線を繋ぐ羽目になりそう。
「いえ、熱気球の試作品を仕上げたいと思っています」
正式な調査隊がいるのだから、任せよう!
「ペイシェンス、その方が良いと思う。ゲイツ様が人工岩を外しても、その蓄魔式人工魔石とやらを取り出しても、誰も不思議に思わないし、誘拐しようとも考えないからね」
酷い! とゲイツ様は呟いたけど、他の大人は頷いている。私は、教会に目をつけられたくない。いつかは古文書や写しがバレるかもしれないけど、リチャード王子はそれもゲイツ様がやったと誤解させたいみたい。
あれっ? ゲイツ様の行動を教会が見張っていると、カエサルが前に言っていたけど、大丈夫なのかな? ノースコートの町にも小さな教会がある。漁師達や船乗り達は割と信心深いと聞いたよ。命懸けの仕事だからかも?
「ペイシェンス様は心配しなくても良いのですよ。でも、そんなに私の事を案じて下さるのは、嬉しいですね」
うん、聞かなかった事にして食事に集中しよう!
「ペイシェンス、ゲイツ様を誘拐したり、害する事は誰にも出来ないから、安心して盾にしなさい」
あっ、かなりリチャード王子もゲイツ様にイライラが溜まっているみたい。
「まぁ、教会はエステナ様の子孫だとされている私に手を出したりはしませんよ。子孫だとは思ってはいませんがね」
えっ、ゲイツ様ってエステナ神の子孫なの?
「もう滅びたと言われるエルフの血が流れているのは教会も認めているでしょうが、気をつけて下さい。貴方はローレンス王国の王宮魔法師なのですから」
そうか! 簡単なエステナ教典しか読んでなかったけど、エステナ神の絵姿はエルフっぽくて美々しかったんだよね。エルフって異世界では常に人間の上位種みたいな扱いだけど、滅びたの?
「ペイシェンス様、エルフは滅びたと言われていますが、他の大陸に移ったとの説もありますよ。それにしぶとい種族ですから、簡単に滅びたとは思いませんね」
あっ、そういう設定の物語も読んだことがあるよ。前世の物語だったのか、元ペイシェンスが読んだ物語だったのか、ごっちゃになってて分からないけど。ナシウスの目がキラキラしているから、グレンジャー家の図書室にある本なのかも?
夕食の後は、サロンで音楽を楽しんだりするのだけど、そこで錬金術クラブのメンバーとオルゴールについて話した。
「あの朝の体操は良いな」
私や弟達やサミュエルだけでなく、錬金術クラブメンバーとフィリップスも朝の体操にずっと参加している。
ベンジャミンの言葉で、カエサル達が魔素を効果的に取り込むのに良いと話しだした。
「あの体操を王都に帰ってからも続けたい。音楽が無くてもできるが、やはりあった方が良い」
カエサルの言う通りなんだ。音楽があった方が身体が動きやすいよ。
「あのオルゴールを作って販売したら良いと思う。だが、他の音楽も演奏できるなら、そちらの方が売れるのかな?」
朝の体操だけでなく、素敵な音楽に囲まれて暮らしたいよね。
「ええ、他の曲と交換できるオルゴールにしたら良いと思いますわ。秋学期に考えます」
ああ、自分で口にして夏休みの終わりが近いのが実感しちゃったよ。
「熱気球の試作品を作ったら、後は海水浴して過ごしたいわ!」
ベンジャミンから恨めしそうな視線が突き刺さる。
「あの写しは、バーンズ公爵が保管することになったから、私達は必死で手書きしているのに……ペイシェンスも生活魔法を使わないで、手書きはできないのか?」
何回か挑戦したけど、手書きをしているうちに無意識に生活魔法を使っちゃうんだよね。
「そんな事より、明日、ゲイツ様はあの人工岩を外して繋ぎ直すと言われている。あの蓄魔式人工魔石も取り出せるのだろうか?」
錬金術クラブメンバーは、明日は動力源の調査について行くみたい。
「あっ、明日は熱気球を飛ばさないでくれよ! そちらも見たいんだ」
彼らは「なら、少しでも書き写さなくてはな!」とサロンから出ていった。一度、ザッとでも全部に目を通しているから、重要な箇所や設計図を中心に書き写しているみたい。
助手は最初からサロンには来ないで、食事が終わった途端から手書きに集中しているよ。一応、教授達は食後の葉巻やブランデーを楽しむ場に残ったみたいだけど、サロンには来なかった。つまり、ノースコート伯爵、リチャード王子、ゲイツ様がサロンに来ただけだ。
私とサミュエルは、リチャード王子をもてなす役として、ハノンやリュートを演奏する。ナシウスとサミュエルの合奏もなかなか上手かった。
私は、何とはなくゲイツ様の耳を見ないようにするけど、見ちゃう。長いプラチナブロンドに隠れているけど、耳の先が少し覗いたりするんだ。あっ、マナー違反だよね。やめなきゃ!
「ふふふ……ペイシェンス様は私の耳が気になる様ですね。他の方の視線なら不愉快なのに、何故か心地よく感じます」
そりゃ気づくよね! 私の考えがだだ漏れなのに。
「申し訳ありません」謝っておこう。
「いえ、貴女にも少しは流れているのだから、興味を持っても当然ですよ。この変な耳は単なる先祖返りですが、お陰で魔力は多くて、そこだけは助かっています。ペイシェンス様の魔力が多いのもそのせいなのでしょうか? いや、普段から生活魔法を凄く使っているから、成長期なので増え続けた結果ですね」
うん、ゲイツ様には生活魔法での掃除や野菜作りをしていたのもバレているかも。
「生活魔法は、日常生活でも使い易いから魔力を増やし易いのか……考え方を改める必要があるな」
リチャード王子は、王立学園の魔法学のテキストに不満みたい。
「まぁ、王立学園はあれで良いのでは? 普通の学生には有効ですから」
ゲイツ様がリチャード王子が教会と揉めるのを心配しているの? 不思議?
「一般人は教会方式で十分ですよ!」
ああ、やはり傲慢なだけだったよ!
「だが……まぁ、こんな暗い話はやめましょう。ペイシェンス、明るい曲を弾いてくれ!」
リチャード王子は、教会には思うところがいっぱいあるみたい。こんな気分を吹き飛ばす様な明るい曲となるとモーツァルトだよね!




