あれっ? 陛下が気を使っている?
昨日はお休みして、海水浴を楽しんだけど、今朝は館の雰囲気がピリピリしている。特にリリアナ伯母様は、落ち度がない様にと執事や家政婦に何度も確認しているよ。
私は、弟達とアンジェラを連れて、子供部屋に避難している。サミュエルは、嫡子として国王陛下をお迎えするマナーをノースコート伯爵から練習させられているよ。
「ペイシェンス様、緊張してきましたわ」
まぁ、サミュエルが厳しく指導されているのを見たら、緊張するのも理解できるよ。
「アンジェラ、緊張しなくても大丈夫ですよ。陛下はとてもお優しい方ですから」
ナシウスとヘンリーも少しいつもと違う顔だ。
「お姉様、陛下はお父様を免職にされたのですよね。秋からはロマノ大学の学長にして下さるみたいですが、何か怒らせて、それが解けたのでしょうか?」
しまった! ナシウスとヘンリーに事情を話していなかった。そりゃ、ずっと不安だったよね。御免ね!
「ナシウス、ヘンリー、お父様は間違った事をして免職になったのではありません。そして、陛下はお父様と一緒に学んだお友達なのです。だから、一度も陛下はお父様の事を怒られたりしていませんわ」
「お父様が間違った事をされるわけがありませんよね!」
ヘンリーはホッとしたみたいだけど、ナシウスはまだ少し複雑な顔をしている。
「ナシウス、お父様は、一部の貴族至上主義者から王立学園の下級貴族や庶民の学生を護る為にクビを賭けられたのです」
パッと顔を輝かすナシウスを見て、お姉様失格だと反省する。もっと前に話しておけば良かったのだ。
「そうですね。もっとお父様を信じなければいけないのです」
あっ、ナシウス……信じすぎるのはやめておいた方が良いよ。伯母様達の言い分だと、本を買う為なら私が貰った絹生地も売り飛ばしそうだからね。この生活能力の無さは受け継いでは駄目なので、ワイヤットから教育して貰おう。いずれナシウスはグレンジャー子爵家を継ぐのだから、経済状態も把握しておかないといけない。父親みたいな生活無能力者にはさせないよ!
「落ち着かないから、本でも読んで過ごしましょう」
ナシウスは本の虫だから、どんな状況でも読書を楽しめるけど、ヘンリーとアンジェラは身が入っていない。音楽は気が立っているリリアナ伯母様を逆撫でしそうだし、絵を描く時間は無い。
「では、言葉遊びをしましょう。好きな物を言って、その最後の文字が頭につく言葉を次の人が言うのよ」
まぁ、簡単に言うと尻取りだ。三人で遊んでいると、本を読んでいたナシウスも参加する。これなら、静かに遊べるし、伯母様に叱られないだろう。
「お嬢様、そろそろ降りて下さいと伯爵夫人が言われています」
呼びに来たメアリーに、ヘンリーと子ども部屋に残って貰う。今日のお昼は10歳未満のヘンリーは一緒に食べられないんだ。
「ヘンリー、このカードでメアリーと一緒に遊んでてね」
素早く抱きしめて、頬にキスをする。渡したのは前世のカルタだよ。絵札と読み札に分かれていて、今回のカルタは世界の偉人がテーマだ。竜殺しのマギウスや、賢者クロムエルとか、カザリア帝国の四賢帝など、知っておくと良い偉人カルタだ。これも静かに遊べるからね。
「まぁ、面白そうですわ」
メアリーは私が描いた絵札を見て喜んでいる。ノースコート館には絵の具もいっぱいあるから、色鮮やかだものね。これ、ロマノに帰ったらバーンズ商会で売ってくれないかな? なんて考えていたら、アンジェラに「早く行かないといけませんわ」と言われちゃった。
「そうですわね。では、メアリー、頼みます」
アンジェラは、最初は大人しくておっとりしていると思ったけど、慣れてくるとしっかりしている面がわかる。ラシーヌの娘だから、大人しいだけでは無いよね。ここら辺が私は下手みたい。ベンジャミンにも笑われたしね。
「ペイシェンス、ナシウス、アンジェラ、遅くてよ」
わぁ、リリアナ伯母様はテンションMAXだ。他の錬金術クラブメンバー達も流石に良家の子息らしいしゃんとした姿で待っている。ナシウスも背筋をピンとして立っている姿は、なかなか可愛いけど、まだ子供っぽさが前に出ている。
「いらっしゃった様だな!」
館の前に整列して、国王陛下を出迎える。私は、ノースコート伯爵夫妻の横のサミュエルの横にナシウスと一緒に立っている。アンジェラはサティスフォード子爵夫妻と一緒だ。その両サイドに錬金術クラブメンバーとフィリップスが並び、後ろに館の使用人が勢揃いだ。
あっ、ユージーヌ卿だ! 近衛騎士団だから、国王陛下や王妃様の護衛を務める事が多いんだね。いつ見ても美しいよ!
「国王陛下、ようこそノースコートにお越し下さいました」
馬車から降りてきた陛下に、ノースコート伯爵が挨拶をして、リリアナ伯母様とサミュエルを紹介している。私達は、紹介されるまで、お辞儀をキープして頭を下げているよ。
「おお、ノースコート伯爵夫人はいつも美しい。この度は、急な訪問で迷惑をかけたな」
リリアナ伯母様は、本当に美人だから褒めやすいよね。
「陛下のお越しは、我が家の誉れですわ」
リリアナ伯母様の挨拶が終わったら、サミュエルだね。
「こちらが息子のサミュエルです。初等科の1年です」
ちゃんと挨拶ができるか、親戚のお姉ちゃんとして心配だよ。
「国王陛下、サミュエルと申します」
片脚を引いて、正式な初対面の挨拶をちゃんとしたよ。ホッとする。
「サミュエル、しっかり勉強して、ノースコート伯爵を支えるのだぞ」
次は、サティスフォード子爵夫妻とアンジェラだ。長いから、お辞儀のしっぱなしで疲れてきたよ! あっ、少しふらついちゃった。
「そちらにいるのは、サティスフォード子爵夫妻だな。今回はアンジェラが扉を開けてくれると聞いている。頼んでおくぞ。皆、頭を上げてくれ!」
陛下も長々と挨拶合戦をするのは、本意ではないのか、サッと切り上げる。サティスフォード子爵夫妻とアンジェラも素早く正式なお辞儀をしたみたい。
やれやれ、やっと頭を上げられる。体力無いから、疲れたよ。
あっ、陛下と目が合った。つまり、私を見ているんだよね。まさか、お辞儀をしている時、少しふらついたのを咎められるとか?
「ペイシェンス、今回もお手柄だな! 去年の塩といい、何で報いれば良いのか困るぞ」
えっ、私のお手柄では無いよ。伯父様、どんな報告書を送ったの?
「いえ、今回の地下通路は偶然見つけただけですから……」
一応は、訂正しておくよ。
「そこにいるのは、カエサル・バーンズだな。それにベンジャミン・プリースト、アーサー・ミラー、フィリップス・キャシディ、ブライス・アンカーマン、そしてミハイル・ダンガードか、其方達も探索に助力してくれたそうだな。感謝する」
うん、何となくあの地下通路で得た物は、王家に所属しそうな雰囲気だね。そこはノースコート伯爵と陛下で話し合って決めるのだろう。カエサルは、少し難しい顔をしているベンジャミンの横腹を肘で突いた。
「どうぞ、昼食の後に地下通路を案内致します」
ノースコート伯爵がホストとして声を掛けた。本来ならノースコート伯爵夫人を陛下がエスコートするのがマナーなのに、何故か私の手を取った。
「ノースコート伯爵夫妻の仲を裂くわけにいかないから、親友の娘をエスコートしよう」
陛下の冗談に笑うリリアナ伯母様だけど、少しだけ顔が引き攣っているよ。陛下にエスコートされるなんて、滅多に無いからね。でも、伯父様は嬉しそうに伯母様をエスコートしているから、結果オーライなのかな?
「ペイシェンス、そちらにいるのがナシウスだな。ウィリアムにそっくりだから、すぐに分かる」
ナシウスは父親と同じ茶色の髪と灰色の目だから、まぁ、そっくりだよね。生活能力の無さだけは似て欲しくないよ。
「ええ、ナシウス、挨拶をしなさい」
少し立ち止まって、ナシウスの挨拶を受ける。
「ナシウス・グレンジャーです。来年から王立学園に通います」
ちゃんと片脚を引いて正式なお辞儀をした。うん、ナシウスのマナーは完璧だね!
「そうか、ジェーンと同級生になるのだな。頼んでおくぞ」
サロンまでゆっくりと歩いていく。
「ペイシェンス、また夏の離宮に来てくれ。少しジェーンの息抜きをさせないと、可哀想だ」
あっ、ここ二週間はモラン伯爵領に行ったり、遺跡の調査をしていて忘れていたが、夏の離宮からの招待が無かったね。
「分かりました」と簡単に答えておくよ。招待するのは王妃様だからね。陛下がいらっしゃるから、私達を招待しないのか、それとももっと厳しくするべきだと考えておられるのか判断できないからだ。
「おお、アンジェラはジェーンと仲良くしてくれていると聞いているぞ。また離宮に遊びに来てくれ」
ジェーン王女と同じ歳のアンジェラにも愛想良くしているよ。王妃様がかなりビシバシ躾直しているのを感じる。陛下は、厳しすぎると感じているのかな? 王女達の教育は、王妃様任せの感じだったけど、違うのかな? あれっ? でもマーガレット王女を寮に入れたのは陛下だよね?
私の疑問は、次の離宮行きで分かるだろう。なんて、呑気な事を考えていた。馬鹿だよ! 陛下が、あれこれ気を使わないといけない状況だったんだ。




