生活魔法の使い手
夕食の前に全員がお風呂に入った。生活魔法で綺麗にしたけど、やはり埃まみれになったから気分的にね。
私もお風呂に入って、水色のドレスに着替える。メアリーに髪の毛を結い上げて貰い、片方に流す。マーガレット王女がお好きな片流しだ。そして流している髪の毛をヘアアイロンでクルクルにする。
「まぁ、お嬢様も大人っぽくなられましたね」
相変わらずメアリーは身贔屓だ。リリアナ伯母様に貰った従姉妹達が若い頃に使っていた星形の水晶が付いた髪飾りをつけたら出来上がりだ。
「この水晶の髪飾りは綺麗だわ」
星の形の水晶が三個並んでいる髪飾りは、オリオンの三連星みたい。異世界では違う星座だよ。確か、春の三人の女神だ。
夕食は、ご機嫌の良い伯父様が中心になって、見つけた格納庫の話で盛り上がっていた。
「生活魔法の使い手を探さないといけないな」
リリアナ伯母様は、少し意味が分からず、首を傾げる。
「生活魔法なら何人か使えますが、それと探索と何の関係があるのでしょう?」
伯父様が説明しているが、私はカエサルの追及を躱すのにアップアップだ。
「やはり、教会で能力判定をしなおした方が良い。いくらジェファーソン先生が生活魔法は何でもできると言われたとしても、ペイシェンスのは変過ぎる」
その上、私の横にはベンジャミンがいるのだ。
「生活魔法で扉の開閉ができるのは、何故なのだ?」
そんなのこちらが聞きたいよ。
「さぁ、カザリア帝国の末期にはエステナ教が国教にされて、魔法を使える人が爆発的に増えたと世界史の教科書に書いてありましたわ。執政官の使用人には多くの生活魔法の使い手がいたのでしょう」
全くの推測だよ。執政官が自ら扉の開閉をしなくても、側に仕えている人がすれば良い。
「だが、今ほどは魔法を使える者がいたとは考えられない。ノースコートが陥落したのは、まだエステナ教が広まったばかりの時期だからだ」
アーサーは、ベンジャミンと違って世界史も勉強しているみたい。そうなんだよね。ノースコートの陥落は、カザリア帝国滅亡の前兆だったのだ。つまり、エステナ教は国教に指定されたばかりで、まだ定着しきっているとは言えない状態なんだよね。
「生活魔法以外でも扉の開閉はできるのかもしれません。ただ、未だ見つかっていないだけかも」
黙って聞いていたカエサルがハッとした顔をした。
「そうか、生活魔法はエステナ教が広まる前の民間魔法なのだ。そして、カザリア帝国ではよく使われていたに違いない」
つまりは庶民の魔法だよね。それは今も同じだけど?
「ペイシェンス、理解できていないな。今、私達が使っている魔法は、エステナ教が教え広めた物だ。それ以前の大魔法使い達が使っていた魔法とは違う。そして、その中で細々と生き残ったのが、庶民が使っていた生活魔法なのだ!」
アーサーとベンジャミンも驚いている。
「そうか、前から生活魔法は何の属性なのか疑問に思っていたのだが、深く考えなかった。風とも土とも水とも火とも光とも違う。だが、全てに少しずつ属している」
アーサーに言われてみると、その通りだと思い当たる。
「だから、ジェファーソン先生は生活魔法を極めれば何でもできると言われたのだわ。私は、修了証書を頂いたというのに、その意味を今まで理解できていなかったのね!」
でも、あの教会の能力判定では、火や風や水や土や光の石は光らなかった。光ったのは生活魔法の石だけだ。
私が転生者だから変な生活魔法だと思っていたけど、生活魔法自体が今のエステナ教が教えている魔法学にあっていないのかもしれない。そして、エステナ教の魔法学に適合しない生活魔法は、下の位に放置されたのかも? まぁ、実際に庶民で使える人も多いから下に見られるのだけどね。
こんな事を話しながら、夕食は終わり、次の日はノースコート伯爵領の生活魔法が使える人が集められた。
「かなりの人ですわね」
老若男女と言いたいけど、女の人が多かった。館のメイドも何人かいる。この中に扉を開け閉めできる人がいれば良いのだけど……結果を言うと駄目だった。
「やはり背負子を護衛に背負わせて行くしかない!」
それって超恥ずかしいよ。前世のアニメで見た脚が動かないお嬢様枠じゃん。
「アンジェラはどうなんだろう?」
サミュエルがポツンと呟いた。
「アンジェラなら魔力は充分だ。遊びに来て貰おう!」
伯父様、酷いですよ。アンジェラを扉の開閉係にするつもりですね。
「と言う事で、今日は引き続きペイシェンスに扉を開けて貰おう!」
まぁ、私も酷い目にあっているんだけどね。
「古文書には触れるなよ! 飛行船の部品を集めるのだ」
カエサル部長が張り切っている。私はメアリーと扉の前の椅子に座ってお勉強だ。
「45分有れば、行って戻って来れないかしら? それと、扉の内側にも凹みがあると聞いたのよ。それで開ければ良いだけじゃないかしら」
そう、扉の内側にも凹みがあるのだ。ただ、私が中に入るのはノースコート伯爵に禁止されている。万が一、内側の開閉システムが壊れていたら困るからだ。
「駄目ですよ。伯爵様にも言われたでしょう」
メアリーは厳しい監視人だ。私一人だったら、内側の凹みを試していただろう。
午前中の探索は一時間半だ。つまり二回開けて、一旦休憩しに館に帰って昼食だ。
「今日は、領民の生活魔法の使い手を試したから、スタートが遅かったけど、毎日こんな調子だと困るわ」
マギウスのマントの糸を染めたいし、熱気球の試作品も作りたい。それに弟達が調査に付いて行ってしまうので、離れ離れなのが寂しい。でも、ナシウスが興味津々なのは分かっているから、そんな事は顔に出さないよ! 行かせてあげたいもの。
昼からも二回開けて、お茶の休憩を挟んで、また二回開けた。もう、場所は分かっているので、私は馬車で送り迎えして貰っている。メアリーも一緒だからね。
「館の近くで良かったですね」
そうだよね! 遠かったらトイレに行きたくなったら困るもの。
午前中、午後からの探索で、かなりの部品を運び出した。本来は遺跡の中から動かさない方が良いのだろうけど、いつ扉の開閉システムが壊れるか分からないからね。
執政官の館の方は壊れちゃっているから、運び出せる物は確保しておきたいみたい。それらは荷馬車に乗せられて館に運ばれている。
「明日、アンジェラが着いたら、試してみよう! 扉を開ける事ができたら、ペイシェンス、中に入れるぞ!」
伯父様は地下通路の探索に熱中している。
「そうだ! 古文書の保護ができたら、陛下に報告しなくてはいけないが……夏の離宮におられるのに、邪魔はしたくない」
夏の離宮にいる時は、戦争とか反乱とか緊急の事案以外は報せないみたい。偶には寛ぐ時間が無いと駄目だものね。
「でも、近くにおられるのだから、視察に来たいと思われるかもしれません」
カエサルの言葉にノースコート伯爵も頷く。私的には、王都ロマノに報せておけば良いんじゃないかなって感じだけどね。だって、夏休みなのに陛下が来られたりしたら面倒くさいじゃん。
陛下に報せるのを急ぎでするか、帰都されてからにするかの判断は、王都ロマノの官僚達にさせたら良いんじゃ無いの? まぁ、ここの領主は伯父様なのだから任せるよ。
次の日、朝早く屋敷を出たのかアンジェラが着いた。サティスフォード子爵夫妻も一緒だよ。
「急な報せなのに、よく来てくれた!」
伯父様は熱烈歓迎だけど、アンジェラが開けられるかは未だ分からない。
「早速だが、地下通路の入り口に行こう!」
サティスフォード子爵は馬で行くから、馬車でラシーヌとアンジェラとメアリーとミアで行くよ。開けられたら、アンジェラは外で待機だから、侍女は必要みたい。
「ペイシェンス様、どうすれば良いのでしょう?」
アンジェラは、ノースコート伯爵の期待を裏切る結果になるのでは無いかと緊張している。
「そんな大したことでは無いのよ。非力な私でもできるのですから。岩の凹みを棒で突いて『開け!』と強く唱えれば良いだけよ」
前の席のメアリーが少し変な顔をしているけど、無視だ。
「まぁ、それだけですの? 良かったわ」
ミアも難しい顔をしているけど、アンジェラは同じサイドだから見えなくて良かったよ。
「でも、ペイシェンス? ノースコートの領民は開けられなかったと書いてありましたわ」
ラシーヌ、自信を持つのが大事なのよ。
「まぁ、ラシーヌ様! メイド達に比べるとアンジェラの魔力の量は桁違いですわ。それに、岩が開くイメージを持てる想像力がアンジェラにはあります。大丈夫だと私が保証します」
全く根拠は無いけど、ずっと扉の開閉係は御免だよ。アンジェラに出来たら、王都ロマノで貴族の生活魔法使い手を探して貰おう。私の推測では、領民達が開けられなかったのは魔力不足だと思うからね。お仕事としてなら、外で椅子に座って待っているだけだから楽だと思うよ。賃金は、はずんで貰おう!
私が馬車に乗っている間に、じゃんじゃん自信をつけさせたからか、アンジェラは扉を開けられた。
「アンジェラ! 凄いぞ!」
サティスフォード子爵が飛び上がって喜んでいる。私もアンジェラを抱きしめたよ。
「アンジェラ、よく出来たわね!」
「ペイシェンス様が教えて下さったからですわ」
アンジェラって可愛い性格だよ!
「伯父様、王都ロマノで貴族の生活魔法の使い手を探して下さい。アンジェラを扉の開閉係に縛り付ける事はできませんわ」
先ず言っておくよ。
「ああ、生活魔法の使い手の貴族なら雇えるだろう」
下級貴族の令嬢なら、持参金を貯めるのに打って付けの仕事になりそうだものね。まぁ、男の人でも良いけど……生活魔法って女の人が多いのは何故かな?




