地下の格納庫
アンジェラが扉の開閉ができる! つまり、私も中に入れるのだ。
「ペイシェンス、内側の凹みも試してみよう」
ベンジャミンは人使いが荒いね。でも、私も試してみたかったんだ。
「中に入っても良いですか?」
前に中に入るな! と厳命されているから、ノースコート伯爵に許可を得る。
「ああ、内側の開閉システムが生きているか試してくれ」
やっと中に入れるよ! わっ、埃とカビの臭いが酷い。
「綺麗になれ!」先ずは、これを掛けなきゃね。
「ペイシェンス、あそこだ」
ベンジャミンに言われなくても、凹みは分かるよ。
「閉まれ!」と念じて押したら、ゴゴゴゴゴ……と岩が閉まった。
「まぁ、暗いのね」
ナシウスが言ったように仄暗い灯りがポツポツと地下通路に点いているけど、暗い。
「開けてみてくれ!」
本当にベンジャミンは人使いが荒いよ。
「開け!」
ゴゴゴゴゴ……と扉は開いた。階段を上がって外に一旦出るよ。
「おお、内側の開閉システムも生きていたな。だが、アンジェラ、今日は外で扉を開けておいてくれないか? 午前中は二回開けてくれたら昼食だ」
今回は、母親のラシーヌと侍女のミアが付き添う。サティスフォード子爵はノースコート伯爵と一緒に中にはいるみたい。
メアリーは館に帰るのかなと思っていたが、私に付き添うと聞かない。
「メアリー、伯父様や弟達も一緒なのよ」
「万が一、ご気分が悪くなられたら、誰が介抱するのですか?」
本当に頑固なんだから! 伯父様も付き添ったら良いと許可したので、メアリーも一緒だ。
「お姉様、やっと一緒に行けますね!」
ヘンリー、超可愛いよ。抱きしめて、キスしちゃおう。
「ペイシェンス、良かったな!」
サミュエルも良い子だよ。
「お姉様にあの古文書を見て貰いたかったのです。それに格納庫の扉も開くかもしれません!」
あっ、ナシウスときたら、フィリップスに歴史研究クラブにずぶずぶにされているね。
「ええ、格納庫を見てみたいですわ」
アンジェラに頼んで、地下通路に入る。何人かが魔法灯を持っているので、歩くのには困らない。最低限の灯りは、薄ぼんやりしているけど照らしているからね。
「ペイシェンス、もう少し早く歩けないのか?」
サミュエルに呆れられる。
「先に行って下さい」と言うけど、もう運び出す物はないみたい。つまり、古文書には手が触れられないから、私待ちなのだ。
「やはり、背負おう!」
ベンジャミンは苛ついているよ。私だって、精一杯の早足なのに!
「いいえ、結構ですわ。それに浄化しながら進みますから、先にいらして下さい」
途中までは綺麗になっていたけど、埃やカビが空気中に舞っている。
「綺麗になれ!」と唱えながら、私なりに早足で進む。
「ペイシェンス嬢、生活魔法とは素晴らしいものですね。外に出てから毎回浄化の魔法を掛けて頂いていましたが、地下通路をこれほど綺麗な空気にできるとは!」
フィリップスとブライスは優しいから、女性を急かしたりはしない。カエサル達は先に格納庫まで走って行ったよ。未だ見つけていない物があるかもと探すつもりみたい。
「まぁ、こんなに大きな空間だとは思ってもいませんでしたわ」
私の精一杯の早足で、やっと格納庫に着いた。この空間を掘ったのは、土の魔法なのだろうか? 上を見上げてみるけど、どうやって空を飛ぶ飛行船が発着したのか見当もつかないよ。見た目は洞窟に見えるんだもの。
「ペイシェンス、ここに飛行船の設計図かメンテナンスの資料がある筈なのだ」
上を見上げていたら、カエサルに呼ばれたよ。それは前世のオフィスに置いてある書類ファイルキャビネットみたいだ。やはり、転生者がいたんじゃないかなと思っちゃう。
長年の埃が溜まっているし、下の石畳からはカビが侵食している。うん、この中もかなりカビが蔓延っていそうだ。
「綺麗になれ!」かなり強く唱える。前世のオフィスにあるピカピカの書類ファイルキャビネットを思い浮かべたよ。
「わぁ、凄いです!」
ミハイルが叫んでいるのを意識の端で感じたけど、かなりキツい。魔力を吸い取られるよ。
「お嬢様!」メアリーに支えて貰わなきゃ、倒れていたかも。
「お姉様、大丈夫ですか? 顔色が悪いです」
ナシウスも心配そうに私を支えてくれる。
「お姉様、御免なさい。簡単にいつも綺麗にされているから」
ヘンリーが泣きそうな顔になっているよ。ふん、このくらい平気だよ!
「ナシウス、ヘンリー、大丈夫ですよ。それより、これで触っても崩れたりしないかしら?」
カエサル達も心配そうな顔で私を見ていたが、やはり古文書の魅力に負けた。
「少し引き出しを開けてみよう。ソッとだぞ!」
先ずは一段目を開ける。
「おお、何かいっぱい詰まっているぞ!」
人垣の後ろから見たが、やはり前世と同じ様なファイルだ。厚紙の表紙と金属の輪っかでファイリングしてある。異世界のファイルは、厚紙は同じだけど綴じ紐で縛る遣り方だ。
「一冊、抜いてみよう」
カエサルは慎重派だ。私を信じていない訳では無いが、貴重な資料を塵に返したくないのだ。
「私が抜こう!」
ここはノースコート伯爵領なのだ。伯父様が責任者として、一冊目を引き出しから抜き取る。
「おお、大丈夫そうだ。ペイシェンスの生活魔法は優れものだな」
パラパラと捲っても、紙はバラバラにならず、全員が安堵の溜息をつく。
「ノースコート伯爵、大発見ですな。おめでとうございます」
サティスフォード子爵がお祝いを言っている。確かにこの資料をオークションに掛けたら膨大な値段になりそうだけど、それはやめておいた方が良いかもね。
「ここの資料は全て運び出そう。いつまで扉の開閉システムが生きているか分からないからな。いざとなれば破壊して出るしかなくなる」
「でも、それは……そうですね。運び出しましょう」
カエサルは、その言葉に抗議したかったみたいだけど、中に取り残された人がいる場合は仕方ない。開閉システムの調査もしなくてはね。
他の人達がファイルキャビネットを持ち上げて運び出すのを見ながら、私は天井がどんな風に開いたのだろうと考えていた。前世のアニメの地下格納庫なら、上の天井部分がスライドして開くのだけどね。
きょろきょろと凹みが無いか見渡してみる。
「お姉様、こちらです」
ヘンリー達は未だ子どもだからファイルキャビネットを運ぶメンバーからは外されている。私の手を引っ張って隅の方へ歩く。
「私とお兄様とサミュエルは、これが怪しいと思っているのですが、他の方は凹みでは無いから違うと言われるのです」
岩には凹みではなく突き出ている。少しスイッチぽいよね。
「伯父様、これを押してみて良いですか?」
資料の運び出しの指揮を取っていたノースコート伯爵は、私の声で隅までやってきた。
「これは今までの凹みとは違うな。だが、試す価値はある」
格納庫にあったファイルキャビネットはもう残っていない。上から土や枯葉が落ちてきても害される資料は運び出されている。
「皆様、なるべく通路に避難して下さい。格納庫に残られる方は壁側に行って下さい。上から土が落ちてくるかもしれませんから」
錬金術クラブのメンバーとフィリップスは格納庫に残った。弟達やサミュエルや伯父様やメアリーまで残っている。
「では、やってみますね!」
私は天井が開くイメージを強くしながら「開け!」と突き出した部分を押す。
「あら? 何も起こらないわ。やはり違ったのかしら?」
なんて呟いた瞬間、ゴゴゴゴゴ……と天井がスライドして、上から大量の枯葉と土が落ちてきた。
「ペイシェンス嬢!」
フィリップスが上着を脱いで、頭から被せてくれたけど、わたし以外の全員が土まみれだ。
「凄い! 空が見えるぞ! 空飛ぶ魔道船は本当にあったのだ!」
「あの資料に魔道船について記述があるかも!」
「空を飛ぶ魔道船! 作ってみたいです」
カエサル、アーサー、ミハイルが叫んでいる。
「ペイシェンス、本当にお前って奴は!」
ベンジャミンに抱き上げられて、クルクル回された。目が回っちゃうよ。
「こら、ベンジャミン! ペイシェンス嬢を下ろさないか!」
フィリップスに叱られて、ベンジャミンは私を下ろしたけど、興奮がおさまらないのか顔をバンバン叩いている。
「こんな凄いシステムをカザリア帝国は造る技術があったのだ! 絶対に解明するぞ!」
ベンジャミンなら解明しそうだね。
「お姉様、凄いです!」
ナシウスの尊敬に満ちた目が眩しいけど、土まみれなのはダメだね。
「綺麗になれ!」
皆を綺麗にして、床に落ちていた土や枯葉は一箇所に纏めたよ。
「やはり、ペイシェンスの生活魔法は変わっているな」
サミュエル、折角、皆が浮かれているのに、そんな事で水を差さないでよ。




