バッテリー? それとも蓄魔式人工魔石?
二度と馬に乗りたくないと思ったのに、連日で乗っている。だって弟達が動力源を見たいと言うんだもの!
それに今日はガイウスの丘と行き来しなくても良いからね。
「ペイシェンス、誰かに乗せて貰うか? そうだ! 誰か、手綱を持って歩いてやれ」
昨日の私の乗馬の下手さを見て、伯父様も心配してくれた。今日は、護衛の一人が馬の手綱を持って横を歩いてくれている。前世の観光乗馬みたいな感じだよ。
「申し訳ありません」
他の人は、馬で楽々と急な坂道を登っているのに、横を歩かせて悪い気分になる。
「いえ、この坂は急です。落馬されたら困りますから」
護衛の人は、身体を鍛えているのか、坂道も平然と歩いている。確かに、馬に乗っている時に人に手綱を持って貰うより安定感があって楽なんだよね。
「ペイシェンス嬢、大丈夫ですか?」
フィリップスは心配してくれるけど、手綱を持って横を歩いて貰っているから近寄れない。
「ええ、大丈夫ですわ。先に行って下さい」
それに私の後ろにも何人も護衛がいる。ガイウスの丘で魔物を見たことは無いんだけど、それは先に討伐しているからかな?
「ペイシェンス、やっと着いたな。大丈夫か?」
私が着いた時には、全員が馬から降りていた。私を伯父様が下ろしてくれるのを待つのも焦れったそうにグースが口を開く。
「あの人工岩と人工岩が繋がっているのは私にも見えるのだが、そこからが分かり難い。ペイシェンス様、線を図に描いて欲しいのだ!」
ちょっとは待てないのか! って怒鳴りたくなるけど、弟達の見学を許して貰っているから、協力するよ。
「あの人工岩と人工岩を繋いでいる線は、彼方の光る箇所に全部繋がっていますわ。そして、そこから地下通路に線が伸びています」
渡されたスケッチブックにザッとした配線図を描く。格納庫の天井部分に当たる巨大な岩の周りに人工岩が8個。それを繋ぐ線、そして光るボックスへと線が伸びて、そこから地下通路へ!
うん、前世の太陽光発電とバッテリーと電気コードみたいだね。ただ、太陽光発電なのか、太陽光を魔力か何かに変換しているのかは分からない。太陽光発電だって千年は保たないと思うから、やはり何らかの魔法が関係しているんじゃないかな?
「こんな風になっているのですか!」
グースの大声は耳に優しくないね。
「と言うことは、あそこに動力源が埋まっているのですね!」
錬金術学科のサイモンもマイケルも掘り返したいとグースの顔を見ている。「掘れ!」と言われたら、即実行しそうだよ。
「グース教授、掘り返したりしたら破壊してしまうかもしれません!」
歴史学科のヴォルフガングは、光るボックスが埋まっている地点の前に手を広げて立ち塞がる。
「だが、このシステムが解明できたら、大発見なのだぞ!」
それは、そうなんだけどね。また二人の言い争いになりそうだよ。
「お姉様、どうやって見るだけで分かるのですか?」
ナシウスが不思議そうに質問する。そう言えば、非破壊検査について教えて無かったね。
「リュートの弦を弾いて音が伝わるように、微量の魔法を飛ばすのです。そうすると、同じ物質は同じ速度で通過しますが、中に違う物が混ざっているとピンと引っかかるのです。それに注目して魔力を集中させれば、ハッキリと見えるようになりますわ」
前に説明した時より懇切丁寧だよ。だって可愛い弟達に教えるのだからね。カエサルやベンジャミン達も側に来て、聞いている。出来る様になったんじゃないの? 私はナシウスとヘンリーに教えているんだよ。二人とも背が高いし、弟達が人工岩を見るのに邪魔なんだけど。
「ほら、ナシウス! こうして魔法を飛ばすのよ!」
ナシウスは見て覚えるタイプだからね。カエサルとベンジャミンの間をぬって、実技指導だ。少し分かりやすく音波を飛ばして見せる。前世の潜水艦のソナーのイメージだよ。
「ええっと、私は風しか使えませんが……風の魔力を少し飛ばして……あっ、岩と岩の間に線が見えます!」
勘も良いから、すぐにできるようになったね。
「お姉様、見えません!」
うっ、ヘンリーは身体強化だから、魔法を飛ばすのは難しいのかな? 大丈夫、お姉ちゃんが何とかしてあげるよ。そんな悲しそうな顔をしないで!
「ヘンリーは身体強化できるのですよね。だから、目に魔力を集中させて、あの人工岩と人工岩の間をじっと見てみて! 何か土ではない異物を感じませんか?」
ヘンリーの肩を後ろから抱いて、気持ちを集中させる。
「あっ、線が光って見えます! その線が集まっている所は眩しいほどの光が集まっています。まるで魔導灯みたいですね!」
わぁ、見えるようになって嬉しいと身体中で表現している。可愛い! 抱きしめてキスするよ。
「何だか、私達に教えた時より詳しくないか?」
ベンジャミンが何か言っているけど、愛しい弟達と違うのは当たり前だよね。
「ペイシェンス、私も見えないのだ!」
サミュエルにも教えるよ。だってナシウスの友達だからね。そんな私をサイモンが呆れた顔で見ていたなんて、気がつかなかった。
「お姉様、あの光の塊は魔石なのですか? まるで小さな岩から魔力を集めている様に見えます」
ナシウスは、私がヘンリーやサミュエルに見方を教えている間も、ずっと集中して見ていたんだね。
「ええ、きっと太陽光から何らかのエネルギーを受け取って、それをあのボックスに貯めているのでしょう。それが魔力なのか、エネルギーなのかは分かりませんわ」
ナシウスが首を傾げている。
「エネルギー? 魔力ではなくて? お姉様、エネルギーとは何ですか?」
えっ、エネルギーとは……異世界では魔力が使えるから、エネルギーの観念は発達していなかったのかな? そう言えば、学園では習ったことが無いよ。
「エネルギーとは、仕事をする力のことですよ。エネルギーは暮らしのなかにたくさんあります。私達が食事をして活動する力もエネルギーです。太陽のエネルギーを吸収して花を咲かせる力。光や音に変える力。魔石で魔導灯をつけるのもエネルギーです」
ナシウスは、何とは無く理解したみたいだけど、ヘンリーは首を傾げている。
「例えば、薪を燃やせば暖かくなるでしょ。それは薪が燃焼したエネルギーを得ている事になるのです。太陽光もエネルギーを持っています。この人工岩で太陽光のエネルギーを集めて、あそこで魔力に変換しているのかもしれませんね」
ヘンリーはノースコートの町で魔石を買ったのを思い出したみたい。
「では、あの光っている所は魔石みたいな物なのですね。それで、地下通路の魔導灯を点けているのでしょ?」
あっ、そうかもしれないね!
「ヘンリー、よく気が付きましたね。あれは蓄魔式の人工魔石なのかもしれません」
横で聞いていたベンジャミンが驚いて叫ぶ!
「なんて奇妙な事を考えるんだ! だが、そう考えると合点がいく!」
カエサルなんか、ブツブツ言いながら歩き回っていたと思うと、私を抱き上げた。
「ペイシェンス、凄いぞ! お前の発想力は伝説の錬金術師ルーベンスに引けを取らない! やはり、お前は錬金術師になるべきなのだ!」
興奮して私を振り回さないで! ぬいぐるみの熊になった気分だよ。
「カエサル様、ペイシェンスを離して下さい。目を回してしまいます」
ノースコート伯爵に注意されて、やっとカエサルは下ろしてくれた。
「ペイシェンス、この説を発表するべきだ! ローレンス王国だけで無く、全世界的な画期的な発見だよ」
伯父様は、いつもは公爵家の嫡男として礼儀正しい態度と交渉力を発揮するカエサルしか知らないので、こんな風に興奮している姿を見て驚いたみたい。マギウスのマントを作ろうとしていると知った時のカエサルを見ていないからね。
「ペイシェンス様、エネルギーとは何でしょう。そして蓄魔式人工魔石とは!」
ベンジャミンとカエサルが騒ぐから、厄介なグースが聞きつけて来たよ。本当に地獄耳なんだから!
「私が弟達に説明する為に考えた事ですわ」
面倒は御免だよ! 必死で逃げを打つ。でも、弟達とのやり取りをサイモンは最初から最後まで聞いていたみたい。
「ペイシェンス様は、あの人工岩で太陽光のエネルギーを集めて、彼方でそれを魔力に変換しているのでは無いかと話されていました。あの光の塊は蓄魔式人工魔石ではないかと推察されたのです」
サイモンが、全部聞いていたとはしまったな。カエサルとベンジャミンなら錬金術クラブの仲間だから、何とか誤魔化せるのに。
「そんな考え方は、今まで聞いたことが無い。だが、このシステムを解釈するのに、これほど適切な説はないだろう!」
グースが吠える! それを聞きつけてヴォルフガングもやってくる。
「何を騒いでいるのだ?」
ああ、逃げ出したいよ。
「あれは蓄魔式人工魔石かもしれないのだ。そう考えると、このシステムの説明がつくのだ!」
ヴォルフガングも驚いたが、反論する。
「そんな夢の様な装置だと決めつける根拠はあるのか? 掘り返したいだけなのでは?」
根拠なんか無い。前世の知識で太陽光発電とバッテリーを思い付き、異世界の魔力と魔石に当てはめただけだもの。
「さぁ、ナシウス、ヘンリー、お昼に間に合わなくなるわ。帰りましょう」
サミュエルは、ノースコート伯爵の側にいるし、ここに残るかもしれない。でも、私はこの場を去りたいのだ。二人の教授の言い争いに皆が集中している隙に、館に帰ろうと思ったのに、邪魔が入った。
「ペイシェンス、逃げるなよ!」
ベンジャミンに捕まっちゃったよ。
「まぁ、人聞きの悪い事を言わないで下さい。弟達にちゃんと食べさせなくてはいけないから、館に帰るのです」
そんな事を言っていると、言い争っていた二人にも見つかってしまった。
「ペイシェンス嬢、貴女のお考えを是非ともお聞かせ願いたいです」
ヴォルフガングは言葉は丁寧だけど、絶対に逃さないぞと念が籠っているよ。
「エネルギーとは? そして蓄魔式人工魔石とは? どうやったら、そんな事を思いつけるのか?」
グースは一個、一個、訊いてくる。こんな時にスマホでググれたら良いんだけど、そんな便利な物はない。
「年端もない私が幼い弟達に分かり易いように考えたお話ですわ。何の根拠もありません」
それは、本当だもの! 前世の知識とこちらの魔石を組み合わせただけだ。
「エネルギーとやらの考え方は、何処から得られたのか? 私は一度もその様な考え方は聞いたことが無い。ペイシェンス様は、非破壊検査とかも思いつかれた。グレンジャー家の蔵書には、何か私が知らない知識が隠されているのではないか?」
確かに貧乏なグレンジャー家には勿体ない程の蔵書があるけど、多分、そんなのは含まれていないよ。ヴォルフガングは、学長になる父親にでも付き纏ってくれ。
「さぁ、全ての蔵書を読んだ訳ではございませんが、かなり読んでいます。それで、色々な事を考えつく様になったのでしょう」
私が教授達に取り囲まれていると、ノースコート伯爵もやってきた。
「皆様、どうされましたか? そろそろ昼食の時間です。館に一度戻りましょう」
やれやれ助かった。なんて甘かったよ。




