困った二人
「お父様は、ちゃんとロマノ大学の学長をできるのかしら?」
執念深そうなヴォルフガングやグイグイ押してくるグースを書斎で篭っているばかりの父親が抑えていけるとは思えない。
「お姉様、どうかされましたか?」
ナシウスが心配そうに私を見ている。お姉ちゃん、失格だ!
「いいえ、やはり夏休みは晴れている方が良いと思っただけです。さぁ、勉強しましょう!」
今日は、勉強もするけど、メアリーの体力強化策を取り入れて、ダンスもするよ。
「何故、ダンスなのだ!」
約一名が、文句を言っているけど、アンジェラの手を取った時に耳が赤くなっていたよ。伴奏は、ナシウス、私、サミュエルが交代でする。
「ナシウス、とても上手くリードできるようになりましたね!」
本当にナシウスはサミュエルに影響されているし、サミュエルもナシウスに負けないように勉強をしている。この二人は大人になっても友達でいそうだよ。
子供部屋は楽しいダンス教室になっていたけど、下の部屋で古文書を読んでいる調査隊のメンバーはそれどころでは無かったみたい。
「この古文書には手を触れないで下さい」
歴史学者の立場からすると、保護魔法が掛かっているとしても、本体には極力触らせたく無い。でも、グースは本当に写しが一字一句同じなのか確認したいのだ。
「空を飛ぶ魔導船の設計図らしき物が本物の古文書と少しでも違っていたら大変では無いか! 文字とかは写しで十分だろうから、私達には古文書を渡してくれ」
その写しも助手達の争いの原因になっている。カエサルの写しは、錬金術クラブのメンバーと協力したフィリップス専用だ。王家の写しは、夏の離宮へと運ばれた。つまり、ノースコート伯爵の写ししかないのだ。
「いずれは、この古文書も王家の宝物庫かロマノ大学の秘蔵書館に保管されるだろう。そうなっては、なかなか手に取って調べる事もできなくなるのだ!」
我が子を護るように古文書が入っているキャビネットに覆い被さるヴォルフガングをグースが押しのけようとして助手達も巻き込んで喧嘩になったそうだ。二つのグループを引き離すのが大変だったとカエサル達からお昼に聞いたよ。
「私は……ロマノ大学ではどちらも取らない事にしますわ」
こんな教授に習いたく無いよ。
「何を言うのだ! 錬金術学科で一緒に学ぼう!」
ベンジャミンには悪いが、私は学問としての錬金術よりも、実際に作る方に興味があるんだよね。魔法陣の描き方は習得したいけど、それで十分じゃない?
「ロマノ大学では上級薬師か、上級官僚の資格を取りたいと思っています」
カエサルは、上級薬師と聞いて眉を顰めた。また薬学と薬草学を落としたのだろう。錬金術クラブに篭っていたら、薬草は枯れちゃうから諦めた方が良いよ。
「ペイシェンス嬢は、外交官を目指されるのですか? なら、一緒に学べますね」
フィリップスは、本当は歴史学科に進みたいのだろう。でも、外交官になって異国の遺跡巡りも楽しそうだよね。
「ええ、でもどちらにするか未だ決めていませんの。ゆっくり考えてみますわ」
「それが良いと思います」
フィリップスの良いところは、強要しない点だね。それは、パーシバルも一緒だけど、外交官推しは感じる。それに才色兼備のモラン伯爵夫人はハードルが高いんだよね。
なんて事をカエサル達と話していたら、その問題の二人が昼食を終えて、こちらに突進してくる。
「カエサル様、ベンジャミン様、フィリップス様、宜しくお願いしておきますね!」
今日は雨なので、午後からは弟達はサミュエルと屋内訓練所で剣の稽古だ。アンジェラはサロンで伯母様と音楽や刺繍をすると言っていた。
背の高いカエサル達を盾にして、私は素早く食堂を抜け出し、染め場に向かう。まぁ、素早くと言っても私なりにだから、メアリーはついて来ているよ。
「さてと、先ずはフロートの材料を混ぜなくてはね!」
メアリーは、アンジェラみたいに令嬢らしくサロンで刺繍や音楽をして欲しいのかもしれないけど、協力はしてくれる。だって、スライム粉と珪砂とネバネバを染料を煮出していた一番大きな鍋に入れるのは私一人じゃ無理だもの。少しずつならできるけど、今回は作る物が多いからね。
「やはりぶつぶつになってしまうわね。私が作るなら、生活魔法で混ぜられるけど、何か良い方法を考えなくてはいけないわ」
このフロートの材料で、前世の船には絶対に乗せてあった救命道具を作りたいのだ。赤と白の大きな浮き輪とか、嵐の時には船員達に救命胴衣を着せるとかね。
あっ、遭難した時の避難ボートも良いかもしれない。木製のボートは何個か積んでいるけど、遭難した時は波が荒そうだもの。海に浮かぶ素材の方が安全性が高い。ええっと、ひっくり返らないような避難ボートがあった筈なんだよね。上に防水シートが張ってあって、波からも護られるタイプ。
「コンクリートミキサーみたいなのが有れば良いのだけど……後でカエサル様に訊いてみましょう」
遊びのフロートぐらいなら、私が作っても良いけど、救命道具は大量に作る必要があるから、混ぜる機械が欲しい。こんなのを作るのは、カエサルやベンジャミンが上手いんだよね。ああ、食堂で盾に使ったけど、大丈夫だったかな? まぁ、公爵家や侯爵家の嫡男に無体な真似はしないでしょう!
「先ずは、マーガレット様のお花のフロートね。アンジェラのは赤だから、ピンクか黄色かしら? あっ、マーガレットだから、黄色の土台に白の花弁でも良いわね!」
黄色の絵の具を小さな鍋に入れた溶液に混ぜる。そして、大きな鍋に白い絵の具も混ぜるよ。
「マーガレットの花のフロートになれ!」
うん、良い感じ! この調子でじゃんじゃん作ろう! なんて思ったのに邪魔が入った。
「ペイシェンス様、こんな所にいらしたのですね。館中探しましたが、ユリアンヌ様が染色がお得意だったと祖母が話していたのを思い出したのです」
サイモンは、母親の事を祖母から聞いていたようだ。絶縁中でも身体の弱い娘を心配していたのかな? なら、陰で良い治療師を派遣してくれたら良かったのにね!
「これは……染色ではありませんね。何なのでしょう!」
やはりサイモンも錬金術に目が無いみたい。グースに命じられて、私を探していたんじゃ無いの?
「これは、フロートですわ。海に浮かべて遊ぶ道具です。週末には夏の離宮に招待されていますので、早く作らないといけませんの」
暗に邪魔だと伝えたけど、サイモンには通じない。ワクワクした青色の目がヘンリーに似ているから、キツく追い出せないよ。
「そこにいるのは、もしかしてメアリーかい?」
それどころか、私の侍女と話し始めた。
「ええ、サイモン坊っちゃまも立派になられましたね」
ふうん、まぁ、メアリーはケープコット伯爵家に勤めていたんだから、顔ぐらい知っているよね?
「ユリアンヌ叔母様と一緒にメアリーがロマノに行ってしまうと聞いた時は、悲しかったよ」
えええ、もしかして恋愛展開ですか? 違ったみたい。
「サイモン坊っちゃまの子守りでしたからね」
ああ、子守りだったのか。うん? メアリーって何歳? なんて暢気な昔話をしている場合ではなかったのだ。
「ああ、見つかってしまったのか!」
カエサル達が染め場になだれ込んで来て、サイモンを見て叫んだ。
「グース教授は、お前の生活魔法を調査するべきだと王宮魔法師のゲイツ様に手紙を書こうとされているのだ。ゲイツ様が来られたら、厄介だぞ。ゲイツ様だけならまだ良いが、彼の方の動きを教会は見張っているからな」
カエサルの言葉に、サイモンも初めの使命を思い出したようだ。
「そうなのです! ゲイツ様が動くと大事になってしまいます。だから、ペイシェンス様はグース教授に協力した方が良いのです」
それはどうかな? グースに協力したら、ゲイツに手紙を書くのはやめるだろうけど、そしたらヴォルフガングが書くんじゃ無いの?
「私は週末までにフロートを作らなくてはいけませんの。邪魔をしないで下さい。それと、教授方がそんな手紙を書かれるなら、今後の協力は要らないと解釈いたしますわ」
調査隊の生活魔法の使い手が扉の開閉をしたら良いんだよ。飛ぶ魔導船には興味はあるし、あの魔導灯と開閉システムの動力源は知りたいけど、私はチマチマした物を作りたい。
「そんなぁ!」
何故かカエサル達からもブーイングが来た。
「だって、調査隊は生活魔法の使い手を連れてくるはずだったのでしょう? 私には空飛ぶ魔導船は荷が重いですし、動力源の解明も難しそうです。夏休みは、私が出来る事に集中したいですわ」
カエサルの目がキラキラしている。サイモンの前だから口を閉ざしているけど、マギウスのマントが出来そうだと興奮しているのだ。
「そうだな! 私からもグース教授に話してみよう!」
ころっと立場を変えたカエサルをサイモンは疑いの目で見ている。
「さぁ、週末までにフロートを何個も作らなくてはいけないのです。邪魔をしないで下さい」
出て行って欲しいのに、全員が残ったよ。錬金術フェチばかりだからね。そんな人達に見られていたら緊張するけど、無視して作ろう!
「今度は天馬にしましょう!」
白い絵の具を溶液に混ぜているのを、全員が覗き込む。
「なるほど、こうして作っていたのか!」
ベンジャミン、邪魔だよ!
「白い天馬になれ!」
ナシウスに作った天馬のフロートより、一回り大きくて羽根も立派だから、ジェーン王女とマーカス王子なら一緒に乗れそうだよ。
「ペイシェンス様、これらはフロートと言われましたが……どうなるのでしょう!」
空気を入れないとグダッとしているから分からないよね。サイモンはフロートを見てないからね。
「空気が漏れないか、膨らませた方が良いかもな」
ベンジャミンは、こういうチェックはキチンとするんだよね。
「では、ベンジャミン様、お願いしますわ」
花のフロートと天馬のフロートを膨らますのを任せて、ビックボアとイルカのフロートを作ろう。
「ヘンリーのビックボアのフロートはバランスが悪くてひっくり返ってばかりなのよね。どうすれば良いのかしら?」
少し変えてみようと考えていたら、カエサルが提案してきた。
「ビックボアの脚でバランスを取れないか? 水の中だから見えないけど、それがあるとひっくり返り難くなるのではないか?」
そうかもしれない。
「やってみますわ!」
魔物図鑑で見たビックボアを思い出しながら「ビックボアのフロートになれ!」と唱える。
「ペイシェンス様、それは錬金術なのですか?」
サイモンが驚いているけど、違うの?
「いや、ペイシェンスはいつもこんな感じだ」
ベンジャミン? 貴方も同じじゃないの?
「まぁ、出来ているから錬金術なのだろう」
あれっ? カエサルまでそんな事を言うなんて!
「魔力の動き方が錬金術とは違う気がします。錬金術はもっと素材を支配して、従わせる事に魔力を注ぎ込みますが、ペイシェンス様のは形になる様に素材が変化している様に感じました」
サイモンの言葉に、カエサルとベンジャミンがハッとして手を打つ。
「そうか! 何だか違う気がしていたが、やはりグース教授の助手をしているだけある。やはり、ペイシェンスはロマノ大学で錬金術を学ぶべきだ」
「何か違うと感じていたのが、サイモン様に言われてスッキリした!」
カエサルもベンジャミンも酷いよ!
「では、私は錬金術を使っていないのですか?」
全員が黙り込んだ。
「いや、実際に錬金術で物を作っているのだから、錬金術なのだろう。ただ、私達が使っている錬金術とは少し違うだけだ」
全員が後ろを振り向いた。グースが染め場に来ていたなんて、知らなかったよ。
「ふむ、これは面白い物を作ったな。そして、この素材を使えば色々な物が作れそうだ」
ベンジャミンが膨らませた花のフロートを触って、素材を確認したみたい。
「私はゲイツ様に手紙は書かないでおこう。だが、いずれはバレそうだがな。で、明日は扉を開けて下さるのかな?」
まぁ、生活魔法の使い手が来るまでは協力するよ。それにヴォルフガングもゲイツには手紙を書かないと言ってくれたからね。何故なのかは知らないよ。困った二人が手を組んだのって、私目当てじゃないよね?




